第69話 厄介な寄生プレイ志願者

「ああ、ゲームの世界チャンピオンだね。住谷淳(すみや あつし)。実はボクは、ちょっとゲームに熱中していた時期があってね。彼は、いくつかのゲームで優秀なプレイヤーとして有名だったんだよ」


「そうなんだ。で、冒険者特性もあると」


「冒険者特性はあるようですが、世界チャンピオンになるほどゲームをしている人が、定期的にダンジョンに潜る時間を確保できるのでしょうか? ましてや、良二様よりも冒険者としては上なんてあり得ません」


「冒険者としては駄目だから、ゲームの世界に飛び込んだんじゃないのかしら? 昔からゲームは得意だったわけだしね。ゲームでなら、リョウジに勝てるかもね」


「冒険者特性があって、ダンジョンに潜った経験があるのなら。レベルが上がっていて、反射神経などの面でゲームでも有利だったりするか。俺もゲームチャンピオンになれるのかな?」


 スポーツにもその傾向があるので、残念ながら現在では、冒険者特性のあるスポーツ選手は、レベル1でなければ大会に出場できなかった。

 冒険者特性があってもレベル1のままなら、元の身体能力のままだからだ。

 大抵が、『一つくらいレベルを上げても分からないよね?』と言ってダンジョンでこっそりとレベルを上げ、競技前のレベル測定で引っかかって失格になるんだけど。

 ただ、Eスポーツとも呼ばれるゲームの世界では、冒険者特性があるからという理由で失格になるルールはなかった。

 冒険者特性がある人が、Eスポーツの大会に出場するケースが非常に少なかったのもある。


「リョウジ、朝風呂気持ちいいね」


「とても大きな浴槽で、使っている入浴剤もいい香りがしますし、肌がすべすべになります」


「自作の入浴剤だから」


 ポーションを作る際に出た薬草と薬草コケの搾りカスを利用した入浴剤で、わずかに薬効成分が残っているから、小さな傷や軽いシミくらいなら消えてしまう。

 今度、商品化もする予定だった。

 プロト1が勝手にやっているんだけど。


「みんなには綺麗でいて欲しいから」


 などとキザなセリフを吐きつつ、朝から美少女四人とお風呂に入る俺。

 それは、週刊誌で嫉妬されるわけだ。


「ちなみにこの入浴剤は、剛も欲しがってたからあげた」


「タケシ君が、お肌の具合を気にするの?」


「いや……婚約者さんのためじゃないのかな?」


 恥ずかしいだろうから、本人はそうとは言わなかったけど。


「剛さんの婚約者の方ですか。そういえば、私たちは顔を合わせたことがありませんね」


「ボクもないなぁ」


「私もですわ。ちょっと気になりますね」


「そもそも実在するの?」


「リンダ、さすがにそれは失礼だろう。俺は何回か顔を合わせたことあるけど」


 自宅マンション近くのコンビニとか、マンションのゴミ捨て場とか。

 何度か顔を合わせて挨拶したことはあった.


「どんな人なのか興味あるね。どうなの? リョウジ君」


「うーーーん。とても可愛らしい人だよ」


 ファーストインスピレーションは、『美女と野獣』だな。

 彼女は背も低いので、余計にそう見えてしまうのだ。


「タケシさんは、女性にモテますからね」


 剛は誤解されることも多いけど、いい奴で友達も多いし、女性にも優しいからな。

 モテるけど、婚約者ひと筋。

 婚約者以外の女性に興味がないタイプに見える。


「俺のまるで逆だ」


「もし良二様が剛さんと同じような男性でしたら、私たちが血で血を洗う争いを始めたかもしれないので、かえって好都合でした」


「そうよね。でも、私たち四人がいるってことは、他の女性は必要ないってことよ」


「四人で協力して、リョウジ君を狙う敵を排除していかないと」


「ということですわ」


 俺としては、これだけの美少女四人に愛されているのだから、今さら新しい女の子に迫られても……あまり気にならないかな。

 だって、イザベラたちのレベルが高すぎるのだから。





「(うわぁ、レベル12の戦士。もの凄く普通だ )」


「古谷良二、リアルダンジョンRPGで二回連続世界チャンピオンになったこの僕が、君とパーティを組んであげようではないか」


 なるほど。

 そういう意図があったのか。

 突然住谷からパーティを組もうと上から目線で言われたが、彼の目的は寄生レベリングにあった。

 彼もそこまでバカではなく、自分の冒険者としての実力は重々承知のようだ。

 リアルダンジョンRPGで世界チャンピオンとなって人気者になり、俺と組んで大幅にレベルアップし、リアルの冒険者として名を馳せる。

 彼にとってのリアルダンジョンRPGとは、あくまでも稼げる冒険者になるための踏み台でしかなかったというわけか。


「いや、コーチング以外でパーティは組まない主義なので」


 これまで動画配信で散々説明してきたが、俺が他の冒険者と組むときは、特殊な事例を除けば、他の冒険者のコーチングのみである。

 それも、イザベラたちのように俺がその実力を認めたか、規定の依頼料を払った人のみであった。

 俺のコーチングの依頼料は、一番安くて十億円だ。

 当然だが、それだけの依頼料を貰うので、依頼者たちが満足する結果を必ず出すようにしている。

 たまにルール違反をする奴がいるので、そういう人にはとっとと返金してコーチングをやめてしまうが、最近はそういう冒険者はほとんどいなかった。

 俺にコーチングを依頼する時点で、一角の冒険者だからという理由もある。

 なぜなら彼らは、俺に十億円払うことができる冒険者なのだから。


 なおこの話は、動画内で何回もしていた。

 半額でコーチングをする代わりに、サブチャンネルでその様子を流すという条件で、何人かの冒険者を引き受けたこともあった。

 彼らも動画配信をしており、コラボでコーチングをしたというケースもあるけど。

 そんな俺が、レベル12とパーティを組むわけがないのだ。

 余計なこと言うと付け込まれそうなので、俺は速攻で断った。


「うっ、断わるというのか? もしや君は、この僕と一緒にダンジョンに潜った結果、実力が劣ることを知られたくないんだな!」


「そんな理由じゃない。俺は、今日コーチングの依頼を受けているんだ」


 最初、十億円なんて出せるかという冒険者が多かったのだけど、最近伸び悩んでいる優れた冒険者たちが、こぞって俺にコーチングを依頼してくるようになったのだ。

 俺に任せてもらえれば、限界レベルでもなければ必ず殻を破ることができるし、コーチングを受けた冒険者全員がその効果を実感するはず。

 実際に成果が出ているので、世界中から依頼があった。

 十億円は高いけど、そのあとの数十億円、数百億円のために投資するという意味合いを理解できる人の依頼しか受けないけど。

 少し前のイザベラたちは、隙があれば俺を大金で囲み込もうとしたことを思い出す。

 彼女たちは上流階級だからこそ、先に十億円投資することを惜しいと思わなかった。

 ところが、一般庶民はそれができない。

 実はこの世の中は、数百年前から格差が広がり続けている。

 そんな本を出した経済学者がいるけど、それは事実なのだろう。

 現にイザベラたちは十億円のみならず、俺に百億円以上は依頼料を支払っていた。

 ハーネスの代金も躊躇なく出して、レベル2000を軽く越えているのだから。

 そしてそのおかげで、彼女たちが持つ会社には数千億円が入っている。

 世の中には貧富の格差の拡大を嘆く人が多いけど、あながち間違ってもいないのだ。

 イザベラたちのみならず、俺のの予想だとレベル1000で限界を迎える冒険者が数年以内に出現するはずだ。

 そんな彼らにハーネスを販売し、さらなる高みを目指してコーチングする仕事が増えるだろうなと予想していた。

 そんな俺からしたら、住谷なんて相手にしたくない人物ナンバーワンであった。


「(それに、こいつの魂胆はわかっている)」


 住谷も、冒険者としての自分の実力を理解していないわけではない。

 彼は冒険者としては低レベルだ。

 レベル12になれたので、正しい努力をすれば年収数千万円には容易に届くはず。

 だが、彼はそれが我慢できなかったのだと思う。

 なぜなら、自分がナンバーワンではないからだ。

 だからゲームの世界に飛び込み、そこで世界一になった。

 ところが、いくら世界一になってもそれはゲームの話だ。

 プロゲームプレイヤーとして世界一になっても、年収数億円がいいところのはず。

 だから彼は冒険者に戻ることにしたが、そのままではプロゲームプレイヤーのように世界一にはなれない。

 そこで、俺とのレベリングを目論んでいるわけだ。


「俺があなたと組む理由がない」


「僕は、リアルダンジョンRPGの世界チャンピオン。君は冒険者の世界チャンピオン。組む意義はあると思う」


「おおっ! これはいいニュースになりますね! プロEスポーツプレイヤーの住谷さんと、世界一の冒険者古谷さんのコラボとは!」


「あの……あなたたちは?」


 基本的に、冒険者特区内にある上野公園ダンジョンの入り口付近は、許可を得たマスコミ関係者しか入れないはずだ。

 住谷にくっついて数名の記者たちがいるが、週刊真実報道の記者……ではないか。

 あそこは出版社ごと潰れたし。

 というか、誰が許可を出したんだ?


「いえ、組みませんよ」


「どうしてです? 二人の実力は同じくらいではないですか!」


「古谷さんは言うまでもありませんが、住谷さんはリアルダンジョンRPGの世界チャンピオンですよ! あのゲームは現実のダンジョンと同じ作りをしているし、出てくるモンスターの種類も一緒だ。つまり、住谷さんは優れた冒険者でもあるんですよ」


「……」


 ゲームと現実の区別がつかないなんて……。

 本当に彼らは、マスコミ関係者なのか?


「ゲームと現実は違いますよ。〇ンハンで〇ィスフィアロが倒せたからって、現実にあんな巨大なモンスターと戦って勝てるわけがないじゃないですか」


 こんな当たり前のこと。

 俺はどうして、マスコミ関係者に説明しているんだ?

 彼らは名の知れた大学を出ているはずだよな?


「普通にゲームで遊んでいるプレイヤーはそうかもしれませんが、住谷さんは特別なんですよ」


 どうして、そんなわけのわからない理屈を平気で唱えられるんだろう。

 少し考えれば、そんなわけがないことくらい理解できるはずなのに……。


「住谷さんは、冒険者特性を持っていますからね。他のプレイヤーたちとは基本的に違うんですよ」


「きっと、古谷さんとのコンビネーションで、いいまだ誰もまだ誰も最下層に到達していない富士の樹海ダンジョンもクリアーできるはずです」


「……」


 駄目だ!

 なにを言っても通じない。

 そもそも、たったレベル12で、戦士という一番多いジョブしか持っていない住谷が、富士の樹海ダンジョンに入ったら一階層で瞬殺されてしまう。

 冒険者特性を持たず、ダンジョンに入ったことがない人に、冒険者稼業の詳細を説明するのがこんなに難しいとは……。


「古谷君、そんなことを言わないで一緒に組んで頑張ろうよ」


「住谷さんの言うことを受け入れた方がいいですよ」


「そうそう。我々に逆らってはいけません」


「俺たちは第四の権力なんですよ。今もこうして、マスコミ関係者はなかなか入れない上野公園ダンジョンの入り口にいる。つい先日、古谷さんは我々の力を実感したはずだ」


 やはりというか、住谷とこの記者たちはグルなのか。

 新聞社だかテレビ局では知らないが、会社の力を利用して俺に住谷をレベリングさせ、次は将来有望な冒険者として彼を独占し取材していくとか、そういう魂胆なのであろう。


「(随分と狡い手を使うな)」


「わかったかい? 古谷君」


 レベル12でダンジョンから逃げ出したクズが、随分と上から目線じゃないか。

 そのうえ、己の力のみが大切な冒険者稼業において、マスコミの力を利用するなmてお話にならないな。


「嫌です。俺は忙しいので」


 そんなアホみたいな要求、俺が受け入れるわけないじゃないか。


「……もう一度言ってみろ!」


「だから、たったレベル12のあんたと組むわけがないだろうが! お断りだ! 冒険者稼業は命がけなんだ。ゲームの世界に閉じ籠って、冒険者としての努力を怠ったお前と組むわけがない」


「僕が本気になれば、現実のダンジョンでも世界一の冒険者になれるんだ! 僕にはその才能がある! その才能を伸ばすことを手助けしないなんて!」


「才能があると言うのなら、まずは自分だけでダンジョンに潜ってなんらかの成果を上げてくれ。正直に言えば、冒険者パーティの誘いなんて腐るほどあるんだ」


 だが、基本的に俺はイザベラたちとしかパーティを組まない。

 なぜなら、他の冒険者たちはレベルが低すぎて、俺の足を引っ張るからだ。

 傲慢だと思う人もいるだろうが、冒険者稼業は仲良しゴッコじゃない。

 俺が弱い方に合わせるなんてあり得ないのだ。


「不平等だ! 世界トップランカーとしかパーティを組まないなんて! レベルが低くても才能がある冒険者たちに手を差し伸べるべきだ!」


「そうだ! 古谷君にはその義務がある!」


「もし住谷さんの提案を断るというのであれば、こちらにも考えがある。世論に対しこんな不平等は許せないと、新聞の記事やニュースで訴えかけることになるだろう」


「なにしろ我々は、第四の権力だからね」


「自由にすれば?」


「古谷君、君はまだ若いね。日本においてマスコミを敵に回すことの愚かさを知るといい。どうにもならなくなったら言って来るがいいさ。いつでも交渉の窓口は開いているからね」


 相変わらず上から目線の住谷は、マスコミ関係者と共にダンジョンの入り口から立ち去った。


「せめてダンジョンに潜って、少しはレベルを上げろよ……」


 俺は住谷と、彼を利用しようとするマスコミの連中に呆れはしたが、俺には俺のペースというものがある。

 急ぎダンジョンに潜り、夕方までいつものルーティンワークをこなすのであった。

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