第65話 週刊真実報道と自粛
「『古谷企画』は、今世界で一番と称される冒険者である古谷良二が100パーセント株式を保有している合同会社である。主な事業としては、冒険者として得た魔石、鉱石、素材の売却。自身がダンジョンに潜り、ダンジョンを攻略したり、モンスターと戦っている様子を世界的な動画サイト『ユーライブ』で配信し、莫大なインセンティブ収入を得ている。無料で世界中のダンジョンの情報を投稿している彼の人気は非常に高い。他にも、数千チャンネルとも言われる様々な動画を制作、編集、配信しており、その収入も莫大なものとなっている」
「よくそんな時間的な余裕があるな。数千もの動画サイトを運営するなんて……」
「それに関しては、彼はAI、ロボットに類するゴーレムを多数運用し、彼らに事業の大半を任せているようだ」
「ゴーレムとは、そこまで高度なことができるのか」
「ゴーレムを作れるジョブ『ゴーレム制作者』の力量次第ですね。たとえば、今では時価総額が世界一となった『イワキ工業』のオーナーは、古谷良二をも超えるゴーレム制作者であり、イワキ工業の業績については言うまでもありません」
「確かに、今となってはイワキ工業の株に手は出せないかな」
「優れたゴーレムを作るには、ダンジョンから産出する霊石とクリスタルが必要で、しかも現状ではなかなか手に入らない。いまだ、世界中で動いているゴーレムの大半が低性能であり、高性能なゴーレムは、ほぼ古谷良二とイワキ工業の独占状態ですね」
「確かに、ゴーレムを多数工場に配置して極力人を使わないイワキ工業は稼ぎに稼いでいるな。批判もあるようだが……」
「ゴーレムが人間の職を奪うですか? ゴーレムがなくても、ロボットとAIも発展しているので時間の問題ですけどね。話を戻します。他にも、古谷良二は『箱庭』なる異次元の広大な空間を有しているそうで、そこで栽培される高品質の農作物、畜産品、養殖品をイワキ工業に卸しており、大変に高価ですが、大きな利益を稼いでいるとか」
「それもゴーレムがやっているのか?」
「はい。そうでなければ、古谷良二がこの二年ほどで世界中のダンジョンをすべてクリアーし、その様子を動画として配信できるわけがありません。見やすい動画には高品質な編集が必要であり、それもゴーレムがやっているのでしょうね。その技術を用いて、ありとあらゆる動画を編集して、その配信収入でも荒稼ぎしていますよ」
「そこまでできるのか……ゴーレムで」
「みたいです。古谷企画は投資もしているようですが、株価や為替相場の予想をゴーレムに任せている節があります。かなりの高精度なようで、ますます古谷企画の資産が膨れあがっています」
「しかし、それだけの会社が上場しないとはな」
「人が一人しかいませんからね。日本の法律を変えないと古谷企画の上場は不可能ですよ。ゴーレムは備品や設備扱いですから」
「法律かぁ……それは無理だな」
「そんなわけで、証券会社は歯ぎしりしているわけですよ」
「圧力をかけて、人間の社員を雇わせるか?」
「お勧めしませんね。フルヤアドバイスという会社を知っていますか?」
「子会社なのか?」
「ええ、古谷企画の100パーセント出資子会社です。そこに所属しておられる方々は、純粋培養の天下りばかりですよ。各省庁の天下り、元総理経験者を含む政治家、大手マスコミのOB連中も多数在籍しております」
「手を出せないか……」
「普段は、天下り批判で勇ましい野党もなにも言いません」
「だろうな」
「ボカして、冒険者批判、ゴーレム批判に舵を切りつつあるようですが、終着点はゴーレムに税金をかけて、その税収を雇用創設や労働者の再教育、社会保障に当てるという線でしょうか」
「そんなところだな。それにしても古谷良二は凄いな。未成年の若造が、世界で三本の指に入る大富豪とか。ワシの娘を嫁にしたいな」
「お嬢様では相手にされないと思いますが……」
「今、なにか言ったか?」
「いえ、彼は骨の芯まで冒険者で、つき合っている女性たちも冒険者ですよ」
「冒険者『たち』ねえ……」
「今の世情だと批判……はされるんですかね? 彼は未婚者ですけど」
「さあな。誰かが焚きつけて燃え上がれば、その可能性もあるかな」
「そうなった場合、彼が活動自粛をしてしまう可能性がありますけど」
「それは駄目だろう」
「ですから、フルヤアドバイスなのですよ。ぶっちゃけ、古谷良二は再び経済成長し始めた日本にとって重要な人物です。不倫ならともかく、未婚の彼が未婚の女性何人とつき合おうと関係ないじゃないですか」
「ワシもそう思うが、マスコミが炎上させれば、次第にそこまで追い込まれるのが今の世の中だ」
「そうならないよう、フルヤアドバイスがあるんですけどね」
「だろうな。しかしやりにくい世の中になった。昔なんて、成功した人物に愛人がいないと、逆に不安に思われたような時代なのに」
「まあ、今でもそれなりの財力がある方々は、奥さん以外の女性と『お突き合い』しているケースが多いですけどね。表沙汰になっていないだけで」
「……なんか、トゲのある言い方だな。まあいい。冒険者特区の建設はまだ途上だ。そっちで利益を得るとするか」
「そこが無難なところだと思います。ただ……」
「ただなんだ?」
「週刊『真実報道』が、古谷良二を追っているんですよ。『複数の女性冒険者とつき合う、世界トップ冒険者。その奔放な性を糾弾する!』みたいな感じで」
「別によくないか? 誰しも若い頃は色々と……今は駄目なのか? 記事の掲載は避けられないと?」
「ええ、なので燃え上がらないといいなって思います。もし古谷良二が、しばらく謹慎して反省しますなんて言ったら……」
「あーーー株、利確しておこうかな」
「それがいいかもしれませんね」
せっかく日経平均株価が三万五千円を超えていたのに、どのくらい下がるかな。
空売りしておくか?
いや、不確定な要素が多すぎるのでやめておこう。
それよりも、できれば世間が変に騒がない方が嬉しいのだが。
『この度、世間をお騒がせしたことをお詫びし、私、古谷良二は冒険者活動及び動画の更新を休止させていただきます。復帰の時期は今のところ決めておりません。禊が済んでからということになりますので』
『やめてぇーーー! あーーーっ!』
『今日の経済ニュースです。週間真実報道で五股疑惑が報じられた古谷良二さんが冒険者としての活動を休止するとのコメントを受け、日経平均株価が一気に八千円以上も低下。売買停止となった銘柄が続出し……』
『イワキ工業の岩城社長兼会長は、『一年半から二年程度なら、素材、鉱石の在庫があるので古谷良二さんの活動休止の影響は少ない。ただ、まったく影響がないとは言えず、商品やサービスの納品に影響が出るのは避けられないと思います』と発表し、イワキ工業及び取引がある会社の株価のみは続伸しております』
「いやあ、世界中が大パニックですね。東条さん」
「それはそうでしょう。現在、高性能なゴーレムを作るのに必要な霊石とクリスタルは、ほぼ古谷さんしか手に入れられないのですから。奇跡的な確率で出現するドロップアイテムだけでは、到底需要を満たせるものではありませんよ」
「そういえばイワキ工業は、メンテナンス込みで高性能ゴーレムのレンタル事業を開始するんでしたっけ?」
「中止になるんじゃないかって、市場が大騒ぎになったんですよ。どうやら古谷さんは、事前にかなりの量の霊石とクリスタルをイワキ工業に収めていたみたいですね。高級食材の通販も影響なし。だからイワキ工業の株価が続伸したみたいですね」
「それにしても、週間真実報道め。週刊誌は時にやからすよなぁ……で、古谷さんはいつ復帰する予定ですか?」
「一ヵ月くらいのはずです。それ以上はさすがにねぇ……田中総理が血相変えて電話してきました。世界中から猛抗議が来ているようで……」
「でしょうね……」
「欧米は不倫なら文句を言いますけど、未婚の古谷さんが何人とつき合っていても問題ないですし、彼らの建前を必要以上に斟酌して大騒ぎする日本の週刊誌と、それに乗るマスコミに激怒しているみたいです」
週刊真実報道という、まあアレな週刊誌が、古谷さんの記事を書いた。
イザベラさん、ホンファさん、綾乃さん、リンダさんと同時につき合う男性として誠意の欠片もないクズ人間古谷良二というニュアンスで、自分たちが彼に正義の鉄槌を下すと、記事には書かれていたのだ。
随分と軽薄で一人よがりの正義感だが、その正義感のおかげで週刊真実報道はすで廃刊が決まっていた。
それはそうだろう。
記事を受け、古谷さんがしばらく活動を休止すると発表したら、日経平均株価がフリーフォールしてしまったのだから。
世界中で、一体何人の投資家たちが物理的にフリーフォールして、投資会社が潰れてしまったか……。
株価なんてものに正義感はまったく関係なく、これからの世界を支え、成長させるのに必要な物資を独占的に供給していた古谷さんが活動を停止しただけで、 慌て投資家たちが株を売ってしまった。
ただそれだけのことなのだから。
そして週刊真実報道は、広告を出している企業からの猛抗議を受けるのと同時に、全広告の引き上げを宣告され、出版を継続できなくなってしまった。
正義ってのは、実に儚いものなのだ。
それに最初こそ世間も大騒ぎしたが、古谷さんが未婚だという事実が広がったら……そもそも彼はまだ十七歳なので結婚できないが……、『まったく問題なくないとは言わないが、不倫じゃないんだから別によくない?』という意見が多くなり、日経平均株価の暴落で大損をした投資家や企業からも嫌われ、ついには週刊真実報道のみならず、雑誌を刊行していた出版社も経営危機に陥り、会社の倒産が噂されているそうだ。
「僕は絶対に許さないぞ! 報道の自由が、新しい横暴な権力者になりつつある冒険者と、そのシンパたちによって侵害されている! 僕は戦うぞ!」
「戦うのは自由ですが、その前に古谷さんは未婚ですよ。不倫じゃないですし、『ふしだらな関係』の定義も不明ですね。私は、古谷さんとイザベラさんたちは結婚していないという認識ですが、どうして不倫をしていない古谷さんが批判されるのでしょうか?」
「結婚していなくても、一人で四人もの女性とつき合ってふしだらっじゃないか! 恋人とは一対一で対等につき合うものなのだ」
「はあ……(小学生かよ!)」
今、フルヤアドバイスの本社に週刊真実報道で古谷さんの記事を書いた記者が抗議にやってきた。
どうやら彼は、私たちが出版社に圧力をかけたから、雑誌の廃刊が決まり、出版社が経営危機に陥ったと思っているようだ。
だが、それは違う。
週刊誌は広告費がないと出版を続けられないのに、記事のせいで世間から批判を受けた古谷良二が冒険者としての活動をしばらく停止すると発表し、その広告費を出している企業が大きな損失を受けてしまった。
売り上げを上げるために広告を打ったのに、逆に損失が出たら広告費なんて入れるわけがないじゃないか。
目の前に記者は……もう元記者か……報道の自由が侵害されたと大騒ぎしているが、高校生の恋愛模様が報道の自由の範疇に入るとは思わなかった。
それと彼の憤りの理由が、『美少女四人と同時につき合う古谷さんはふしだらで、倫理観の欠片もない。男女は一対一でつき合うべきだ』的な幼稚な考えから来ていることに気がついた。
古谷さんとイザベラさんたちのことは私も東条さんも把握しているが、別に双方に不満がないのならそれでも問題ない……この記者君はそう思わなかったのと、最初記事が出た時には、その意見に同調する人たちが多かった。
だからこそ、古谷さんは自粛を決めたのだけど、可哀想なことに彼が冒険者としての活動を自粛してももう一生生活に困ることがないが、困る人や企業は世界中に沢山いる。
すぐに考えが変わったというか、世界中からの批判に耐えられなかったんだろうな。
どうせなら、古谷さん批判を意地でも続ければよかったのに、世間の目を気にする正義ってどうなんだろうと思ってしまう。
結局、どうでもいい記事で古谷さんを活動自粛に追い込んだ週刊真実報道は廃刊となり、このいかにも女性に縁がなさそうな記者が速攻でクビを刎ねられたわけだ。
無職になって暇になった彼だが、もう同業種では仕事ができないだろう。
下手に雇い入れると、その雑誌なり出版社に広告費を出す企業がなくなってしまうからだ。
そうでなくても、今は雑誌が売れない時代だからな。
それに私に言わせると、彼がフルヤアドバイスに苦情を申し入れても意味はないと思う。
週刊真実報道から広告を引き揚げた企業に対し、報道の自由の侵害を訴えるべきではないのか?
「実際問題、あなたの記事のせいで雑誌に広告費を出したスポンサーたちは損をしたのですから、それは広告を下げられて当然と言いますか……」
「僕は間違ってない! 古谷良二は悪なんだ! 僕が必ず社会的に抹殺してやる! 上野公園ダンジョンの女神たちを、僕が悪の古谷良二から救い出すんだ! そして僕が、君たちをお嫁さんに貰ってあげるからねぇ……」
「……(キモっ!)」
段々と、この元記者の魂胆が見えてきた。
つまり彼は、イザベラさんたちに邪な感情を抱いていたわけか。
彼の視点だと、古谷良二は五股するクズ男であり、それを救うのが記者である自分の役目だと。
あらかに三十歳を超えてると思うこの元記者が、女子高生であるイザベラさんたちに性的なか感情を抱く。
むしろそちらの方が、今の世情ではアウトな気がするが、マスコミ業界には多いんだよなぁ……。
他人のどんな些細なミスでも許せないくせに、自分には極端に甘い人が。
しかも、イザベラさんたち……。
自分は五股してもいいのかよ……。
「(駄目だ……話が通じない。こいつをどうにかするまでは、古谷さんには自粛してもらわないと)」
古谷さんが有名になるにつれて、段々と変な連中に絡まれるようになったな。
これも有名税だから仕方がないけど、それを防ぐのも私たちの仕事だ。
それにしてもこの元記者は、自分はイザベラさんに懸想しても問題ないどころか、それに相応しい男だと本気で思っているようだ。
自分に自信があるのは結構だが、第三者的な視線で見れば、この元記者がイザベラさんたちに そういう感情を抱いている事実の方が気持ち悪い。
大体、これまで散々週刊誌で未成年者に淫行を働いた人物を糾弾し。社会的に抹殺してきたのに、お前は例外なのかと。
まあ、この手の人たちは無意識に選民思想を持っている人種だから、別に不思議には思わないけど。
「とにかく、古谷さんは自粛中です。お引き取りください」
「僕を誰だと思っているんだ! あの週刊真実報道の出部位記者だぞ! 僕が社会正義をなそうとするのを邪魔するなんて、古谷良二を糾弾することこそが、日本社会全体の利益になるというのに!」
「とにかくお引き取りください。元出部位記者さん」
「僕をバカにするのか? きぃーーー!」
ある意味、驚愕に値する人物だな。
すでに出版社をクビになっていて記者ですらないのに、どうしてこんなに偉そうなのか?
「(イザベラさんたちにも注意喚起しておくか)」
「僕は第四の権力をだなぁ……おいっ! 僕の話を聞いているのか?」
イザベラさんたちになにかあると、古谷さんの機嫌を損ねるどころの話ではないからな。
すぐに出部位元記者の件を伝えておくか。
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