第72話 アナザーテラ
「東条君! 古谷君の冒険者復帰はいつなのかね?」
「まだ世情が落ち着かないので、自粛を続けるそうです」
「また延期? どうして?」
「今の日本の世論を考えるに、仕方がないかなと。彼が冒険者として活動し、お金を稼ぐことが不愉快だと思う人たちがいる以上、古谷さんとしては自粛するのも仕方がないのかなと」
「……ううっ」
「そういう方々も有権者ですから、政治家たちも古谷さんを庇いにくいですからね。彼らはみんなで貧乏になればそれで満足する社会主義的な人たちで、与党にもそういう方々を応援している政治家の方々がいますから。彼らも、古谷さんを応援して選挙に落ちては意味がないでしょうから黙っているしかない。手の打ちようがないと思いますよ」
「……そういう人たちは少数だ」
「ですが、声が大きい。日本人は彼らのような人たちに面と向かって批判できる人が少ない。和を以て貴しとなすは日本人の伝統ではないですか。沈黙は金とも言います。古谷さんを擁護する世論が弱いままだと、彼は自粛を続けるでしょう」
久しぶりに首相官邸に顔を出したが、田中総理は大分やつれたな。
それはそうだろう。
五股疑惑の時でも大した期間自粛しなかった古谷君が、すでに三ヵ月も冒険者活動を休んでいるのだから。
たった一人の冒険者くらいだって?
そう思って、つまらぬ嫉妬や自分の短期的な利益のために、テレビ、新聞、雑誌、ネットで彼を叩き続けた結果、電気料金の値上げが決定した。
今の日本は、太陽光、風力などの自然エネルギーと魔石による発電に頼っているが、彼の自粛のせいで日本の魔石の在庫が大分逼迫してきたからだ。
冒険者特性を持たなくても、一階層でスライムを狩れば魔石は手に入るさ。
だが、古谷さんが最下層のモンスターを倒して手に入れる魔石に比べたら、エネルギー量が段違いだ。
彼が活動を停止したおかげで、日本の魔石産出量は二割減った。
ダンジョン大国である日本は魔石の輸出国でもあり、古谷さんの自粛のせいで輸出量も減っている。
田中総理は、世界中の国のトップから文句を言われ続けているようだ。
古谷さんが、今の今まで自粛をする羽目になった理由がくだらなすぎるからな。
彼が貧富の差を生み出す元凶なので、冒険者をやめさせましょう。
まともな政治家なら、呆れて当然だ。
だが日本では、いい大学を出て大手マスコミの社員をしていたり、名だたる一流大学の名誉教授が、ドヤ顔で古谷さんを自粛に追いやったことを自慢げにワイドショーや取材で答えているのだ。
それに賛同する世論の声もあり、古谷さんは自粛を続けている。
足下では電気料金値上げの話が出てきたが、彼らは古谷さんの自粛をやめさせるではなく、政府のエネルギー政策の無策を批判し始めた。
これに野党も便乗し、与党の政治家も有権者の声を気にして古谷さんの自粛解除要請を言い出さない。
優れた政治とは、ちゃんと決断することなのだと、今さら実感できた次第だ。
もっとも今の私は、決断できない駄目な政治を目の当たりにして、それを実感しているので救いはないのだけど。
「古谷君は、どのくらい自粛を続けるのかな?」
「このままだと、一生かもしれません」
「なっ!」
「テレビ、新聞、ネットのバカ騒ぎが終わるまでは無理でしょう」
一度炎上してしまうとな。
五股の時でもこんなに炎上しなかったのに、なにか意図的な工作なのかもしれないな。
フルヤアドバイスを通じて、露骨な古谷さん叩きをする芸能人、知識人、コメンテーター、専門家を排除したんだが、また増えてきてしまった。
「野党とマスコミが組んでいるから無理じゃないですか」
古谷君が世界一の大富豪というのもあり、彼らは喜び勇んで叩いている。
元々左翼崩れだからな。
ブルジョアの古谷君を敵とするのに、抵抗がないのだろう。
上にいる、学生運動世代の老人たちの支持も得やすいのだから。
「魔石の輸出ができないのが辛い! 今、イワキ工業が世界中の火力発電所の改良事業を進めているから余計にだ」
結局、一番効率がいい発電方法は、魔石を使ったものであった。
既存の火力発電所を改造すれば、すぐに使えるからだ。
ただ、現在世界中で魔石不足が進んでおり、日本は魔石を輸出するようになっていた。
古谷さんの自粛で、輸出は一ヵ月前にストップしてしまったけど。
「魔石の買い取りを強化するしかないですね」
「高品質の魔石がなければ意味がない」
「スライム、ゴブリンを大量に狩らせるしかないですよ」
「輸送コストの問題があるんだよ」
当然それは知っている。
ドラゴンの魔石と同等のエネルギー量を、スライムの魔石から得ようとすると、数億匹分必要となる。
そして、今この世界でドラゴンを倒せる冒険者は十人といないだろう。
輸出をする際、古谷君が狩ったドラゴンの魔石なら輸送費が圧倒的に安く済んで儲かるのだ。
魔石の価値は、含有エネルギー量のみで決まる。
小さくて、含有エネルギー量が多い、強いモンスター魔石は、ほぼすべて古谷さんが手に入れていた。
彼が自粛すれば、魔石を輸出する際に効率が悪くなってしまう。
私がそれを知らないわけがないが、現状、古谷さんが自粛しているのだから、多少輸送費が高くついても、スライムの魔石買い取り強化で対応するしかない。
古谷さんを批判している連中からしても、この方法の方が平等なので支持しやすいだろう。
多くの冒険者のみならず、みんなでダンジョンに潜ってスライムを倒し、その魔石を売って豊かな生活をする。
日本に冒険者社会主義が誕生するわけだ。
日本人みんなが潜れるダンジョン……。
ダンジョンの物理的な広さとか、職業選択の自由とか、そもそも素人冒険者ばかりでは死人が増えると思うのだが、どういうわけか彼らにそういう理論的な思考はできないみたいだ。
「ここは日本のためにも、古谷君に一日もく早く戻ってくるよう、東条君も説得してくれないか?」
「すでにやっています」
本当は、そんなことしていないけど。
というか、筋が違うだろう。
古谷さん冒険者として復帰してほしいのなら、あのバカたちをなんとかすべきだ。
彼に対し、根拠のない批判はやめろと。
まあ、どうせ無理だろうけど。
「彼は、民主主義国家である日本の国民です。その国民たちが古谷さんに冒険者をやめろと言っているのです。彼はそれに従っているのですよ」
「そう思っている国民は少ない」
「ですが、声が大きい」
同時に、そういう声の大きな少数と揉めたくないので、彼らの言いなりになる人が多い。
結局彼らは、古谷さんの自粛延長に手を貸しているのだ。
「(私は、内閣府をクビになっても構わないので、古谷さんの味方をしますよ)」
彼はもう、一生一生働かなくても生きていけるだけの富を得た。
私にも、このまま死ぬまでフルヤアドバイスで働いてくれて構わない。
その金は十分にある、とまで言われている。
実際、今の古谷企画の内部留保を考えればな。
内閣府で、バカな政治家たちのご機嫌を伺う仕事よりも、今の仕事の方が実入りが大きいのだから。
なにより、ジャンルは違っても古谷良二という優れた人の傍にいられるのがいい。
私は東大を出てキャリア官僚になったが、いざ政治家と接してみると酷い人が多かった。
あんな人たちと長々と接していると人間の質が下がりそうなので、もう内閣府に戻る意思をなくしていたのだ。
戻って再びバカな政治家たちと接すると、自分の人間の質が落ちてしまうような気がする。
田中総理に対してはそういう風に思わないが、そういうバカな政治家たちに振り回されているのを見ると、やはり内閣府には戻りたくない。
「(フルヤアドバイスの理事たち……マスコミOBで使えないのはクビだな。なんのために、普段仕事をしていない老人たちに少なくな報酬を支払っていると思っているんだ)」
「ところで、彼は今なにを?」
「趣味の研究だそうです」
「……」
田中総理。
長期政権を維持したければ、あのバカたちを鎮めるくらいしてくれ。
そうでなければ、我々は新しい総理に期待するしかないじゃないか。
私が、どうして古谷さんを優先するかって?
それはとても簡単だ。
総理大臣なんていくらでも替えは利くが、古谷さんの替えは存在しないからだ。
それを田中総理本人に言わない分別を、誰か褒めてくれないかな?
「完成だ! メカドラゴン型飛行機械」
「リョウジ君、大きいね。それ」
「ああ、元ダンジョンのボスだからな」
「それを飛行機械に改良してしまうリョウジ君が凄いけど……」
双子ダンジョンの外の世界を探索するため、メカドラゴンの残骸からドラゴンタイプの飛行機械を作った。
これがあれば、双子ダンジョンの外も世界も効率よく探索できるだろう。
「メカドラゴンの手足の関節部分とか、大分破壊しちゃったのに、よく修復できたんだね」
「最近、金属製ゴーレムの残骸から沢山ゴーレムを再生したから」
「なるほど」
モンスターであった金属製ゴーレムの残骸から、多くのゴーレムを再生し、古谷企画のゴーレムの数は大増殖していた。
屋敷で、動画の作成・編集、株やFXのトレーディング、古谷企画総務、経理など。
プロト1の下で働く高性能ゴーレムが増えていた。
裏島において、ダンジョン産農作物の栽培、畜産、養殖に従事する高性能ゴーレム、通常のゴーレムも一気に増え、それらはすべてイワキ工業に卸している。
これは冒険者業ではないので、今も続けていたからだ。
その課程で、無事富士の樹海ダンジョン一千九百九十一~一千九百九十九階層にいる金属製ゴーレムたちの仕組みを把握、完全に再現することに成功した。
「念のため、この裏島で飛行試験を実行しよう」
「ボクも乗せて」
「いいけど。墜落するかもよ?」
「大丈夫でしょう。それに、ボクもリョウジも脱出することができるから」
「それもそうだ」
たまたま休日で、しかも一人で裏島まで来ていたホンファを乗せ、メガドラゴンは無事に飛び上がった。
まずは巡航速度で飛ばしてみるが、特に問題ないようだ。
続けて高速試験を始めるが、すぐに最高速度はマッハ2を超えた。
「あれ? Gがかからないんだね」
「科学を使って作られたものじゃないから、地球上の物理的な法則が適用されないのだと思う」
「便利だね、これ。地球上では使わない方がいいかもだけど」
戦闘機に流用できそうだからな。
もっとも、富士の樹海ダンジョンの二千階層にいるメカドラゴンを倒さないと、改良することはできないのだけど。
「一から量産できないのかぁ」
「研究すればできるようになるんじゃないかな? 双子ダンジョンのもう一体があるから、今のところは世界中にこの二機しかいない」
「富士の樹海ダンジョンに繋がる双子のダンジョンと、無人の外の世界かぁ。ボクも探索してみたいけど……レベルが足りないよねぇ」
なにがあるのかわからないので、俺は一人で向こうの世界の探索をすることを決めた。
もし無事に探索が終われば、ホンファたちを招待すればいいのだから。
「あっそうそう。岩城理事長があと一年ぐらいは大丈夫だって」
「思ってたよりも、在庫を先渡ししていたんだな」
表向きは自粛しているが、俺は岩城工業との取引は続けていた。
俺が持っている魔石、資源、素材、アイテムなどを、イワキ工業の倉庫に預けていることにして、必要に応じて向こうが勝手に持ち出して使っているだけだが、まさか岩城理事長が代金を支払わないなんてことはないので、特に問題にはなっていない。
というか、田中とかいう地味な名前の総理は、俺に感謝してほしいものだ。
もし俺と岩城理事長が水面下で策を講じていなければ、今頃もっと日本経済は大混乱になっていたはずなのだから。
「一年大丈夫なら.、『アナザーテラ』をゆっくりと探索できるかな。ホンファたちは、頑張って富士樹海のダンジョン二千階をクリアーしてくれ」
「楽しそうだなぁ。地球に似た別の世界。頑張って、富士の樹海ダンジョンの探索を続けるけど、時間がかかりそう」
他の冒険者たちは、そもそも上野公園ダンジョンの千階層すらクリアーしていないのだ。
富士の樹海ダンジョンに入れるホンファたちは、間違いなく世界でトップの冒険者パーティであろう。
「ボクたちも頑張るよ」
というわけで、俺は双子ダンジョンの外の世界『アナザーテラ(俺命名)』の探索を開始し、イザベラたちは富士の樹海ダンジョンの探索に専念するようになった。
そしてそれに伴い、俺の自粛期間はさらに延長となったのであった。
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