第67話 レベル上昇限界とハーネス
「はぁ? 明日から魔液の価格が倍? おかしくないか?」
「別におかしくないよ。魔液の生産量が半分になったから、価格が倍になった。極めてわかりやすい需要と供給の関係じゃないか」
「倍……あと、ミスリルメッキした車両用のや発電用のタンク、内燃部品の納品が一ヵ月先まで伸びたって、どういうことなんだよ?」
「知らなかったのか? 現在日本に出回っているミスリルのほぼ100パーセントが、古谷良二と上野ダンジョンの女神たちのパーティが供給していたんだ。彼らが自粛すれば、当然ミスリルメッキはできなくなる。製造元のイワキ工業には一定の在庫があるそうだが、世界中のミスリル供給がほぼ止まったので、焦った各国が注文を増やしたそうだ。イワキ工業としても、古谷良二の自粛が終わるまではミスリルの在庫を持ち続けなければならないから、生産量を少し落とすという選択肢しかないわけだ。ミスリルメッキをしていない火力発電所だと、魔液は極めて効率の悪い発電方法なのでな。二酸化炭素を排出しないので、今の世情には合っているが。魔液の材料である魔石も、高品質なものは古谷良二たちがかなりのシェアを占めていてな。スライムとゴブリンの魔石のみで今の生産量を維持すると、魔液の製造コストが大幅に上がるのさ。魔液は原油のように投機の対象にもなっているので、投機筋が価格を上げているというのもある。そんなわけで、魔液の価格が倍になっても別に変じゃないさ」
「ちょっと待て! 既存の火力発電所を少し改良するだけで、二酸化炭素を出さないクリーンな発電所になるからって、今全国で改装工事中だがもしかして……」
「改装工事が延期になる発電所も出るだろうな」
「そんなバカな! 解決する方法は?」
「古谷良二の自粛を解くしかない」
「いや、それは……世論が……その……」
古谷さんが活動を自粛しても、古谷企画もフルヤアドイスにも仕事があるので事務所で仕事をしていると、そこに与党のとある政治家が駆け込んできた。
魔液の価格が明日から倍になり、魔液がもっともコスパがいいエネルギー源であるために必要なミスリルメッキの作業が、ミスリル不足で縮小するかもしれないとニュースで流れたからであろう。
それにしても、こいつはバカなのか?
古谷さんが、イザベラさんたちと同時つき合っているという五股疑惑が出た時、毎日テレビに出演して彼の長期自粛を促し世論を煽っていたのに、今になって大騒ぎを始めるのだから。
この事態を解決するには、古谷さんの自粛を解けばいい。
だが、ここまで世論を煽ってしまったコイツが、自分の誤りを認めるとは思えないな。
散々世論を煽ったせいで、古谷さんの自粛は最低でも半年という空気になってしまったからだ。
「フルヤアドバイスの社長としましては、一日も早く古谷さんの自粛期間が終わればいいと願っています」
としか言いようがないな。
それに、古谷企画もフルヤアドバイスも数年間このままでもまったく困らないというのもある。
むしろ下手に短期間で自粛を解くと、その方がデメリットになってしまうのだから。
この世界でなにが怖いのかといえば、世論なのだから。
「だからだな。その……古谷良二が記者会見をするんだ! そこで謝罪したら自粛を解いてやる!」
「……」
世の中には、とんでもないバカがいるんだな。
ただイザベラさんたちと仲良く一緒に歩いている写真を撮られただけの古谷さんに謝罪?
こいつは政治家として人気があるが、実行力は皆無だ。
容姿はそこそこいいので、よくテレビに出て耳障りのいい政策を喋るだけ。
田中総理からも嫌われているが、政権運営上仕方なしに党の役職を与えているだけなのだから。
こいつは一応次期総理大臣候補とも言われているが、ご覧のとおり頭が悪いのでやめた方がいいと思う。
もっとも本人はバカなのにプライドだけは一丁前なので、自分が古谷さんの長期自粛をテレビで煽っていたのに、そのデメリットが出たら古谷さんに謝罪会見をしろと言い出した。
こんな恥知らずが、次の総理大臣候補とは……。
たまに、民主主義ってのはなんなのかと思ってしまう。
「あなたに、古谷さんの自粛を解く権限があるんですか?」
「私は多くの国民たちの支持を背負っているからな!」
実際こいつは人気だけはあるから、テレビでそう言えば信じる人たちもいるだろう。
こいつを支持するって……それはろくでもない政治家ばかりになるわけだ。
選ぶ方がバカなんだから。
「どうだ? 私も一緒に謝ってやるぞ」
ははん。
それが目当てか。
古谷さんと一緒に記者会見を開き、彼を許すようマスコミ関係者たちや世論に訴えかけ、次の総理大臣の最有力候補だとアピールする。
実現できたら、こいつが次の総理大臣かもな。
当然、そんなことは絶対に阻止しなければ。
「古谷さんは深く反省しており、自粛は続けるとのコメントを預かっております」
「えっ?」
「古谷さんは、まだ自粛を続けるってことです」
経済を考えるとよくないのは確かだが、残念なことに世論が古谷さんの自粛に賛成という意見が多いのだ。
古谷さんが冒険者として稼いでおり、すでに資産額で世界のトップ3にいるという点も大きい。
『未成年のガキがたまたま冒険者として優秀だっただけなのに、派手に稼いで四人もの美少女とイチャイチャしやがって! 生意気な!』
という本音を、『男女交際は清く正しく一対一で!』という建前を被せ、世間の常識から外れた古谷さんをちょうどいい機会だからと叩いた。
これが真相だと思うが、残念なのは古谷さんはこのまま隠棲しても一生贅沢に遊んで暮らせるが、日本人はエネルギー不足で大変なことになるという点だ。
他の冒険者たちの成長を待つか、残った水力、潮流、太陽光、風力発電と、蓄電技術を進歩させないと、最悪日本人に餓死者を出すかもしれない。
今の時代、工業生産のみならず、農業も、畜産も。
電気がなければ、生産量を維持することすら難しいのだから。
それがわかっていたらこのバカも、わざわざ未婚の古谷さんがイザベラさんたちと一緒にいるだけの写真でここまで追い込まないか……。
「おいっ! 本当にそれでいいのか?」
「よくはないでしょうが、みなさまのご意見ですから」
お前が煽ったくせによく言うよ。
とにかく明日から魔液の価格が倍になるし、ミスリルメッキされた内燃機関の出荷が大幅に減って大変だろうが、政治家のくせにそんなことも知らないで世論を煽った罰だ。
自分の言ったことには責任は取ってもらわなければ。
「フルヤアドバイスの存在を世間に知らしめるぞ! 天下りに批判的な国民は多いからな! それが嫌なら、古谷良二に記者会見をさせるんだ! 私が隣で彼を擁護してやる! 私が次の総理大臣になれば、色々と捗ると思うぞ」
「……」
バカなだけだと思っていたのに、クズでもあったのか。
だが、フルヤアドバイスの存在を世間に報道するのは難しいと思うがな。
なぜなら、大手マスコミのOBたちも多数天下っているのだから。
彼らも大概だが、それでも役に立つから飼っているし、古谷さんも理解してくれているから助かっている。
間違いなくこのバカよりも、古谷さんの方が総理大臣に向いているだろう。
絶対に本人は嫌がるし、彼が未成年なのが残念だ。
「(もうそろそろやり返すか。それにしても……)もう用事はないでしょう? 私は忙しいのでお引き取りを」
「なんだと! 私を誰だと思っているんだ! 次の総理大臣に一番近い高畑真一だぞ! 私の提案を拒否するなんて、たかが役人あがりのくせに!」
「言い分はすべてお聞きしました。お引き取りを」
「吠え面かくなよ!」
そう捨て台詞を吐くと、高畑議員はフルヤアドバイスの本社事務所のあるマンションの一室を出て行った。
「ふう、バカな政治家の相手は疲れるな」
マスコミも持ち上げるのなら、もう少しとマシなのにしてほしい。
バカを持ち上げると、調子に乗って扱いが難しくなるのだから。
「(まあ、高畑は明日にも終わるが。それにしても、あの動画を古谷さんはどこで?)」
自粛期間だが、どうにか一ヵ月くらいで終わってくれれば……。
それにしても、目先のおかしな正義感に囚われて、全体の利益が見えない連中には困ってしまう。
そういう人たちが多いから、私がフルヤアドバイスで高額の給料を得られるのかもしれないけど。
『ガキができた? 知らねえよ! せっかく国会議員になったんだ。バラされたら困るな。俺が堕ろしてやるよ! オラァーーー!』
『やめてぇーーー!』
『国会議員キックだ!』
『俺にはカリスマがあるから、一度に何人もの女性を愛せるから』
『妻とは離婚するから。そうしたらお前は将来のファーストレディーだぜ』
『へへっ、今回のボランティアの女子大生は粒揃いだな! 誰を味見しようかな?
翌日から、匿名であちこちの動画サイトに衝撃的な動画が次々とあがった。
テレビの出現頻度が高く、与党議員なのに時には政府批判も辞さないために人気があり、次の総理大臣候補と言われている高畑真一議員が、選挙活動ボランティアを妊娠させ、それを女性が告げたら子供を堕ろしてやると言って腹に蹴りを入れ続けている映像。
キャバクラで豪遊しながら、不倫をしようとする映像。
妻とは離婚をすると嘘をつきながら、他の女性を口説く映像。
選挙ボランティアにセクハラを働く映像などなど。
これら衝撃の動画の数々はテレビのワイドショーでも紹介され、わずか一日で高畑議員は終わった。
彼は与党を離党し、それでも議員を辞めなかったので世間から叩かれ続けている。
ワイドショーも、これまでは高畑議員を次期総理候補として散々持ち上げていたくせに、今ではその動画を流し続けて、大批判のオンパレードであった。
少しぐらい庇う番組は……世の中とは世知辛いものだ。
同時に、古谷良二の批判を繰り広げた連中の、セクハラ、モラハラの様子を撮影した動画。
不倫や犯罪行為の動画も世界中に一斉に公開され、日本のワイドショーは大喜びで批判を繰り広げている。
それにしても、古谷さんを敵に回すとここまで怖いとは……。
もっとも、彼らが品行方正ならこんな動画は出てこないはずなんだが、不思議と古谷さんを批判していた連中で、不都合な事実がない人はほとんどいなかった。
まさに、『人のフリ見て我がフリ直せ』の典型例だな。
こうして古谷さんへの批判は、高畑議員たちへの批判で塗りつぶされ、すぐに気にされなくなってしまった。
人の噂は、最近では一ヵ月保たないのだな。
「これで、一ヵ月間の自粛で問題ないはず」
魔液の価格が倍になった途端、日経平均はフリーフォール状態に陥った。
同時に、ミスリルの価格が倍近くまで高騰。
ミスリルは、ミスリル炉を持ち、ミスリルメッキ技術があるイワキ工業がすべてを精練しているため、古谷さんからミスリル素材や鉱石が入手できなくなれば値上げして当然であった。
『そんな下らない理由で、ミスリルメッキ製品と、ミスリルの輸出を止めるな!』と世界中の企業や政府から田中総理に猛抗議が入り、彼の胃袋は大変だったと思う。
もし古谷さんが本当に半年も自粛したら、日本どころか世界経済が死ぬところだったので、高畑議員の失脚は幸運だった。
あの動画がなければ、いまだ多くの国民たちが彼を支持していたはずなのは……有権者ももう少しマシな政治家を選んでほしいところだ。
難しいと思うけど。
「古谷さんの自粛が終われば……そもそも、どうして古谷さんが自粛する必要あったのだろうか?」
まったくもってわからないが、これで古谷さんも冒険者としての仕事を再開してくれるはずだ。
魔液とミスリル製品の値段も戻るはず。
「古谷さんたちはどうしているのだろうか? マンションの一室で楽しくやっているのかな?」
今回の事件の教訓は、人間の嫉妬は合理性を超える、であろう。
今後のためにも、すぐに対策をしなけばな。
「いきますわよ! ホンファさん!」
「合わせるよ! アヤノ!」
「攻撃力を重ねがけまします!」
「惜しみなくぶっ放す!」
「俺も攻撃に加わるぜ!」
上野公園ダンジョンの最下層において、これで五度目のブラックドラゴン戦が始まっていた。
俺と一緒に自粛しているはずのイザベラたちだが、剛と合流して密かに上野公園ダンジョンのクリアーを目指していた。
素直に自粛するほど、俺は殊勝な性格をしていなかった。
大体結婚もしていない俺が、何人の女性をつき合おうと勝手じゃないか。
しかも、隠して五股しているわけじゃないのだから、自粛はフリだけだ。
性格が悪いと思われるかもしれないが、冒険者は世界の異物となった。
強くなければいつ潰されるかも知れないのだから、俺は自由にやらせてもらう。
そんなわけでこの一ヵ月。
本気でイザベラたちを強化し、すでに四名にダンジョンコアを入手させることに成功した。
残りは、五回目のブラックドラゴンを倒して剛がダンジョンコアを獲得すれば、一ヵ月にも及んだミッション終了だ。
「(もう一切手助けしていないけど、みんな強くなったな)これで最後だぞ」
五人は、次々と攻撃を繰り出して最下層のボスブラックドラゴンを弱らせていく。
「ギュワァーーー!」
「『マジックバリアー』!」
立て続けにダメージを受けたブラックドラゴンが激高し、強力なブレスを吐く。
すぐに綾乃が『マジックバリアー』を張るが、すべてのダメージを相殺できなかった。
「『オールキュア』! 何度でも回復させるぜ」
続けて、剛が治癒魔法をかけて全員のダメージを回復させた。
一見武闘家に見える剛だが、実は治癒魔法使いであった。
全員のダメージを一瞬で回復させてしまう。
「ギュワ……」
「自分の身がもう危ないと気がついたか? 一気に畳みかけるぜ!」
「了解ですわ」
「了解」
「了解です」
「了解よ」
弱ってきたブラックドラゴンに対し、五人が最後のトドメとばかりに一斉攻撃を仕掛けた。
イザベラの剣技、ホンファによる拳の一撃、綾乃の攻撃魔法、リンダの連続銃撃、そして回復役なのに重たい一撃を入れる剛と。
連続で大ダメージを受けたブラックドラゴンはついに倒れ伏し、これにて剛もダンジョンコアを入手するに至った。
「長い一ヵ月だった……」
「ええ、リョウジさんの指導は厳しいですから。確実に成果は出ますけど」
「レベルも上がったねぇ」
「レベル2000ですね」
「鷹司もか? 俺も2000だけど」
「私も2000よ」
「というか、全員2000?」
「そのようですわね」
この一ヵ月、週に一度の休暇を除きスパルタで指導したおかげで、ついに俺以外に上野公園ダンジョンの最下層をクリアーした冒険者が出た。
イザベラたちなのだが、自粛だと嘘をついてダンジョンの下層部分で鍛えに鍛えた甲斐があったというもの。
とはいえ、一つだけ問題が発生してしまった。
それは、どうやらこの世界の冒険者のレベルは2000までしか上がらないようなのだ。
「リョウジさんは、レベルの限界はあるのですか?」
「ないと思うけど……」
今でもたまに、レベルが上がった際に感じる一瞬体が軽くなる感覚を感じていたからだ。
「レベルがちゃんと表示されれば、わかりやすいんだけど……」
「リョウジ君は一人でブラックドラゴンを倒せるから、レベル10000を超えていないとおかしいかも」
「レベル10000って凄いし、私たちもレベル2000を超えたいわね」
現状では、他にレベル500を超える冒険者はいないのに、さらに上を目指す。
レベルの数字というのは、スポーツの記録や資産額のようなもので、人の競争心をかき立てるものなのかもしれない。
「レベル限界の上昇かぁ……」
向こうの世界では、そもそもレベル表示自体がなかった。
体が軽くなる感覚の回数……向こうの世界にいた頃から回数は記録しているが、もしそれが正しいのなら、俺のレベルはとうに10000を超えているはずだ。
限界は……いくつなのか正直見当もつかない。
「となると、アレかな?」
「アレですか?」
「まあ用意しておくよ。使うか使わないかは個人の自由に任せるけど」
向こうの世界では、いくらモンスターを倒しても体が軽くなることがなくなり、つまり強くなる限界があるのだという話を聞いたことがあった。
大抵の人間は、いわゆる限界レベルに到達しないのだが。そこまで到達してしまった人がさらに強くなりたい時、限界を上げる特殊なアイテムを用いた。
その入手は非常に困難でだったが、確実に効果はあるので、非常に高額で取引されていたのだ。
「限界レベルが上がるのか。それは凄いな」
「ただ、これは一人一回しか使えないし、限界レベルはどこまで上がるのかも個人差があるんだ。しかも滅多に手に入らないから貴重だ」
俺の場合、魔王が逃げ込んだダンジョンで纏まった数を入手していたし、実は自分で製造できるようになっていた。
かなり作るのに手間はかかるけど。
「全員が上野公園ダンジョンのダンジョンコアを手に入れたから、引き揚げようか」
「そうですわね」
自称自粛中の俺たちは、ダンジョンコア入手記念パーティーを……はあとでやるとして、まずは古谷企画本社のあるマンションに移動する。
そこで俺は、限界レベルが上がるアイテムを実際にイザベラたちに見せながら説明を始めた。
「これだ」
「虹色の液体。綺麗ですが、これを飲めばいいのですか?」
「特に副作用とかはない。俺も飲んだことあるから」
実は俺も向こうの世界で、推定レベル2000くらいのところで強くならなかった時期があった。
多分俺は、元々イザベラたちと同じくらいの才能が限界だったのだろう。
だがそれでは魔王を倒せないので、苦労してこの虹色の液体『ハーネス』を谷入れたのだ。
俺はそのおかげで、推定レベル10000を超えても強くなっているから、ハーネスを飲んで正解だったというわけだ。
「俺のように、限界レベルがとてつもなく上がる人もいるが、逆にいえば限界レベルが1しか上がらない人も理論上はいるはずだ」
「お安くはないでしょうしね」
「そこなんだよねぇ」
いくらイザベラたちでも、ハーネスを無料で分けてあげるわけにいかなかった。
恋人なのに冷たいとか言うゴニョゴニョな方々は多いかもしれないが、それはそれこれはこれだと俺は思っている。
俺は男女平等主義者なのだから。
それに、イザベラたちは自分一人で稼いで生活している自立した女性だ。
逆にハーネスを無料でプレゼントしたら軽蔑されるだろう。
逆に無料でプレゼントしないと軽蔑されないかもしれないけど、もし彼女たちがそういう女性だったらそれはそれまでだ。
「これ、いくらなの?」
「十億は欲しいかな」
現状、イザベラたち以外で限界レベルに達した者は一人もいない。
だが、あと数年もすればそういう冒険者が沢山出てくるはずだ。
それに備えてハーネスの量産を始めようと思うのだが、ハーネスは作るのが面倒くさいし、材料もなかなか手に入らない。
このくらい支払ってもらわないと、こちらが大赤字になってしまうのだ。
「十億円ですか。随分とお安いのですね」
「もう一つ二つ桁が上だと思っていたけど、思ったよりも安くでラッキーだったよ」
「良二様、本当にその値段で大丈夫ですか? ご無理をなされていませんか?」
「レベルが上がらなくなるまで強くなる人が、十億円出せないわけがないのもね」
「それは言えているな。それよりも良二、それは苦くないのか?」
「味は無味無臭だよ」
さすがは世界ランカーたちだ。
十億円が安いというのだから。
「じゃあ、どうぞ」
人数分のハーネスを手渡すと、イザベラたちは一気にそれを飲み干した。
「リョウジさん、お紅茶ではないので無作法はご勘弁を。あっ……」
「あれ? 体が軽くなるのが何度も繰り返されている」
「ホンファさん、私はレベルが2058まで上がりました」
「ボクは、レベル2078だね。武闘家系はレベルが上がりやすいから」
「私は2028です。魔法使い系の成長の遅さは常識ですから」
「ガンナーの私は、レベル2047。平均的かしら?
「良二、俺たちはハーネスを飲んだだけだぞ。これはどういうことなんだ? 俺はレベル2017だな。魔法使い系で、パーティへの加入も遅かったから、こんなものだろうな」
「それはね……」
限界レベルに達したので、2000からレベルが上がらなかったが、先ほどブラックドラゴンを倒した大量の経験値を獲得していたのであろう。
「限界レベルの上昇により、経験値相応のレベルになったというわけだ」
「素晴らしい効果ですわね」
「ただ、ハーネスを飲んでも一人一回しか効果が出ないし、限界レベルがいくつまで上がったのかはわからない。本当に個人差だから」
「そこは割り切るしかないな。じゃあ、全員がダンジョンコアを入手したお祝いだ。どこのレストランにしようか? 俺が奢るぞ」
「剛以外の全員が自粛中だから、なにか美味しいものをデリバリーで頼もう」
「それがいいかな。良二、俺がデビットカードで支払ってやるよ」
「俺のクレジットカード。まだ使用限度額は十万円だしな」
「冒険者って、本当に信用ないよな」
十八歳になったので、無事に月夜銀行で個人と法人のクレジットカードを作れるはずだったのだが、残念ながら自粛中のためいまだ手続きに行っていなかった。
今すぐ必要というものでもないからな。
そしてすでに入手している太陽銀行のクレジットカードであったが、十八歳になったからといって限度額が上がったわけでもなく、相変わらず非常に使い勝手が悪いものとなっていた。
「リョウジ、こういう時はアメリカのクレジットカードよ」
「それが一番かなぁ」
「そうよ、そうよ」
「カードの使いすぎが原因で、自己破産しなければいいけど……」
「ホンファ、リョウジがどうやってカード破産するってのよ」
「それもそうだね」
お祝いパーティーのあと、リンダの勧めで外国のクレジットカード会社にネットで申し込んだら、すぐにカードが発行された。
これまでも苦労は、一体なんだったのだろう?
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