第64話 冒険者とクレジットカード

「ご馳走様です、リョウジさん」


「悪いね、リョウジ君」


「次は私が出ししますから」


「あっ、私も出すわ」


「良二、俺まですまんな」


 今日は、一週間に一度の合同パーティによる活動日であった。

 世界のトップランカーであるイザベラたちが俺の指導を受け、大分階層を進めることができたお祝いに、今夜はとある焼肉屋で一緒に夕食をとった。

 その代金は俺が出している。

 俺が一番金を持っているし、税理士の高橋先生から『少しは経費を使いなさい』と言われていたからだ。


「代金は、二百五十六万六千五百円ね……ええと」


 俺は普段、財布を持たないことにしている。

 アイテムボックスにお金が仕舞ってあり、必要に応じてそれを取り出して支払っていた。


「あっ、領収書をお願いします。『古谷企画』で」


 この冒険者特区内にある高級焼肉店は、ダンジョンに住む様々なモンスター肉の様々な部位を提供しており、その値段は目玉が飛び出るほど高かった。

 昔だったら絶対に食べに行けなかったけど、今なら毎日通っても問題ないと思う。

 毎日通うと飽きるから、たまにしか来ないけど。


「リョウジさん、一つよろしいでしょうか?」


「どうかしたの? イザベラ」


「あの……リョウジさんは、クレジットカードを持っていらっしゃらないのですか?」


「ああ、未成年だから持てないんだ」


 俺はまだ十八歳になっていないので、クレジットカードは作れない。

 もし両親が生きていたらファミリーカード対応するのだろうけど、俺は天涯孤独なので、十七歳だとクレジットカードが作れなかったのだ。


「現金は最強だと思うんだ」


「不便ですわよ」


「そうだね。冒険者特区内のお店って高いもの。多くの現金を持ち歩くと大変だから、リョウジ君もカードを持てばいいのに」


 そう言われると確かにホンファの言うとおりかもしれないけど、 クレジットカードがなくても、アイテムボックス内に現金を入れておけばなんとかなるので問題ないと思う。


「そう言えば、私は早生まれで先週カードを作りましたが、クレジットカードの審査は冒険者に厳しいような気がします」


 冒険者には、未成年が非常に多い。

 全国の冒険者高校に通っている生徒たちは下手な大人たちよりも稼いでいる人が沢山いるのに、『クレジットカードが作れない』という話はよく聞くな。

 家族がいてファミリーカードを使っている冒険者も多いが、未成年者が個人でカードを作ることも、法人カードを作ることもできなかった。

 未成年者は、審査で弾かれてしまうからだ。

 不都合があるのでなんとかならないのかという意見は出ていたが、日本という国はなにを決めるのも遅い。

 しばらくはこのままだと思うので、俺も十八歳になるまで現金生活が続く予定であった。


「冒険者特区でも、未成年者はクレジットカードを持ってませんからね。十八歳になれば持てますが、それにしても親権者の同意が必要ですから」


「日本はそういうところが固いわよね。私はクレジットカードを持っているわよ」


 そう言いながら、リンダが自分のクレジットカードを見せてくれた。


「ブラックじゃないんだね」


「飛行機で世界中を頻繁に旅行する人ならともかく、ブラックカードなんて必要ないわよ。あの〇ル・ゲイツだって普通のカードしか持ってないんだから。これで十分」


「そうなんだ。確かに、ランクの高いカードの年会費を払う意味ってなんなんだろうね?」


「見栄じゃないの?」


「 なるほど」


 リンダの推察を聞き、ホンファは納得したような表情を浮かべた。


「良二、デビットカードでよくないか?」


「なにそれ?」


「「「「「……」」」」」」


 あれ?

 みんな黙ってしまったな。

 デビットカードを知らないと、なにかマズイことでもあるのかな?


「お前は凄い奴だが、どこか浮世離れしているよなぁ……。銀行の口座と連動したカードがあるから、それを使えばクレジットカードがなくても一度に多額の現金を支払えるぞ」


「一度に多額の現金が支払えないわけではないんだ」


 アイテムボックスに収納してあるからだ。

 しかも俺はちゃんとお金の出し入れを訓練したから、たとえば『ご会計は十六万三千五百七十四円です』と言われても、お釣りもなくすぐに出すことができる。

細かい金額をピッタリ出せるように、ちゃんと小銭も大量に用意しているのだから。


「そこで無駄に器用になる必要ないだろうが。デビットカードを作れ」


「やはりそうか」


 剛の言うとおりだと思い、俺はすぐに銀行へと向かった。

 冒険者特区内にもちゃんと銀行がある。

 このところ、銀行は経費削減のため店舗を減らす傾向にあるようだが、冒険者特区のみは例外だそうだ。

 次々と、新しい銀行の支店ができていた。


「いらっしゃいませ……古谷様ですね。奥の応接室へとどうぞ」


「そうなんだ……」


 別に、窓口でデビットカードを作ってもらえばよかったのだけど、受付のお姉さんに奥の案内室に通されてしまった。

 すぐにお茶とお菓子が出てきて、月夜銀行上野公園ダンジョン冒険者特区支店長を名乗る中年男性が、名刺を差し出しながら挨拶してくる。


「支店長の大下です。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「デビットカードを作りに来ました」


「クレジットカードでなくてですか?」


「俺はまだ十七歳で両親も亡くなっているため、家族カードにも該当しませんしね。クレジットカードが作れないんですよ」


「そうですね……私としては古谷様のクレジットカードを発行しても全然問題ないと思うんですけど、なぜか申請で撥ねられてしまうんですよね。古谷様は、いつ十八歳になられますか?」


「来月です」


「それなら今日は申し込みをせず、今はデビットカードでしのいだ方がいいですね。実はクレジットカードの審査は、一度落ちてしまうとその後半年は申請を出せないんですよ」


「へえ、そうなんですか」


 クレジットカードの審査に落ちるような奴はあかん、ということなのかな?


「今ですと、当行のデビットカードに入会されますと、三千ポイントの新規ポイントはサービスされますし、クレジットカードと同じように、使用金額の1パーセントのポイントが付きますから」


「それはいいですね。じゃあ、それでお願いします」


「畏まりました」


 剛の忠告に従っておいてよかったな。

 数日後、無事に俺のデビットカードが手元に届いた。


「クレジットカードとは違って、口座の金額以上は使えないのか。ちょっと不便?」


「いや、お前の銀行の口座、いくら入ってるんだよ?」


「個人の口座だからそれほどでもないよ。一億円ぐらい」


 俺は給料取りだから、個人口座にはさほどお金が入っていない。

 両親の遺産や、家を売ったお金とかが主だった。


「十分だろう! マンションでも買うのか?」


「まさか。二つもいらないよ」


 確かに、よくよく考えてみたら俺がそれなりの金額を使うのって、イザベラたちや剛とダンジョンを出たあと外食に行ったり、たまにイザベラたちに服とかアクセサリーを買ってあげるぐらい。

 デート費用もそうだけど、基本的に冒険者が特区の外に出ると嫌がられるので、デート費用自体はあまりかからなかったのだ。

 そしてなにより、俺はあまり贅沢する性質でもないし。


「じゃあ問題ないのか」


「そもそも、古谷企画の法人カードすらないってどういうことよ?」


「どういうもこういうも、作れないから仕方がないんだよ。いつもニコニコ現金払いで」


「世界で三本の指に入る資産家が、わけのわからないこと言ってるな」


 会社のオーナーである俺が十八歳未満なので、クレジットカードの審査に通らないのだ。

 別にそれでなにか困ったことがあったわけでもないし、来月になれば作れるから問題ないんじゃないかな。

 デビットカードも手に入ったことだし、あとは今日の仕事をこなすことにするかな。




「ふふふっ、この俺は将来太陽銀行の頭取になる男。そのためにも功績を稼いでおかなければな」


 東大を優秀な成績で卒業して太陽銀行に入行した私は、言うまでもなく上を目指していた。

 今の時代、銀行が危ういなんて話も出てきているが、そう簡単に潰れるわけがない。

 なによりこの私が、太陽銀行の改革を進めていけばいいのだから。

 今、太陽銀行は日本一のメガバンクではなくなり、第二位に転落してしまった。

 これも、クビになったバカな支店長が世界で三本の指に入る資産家となった世界一の冒険者にして、動画配信者である古谷良二と揉めたからだ。

 動画配信をしているニートの息子を有名にするため、古谷良二にコラボを要求。

 断られたら、太陽銀行の名前を出して脅したと聞く。

 せっかく東大を出て太陽銀行の支店長になったのに、バカというのは一生治らないものだな。

 古谷良二は、海外からの送金と振り込みが太陽銀行指定という案件があったため、古谷企画の口座は残していたが、多額の預金を月夜銀行に移してしまった。

 そして月夜銀行が世界各国からの報酬振込み対応可能になった瞬間、古谷良二は太陽銀行との取引をすべて中止した。

 さらに、イワキ工業やその関連会社や取引先、さらには多くの優秀な冒険者たちが、太陽銀行の口座を解約して月夜銀行に新規に口座を開設。

 その結果、太陽銀行は日本で二番目の銀行に転落してしまう。

 古谷良二と古谷企画の口座解約を阻止できなかった前頭取以下経営陣は、全員が総退陣となってしまった。

 とはいえ、退陣したはずの旧経営陣はちゃっかり相談役や顧問となっており、週刊スプリングセンテンスから『老害の極み』と批判されてしまったがな。

 ともかく、今の太陽銀行に求められていることは、古谷良二との和解であろう。

 ではどうすればいいのかといえば、私はちゃんと情報を集めているぞ。

「古谷良二も、古谷企画も、クレジットカードが作れない。ならば作れるようにしてやればいい」

 それにしても、世界で三本の指に入る資産家に未成年だからという理由でクレジットカードを作らせないとは……。

 ここまで杓子定規だと、ある意味感心してしまうというか、いくら大富豪相手でもルールは絶対に曲げない公平性を保っているというか……。

「とにかく。今すぐ古谷良二にクレジットカードを作ってやれば、主要取引銀行を太陽銀行に戻してくれるだろう」

 あの元バカ支店長め!

 今では元ニートだった息子と某地下帝国で働いているが、あいつら親子のせいで、太陽銀行は日本で二番目のメインバンク転落してしまった。

 それを聞いたOBで、ショック死した者までいる。

 逆にそのおかげで、これまで相談役を名乗っていつまでも銀行にへばりつき、金やリソースを毟り取っていた多くの老害たちを追い出せたので、 すべてが悪い話ではない。

 数は減ったが、前経営陣が相談役や顧問になっている点については、私も将来はその席に座る予定なので無理に追い出すのはよくないか。

 これから私の大活躍が始まるので、将来功労者となった私には必要な地位なのだから。

「古谷良二の問題だけではない! 冒険者業界において彼の力は大きいし、冒険者特区への進出が上手く行っていない要因でもあるのだ」

 いくら古谷良二が世界有数の大金持ちだとしても、太陽銀行に彼の口座がないという理由だけでメガバンク二位に転落していない。

 彼と太陽銀行とのトラブル内容が徐々に世間へと浸透した結果、現在、世界で最も稼げる職業となっている冒険者たち。

 それも日本の冒険者たちが、太陽銀行から預金を引き上げたり、口座を持たなくなったことが問題なのだ。

 冒険者特区には富裕層が多いので、世界中のどの銀行も冒険者特区への進出を急いでいる。

 ところが、冒険者特区内にある太陽銀行のどの支店も客足は鈍く、赤字の店舗も多かった。

 現在、稼げなくなった銀行が全国の支店を整理している中、唯一冒険者相手の商売には未来があった。

 冒険者は稼げる人が多いが、肉体労働なので一生その仕事を続けられるとは俺も思わない。

 冒険者稼業を引退した人たちの資産運用を手助けする金融機関は多いが、残念ながら日本の銀行は完全に出遅れていた。

 冒険者特区では投資に関する規制が緩く、外資の金融機関が活動しやすい。

 彼らは冒険者たちをターゲットとして、その資産管理業に手を出しており、業績は右肩上がりだった。

 日本の銀行はとにかく動きが遅いので、この私がなんとかしなければ。

 まずは千里の道も一歩からということで、古谷良二のクレジットカードの審査を通してしまおう。


「というか、なぜ審査が通らないんだ? まあいいか。太陽銀行カードの審査を通せば、彼個人も会社も、メイン口座を太陽銀行に戻してくれるはずだ」


 俺はそれから頑張った。


『クレジットカード? あと一ヵ月で十八歳になるから、そうしたら月夜銀行が作ってくれるって言っているから』


『そこをなんとか!  一週間とかからずに作りますから』


『本当に、審査は大丈夫なの?』


『任せてください!』


 私は、ありとあらゆる方法と努力を使って、古谷良二のクレジットカードの審査を通した。

 太陽銀行は古い体質の会社だ。

 業界二位に転落してしまったのに、頑なに変化を嫌う連中が上にひしめいている。

 『前例がない』と、古谷良二のクレジットカードの審査を通さなかったが、苦労してようやく、家族がいない未成年のクレジットカード審査を通すことに成功した。

 こういう時こそ政治家や官僚の仕事だと思うのだが、あいつらも上にいる老人たちに睨まれたくないんだろう。

 強引なやり方をした私には敵が増えたが、同時に志を同じくする同志も増えた。

 人がなにかを成す時、他人に嫌われることを恐れてはいけない。

 誰にも嫌われないようにするということは、なにもしないのと同意義なのだから。


「本当にクレジットカードだ」


「どうぞ、私が審査を通しておきましたので」


「助かるなぁ。これで外食する時とか便利になるよ」


「今後とも太陽銀行をよろしくお願いします」


 これで古谷良二も、太陽銀行を見直すはずだ。

 とても疲れたが、大きな仕事終えた達成感に私は包まれていた。


「今日は、一杯やって帰るか」


 明日からもまた忙しい日々が始まるが、今日一日くらい勝利の美酒に酔っても問題ないはずだ。


「この近くに居酒屋はと……あった!」


 銀行員といえど、若造の給料などたかが知れたもの。

 勝利の美酒は居酒屋チェーン店であげることになったが、私はドンペリでも空けたかのような気分を味わったのであった。




「このカードでは枠が足りません」


「あれ? そういえば、このクレジットカードの使用限度額は……十万円! 使えねえ!」


「良二、だから言ったじゃないか。冒険者ってのは、いくら稼いでも社会的な信用がないんだよ。素直にデビットカードにしておけって」


「日本って、ある意味凄いですわね。 数億円の口座に紐付けされたクレジットカードの使用限度額が十万円って……」


「イザベラ、日本だと、大企業の正社員とか公務員じゃないと信用が低いんだよ。ボクは〇メックスを使っているから大丈夫だけど」


「そんなわけで、私もデビットカードを使っています。日本人未成年冒険者はクレジットカードを作れない。仕方がありませんから」


「アメリカでは、稼いでる人はちゃんと相応のカードが持てるから。むしろ、カードを使いすぎて破産する人が多いくらいだし。リョウジ、今日は私が奢るから」


「……支払いは、デビットカードで!」



 やっぱりクレジットカードは不便だよな。

 現金か、デビットカードで問題ないや。

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