第63話 本音と建前

『今日は、上野公園ダンジョン九百二十七階層に生息するクリスタルドラゴンを実際に倒してみせます』



 久々に、純粋なモンスター退治をしているような感覚があるな。

 とはいえ、俺の周囲にはビデオカメラを搭載したドローン型ゴーレムが飛び回って撮影している。

 すでに動画配信は、新たに出現した寂寥島のダンジョンの撮影まですべて終了したので、今度は効率のいいモンスターの倒し方講座を動画配信することにした。

 これまでは、俺のレベルとジョブをフルに活用したモンスター討伐動画を配信していたのだけど、『真似できない』という意見が多く寄せられたため、わざとこの世界で上位の実力を持つ冒険者レベルにまで身体能力を落とし、 その状態で効率よくモンスターを倒せる方法を実演、撮影することにしたのだ。


『基本的に大型のドラゴンは、真上から見た頭部を時計に見立てると、四時と八時の方向に死角があります。最初はこの方向から攻撃してダメージを蓄積させると、早く弱ると思います。ですが、ずっとドラゴンにとっての死角に居続けますと、尻尾を振り回して反撃されるケースが多いので、死角を突くのは攻撃する直前のみにして、攻撃時以外はドラゴンに姿を見せて気を引き、いつブレス攻撃がきても回避できるよう、気を抜かないようにしてください』


 解説を加えながら、クリスタルドラゴンを倒していく。

 クリスタルドラゴンの体はクリスタルでできているが、このクリスタルが性能のいい魔法道具のセンサー素材になるのだ。

 素材名はそのまま『クリスタル』なんだけど、水晶とはまるで原子構造が違う透明な結晶であり、高性能なゴーレムや魔法道具作りには必ず必要な素材であった。

 現在イワキ工業が強化買い取りをしているので、今日はクリスタルドラゴンを討伐するシーンの撮影と、クリスタル集めを続けていた。

 いまだ俺以外の冒険者で、ダンジョンの地下七百階に到達できた人はいない。

 死神の経験値でさらに強くなったイザベラたちでも、六百八十階層付近というのが現状だ。

 上野公園ダンジョンでなければ、彼女たちは五百階層クラスのダンジョンコアを確保できる。

 そのため、このところ俺が週に一回全国のダンジョンに『テレポーテーション』で連れて行っていたため、上野公園ダンジョンの攻略が少し遅れているのは事実だが、この世界の冒険者で五百階を超えられる冒険者が今のところイザベラたちしかいないので、それほど影響はないと思う。


 他国は、自国の冒険者がいくつかある百階層~三百階層のダンジョンをクリアーし、無事にダンジョンコアを手に入れたというニュースをたまにやっているが、低階層のダンジョンをクリアーしても、高階層で同じ階層に到達しても、手に入れられる魔石や素材の種類や質に違いはない。

 ダンジョンコアを持っていると、一瞬で好きな階層に移動でき、逆にいつでもダンジョンから脱出することができるから、手に入れて損はないのだけど。


『ですが、みなさんの場合はまだレベルが全然足りません。多くのモンスターを倒してひたすらレベルを上げてください。レベルが足りないと、いくら動画の解説どおりにやっても体がついていかなくて、ドラゴンに殺されてしまうでしょう。俺はレベルが表示されないので確実にその数値とは言えませんが、最低でもレベル3000は超えないと、クリスタルドラゴンは倒せないかなと。以上です』





「リョウジさん、今の私たちでもレベル2000をようやく超えたばかり。レベル3000を超えるには時間がかかりますわ」


「それも、金色のドラゴンとか、死神とか。リョウジ君が倒したレアモンスターの経験値を分割してもらってたからね。ボクたち以外の冒険者では、レベル700を超えた人は一人もいないんだから」


「つまりクリスタルは、現状では良二様しか手に入れられません」


「極まれにレアドロップアイテムとして手に入るらしいけど、 今のところ世界でたった二例のみ……。高性能なゴーレムにはクリスタルと霊石が必要だから、世界中のゴーレム製造者が大金を積んで買い漁っているわ。イワキ工業からしか購入できないけどね」


 撮影した動画は、プロト1が編集してから動画サイトに更新した。

 恐ろしい勢いで再生数が跳ね上がっていくが、コメントを見ると『お前の真似はそんな簡単にできない!』、『失敗すれば死ぬんだから、地道にコツコツレベルを上げていくしかない』などと書かれていた。

 クリスタルドラゴンは、大型のドラゴンだからなぁ。

 霊石とクリスタルは、高性能なゴーレムを作るのに必ず必要だが、技術がない人が無理に高性能ゴーレムを作ると、重たくなり、大量の霊石とクリスタルを使い、コストが爆発的に跳ね上がってしまう。

 いくら高性能でも、最新鋭ジェット戦闘機よりも高いゴーレムなんて世間に普及しないだろう。

 だが、ゴーレムの本体を軽量化すれば、霊石とクリスタルの使用量が減って節約できる。

 その技術を持つのが俺とイワキ工業だけなので、俺は岩城理事長に頼まれて毎日一体分のクリスタルと、一日一キロほどの霊石を納品していたが、明日から倍納品してくれとメッセージが入った。

 早く他の冒険者たちがクリスタルドラゴンを倒せるようになるといいのだけど、時間がかかるかも。

 変に焦って死なれると困るし、実際に一グラム百五十万円まで買い取り価格が上がったクリスタルを手に入れるべく、冒険者たちはレベル上げに奔走するようになった。

 まずクリスタルドラゴンがいる階層に辿りつけるまで強くなるという段階なので、 しばらくは俺がクリスタルを納品するしかないな。

 霊石の方は、恐山ダンジョンか寂寥島のダンジョンで手に入れ始めた冒険者が出始めたので、クリスタルほど需要が逼迫していないけど。


「しかしまぁ、良二が頑張っているおかげか、日本の冒険者特区は冒険者属性を持たない人間がほとんどいなくなったな」


 段々と冒険者特性を持つ住民が増えていき、例外は冒険者特区内のインフラを維持する人員や、冒険者向けの飲食店のオーナーや数少ないスタッフくらいか。

 それもこのところはゴーレムを導入して極力人員を減らすものだから、ますます冒険者特区内で冒険者特性を持たない人は減っていた。

 冒険者特区内にある役所にしたって、人員は極力減らし、ゴーレムに作業をやらせているぐらいなのだから。

 そんな無茶がいきなりできるのも特区のおかげだが、当然の如く新しいことにはすべて反発する層が出ている。

 『飲食店、役所、会社に人間がほとんどおらず、ゴーレムばかりなんて人情がない』とか。

 『もしゴーレムが暴走したらどうするんだ!』など。

 ゴーレムに不都合が出ると動かなくなってしまうのだということを説明しても、連日ワイドショーなどでは自称ゴーレムの専門家を名乗る、冒険者特性がなく、自分でゴーレムすら作れない専門家が愚にもつかないことを言っていた。

 冒険者や事情を知る人たちは鼻で笑っているが、マスコミが煽るおかげで、冒険者特性を持つ人はますます冒険者特区内に集まり、スライム狩りをする冒険者特性がない冒険者やその家族、特区を維持するための人たち、そこで商売をする人たちは通勤に便利な外縁部に住むようになり、そこが『予備冒険者特区』などと呼ばれ、 冒険者特区と合わせて富裕層ばかりが住む場所と言われるようになった。

 言うまでもなく、『これでは貧富の差が広がるばかり。政府は貧困対策を強化しろ!』という声も増え続けているが、ダンジョンと冒険者のお陰で日本の経済は成長し続けているし、普段ならなにを決めるにも時間がかかるはずなのに、冒険者特区のおかげで先進的な政策を打てている側面もあった。

 俺に言わせると田中総理はよくやっていると思うけど、彼を嫌うマスコミや自称リベラルな知識人はとても多かった。

 彼はちゃんと仕事をしていると思うけど、政治家になるもんじゃないな。


「冒険者特区は、いい政策だと思うけどな」


 俺も剛の意見に賛成だ。

 冒険者特性がある冒険者はいレベルアップしてしまうため、人間を超越した力を持ってしまう。

 それが一般人に向けられた場合、佳代子のような悲劇を生むので、普段は別れて住んだ方が安全なのだ。

 強い冒険者が暴れた場合、他の強い冒険者が取り押さえられるという利点もある。

 もっとも、冒険者特性を持つ冒険者はレベルが上がると知力が上がる。

 犯罪なんて割に合わないという結論に至る人は多く、一般人よりも犯罪を働く者は少ないはずだ。

 ゼロではないのは、佳代子の暴走を見てもあきらかだけど。


「テレビだと、冒険者は現代の貴族だ王族だと批判する人たちも多いけど、俺の家のポストに毎日婚活パーティーの招待状が入っているんだよ。俺はまだ十七歳なのにな」


「俺も毎日入ってくるな。無料でいいから参加してくれって」


「俺は十八歳になったら結婚するのに、婚活パーティーなんか出ねえよ」


 剛は、現時点で幼馴染と同棲している、究極のリア充にして勝ち組だからな。


「ボクたち女性冒険者にも、婚活パーティーのお誘いがくるよ。医者とか、弁護士とか、会社経営者とか」


「だと思った」


 最近、格差と貧困の戦犯のようにマスコミで言われている冒険者だが、実は結婚したい男性、女性の職業ランキングで冒険者が一位となっていた。

 これぞ、まさに本音と建前だな。

 ちなみに二位は、安定の公務員である。

 そのせいか、冒険者との婚活パーティーを開催する業者が非常に増えていた。

 この場合、冒険者側はパーティーへの参加費用は無料で、 冒険者でない人たちは男女共に数千円から数万円の参加費用を支払うのだそうだ。

 ただ、このようなパーティーに参加する冒険者特性がある冒険者は非常に少なかった。

 大半が、冒険者特性がなくて一階層でスライムを倒している冒険者ばかりだ。

 それでも高収入なので、パーティーはとても盛況らしいけど。

 酷い婚活パーティーだと、売れない役者に冒険者を演じさせたりして、参加費用を荒稼ぎしている詐欺のような業者もいるそうだ。


「女性冒険者を狙う、ヒモみたいな男も多いわよ。私は、そういう貧弱の男は嫌い!」


「今の世は男女平等だから、そういう人がいても仕方がないんじゃないの?」


「リョウジ、自分が主夫になって、家事や子供の面倒をすべて見る覚悟がある男性ならいいけど、大半は奥さんの稼ぐ金で遊ぼうと考えているクズばかりよ。アメリカにもそういう男は沢山いるわ」


「リンダ、そういうのに国籍は関係ないって。香港にも、本土にも沢山もいるよ」


「イギリスの駄目な男は、本当に働きませんからね」


「日本もその駄目夫に、まさにその駄目夫を産んで育てたんだなと理解できる、おかしな両親が奥さんを追い込むケースが多いですね。だから順調に離婚率は上がっています。昔の女性は我慢したのでしょうが……」


 結婚って難しいんだな。

 俺はまだ結婚できる年齢じゃないけど。


「冒険者の仕事は男女ほぼ同数ですし、極めて現代に合った職業かもしれませんわね」


 男女平等というか、実力のみで評価される世界であり、冒険者特性も男女で比率が偏っていなかった。

 冒険者特性がない冒険者は圧倒的に男性が多い……というのが最初の世間の予想だったのだけど、 実はそれほど男女差がなかった。

 女性でもグループを組めばスライムを倒せるので、女性パーティもかなり多かったからだ。


「冒険者が批判されない唯一の項目ですわ。男女が平等に働いていますから」


「冒険者の世界ランカーは、男性だと俺と良二。女性はグローブナー、ウー、鷹司、リンダの四名だ。どういうわけか冒険者の上位陣は、女性が多いよな」


「それにはちゃんとした理由があるんだ」


 強い冒険者に女性が多い理由とは、女性の方が平均魔力量が多く、魔力を使って戦闘力を増やせるジョブやスキルを持っている割合が多いからだ。

 男性冒険者は、戦士、武闘家などの物理攻撃が得意なジョブを獲得することが多く、ダンジョンの低階層では男性の方が活躍しやすかった。

 物理攻撃に強いジョブのレベルが上がりやすいので最初は男性が有利なのだけど、階層が深くなっていくと、物理攻撃に特化したジョブを持つ冒険者は、よほど大量に回復アイテムを用意しなければ生き延びることが困難になってしまう 。

 もしくは、攻撃、回復、補助魔法の使い手がパーティメンバーに入っているかだが、 実は魔法使いは女性の方が多い。

 そして女性特有のトラブルを防ぐため、女性同士でパーティーを組むことも多かった。

 イザベラたちもそうだが、ただ一人の例外としてパーティメンバーに入っている剛はすでに婚約者がいるリア充であり、自分の婚約者以外の女性に興味がないタイプなので、特に問題はないようだ。

 週に一回、俺もパーティーに加わっているけど、俺は四人の恋人なので問題なかった。

 それに、男性魔法使いが極端に少ないというわけでもないので、実は男女混合のパーティは少なかったりする。

 これは、世界的にも同じ傾向が見られた。

 同じパーティに男女が混じってると、色恋沙汰……人間関係の崩壊により、パーティ自体が空中分解してしまうケースがあとを絶たなかったからだ。

 それなら最初から、男性同士、女子同士の方が問題も少ないのではないかと。

 一部、冒険者パーティにおける男女比の割合を気にする、その手の方々が現れて問題になったのだが、当の冒険者たちから『自分はダンジョンに潜らないくせに、上から目線でわけのわからないことを言うな!』と批判され、無視されていた。

 俺も一部のテレビ番組で、そういう方々が声を荒げていたのを見たことがある。

 実は冒険者特性のある冒険者自体は、ほんのわずかだけど女性の方が多いだけどなぁ。


「冒険者属性がなくて一階層でスライムを倒している人たちは男性の方が少し多いけど、平均すればほぼ男女同一なんだけどなぁ」


 冒険者は、いかに魔石と功績、素材、アイテムを獲得するかで評価される。

 性別なんて関係ないんだが、冒険者特性がない人の中にはそれがわからない人がいるようだ。


「さらに日本の場合、不思議なのは年寄りの冒険者特性持ちがほとんどいないことですわ。他国ではそれがネックになることもあるのに、日本にはそれがない。不思議だと思われています」


「そうだね」


 実は、俺が暇さえあれば、ダンジョンに潜らない年寄りから冒険者特性を取り上げ、有望な若い人に分け与え続けているからだけど。

 どうせ冒険者特性を持っていても、年金を貰っているような年寄りは、家でテレビを見て病院に行くくらいしかしないのだから、必要ないと思って取り上げていた。

 そもそも冒険者特性を持っていても、レベル1なら一般人となんら変わらない。

 とはいえ、今さら年寄りがダンジョンに潜るとは思えず、ごく一部の例外を除き、次々と俺が冒険者特性を巻き上げていた。

 ただ冒険者特性は、低レベルの人からしか取り上げられない。

 俺が佳代子の冒険者特性を取り上げられなかったのは、それが理由だったのだ。


「(誰にも言えないけど)」


「ジパング、フジヤマ、ゲイシャ、サムライ、ニンジュヤ、ボウケンシャ。いかにもテンプレなアメリカ人が言いそうよね」


「リンダ、ニンジャとかサムライのスキルはそのうち出てくるかもよ。ゲイシャは、ジョブっぽくないか……。でもわからないよね」


 ホンファ、ゲイシャのスキルが出てもどうやって戦えばいいのかわからないじゃないか。


「リンダさん、冒険者は日本とあまり関係はないのでは?」


「でもアヤノ。日本は冒険者大国だから、そのうち冒険者者といえば日本と言われるようになるかもしれないわ」


 そんな話をしながら上野公園ダンジョンへと向かい、その日もレベルアップと素材集めに奔走したわけだが、 冒険者向けの婚活パーティーってどんなんなんだろう?

 どうせ、俺はまだ十八歳になっていないから参加できないけど。

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