第62話 生産性はないけど必要な仕事

「石井邦宏……あった! A組だ!」



 冒険者高校の入学式が終わると、スマホでネット連絡板からクラスを確認して、指定された教室へと向かう。

 僕はAクラス。

 自分で思っていたよりも、冒険者としての才能があるみたいだ。


「石井はジョブが『魔法剣士』なのか。それって、複合職じゃないか。凄いな」


 同じA組になった同級生、植木幸次郎(うえき こうじろう)君に羨ましがられたけど、ここでいい気になって油断してしまえば、クラスを転落してしまうかもしれない。

 冒険者高校は週に一回登校すればいいけど、定期試験で赤点を取ると留年してしまう。

 もっとも、ちゃんとダンジョンに潜ってモンスターを倒しレベルを上げれば、勝手に頭がよくなって、記憶力主体の定期試験で赤点を取るなんていう事態はまずあり得ないらしいけど。

 とにかく、ちゃんとダンジョンに潜ってスライムを倒すところから始めなければ。


「植木君のジョブはなんなんだい?」


「植木君なんて呼ばれたことないから、幸次郎って名前で呼んでくれ。ああ、俺は『 パラディン』だった。僧侶と武闘家が混じった複合職だな。似たような複合職としては、ホンファ先輩の『聖闘士』がある。今は上級職になって名前が変わってしまったみたいだけどど」


 先日、古谷先輩と一緒にいた美少女四人の中の一人か。

 古谷先輩は別格として、四人は世界のトップランカー冒険者だ。

 彼を超えるのは難しいかもしれないけど、イザベラ先輩たちを目指す冒険者は多い。

 もっともその目標を達成するには、相当な困難が予想されるのだけど。


「幸次郎は、ホンファ先輩を目指すって感じかな?」


「おうよ。さすがに、古谷先輩を目指すのは無謀すぎる」


「そうだねぇ……」


 このところ、世界冒険者ランキングなるものが、ネット、ワイドショー、新聞雑誌などで発表されるようになったけど、実は古谷先輩はそこに入っていない。

 あまりに凄すぎるので、順位をつけることすら失礼に当たる。

 『冒険者の中の冒険者』だと言われているのだから。


「たった一人で世界長者番付のトップ5に入るような人だからなぁ。上を見ればキリがないが、俺たちだって正しい努力をすれば、年に何億、何十億も稼げるんだからな。気合を入れて頑張らないと」


「そうだね」


 世界はこの数年で大きく変わった。

 資源とエネルギーを得るには、命懸けでダンジョンに潜る冒険者が必要となり、彼らが一気に富裕層の仲間入りをしたのだ。

 それをさらに貧富の格差が進んだ原因だと批判する人もいるけれど、冒険者が世界経済の成長を促進している面もある。

 魔石を加工した魔液はガソリンと同じように使え、二酸化炭素を排出しない。

 発電にも使えるから、世界中の国が国内のダンジョンに冒険者を潜らせている。

 当然だが殉職してしまう人も一定の割合で出てしまうし、特に一階層と二階層でスライムやゴブリンを狩っている冒険者特性がない人たちに犠牲者が多かった。

 それでも命を賭ければ、年に一千万円以上稼ぐことはそう難しくない。

 ダンジョン出現後の大不況と産業構造の大幅な変化により、大学卒業後に内定を取れなかったり、リストラされてしまった人たちが多数ダンジョンに潜るようになった。

 この世界の存続と発展に、冒険者は必要なのだ。

 いつダンジョンが消滅するかもしれないと警告を発している学者もいるけど、当然それに備えて宇宙開発や、他のエネルギー源の研究もしている。

 だが、永遠にダンジョンが消滅しない可能性だってあり、とにかく僕たち冒険者がダンジョンに潜るしかない。

 命がけだけど、成果を出せば報酬を得られる。

 贅沢もできる。

 彼女いない歴年齢の僕にだって彼女ができるかもしれない。

 そういえば冒険者の配偶者って、綺麗で便利で治安もいい冒険者特区に住めるから人気なんだよなぁ。


「綺麗な女性と結婚して、高級マンションを即金で買い、高価なモンスターの肉や、レアアイテムである種を栽培した野菜などを食べ、モンスターやダンジョン由来の高性能な高級衣料品やアクセサリーに身を包む。成功者冒険者の生活だっけ?」


「それはよく聞くね」


「古谷先輩みたいに、四人もの美少女とつき合ってとか、今の時代だとなかなか口にしにくいけど、大きな夢ではあるよなぁ」


「確かにね」


 古谷先輩は結構あけすけな部分もあって、世界冒険者ランキングトップ5に入っている四人の美少女たちとつき合っていると噂されていた。

 一部マスコミが取材しているようだけど、彼は一切取材に応じていないと聞く。

 そもそも大手マスコミでは一切報道されていない。

 古谷先輩は独身だから別に誰とつき合おうと問題ない、と言われてしまえばそれまでの話だから。

 中には、『時代錯誤のハーレムなどけしからん!』という意見と、一部人権団体が『古谷良二には誠意がない! 女性をアクセサリーのように扱っている最低な男性だ!』と批判しているそうだけど、肝心のイザベラ先輩たちが不満に思っているなんて話を聞いたことがなかった。

 というか、よく五人で冒険者特区内でデートをしているくらいだから。

 大手マスコミが一切報道しないのだって、そんなことでケチをつけた結果、古谷先輩が海外に活動拠点を移したら色々と困ってしまうからだろう。

 大半の日本人は空気を読んで、古谷先輩になにも言わないわけだ。

 圧倒的な強者ってわけだ。

 それにその点を除けば、古谷先輩どこにでもいそうな高校生だしなぁ。


「まずは彼女欲しい!」


「欲しいねぇ」


「だろう? おっと、邦宏に話があったんだ。一緒にパーティを組もうぜ」


「いいね、それ」


「ようし! まずは強くなっていっぱい稼いで、合コンに参加するぞ!」


「おおっーーー!」


 こうして僕と幸太郎は友達となり、まずは二人だけでパーティを組んだ。

 最初に冒険者特性があると知らされた時、冒険者になるか大いに悩んだけど、お父さんに勧められ冒険者高校に入学してよかった。

 早速、今日の午後からスライム狩りを始めるとしよう。





『古谷良二は冷たい人です。彼のどうしようもないクズな従兄と結婚したばかりに不幸に陥った私を一切援助してくれないのですから。この子は、古谷良二と血が繋がっているというのに……私は生活保護で……この子の将来について考える……ううっ……』


「ほほう、そういう手できたか……」


「刑務所暮らしのクズでDVな元夫のせいで不幸に陥り、今は乳飲み子を抱えて生活保護で暮らしている可哀想な若い女性。世間の同情は買いやすいかぁ」


「しかし西城さん、彼女は生活保護というセーフティーネットで守られているじゃないか」


「東条さん、つまりもっと寄こせってことさ。離婚した自分は古谷良二の元親戚でしかないが、子供は古谷良二の……男の子供だから従甥かぁ。彼には権利があるだろうと思っているのさ」


「権利って考え方も変だけどな。確かに今は少子化が問題になっているけど、子供は特別優待券じゃないと思うがね。それにだ。生まれたばかりの赤ん坊が古谷企画の経営に役に立ったというのか?」


「まさかな。赤ん坊が会社を経営するなんて、創作物の物語じゃないんだから。金持ちの親戚が出たら集ろうとするのは、これはもう人間の性みたいなものだろう」



 テレビをつけたら、以前古谷さんに金と利権を集ろうとして逮捕された従兄の元妻がテレビのインタビューに涙を流しながら答えていた。

 どうしようもないクズ夫と離婚をした元妻が乳飲み子を抱え、生活保護に陥っている。

 彼女の境遇については同情……いや、生活保護がちゃんと出ているのなら問題ないのではないか?

 適切に動けば、すぐに生活は立て直せるはずだ。

 それなのに、ワイドショーのお涙頂戴なインタビューに答えている意図は、ようは世界でトップクラスの大金持ちになった古谷さんに集りたいのであろう。

 すでに離婚した彼女は、古谷さんとはなんの関係もない。

 だが子供は、彼と血が繋がっているからな。


「大金持ちになると大変だな」


「東条さん、フルヤアドバイスの役員がそんなことを言っていては、その職をまっとうできないと思うがね」


「世間的な意見を述べたまでさ。彼女の後ろに変なのがくっついているんだ」


 やはり、彼女のことはとっくに把握済みか。

 衰退激しい地方の過疎地衰冷町において、元夫である古谷良二の従兄と彼女は出会った。

 荒れに荒れた地元の公立高校で不良、ヤンキー……どっちでもいいか……となって悪事の限りを尽くし、卒業後、子供ができたので仕方なく結婚。

 しかしながら元夫は、衰冷町の元町議会議員だった大川の息子の下で悪事に手を染める半グレ、実質無職で、さらに彼は家にお金を入れなかったから争いが絶えなかったと聞く。

 結局、元夫がブタ箱にぶちこまれたので離婚することになったが、そんな彼女がテレビに出て古谷さんに支援を求める。

 後ろで唆してる奴らがいることは確実だ。


「非主流派かな?」


「そんなところだ。フルヤアドバイスに所属している大手マスコミのOB連中が、珍しく真面目に働いているさ」


 なにもなければ、年に数千万円も貰って遊んで暮らせるかな。

 フルヤアドバイスは、仕事さえしていれば出勤する必要がないという形態になっており、OBたちは悠々自適で第二の人生を楽しめたり、副業に精を出せた。

 だがその好待遇も、古谷さんあってことだ。

 彼がいなくなれば、このとても美味しい天下り先はなくなってしまう。

 今は動く時というわけだ。


「古谷さんは極めて普通の人で全然問題起こさないから、OB連中としては末長く稼いで欲しいだろうしな」


 このところ稼ぐ冒険者が増え続けているが、当然のごとく問題がある人も混じってくる。

 一般人と比べてそういう人が多いという印象もないのだけど、彼らは稼いで目立つので、マスコミの標的になりやすいのだ。

 さらによくないのが、三橋佳代子で有名になった『冒険者系オンラインサロン』、『冒険者実戦指導セミナー』など、インフルエンサー気取りで胡散臭い情報商材を発売する自称冒険者が増えたことだ。

 一回もダンジョンに潜ったことないのに、さも自分は冒険者として大活躍していますと称し、冒険者として稼ぐ方法を高額で売りつける詐欺師が増えていた。

 ある仕事が流行して稼げる人が増えてくると、そういう胡散臭い人物が次々と現れるものだが、三橋佳代子の事件以降増えたような気がする。


 冒険者特性は、特別な機材か同じ冒険者特性を持つ者しか判別できないし、冒険者特性がなくても、一階層でスライム狩りを真面目に効率よくやって年収一千万を超える者など珍しくもない。

 『冒険者特性がなくても、ダンジョンで年収数千万を稼ぐ方法教えます!』みたいな胡散臭い宣伝がネット上に乱立し、なんの疑いもなく数十万円を支払ってしまう人たちが増えていた。

 そして大した準備もせずにダンジョンに入り、スライムに殺されたり、大怪我を負わされてしまうのだ。

 稼ぐ冒険者でも、金遣いが荒くて莫大な借金を抱えてしまい、それを返済しないとか。

 不倫をしまくったり、性犯罪や援助交際で捕まったりとか。

 冒険者としての身体能力を過信し、飲酒事故を起こして 人を殺してしまうとか。


 実はそういう人の割合は一般人と変わらないのだけど、マスコミが殊更強調して『冒険者の不祥事、犯罪』としてセンセーショナルに報道してしまうものだから、危機感を感じた田中総理が、冒険者特区を驚異的な速さで成立させたという事情もあった。

 もし世論に冒険者排除の動きが出ると、せっかく成長が始まった日本経済が再び停滞期に入ってしまうからだ。

 民意に従って冒険者に制限をかけた結果、海外に逃げ出してしまえば、今の好景気がなくなってしまう。

 大半の国民はそれを理解しているはずだけど、怖いのは声が大きな残念な人たちだからな。

 上手く、その手の連中の動きを押さえないと。

 そんな冒険者の中で、古谷さんは至極普通の人だ。

 金銭問題は起こさないし、まだ未成年なのでお酒の問題もない。

 女性に関しては……イザベラさん、ホンファさん、綾乃さん、リンダさんの四人と同棲しているが、古谷さんも四人も結婚しているわけではない。

 不倫とも言えないし、彼女たちはそれで納得しているのだから問題ないはずだ。

 創作物でいうハーレムという状態だが、別に古谷さんに何人彼女がいて、何人子供が生まれても。

 彼の財力を考えれば問題ないような気がする。

 現実問題としてあまり報道もされないが、世界の大金持ちだって実質一夫多妻状態だったりするのだから。

 時代が変われど、 現実なんてそんなものだ。

 それよりも、そんなことで古谷さんが世間で大きく叩かれた結果、古谷さんが国外に出てしまったら……。

 むしろそちらの方が、日本にとって大きな損失となってしまうのだから。


 とはいえ、それを理論的に説いても話がわからない人は日本どころか世界中にいる。

 だからこそフルヤアドバイスが存在し、私も東条さんも多額の給料を貰っているのだから。

 しかも私は、この仕事を後任に引き継げば内閣府に戻れるし、出世コースを歩むことが決まっている。

 いかに、古谷さんに降りかかるアクシデントを未然に防ぐか。

 そして、できる限り彼の手を煩わせないか。

 彼の活動が一日ストップすれば、それだけで数百億円から、波及効果を加味すれば数千億円の損失が出てしまう日もあるのだから。


「裏で彼女を操っているのは、野党の政治家連中と同じ系統の弁護士たちだ。そして今、インタビューを流しているワイドショーを制作しているテレビ局の非主流派の幹部たちもグルなのさ。彼らは反主流派ゆえにフルヤアドバイスに天下れない。だから彼女を使って、主流派を攻撃しているわけさ」


「テレビ局内における主導権争いに勝利するため、彼女をけしかけられたくなければ、フルヤアドバイス利権に自分たち非主流派も寄こせというわけか」


「どこにでもある話さ。善意を気取って、内面は俺たちにも一枚噛ませろと」


「連中に利用される人たちはたまったもんじゃないな」


「そんな義理はないのは重々承知だけど、クズな旦那にDVを受けて離婚する羽目になり、シングルマザーになった女性が可哀想だからなんとかしてあげて。テレビの画面を通じて無料で『 いい人になった気分』を味わう視聴者の方々を利用した、テレビ登場以来続く商売方法ってわけさ」


「しかしながら、そういう方法で形成された世論というのが怖いんだよ」


 一度火がつくと、たとえそれが間違っていてもそうしなければ許さない。

 村八分にするという空気が蔓延してしまう。

 間違いなく、それで嫌気がさした古谷さんが日本を逃げ出して大きな不利益が生じたら、彼らはそんなことはすぐに忘れて政府批判を始めるだろう。

 経済が落ち込んだのは政府の失策だと。


「ゆえに火消しは早く。そして古谷さんを煩わせない」


「そのために、我らは高額のサラリーを貰っているからな」


「しかしながら、どのように対処するんだ?」


「あまり褒められた手ではないが、このワイドショーのスポンサーに声をかけるしかないな。あまり彼女を攻撃すると、せっかく生活保護というセーフティーネットで子供が生かされているのに、それがなくなってしまう。彼女自身が愚かなのは確かだが、彼女を利用している、自分が頭がいいと思っている性質の悪い連中がいて、なにより子供には罪がないからな」


「こういう時、なにかの創作物みたいに完全に叩き潰してしまえば楽なような気がしますけどね」


「それはやはり作り話なのさ。現実なんてものは大半が玉虫色の結果ばかりだし、こういう手合いは増え続ける。古谷さんが活躍すればするほどな。いちいち完全に潰していたらキリがないさ」


 このあと、急ぎワイドショーのスポンサー経由で手を回したら、すぐに彼女はテレビに出なくなってしまった。

 彼女の裏にいた野党の政治家と弁護士たちが各テレビ局や新聞社に乗り込んでも、『生活保護で暮らせているので問題ないし、扶養義務が生じるほど近縁というわけでもないですからね』と、つれない反応をされてしまったのだ。

 そして彼らは、ネット上で古谷良二の人間性について攻撃を始めたが、すぐに矛盾点を攻撃されてしまい、そこで彼らが逆ギレしてしまったため、すぐに例の彼女は蚊帳の外に置かれてしまった。


「なんとも締まらない結論だな」


「その締まらない結論に持っていくのが、私たちの仕事なのさ」


「それはわかっているけど、後藤利一って優秀だったんだなぁ」


「才能の使いどころを間違えたのさ、彼は」


 これからもこういう下らないアクシデントが増える一方であろうが、フルヤアドバイスはそれを処理するために存在している。

 私も東条さんも、仕事をすることが日本の国益になると思って頑張るしかないのだ。

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