第66話 嘘

「はぁ……『ゴールデンコーヒー』のアイスは美味しい」


「普通のコーヒーよりもはるかに芳醇な香りが堪らないですわ」


「これ確か、特区内のお店で一杯三万円でしたよね」


「お抹茶とは違う美味しさがあります」


「アメリカンにしても美味しそうね。それにしても、段々と『裏島』は広がっていくのね」


「『裏島』の広さはレベル準拠だから。俺のレベルはいくつかは知らないけど、レベルは上がっているからさ」




 週刊誌で女性関係を批判された俺は、自粛期間に入っていた。

 俺は未婚だから不倫じゃないんだが、複数の女性をつき合うのは倫理的に駄目なのだそうだ。

 俺が一般人なら現代社会のルールを守っただろうが、すでに一般人の枠を外れているからなぁ。

 どうせ優れた冒険者ほど、隔離された冒険者特区で過ごすことが多いから、外からの批判を無視できるようになっていた。

 それに、今のこの世界が文明的な生活を維持するためには、ダンジョンから獲得したエネルギーと資源が必要だ。

 一人でも多くの優れた冒険者が必要であり、それは強さであり人格ではない。

 いくら人間的に優れていても、弱い冒険者なんて大した価値がないのだから。

 『優れた精神は、健全な肉体宿る』は、だったらいいなという意味の誤訳だそうだ。

 冒険者の強さと人間性に関連性がないからこそ、田中総理は冒険者特区を作ったのかもしれない。

 下手に世論が冒険者を排除するような方向に進めば、世界は、日本は、ただ衰退するしかないからだ。

 とはいえ、世間の多くの人たちはそんな事情がよくわかっていないのかもしれない。

 不倫した有名人が、活動を自粛することが当たり前という国民性を持っているのだから。

 しかも俺は、不倫なんてしていないんだが……四人の美少女たちと同時につき合っている事実は認める。

 とにかく俺は世論に配慮して自粛するので、その間は他の人格に優れた冒険者たちに頑張ってほしいものだ。

 イザベラたちも俺の自粛につき合ってくれるそうで、レベルアップにより広がった『裏島』の砂浜で水着になり、チェアーに寝転がって、俺がダンジョンでゲットした種をゴーレムたちが栽培した『ゴールデンコーヒー』を、アイスで楽しみながらノンビリと休憩を楽しんでいた。

 レベルアップにより、箱庭『裏島』は段々と広がっていく。

 俺が今でも、レベルアップを欠かさず行っている理由だ。

 ダンジョンで手に入れた種子と苗を、ゴーレムたちが広大な農園で育てている

 俺たちの食料にもなるし、最近ではイワキ工業の食品通販部門に卸しており、非常に好評であった。

 超のつく高級品だが、希少性と品質の高さ、なにより箱庭やイワキ工業の農業工場では農薬や除草剤を使っておらず、世界中のセレブな方々に人気となっている。

 一定以上の品質で、安定して栽培できるのは俺かイワキ工業なので、今ではその多くが輸出されていた。


「自粛しても問題なし」


「私たちは、このまま冒険者を引退しても問題ないでしょうね」


 俺もイザベラたちも、もう一生全力で遊び尽くしてもなくならない資産を持っているからだ。

 稼ぐ冒険者たちに対し、貧富の格差が広がった元凶かの如く批判する人たちがいるが、冒険者が命がけでダンジョンからエネルギーと資源を持ち帰らなければ文明が維持できない以上仕方がなかった。

 まさか、『冒険者たちは世界の人々のために、全員無料で働け!』とは言えない……そう言って冒険者たちから鼻白まれる自称知識人もいるけど。


「冒険者としての稼ぎだけじゃなくて、ボクたちみんな、不動産とか投資の運用益だけで食べられるしね」


 俺もイザベラたちも、持っている資産管理法人で不動産や株式、債権などを運用し、このところのダンジョン特需もあって莫大な運用益を出していた。

 優れた冒険者ほど、もうダンジョンに潜らなくても悠々自適で生活できるというのが現実なのだ。

 それでも優れた冒険たちがダンジョンに潜り続けるのは、信じてもらえないかもしれないが、自分たちがダンジョンに潜らなければエネルギーも資源も不足して今の国なり社会が崩壊してしまうと思っているから。

 前のダンジョン不況のせいで経済的に困窮したままの人たちは、冒険者を恨むケースが非常に多い。

 マスコミやネットで、『冒険者追放論』を唱える人もいる。

 勿論それを実行した国は詰むが、彼らは数が少なくても声が大きいケースが多い。

 世界の国の中には、ダンジョンを封鎖してダンジョンを頼らずに生きていくため、冒険者の活動を禁止している国もあった。

 結論を言うまでもないが、その国は経済力と国富が減少し続けているそうだ。

 エネルギー源は原発を廃止……ダンジョン出現共に世界中のウラン鉱脈もすべて消滅してしまい、原子力発電は今あるウランしか使えないので元々将来はないけど……。

 自然エネルギーのみで、ダンジョンがなかった頃の経済と生産力を保つのは非常に困難だ。

 多分その国にも、『封印されているダンジョンに冒険者を潜らせればいいのでは?』と考える人たちもいるはず。

 だがそれを口にすれば、彼らは迫害されてしまう。

 空気に従ってみんなが不幸にならないよう、田中総理は決断したのであろう。

 好景気なのもあって彼の政権の支持率は高いけど、それでも一部マスコミや言論人からはえらく嫌われているようだけど。


「今では、鷹司本家よりも私の方が資産家なので、そのせいでやっかみを受けるようになってしまいました。今回の報道で『家の名を汚すふしだらな娘』という評価をいただいてしまいました。私も良二様と仲良く自粛する予定ですから。あとで、『黄金茶』を用いたお抹茶を淹れて差し上げますわ」


「綾乃の淹れるお抹茶は美味しいよな。なぜか俺が淹れると苦いだけなのに」


「私は元々、お祖父樣から好きにやっていいって言われているから、リョウジ、いつまで自粛するの?」


「ああ、それなんだけど……」


 この日は早めの海水浴をみんなで楽しみ、そして翌日……。




「待ち合わせに間に合ったようだな。剛」


「やっぱり自粛なんてしないんだな」


「当然、昨日は俺が休みたかったから。イザベラたちの水着姿も見れてリフレッシュできたぞ」


「リョウジさん、恥ずかしいではないですか」


「はははっ、で、剛はなにしてたんだ?」


「臨時で、前に組んでいた友人たちのパーティに参加してた」


「タケシ君は、週刊誌で叩かれなかったものね。五股に入っていなかったから」


「俺がそこに入っていたら、また別の意味で問題だろうな。で、この機会を利用して俺たちを鍛えてくれるってわけか」


「ああ、いい機会だからな」


 俺は変装できるから、同じく魔法で変装したイザベラたちと上野公園ダンジョンに堂々と入り、深い階層で剛と待ち合わせをした。

 どうせなので、イザベラたちが上野公園ダンジョンを一階層でも深く攻略できるよう、指導を強化しようというわけだ。

 俺も、深い階層で多くのモンスターを倒してレベルを上げる予定だ。

 自粛しますとは言っておいたが、マスコミが俺の動向など探れるわけがないので、部屋や『裏庭』に閉じこもらなくてもなんの問題なかった。

 ダンジョンに潜って取材するマスコミ関係者なんて、まずいない。

 たまにそこそこ強い冒険者に謝礼を支払って、一階層か二階層を取材するのがせいぜいだった。

 そんな取材でも、テレビ番組だと『スタッフとレポーター決死のダンジョン潜入取材!』とか、大々的に宣伝して番組を流す。

 俺の動画を見ている人からすれば、『大したことしてないじゃないか』と鼻白むレベルだが、テレビはネットなんて繋がないお年寄り向けの娯楽だ

 安定して視聴率は稼げるそうで、お客さんがいるのなら好きにやればいいさ。

 それに、たとえ一階層や二階層でも、モンスターを狩ること自体は命がけなのだから。

 ただ、せっかくイワキ工業からダンジョン内でも撮影できるビデオカメラを高額で入手しても、宝の持ち腐れのような気がしなくもない。

 『報道の真実のため、俺はダンジョンの深い階層に潜る!』なんてマスコミ人は、特に日本のマスコミ人では一人もいなかった。

 外国だと、高レベルの冒険者パーティに同行する人がちょこちょこいるんだけど。

 それで死者も出ており、その点では、外国のジャーナリストって凄いと思う。

 でもそのおかげで、俺が配信するダンジョンの動画は大人気なんだけど。

 最近、テレビ番組などで俺の動画を使いたいらしく、よく依頼が入ってくるそうだが、かなり高額の使用料をくれるそうだ。

 テレビしか見ない層が、今、ダンジョンの様子を流す番組をよく見てくれるらしい。


「それはありがたいぜ! 上野公園ダンジョンの最下層を二十歳になる前に攻略したいからな」


「その意気だぜ、剛」


 俺は一旦後ろに下がり、イザベラたちが前回攻略した階層からのスタートだ。


「俺はダンジョンコアを持っているから、ギリギリまで戦ってくれ」


「了解!」


「帰りの魔力や体力を考えないで済むのはいいですわ」


「本当だよね」


 いくら到達階層のレコードを手に入れても、帰り道で力尽きたら意味がない。

 実際、帰りの体力と魔力の計算を間違って、せっかく深い階層まで攻略できたのに、帰り道でモンスターに殺されてしまう冒険者は少なくなかった。

 その点、ダンジョンコアを持つ俺がいると、自由にダンジョンから脱出可能なので、しばらくは毎日限界までダンジョン攻略が可能になるというわけだ。


「上野公園ダンジョンのダンジョンコアを持つのは、リョウジだけだものね」


「千階層は厳しいよなぁ」


 すでに世界中にある百階層から五百階層くらいのダンジョンでは、ダンジョンコア入手する冒険者が徐々に出始めていた。

 だが、低階層のダンジョンで手に入る魔石の質、鉱石の種類、モンスターの素材、ドロップするレアアイテムは大したことない。

 それでも、毎日最下層付近でモンスターを倒し続け、限界になったら一瞬で地上に戻るといった効率のいい稼ぎ方ができるダンジョンコアは、冒険者垂涎の品となっていた。

 ダンジョンコアを持つ人とパーティを組めばその利点を共用できるため、ダンジョンコアを持つ冒険者を自分のパーティに引き抜こうとしてトラブルになることが多いと聞く。

 パーティでダンジョンの最下層にいるラスボスを倒してダンジョンコアを入手する段になって、誰が所有するかで揉めたり喧嘩になるケースも少なくなかった。

 なぜなら、何人でダンジョンをクリアーしても、クリアー回数しかダンジョンコアが手に入れられないからだ。

 パーティメンバーの誰かが、ダンジョンコアの所有者にならないといけない。

 四人パーティなら、四回ダンジョンをクリアーしないと、全員がダンジョンコアを得られないわけだ。

 このシステムを考えたダンジョンの創造主は、大分性格が悪いと思う。

 人間への試練なのかもしれないけど。

 実際、ダンジョンコアを入手した冒険者が、少しでもいい待遇を受けようと他のパーティに移ってしまうケースもあったな、向こうの世界では。

 それが原因で刃傷沙汰があったりもした。

 俺の場合、すべて俺一人でクリアーしているから、この手の問題は起こらないのだけど。


「剛たちなら、一ヵ月くらい集中してやればいけるはずだ」


「ほほう、良二はそう思うのか」


「思う」


「良二のお墨付きなら頑張らないとな」


 俺がいなければ、世界最強の冒険者パーティだからな。

 ダンジョンコアを持っていないのだって、上野公園ダンジョンばかりに挑むからなのであって、イザベラたちが三百階層くらいのダンジョンに挑めば、そう苦もなくクリアーできる実力を持っているのだから。


「せっかくの機会だ。上野公園ダンジョンをクリアーしようぜ」


「ええ、いい機会ですね」


「ボクも賛成! でもリョウジ君。全然自粛してないよね?」


「嘘は、バレなきゃ嘘じゃないんですよ」


 俺が本当に自粛しているのかなんて、ダンジョンの深い階層に行かないと確認できないからな。

 ダンジョンに入る時も、魔法でいくらでも誤魔化せるのだから。


「そもそも本当に良二様が自粛したら、今週刊誌やワイドショーで騒いでいる人たちに影響があるんですけど……」


 俺が稼いでいる魔石と金属資源の量を考えるとな。

 それに、現在世界で一番使われているエネルギーである魔液の燃費を上げるには、燃料タンクや部品をミスリルメッキする必要があった。 

 安定してミスリルをダンジョンから持って帰れる冒険者は、今のところ俺とイザベラたちくらい。

 そういえば、イザベラたちも『ふしだらな娘』扱いで同じく自粛していることになっていたな。


「世間の人たちって、今の生活を誰が支えているのか理解しているのかしら?」


「してないんじゃないの。もしくは言えない?」


「こういうことが続くと、民衆を愚民扱いする独裁者が出てくるのねぇ。やめてほしいわ」


 アメリカ人らしい言い方であるが、リンダの意見にも一理あった。

 魔液の供給が減り、燃費も大幅に落ちたら、化石燃料も原発も駄目な日本では、自然再生エネルギー頼りになってしまう。

 俺が持ち帰る魔石も、量はともかく、質は一階層のスライムの数万倍のものばかりだったのだから。


「政治家も一緒になって叩いているのが理解できません」


「アヤノ、それが正しい民主主義なのよ。民衆がリョウジと私たちの自粛に拍手喝采して、それに政治家も便乗する。そのあとの不都合は全部自分たち自身に跳ね返ってくるけど、彼らはまた別の敵を探して、それのせいにして大騒ぎするのよ」


「さすがは大統領の孫娘」


「お祖父様を見ていると、政治家なんてご免被りたいわ。私は、日本でリョウジとふしだらに生きるの」


「あっ、それいいね。ボクも!」


「私も、良二様との今の生活に不満はありませんわ」


「私は、リョウジさんの行くところならどこでも」


「良二、モテモテでいいな」


 自粛だと言いつつも、俺たちは嘘をついて上野公園ダンジョンの攻略を始めた。

 イザベラたち全員がダンジョンコアを獲得できるよう、俺も頑張って指導しないと。

 その間、魔石、資源、素材、レアアイテムを買い取り所に持ち込まなければ、世間は俺が自粛していると判断するはずだ。

 多分、段々と世間に俺が自粛したことのデメリットが出てくると思うが、世論が望んだことなので俺からはどうにもできないな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る