第68話 ゲームチャンピオン

「どうですか? 古谷さん、みなさん」


「ええと……とてもよくできた3DアクションRPGですわね」


「へえ、出現するモンスターや、罠の位置、宝箱の出現位置までそっくり同じなんだ」


「日本各地にあるダンジョンがリアルに再現されているのですね」


「アメリカバージョンはないの?」


「最近話題になってるからなぁ。冒険者はプレイする時間が取れないけど」


「いやあ、古谷さんにダンジョンのデータを提供していただき大変感謝しております。このゲームですが、現在世界中で大ヒットしておりまして、売上も課金も順調です。世界各国のバージョンも順次製作中ですよ」


「やっぱり課金はあるんだ」


「ええ、優秀な武器や防具を手に入れるためには、時間をかけてお金を稼ぐか、課金して手に入れるか。時間を使うかお金を使うか。現代のゲームプレイヤーの宿命ですね」




 実は、大人気ゲーム『リアルダンジョンRPG』の制作に協力した俺は、この日、ゲームメーカーの人たちと打ち合わせをしていた。

 すでに発売されて大人気のゲームだったけど、一応確認してねというわけだ。

 遅れたのは、俺のスケジュールの関係だから仕方がない。

 俺がダンジョンのデータを提供しているし、かなりの開発費用と時間をかけて製作されたので、その出来は秀逸だと思う。


「ただ、俺たたちはやらないかな」


「確かに、冒険者たちはやりませんね。冒険者のプレイヤーはほぼゼロだというデータもあります」


「そうですわね。本物のダンジョンに半日籠ったあと、家でダンジョンにもぐるゲームをやるかと聞かれると、私もプレイしないと思います」


 元々イザベラは、ゲームなんてしないからな。


「ゲームのダンジョンをクリアしてもなにも手に入らないからね。ランキング制度とかはあるんだっけ?」


「プレイヤーが育てたキャラ同士によるバトルなどもありますし、ダンジョンの難易度はリアルと同じです。大会も開かれていて賞金も出ますから、すでに多くの有名なプロゲーマーたちが参加していますよ」


「なるほど」


「世間の大半の人たちは冒険者特性を持っていません。ですから、こうしたバーチャルの場で、ダンジョンに潜る冒険者たちの大変さを理解していただこうと思いまして。なにしろ、今や金属資源もエネルギーも、ダンジョンから入手しなければいけないのですから」


「それを理解してくれる人がいるだけで、心が落ち着きますよ」


「昨日から、ダンジョンに潜ったと聞きましたが……」


「はい、そうですね」


 結局、約一ヵ月半の自粛期間となった。

 未婚の未成年男子が、同じく未婚の女子高生四人と同時につき合ってしまったがために、週刊誌報道をきっかけに世間からバッシングされ、反省するために自粛していたのだ。

 実は、魔法で変装してダンジョンに潜り、イザベラたちの強化や、最下層付近で魔石、素材集めをしていたけど。

 どうせ『アイテムボックス』があるからいくらでも収納できるし、イワキ工業にどれだけの量を卸したのかなんてわかりやしない。

 実は、俺が自粛していなかったことに誰も気がつかないわけだ。

 それでも表向きは自粛し、俺とイザベラたちが一ヵ月半で手に入れるであろう魔石、資源、素材、レアアイテムは市場に流れなかったと判断された。

 これらの相場が、倍から数倍に跳ね上がり、くだらない理由で俺たちを自粛させた日本人は世界中から叩かれた。

 そういえばプロト1が、相場が高騰した魔石や素材、鉱石を市場に流して大儲けしたって言っていたな。

 俺の自粛が明けても、しばらくは在庫不足になると踏んだ市場が相場を下げなかったからだ。

 同じく、在庫が多くあったイワキ工業も随分と稼いだと聞く。

 俺が自粛すると聞き、その情報から株式、先物、為替の相場変動を予想できた人たちはみんな大儲けし、俺が復帰したことでまた稼ぎ、無知な人や深入りしすぎた人が大火傷をして終わったと聞く。

 投機ってのは怖いね。

 俺が復帰して一週間もしたら、全部相場が元どおりになってしまったのには笑わせてもらったけど。

 それにしても、損をしなければいいと言ってプロト1に任せているけど、あいつはこれ以上稼いでどうするつもりなのかな?

 ゴーレムだからちゃんとメンテナンスさえしていればご機嫌だし、給料を支払おうにも、本人からいらないって言われてしまう。

 プロト1は、ゴーレムが給料を貰っても仕方がないので、定期的に自分を改良して性能を上げてくれと言っていたから、俺は言われた通りにしている。

 今ではプロト一は、二千体ものゴーレムたちをコントロールするまでになっていた。

 俺のレベルが上がる度に広がっていく『裏島』での農業、畜産、漁業、簡単なアイテム類の作成。

 古谷企画の本社事務所においては、日々この世界の知識や情報を収集しつつ、多数の自作高性能パソコンと高性能ゴーレムたちを用いて、様々な動画を作って動画サイトに投稿してインセンティブ収入を稼ぎ、投資で稼ぎ、リモートで様々な仕事を引き受けて報酬をもらっているそうだ。

 ゴーレムは定期的に手入れをして、エネルギー源である魔力があれば半永久的に動かすことができる。

 労働基準法もへったくれもないから、プロト1とゴーレムたちはメンテナンスの時間以外はずっと活動していた。

 税理士の高橋先生によると、古谷企画はとてつもなく稼いでいるそうだ。

 俺という人間は、自分がダンジョンに潜って稼いだお金以外現実感がないので、赤字にしないのと、ちゃんと税金を払ってねと言って会社の口座に入れたままだけど。


「この国の偉い人たちほど安堵のため息をついているでしょうね。そんなわけで、このゲームを通じて、冒険者の方々の苦労をわかってらえればいいのですが……」


 ゲームメーカーの担当者氏はいい人だな。

 世間では、大金を稼ぎ、特区まで作ってしまった冒険者に対し批判的な人が一定数存在する。

 よくあるのが、冒険者がこの世界の貧富の格差を広げているという、社会主義的な人たちであった。

 税金はちゃんと払っているし、不満があるなら田中総理に言ってくれって感じなんだが……多分そういう人にはわかってもらえないんだろうな。




「ああ、よく寝た。ワイドショーなんて普段は見ないが……昨日のゲームを紹介しているのか」


 古谷企画の本社があるマンションはすでにゴーレムたちの楽園と化しているので、今では『裏島』の屋敷で寝るようになっていた俺だが、目を覚ましてなんとなしにテレビをつけるたら、とんでもないニュースが流れていた。

 隣には、昨晩一緒に寝たイザベラが静かに寝息を立てている。

 裸の彼女はとても美しく、もし俺がただの男子高校生だったら、絶対に彼女とこういう関係にはなれなかったはず。

 それを思うと、向こうの世界で苦労した甲斐はあったのかなと。

 テレビのワイドショーには、昨日テストプレイをしたリアルダンジョンRPGの世界チャンピオンが映っていた。

 どうやら、チャンピオンは日本人のようだ。

 ゲームの宣伝も兼ねた出演のようだが、今度また世界大会が開かれると言っている。

 しかも、優勝賞金は一億円。

 ゲーム大会の賞金としては破格なのかな?

 最近は、稼ぐプロゲーマーが増えていると聞くからな。


『ところで、住谷さんは冒険者としても活動していらっしゃるとか』


『はい、僕は冒険者特性を持っていますから』


「珍しいな」


 というか、よく飽きないな。

 ダンジョンに潜って冒険者として活動し、それが終わってからダンジョンのゲームをするのか……。


『最初は、ダンジョンの情報を得るためにゲームを始めたんです。このゲーム内のダンジョンは、すべてあの古谷良二が情報提供していますからね。まったく同じなんですよ』


 それは事実だが、いきなり人を呼び捨てにして失礼な奴だな。


『住谷さんは、古谷良二さんと一緒にダンジョンに潜られたことはあるのですか?』


『ありますけど、僕の方が凄いかな』


「えっ?」


 いや、俺はお前なんて知らないけど。


『僕の実力は、このゲームの世界チャンピオンになったことから見てもあきらかだけど、 もし僕が本気を出せば、古谷良二なんて目じゃないからね』


『それは凄いですね』


「はい? なんだこいつは……」


 現実のダンジョンとゲームのダンジョンはまったくく違うだろうに!

 司会の女子アナ!

 そこを突っ込めよ!


「もう朝ですか? リョウジさん、どうかなさいましたか? もしかして、朝から……。私としてはとても嬉しいのですが……ちょっとお時間が」


 隣で寝ていたイザベラが目を覚ますが、いつ見ても透き通るような白い肌に、日本人にはめったにないナイスバディ。

 確かに欲望がないわけなかったが、今はテレビ番組の方が重要だ。


「イザベラ、アホがテレビに出てる」


「……えっ? 自分は、リョウジさんよりも冒険者としての実力が上だと言ってるのですか? ゲームのランキングではなく?」


「リアルの方だって」


「……さすがにそれは少し無理があるのでは……」


 ぱっと見た感じ、住谷という二十代前半の若者はあまり強そうに見えなかった。

 そもそも冒険者として強い奴が、世界チャンピオンになるまでゲームに集中しないだろう。

 確かにゲームの優勝賞金は高額だが、冒険者として一定以上の実力があれば、一億円なんて一ヵ月もあれば稼げてしまうのだから。


「テレビに出ているから、気が大きくなってるのかな?」


「そういう問題ではないかと……」


 ダンジョン探索ゲームの世界チャンピオンが、俺よりも優れた冒険者だと言い始めた。

 どうやらゲームランキングの話ではなく、冒険者としての実力が俺よりも上だと言っているようなのだ。


『まずは今回の世界大会で優勝して、次は古谷良二に勝負でも挑もうかな』


『それは楽しみですね』


 バカ女子アナ。

 俺には、そんな茶番につき合う時間はないからな。


「なんと言いますか……非常に残念な方ですわね」


「本当、それ」


 そいつ一人が勝手に自称している分にはまだいいが、この手のタイプは知名度を生かして素人さんを騙そうとする傾向があるからなぁ。

 とはいえ、今の俺は彼に構っている時間が惜しかった。

 こちらに迷惑がかからないことを祈りつつ、今日もダンジョンに潜るために朝の支度を始めるのであった。


「イザベラ、一緒にお風呂に入ろうか?」


「ええ、喜んで」


 そのあと、お風呂でなにがあったのかは秘密である。

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