第71話 またも自粛
「古谷企画って、上場しないのかね?」
「する必要もないし、できないだろう。古谷企画って一人法人だぞ。上場基準に達しないっての。何度説明すれば理解できるんだろうな? そういう連中は」
「ゴーレムを使っているって聞いたけどなぁ」
「ゴーレムは従業員じゃないだろう。備品扱い。イワキ工業だって人間の従業員なんて千二百人くらいしかいない。残りは全部ゴーレムだ。時差総額では、すでに世界一の企業だけど」
「そういえば、イワキ工業がメンテナンス管理つきで、ゴーレムの貸し出しを始めるって聞いたな。まずは、日本の企業向けらしいけど……」
「終わりの始まりだな」
「経済成長はするけど、失業率は上がるってか」
最近、古谷企画はいつ上場するのかと、 問い合わせをしてくるお客さんが増えた。
何度も言っているが、一人法人である古谷企画が上場することは不可能なのだけどなぁ。
相手はお客様だから、その度に丁寧に説明するしかないけど。
ゴーレムを従業員扱いする法律でもできれば可能か。
それにしても、古谷良二が世界一の富豪になるのに、そんなに時間はかからなかったな。
正確には古谷企画の資産で、古谷良二自身の資産はそうでもない……とはいえ彼の個人資産も十分富裕層に達しているけど。
「日経平均も四万円を伺うようになり、景気がよくて結構なことですな。この前みたいなことがないといいけど」
「そうだな。腐れ週刊誌が、どうでもいいスキャンダルを報道しやがって。俺たちが一体どれだけの顧客に頭を下げに行ったと思っているんだ」
「週刊真実報道は廃刊。出版社も一緒に潰れてしまったがな」
古谷良二が、世界トップランカーの女性冒険者四人と同時につき合っている。
とても不誠実な男性だ。
彼をこのまま、冒険者として活動させていいものなのだろうか?
という批判記事が出てしまい、彼は一時冒険者としての活動を自粛した。
そのせいで、日経平均がフリーフォールしてとんでもないことになったがな。
大体、未婚の古谷良二が何人の女性と付き合うと勝手じゃないか。
相手の女性冒険者たちも未婚で、彼を巡って恋の鞘当てをしているのではないのかと、俺は思うのだけどね。
一部熱烈に古谷良二を批判する人たちもいたが、彼らはいわゆるそういう方々だった。
古谷良二のみならず、冒険者特性を持つ冒険者たちが世界の資源とエネルギー政策の鍵を握り、一気に新しい富裕層へと成り上がった。
貧富の格差が広がることを懸念している、自称この世界の行く末ついて憂慮されている方々からすれば、古谷良二を懲らしめることは正義なのだ。
その正義のおかげで、日本の電気料金が上がり、資源価格が高騰し、他にもダンジョン由来のアイテムや素材、食材の流通や輸出がストップして、失業率が上がってしまう危険もあったのだが 。
彼らは、そうなったらそうなったで、日本政府の失政を批判するだけだからなんの問題ないのか。
彼らを熱烈に支持する層からお金が得られるから、彼らもなにも困らない。
それにしても、せっかく日本は上手くやってるのだから、おかしなことをして足を引っ張らないで欲しい。
「まさかまだないよな?」
「ないと思いたいが……」
なんて思っていたら、まさか再び問題が発生するとは。
そして私たちは、再び顧客たちのもとへ謝罪行脚する羽目になったのであった。
証券会社なんて、そんなにいい就職先じゃないよな。
間違いなく。
「で、今度はどんなスキャンダルですか?」
「なんでも古谷良二は、困っている人たちに手を差し伸べない冷血漢なのだそうだ。彼のような人間を冒険者として活動させるのはどうかと思う、という主張らしい」
「もう滅茶滅茶だな」
いつの世でも、突出した才能というのは叩かれるものだ。
また一部週刊誌、ネット、テレビ番組、新聞などで、古谷さんを叩き始める連中が出てきた。
批判のネタは、彼が業務の一つにしているレベリング事業だ。
要するに、大金を払った、すでに実績がある優秀な冒険者たちをさらに強化するばかりで、その他大勢のレベルが低い冒険者たちに配慮していない。
これは、格差を広げる不公平なやり方だ。
というのが彼らの主張であった。
「いつもの連中でしょう? もう叩ければなんでもいいんですね」
「困ったことに、彼らの主張は一定数の支持を得られるのだよ」
日本については、たとえばSEの世界がそうだ。
システム開発なんて、有象無象のSEが数十人いるよりも、一人の天才がやった方が優れたシステムが開発できるなんてことは業界の常識だ。
実際アメリカなんて、高い報酬を取るSEがとても忙しく、名だたる大企業が大金で囲い込んだりしている。
ところが日本だと、一人の天才SEに報酬を一億円払ってシステム開発を依頼するよりも、年収三百~四百万のSE三十人でデスマーチさせるケースが多かった。
この方法だとみんなに仕事が行き渡るので、一概に悪と言えないところも辛い。
みんなで汗水流して頑張る、的なストーリーラインが好きな日本人、企業経営者も多いからな。
冒険者についても同じように考えていて、どの冒険者もみんな平等に活躍して、所得の格差が少なく、みんなハッピーな理想的な世界を頭の中で描いているのだと思う。
問題なのは、そういう批判をする人に限って一度もダンジョンに潜ったことがなく、冒険者についても詳しくないことだ。
現時点で古谷さんしか手に入れられない高品質の魔石や、資源。素材が存在するというのに、彼に冒険者をやめさせてどうしようというのだ?
「どうせ彼らのことだ。その時ウケればいいくらいにしか考えていないさ。いつものことだ」
「で、古谷さんは?」
「うるさくなったから、また自粛するって」
「あーーーあ」
古谷さんは、もう働かなくても何代も遊んで暮らせる資産を手に入れている。
だから、こうやって批判が強くなるとすぐに自粛してしまうのだ。
叩かれた古谷さんはなにも困らず、彼らの的外れな批判のせいで、普通の日本人が困ってしまうという皮肉。
頭が痛くなってきた。
「田中総理はなんて?」
「すぐに復帰させてくれって」
「無理だろう」
だって、古谷さんが自主的に自粛してしまったのだから。
「しかも今回の批判は…… 。多くの企業が泣きそうだな」
「イワキ工業以外はな」
イワキ工業はオーナーが古谷さんと懇意であり、元から霊石など貴重な素材の在庫を大量に保持しているから 問題ないはずだ。
他の企業については責任持てないけど。
「あっ」
「どうかしましたか? 東条さん」
「日経平均が、一時間で三千円も下落しましたね。イワキ工業とその取引先に影響はなし。むしろ、イワキ工業の株価は上がってます」
「市場は正直ですねぇ……」
イワキ工業と古谷さんが、懇意なことを知らない投資家なんていないからな。
古谷さんが再び自粛して高品位の魔石や貴重な資源、素材の流通が減る以上、安全なイワキ工業の株に目は向くのは当然であった。
「そういえば、古谷さんは? あっ」
スマホの着信があったので出ると、相手は噂をしていた古谷さんであった。
『東条さん、一ヵ月自粛するからよろしくお願いします』
「一ヵ月!」
『ええ、やりたいことがあるので、少し集中して気合を入れたいのですよ』
「わかりました」
『では、お願いします』
「……うーーーん。古谷さんを叩いた連中、終わりだな」
一ヵ月もの間、高品質の魔石や、貴重な資源、素材が不足することが決定した。
特に、高性能なゴーレムの材料になる霊石の不足は致命的だろう。
「田中総理は、また世界の国々から文句を言われるわけだな」
総理大臣になんてなるものではないな。
私は古谷さんのフォローをしっかり行なって、それで裕福な生活を送らせていただくとしよう。
もう内閣府に戻らなくてもいいかも。
「良二様、少しお痩せになられましたか?」
「体重は二キロ増えたけどね 」
「筋肉が増えたのですね。精悍な顔つきになりました」
「一ヵ月で、富士の樹海ダンジョン二千階層への到達は難しい。久々に全力を出しているから」
「富士の樹海ダンジョンは、一階層すらクリアーできない冒険者が多いですからね」
「それだけ、特殊なダンジョンということさ」
俺は自室で、綾乃に膝枕をしてもらいながら耳を掃除してもらっていた。
世間では、俺を格差を生んだ元凶だと批判している連中がおり、彼らはワイドショーなどでもそれを口にするようになった。
そのせいか、関係各社に一般の人たちからのクレームが入るようになり、面倒なので俺は自粛することにしたのだ。
まあ自粛とはいっても、ダンジョンの魔石、資源、素材をどこにも売却しないというだけで、いい機会なので富士の樹海ダンジョンの二千階層を目指すことにした。
上野公園ダンジョンの倍の階層であり、モンスターが尋常でないほど強く、罠が狡猾で、さらに今回は一人でトライアルしている。
世界トップ5に入るイザベラたちでも、富士の樹海ダンジョンの百階層以降はまだ難しいという判断だ。
もし俺が二千階層をクリアーできたら、五百階層を目標としてレベリングをしてもいいだろう。
「ボクたちは、上野公園ダンジョンの最下層付近でレベルアップをしているから、リョウジ君は安心して富士の樹海ダンジョンを攻略してね」
「推定一万階層のダンジョン……まだまだ先は長いのですね」
「私たちもいつか、挑戦したいわね。チャレンジスピリットよ」
ホンファとイザベラは俺の足をマッサージしてくれており、リンダは手の平を揉みほぐしてくれていた。
夜、全員が全裸なのは、まあそういうことだと思ってくれれば。
あえて言おう!
だから俺は、世間から嫌われるのだ。
とはいえ、今の生活を変える気はさらさらないけどな。
「リョウジさん、あまり無理をなさらないでくださいね」
「無理はしていないよ」
なんちゃって自粛のおかげで、富士の樹海ダンジョンに籠もる以外、なにもしていないのだから。
翌日以降。
俺は富士の樹海ダンジョンを全力で攻略し続けているが、世間は俺の自粛で大騒ぎになっていた。
前回の五股疑惑はまだ理解できる部分があるが、今回の批判は的外れにも程があるという意見が多数出てしまったからだ。
だが、そんな批判程度で彼らが自分の意見を引っ込めるわけがない。
彼らには懇意にしているマスコミが多く、あちこちで俺の批判を繰り返していたからだ。
『考えてみたら、古谷良二のようなとてつもない実力を持つ冒険者など活躍しない方が、この世から格差や貧困が消えて好都合というものです。冒険者たちが平等に、仲良く手を取り合って活動すればいいのですよ』
と、ワイドショーでドヤ顔で語る自称経済評論家。
きっと彼のお花畑な脳内では、すべての冒険者たちが同じくらいの成果を出し、極端に荒稼ぎをして格差を増やす俺のような異端がいない素晴らしい世界が展開されているのだろう。
「つける薬はないよな」
富士の樹海ダンジョンの探索か面白くなってきたので、自粛期間を伸ばすかな。
冒険者としては全然自粛していないけど、どうせ連中には俺の行動を探るなんてできないのだから。
「モンスターが一変したな……」
富士の樹海ダンジョン千九百九十一階層から、これまでに向こうの世界でも見たことがないモンスターが出現した。
「ロボット?」
久々に『鑑定』で探ると、『RX-DD2』という金属製ゴーレムのモンスターであった。
その外見は、ゴーレムというよりもロボットに見える。
二足歩行で剣、槍、弓矢、斧などを構えて俺に襲いかかってくるが、その強さは驚異的であった。
「金属製のゴーレムなのにこんなに素早いのか! ええいっ!」
モンスターの斬撃を受けるが、パワーもとてつもなかった。
下手な上位クラスのドラゴンよりも圧倒的に強いのだ。
「血が滾るな!」
このところ、余裕で倒せるモンスターばかり相手にしてきたからな。
こういうのも悪くない。
俺はRX-DD2としばらく死闘を繰り広げたあと、ようやく倒すことに成功した。
「残骸と、 魔石のみ。魔石の品質は高いな」
RX-DD2の外装はオリハルコン製なので、これは売ればお金になるか。
「なるほど」
無事だった関節部分などを調べてみるが、実に素晴らしい造りをしている。
ゴーレム使いでもある俺が、まず真似できないと感心するほどだ。
「となると、なるべく無傷で倒して、この残骸を利用すれば……」
高性能な金属製ゴーレムが作れるのか。
外装は、無理にオリハルコン製にする必要はないからな。
俺はRX-DD2を次々と倒しつつ、なるべく無傷の状態で安全に倒せる方法を研究し始めた。
「ふう……こんなものかな」
千九百九十一階層の攻略も無事に終わったので、俺はRX-DD2の残骸を多数持って、裏島の屋敷に戻った。
「ニコイチ、サンコイチでいでいいな」
大量に倒したRX-DD2を分解し、壊れていない部分を使って組み立てていく。
結局、RX-DD2の弱点は頭部の人工人格だった。
高性能のゴーレムと同じように霊石が使われており、ここを壊されたら動けなくなってしまう。
慣れてきたら、簡単に全身無事な金属製ゴーレムが多数回収できるようになった。
「ここに、俺が自作した人工人格を埋め込めば……」
頑丈で、自己防衛能力も、素早さも、燃費すら圧倒的に向上した新型ゴーレムの完成だ。
滑らかに、素早く体を動かせる関節部分など、今の俺では作れない部分が多いので、そのうち自分で全部製造できるように、請われた残骸を参考に研究、試作を始めないとな。
「社長、このボディーいいですね」
「プロト1たちのボディーを、これに交換しよう」
「新しい体っていいですよ。清々しい気分になります」
「それはかった」
プロト1以下、高性能ゴーレムのボディーをRX-DD2のものに変えてみる。
すると、みんな大喜びでさらに効率よく仕事を進めるようになった。
使い古した前のボディーは、通常のゴーレムに転用することにしよう。
燃費も上がったので、これまでと同じ魔力量で1.5倍の数のゴーレムを運用できるようになった。
強いモンスターほど燃費がいいので、生物系の筋組織や関節、RX-DD2のような無機質系モンスターの身体構造は本当に参考になるな。
岩城理事長にも頼まれたので、もっとRX-DD2の残骸を手に入れるようにしよう。
コッソリと卸せば問題ないからな。
「これで、生産量と生産効率も大幅にアップだな」
「社長、新ボディーの成果をお見せしますよ」
「そうか。赤字にならないように頑張ってくれ」
別次元にある裏島と、屋敷の中での話なので、世間の人たちはこの事実に誰も気がついていないけど。
「足が四本あるのか……。さしずめ、ケンタウロスだな。何々、RX-DD4かぁ。末尾の数字が足の数を示しているのかな?」
富士の樹海ダンジョン千九百九十二~千九百九十九階層には、四足歩行で人型ゴーレムの上半身が乗っているRX-DD4。
昆虫型で足が六本あるが、手先は器用で人間と同じように使えるRX-DD6。
クモ型で足が八本あり、やはり人間と同じように手先が器用に使えるRX-DD8
他、RX-DD12~36など。
千九百九十一階層から千九百九十九階層までは、様々な金属製ゴーレムの巣であった。
すべて、なるべく無傷で倒せるように討伐方法を極め、ダンジョン内の撮影も忘れない。
動画は、性能アップしたプロト1たちに編集させているので、あとで更新すればいいだろう。
なお、冒険者関連以外の動画配信事業については、どうせバレないし、俺に対する批判内容と関係ないのでそのまま続けている。
プロト1たちは、インセンティブ収入が稼げそうな動画を次々と作成し、投稿して視聴回数を増え続けていた。
「社長、裏島内での農業、畜産、養殖などで使役するゴーレムたちは、多足歩行タイプに切り替えた方が安定するかもしれません」
「確かにそうだな」
他足歩行ゴーレムたちも、手先と言うか足先は人間と同じように器用だった。
それなら、再生したゴーレムたちを使えばいいか。
オリハルコン製の外装はもったいないので、他の素材のが外装と交換して、オリハルコンはインゴットにして岩城工業に売却する予定だけど。
岩城理事長によると、オリハルコンは武器と防具の素材のみならず、他にも色々と使い道があるのだそうだ。
最初はものがなかったので、相場はあってないようなものだったが、俺がチョコチョコ持ち込むようになったので、ミスリル以上に高額で取引されるようになっていた。
ミスリルに関しては、他の冒険者たちも鉱石や武具を手に入れられるようになっていたから、少し相場が下がっていたのだ。
「岩城工業も、日本の他の企業も、ゴーレムでできる仕事はゴーレムに任せる方向に進みそうです」
「コストが安いからなぁ」
投資と、生産性向上が促進されるので経済成長はするが、間違いなく失業は増えるだろう。
とはいえ、この流れは変えようがない。
なぜなら、同じく爆発的な速度で、ロボットとAIの研究も進んでいたからだ。
ロボットとAIの研究開発をすると減税するという国が増えてきて、ダンジョン特需で儲けた企業が湯水の如くお金を注ぎ込んでいたからだ。
俺を批判している連中は、それで割を食う人たち支持をあてにしているのかもしれない 。
「俺は、政治家や経済学者ではないかな。いよいよ明日は二千階層を狙うぞ」
果たして、どんなボスが待ち構えているのやら。
なんてことを考えていた翌日。
二千階層に入ると、そこにはただっ広い空間が広がっていた。
そしてその中心部にうずくまる、巨大な金属の小山。
「さしずめ、メカドラゴンかな?」
ドラゴンの形をした、金属製の巨大ゴーレムが鎮座していた。
他のモンスターの姿はなく、これを倒せば二千一階層に降りられるはずだ。
メカドラゴンの足元を確認したら、下の階層に降りれる階段が確認できた。
「こいつは強そうだな……」
さすがは、これまで誰も到達したことがないであろう階層のボス。
これまでに俺が倒したどのモンスターよりも強いはずだ。
俺は剣を構えて気合を入れ直してから、 そのまま飛び上がってメカドラゴンの頭部に一撃を入れた。
「ギュワーーー!」
「ゴーレムのくせに鳴けるのか……」
プロト1のように喋れるゴーレムもいるのだから、鳴けるゴーレムがいても不思議ではないか。
少し傷をつけることができたが、これは長期戦になりそうだ。
ないより不思議なのが、このゴーレムたちが本当に生きているかどうかだな。
「まずい!」
慌てて『マジックバリアー』を張るが、思った以上にブレスの威力が強く、全身に軽度の火傷を負ってしまった。
急ぎ、治癒魔法で回復させる。
その後も次々と斬撃と魔法でメカドラゴンにダメージを与えていくが、とにかく硬い。
ただ、傷のついた装甲が回復しないので、金属ゴーレムたちは生きているわけではないようだ。
どちらかというと、罠、防衛機能の一種なのであろう。
次々と湧き出てくる点だけは不思議だが、それはダンジョンだからだということで。
「これまで程度の攻撃力では意味がないな」
魔法で攻撃力を上げながら、さらにメカドラゴンに対して攻撃を続ける。
思った以上に素早いせいで、人工人格があると思われる頭部の中心部に攻撃が届かない。
これは、手足、尻尾を破壊しなければ頭部の人工人格を破壊できないだろう。
「溜めの時間が必要だな」
俺は剣を構え、体内に溜めた魔力で攻撃力を増す『魔力剣』でメカドラゴンの右腕を斬りつけた。
メカドラゴンの腕は細いので、無事に斬り飛ばすことに成功する。
「足と尻尾は苦戦しそうだな。たとえ何時間かかろうとも、魔力が続く限り攻撃を続けてやる!」
あとは、俺が逃げ出すか死ぬか、メカドラゴンが破壊されるかのどちらだ。
俺は、『魔力剣』を含めた様々な必殺技を、メカドラゴンは強力なブレスと太い尻尾を振り回して攻撃し、お互いに大ダメージを与え合いながら死闘を繰り広げるのであった。
さて、あとどのくらいで動きを止めるかな?
「ふう……ようやく動かなくなったか……」
これで何度目だろうか?
全身の火傷や、体中の傷を治癒魔法で治療しつつ、俺は、両手、両足、尻尾が斬り飛ばされるか破壊され、頭部がパックリと割れたメカドラゴンの残骸を改めて確認した。
死んだというよりも、活動停止といった感じだ。
最後の一撃でぱっくりと割れた頭部の中が露出しており、巨大な人口人格が真っ二つに割れて露出していた。
「霊石のリサイクルは可能だな。外殻の素材もミスリルやオリハルコンが使われているから、これも金になる。あとは……」
金属製ゴーレムなので魔石はなかったが、これらを動かす高性能な『魔電池』は回収できた。
全高五十メートルを超える巨体を効率よく長期間稼働させていたものなので、俺や岩城理事長が作るものよりもはるかに性能が優れている。
研究用として、これも高く売れそうだ。
そして、メカドラゴンの足元には二千一階層へと続く階段があった。
「今日は、二千一階層前の扉まで確認してから帰るとするか……」
倒したメカドラゴンの残骸を回収した俺は、下の階層へと続く階段を降りて行く。
すると、その途中の壁に見慣れない扉を見つけた。
「下の階層に続く扉じゃないよな?」
念のため罠を探ってみるが、見つからなかった。
「扉の向こうはなんだだろう? こんなことは初めてだからなぁ……。隠し部屋の入り口かな? 」
これまで、ダンジョンの階層と階層を繋ぐ階段の途中には、なにもないのが普通だった。
モンスターも階段には入って来ず、安全圏でもあったのだ。
扉なんてあったのは初めてだ。
「探ってみよう」
見つけた扉を開けてみると、そこも階層と階層を繋ぐ階段だった。
「他のダンジョンなのか? 二つのダンジョンの階層と階層の間の階段が繋がっている?」
扉の向こうの階段へと移動し、試しに上の階層を探ってみることにした。
すると、上の階層には……。
「メメカドラゴン!」
さっき、苦労して倒したばかりの二千階層のボス、メカドラゴンがもう一体、しかも無傷のままで出現した。
「こっちのダンジョンも、二千階層なのか?」
しかし、どこのダンジョンと繋がっているんだろう?
俺は、この富士の樹海ダンジョンを除く、世界中のダンジョンをすべて踏破している。
この新しく見つかったダンジョンが、世界のどこにあるのかわからないのだ。
「このダンジョンを、一番上まで上ればわかるのか……。ようし、やってみよう!」
よく見ると、繋がっている二つのダンジョンの作りは大変よく似ているどころか、まったく同じだった。
もしかすると、富士の樹海ダンジョンと双子なのかも。
「ということは、二千階層を上らないとこのダンジョンの地上に辿り着かないということだな。富士の樹海ダンジョン二千一階層以下の探索は一時中止して、双子のダンジョンの地上部分を確認してみよう」
思わぬ新発見をした俺は、翌日から双子ダンジョンの地上を目指して探索を開始することを決めたのであった。
「ちょうど自粛中だからいいか。もう一~二ヵ月くらい大丈夫だろう」
「まあ薬になるかな。前回もそうだが、しょうもない理由で古谷さんを自粛に追いやる連中には困ってもらおう」
結局、俺の自粛期間は三ヵ月となってしまった。
実はこっそりと、『以前からの契約で、納品しないとペナルティーなんです』と嘘を言って、岩城工業に色々と納品はしていたけど。
ただ、岩城工業とその取引先の会社以外は、俺が冒険者の仕事を自粛した影響で、原材料費の高騰、売り上げと利益率の低下で株価を大きく落としてしまった。
新聞、雑誌、テレビに広告費を出しているような大企業も多く、彼らは各媒体で俺への批判を繰り返す連中に抗議するため、広告費を引き揚げてしまった。
表向きの理由は、売り上げと利益率が落ちて、広告費を捻出できなくなったから。
広告費で収入を得ている各マスコミは、俺を批判していた知識人、芸能人、コメンテーターの仕事をすべて打ち切ってしまった。
元々苦しい理由で俺を批判したので、当然の結末であろう。
俺を批判していた連中に賛同する人たちが、『報道の自由が!』と騒いだそうだが、俺は双子ダンジョンの攻略に忙しくて、テレビすら見ていなかったのでよくわからなかった。
そんな連中の相手よりも、双子ダンジョンの地上部分の確認の方が最優先だからだ。
「結局、一階層まですべて富士の樹海ダンジョンと同じ造りだったな。出現するモンスターまで同じだ」
さて、このダンジョンはどこにあるのか?
双子ダンジョンの地上部分に出ると、そこには富士の樹海ダンジョンの地上部分とほとんど同じ風景が広がっていた。
「あれ? ここも、富士の樹海? もしかして、パラレルワールドか?」
急ぎ魔法で飛び上がってみると、眼下には富士の樹海と、富士山、そして富士五湖が確認できた。
ただ、一つだけおかしな点がある。
どこを確認しても、人が住んでいる気配がまったくないのだ。
「この地球によく似た世界の富士の樹海ダンジョンと、地球の富士の樹海ダンジョンは、二千一階層へと続く階段の途中で扉で繋がっていたのか」!
これは思わぬ発見だ。
……自粛期間を伸ばして、この世界の探索を始めるとするか。
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