第61話 ゴーレム社会

「恐山ダンジョンのみに出現する霊人(れいじん)、霊獣(れいじゅう)というモンスターは、この世界で亡くなった人間や動物がアンデッド化したものです。聖の魔法を用いるか、聖の魔力を纏わせた攻撃をするか。ホワイトメタル製の武具を用いる手もありますが、これは簡単に手に入るものではありません。倒すと、 魔石の他に『霊土(れいど)』を得ることができます。色々な使い道がありますか、大量の霊土を材料に霊石に精製することも可能です。ただ、霊石は寂寥島のダンジョンで採取した方が……というほど効率的でもないから、やはり恐山ダンジョンの方が効率いいでしょう」



 恐山ダンジョンは、寂寥島のダンジョンとも少し違う特殊なダンジョンだ。

 過去に日本で亡くなった人や動物の形を模した動く焼き物のようなモンスターが出現し、倒すと『霊土』という特殊な土が手に入る。

 使い道が多い資源だけど、これを材料に霊石を作れるのが大きかった。

 ただ、一トンの霊土から一グラムの霊石しか作れない。

 霊石があれば、性能がいいゴーレムが作れる。

 製作者の力量に比例してという条件がつくけど、同じ制作者で、霊石を使わないゴーレムの数倍~数百倍性能がいいゴーレムが作れるようになるのだ。

 開放された寂寥島のダンジョンにて運よく霊石を手に入れる冒険者が出てきており、イワキ工業や世界中のゴーレム使いたちが大金で買い取るようになったので、現在霊石は相場が上がっていた。

 霊土を霊石に精製して販売しても採算が取れる状況なので、滅多にドロップしない寂寥島ダンジョンの霊石よりも、必ず手に入る恐山ダンジョンの霊土を求める冒険者が増えていた。

 ところが、霊人と霊獣は強いモンスターであった。

 さらに性質が悪いのは、見た目だけでその強さが判断できないこと。

 霊人は同じような形をした人型土偶なのに、その強さがピンキリなのだ。

 籠もっている霊の人格……たとえば、元はその辺の一般人だったら弱いが、平将門、源義経など歴史上の偉人ならばとてつもなく強い。

 しかも、運が悪いと一階層にだって出現する。

 さらに強い霊人は、一度倒しても他の霊人の器に逃げてしまう ケースが多く、何度でも出現する。

 霊獣に至っては、まず猪、熊、猿、などの種類で強さが分かれていて、さらに個体ごとに強さがまったく違う。

 このところ冒険者に多くの犠牲者が出始め、恐山ダンジョンの人気に陰りが出始めているという。


「しかし、俺は気にならないな」


 すでに顔が割れてしまったため、フルフェイスの兜は必要なくなった俺は、ホワイトメタル製の装備をつけて、恐山ダンジョンに潜っていた。


「霊人……強いな」


 一階層で弱い霊人と霊獣を倒し続けていたら、運悪く強い霊人が出現してしまった。

 ほとんど見た目が同じなので、素人には判別がつきにくいだろう。

 『鑑定師』のサブジョブがあればわかるのだけど、鑑定系のスキルは習得できる人が極端に少ない。

 希少なサブスキルを持つ冒険者にダンジョンで死なれると困るので、各国の政府や企業が囲ってしまうのだ。

 俺も鑑定はできるけど、それは勇者だったからだ。

 冒険者の大半が、サブジョブを習得できずに終わってしまうのが普通なのだから。


「せめて見た目に違いがあれば、誰の悪霊が籠っているのか想像できたのに……。どうせ倒すからいいか」


 俺はホワイトメタルの剣で、強い霊人を一刀両断にした。

 いくら強いとはいえ、俺にかかればこんなものだ。

 霊人は倒され、焼き物の残骸に似た霊土と、魔石が残された。

 アンデッドの魔石の品質はいいので、倒せれば稼ぎはそう悪くないと思う。

 霊土は、焼き物の破片みたいなものだから土ではないという意見もあるかもしれないが、これは粉砕して使用するものなので、砕けば土と変わらない。

 実はこの霊土、レアアイテムである種子や苗を一代種にしないための土壌改良剤、肥料の材料としても優秀だった。

 向こうの世界では、食料生産で大いに活用されていたほどだ。


「霊石と霊土で作ったゴーレムは性能が段違いだからな。岩城理事長に確保を頼まれているし、俺も色々と使うから回収しておこう」


 その日は霊人と霊獣を倒し続け、 大量の霊土を確保することができたのでよしとしよう。

 ただ、この恐山ダンジョンは七百階層もある難易度の高いダンジョンであり、運悪く一階層で強い霊人と遭遇してよく冒険者が死ぬので、ダンジョン自体はかなり空いていた。

 以前は、砂金、金鉱石を落とすこともあるので大人気だったんだけどなぁ。


「ベンケイ!」


 一体の霊人を倒す間際、珍しく霊人が言葉を発した。

 ベンケイ?

 弁慶?

 もしかして、この霊人は……。

 どのみち、霊人に取り込まれた悪霊は、浄化されるまで数百回も倒され続けなければならない。

 俺も悪霊にならないようにしないとな。





「 リンダ、手伝ってもらって悪いな」


「私、自宅のハウスキーパー用ゴーレムが欲しかったから」


「あれ? あの部屋、そんなに汚れるか?」


「埃ぐらいは出るんじゃないかしら? 番犬の代わりね。念のためだけど」



 翌日。

 動画撮影をしながら、採取した霊土を微細に粉砕し、純水と魔力触媒を混ぜた水で練ってゴーレムの形にし、これを魔力炉で焼成する。

 焼きあがったら、これに霊石を用いて作成した人工人格を埋め込み、最後に色々と企業秘密な作業を終えると、無事に高性能なゴーレムの完成だ。

 今回、リンダが手伝ってくれているが、彼女はよく魔銃や銃弾を自作するので、この手の作業はお手のものであった。


「ゴーレムっていえば、この前、上野公園で掃除をしていたわね。あれは、ただのケイ素でできていたけど」


「公園の掃除ぐらいなら、性能が低いゴーレムでも大丈夫だから」


 冒険者特区は、冒険者でない人が住んだり、働いたりするのが面倒であった。

 人手不足になりやすいので、イワキ工業が『ゴーレムを用いたネオシティー実験』という仕事を日本政府から引き受け、可能な限りゴーレムに仕事を任せるようになったのだ。

 町中や公園の掃除のような仕事は、すべてゴーレムにやらせている。

 イワキ工業や俺、他にもゴーレムが作れる冒険者たちが世界中で人間の従業員が少ない企業の経営に携わるようになってきた。

 起業する者も多い。

 その冒険者の才能にもよるが、ロボットよりも簡単に作れて、性能がよく、製造、 管理、維持コストが安いゴーレムにより、人件費を大幅に減らした企業が高い利益を得るようになってきた。

 俺の古谷企画も、人間の従業員は俺だけだからな。

 子会社であるフルヤアドバイスを除けばだけど。

 いまだこの世界は、ゴーレムを従業員とは認めていない。

 備品、設備扱いなので、古谷企画の上場は難しいだろう。


「でも、アメリカでは『ゴーレムが職を奪う』って問題になっているわね」


「日本もそうだけど」


 だが逆に、低賃金な単純労働や、人気のない労働、危険な労働は減りつつあるのも事実だ。

 それに日本は、人口減と労働力不足が問題になり始めている。

 ゴーレムがそれを補ってくれるならと、田中総理がゴーレムの普及を勧めているそうだ。


「俺は仕事だからやっているし、別に法律に触れているわけではない。あまり外野の意見を気にしても仕方がない」


「確かにそうね。なにもできなくなっちゃうから」


 俺とリンダは、集めた霊土と霊石で高性能なゴーレムを作り続ける。

 このところ、イワキ工業の規模拡大が著しい。

 次々と新しい事業を展開するのにゴーレムが必要なのだが、岩城理事長ののゴーレム生産力では追いつかない状態だそうで、俺にゴーレム作成の依頼がきている。

 低性能なゴーレムも、世界中の冒険者に依頼するようになっていた。


「最終的には、冒険者特区の維持、管理をすべてゴーレムに任せる計画みたいだな」


「そして、他の都市や町や村にもゴーレムが普及させていくわけね」


「だろうな」


 その結果、この世界がどういう風に進んでいくのか俺にはわからないけど、デメリットばかり考えても物事が進まないので、今はただひたすらゴーレムを作り続ける俺とリンダであった。





「わーーーお! ハンバーガーショップに人間の店員がいないわ」


「ここは実験店舗らしいよ」



 ゴーレムの作成が終わったので、手伝ってくれたリンダに夕食を奢ると言ったら、上野公園近くのハンバーガーショップがいいと言った。

 早速そのお店に入ってみると、人間の店員は一人もおらず、ゴーレムたちが販売と接客をしていた。


「このハンバーガーショップ。値段か高いけど、とても美味しくて評判なのよ。イワキ工業が買収してしまったのかしら?」


「いえ、店舗のオーナーは私のままですよ」


 どうやら奥に人間の店員がいたようだ。

 俺とリンダの会話に加わるように声をかけてきた。


「飲食店を経営するために必要なゴーレムのレンタルと保守点検をイワキ工業が始めたわけです。この店は実験店舗ですね。これまでいた従業員たちは全員、冒険者特区の外にある店舗に転勤しました」


 冒険者特区だからこそできる実験というわけか。

 どうせ冒険者特区には一般人は入りづらいし、冒険者が起こした事件のせいで、冒険者特区内の飲食店が従業員を募集しても、集まりが悪いのだという。

 三橋佳代子の件が祟っているわけだが、そのおかげでゴーレムを使った無人店舗の実験ができるのだから、そう悪いことでもないのか。


「ゴーレム自体が下手な産業用ロボットよりも高いので、そうすぐには世間に普及しないかもしれませんね。イワキ工業の場合、経営者が自分でゴーレムを作ってしまうし、修理や保守点検もお手の物だから、あの会社はとても儲かっているようで羨ましいです」


 しかも霊土と霊石を用いた高性能なゴーレムなら、人間並か、仕事の種類によっては人間以上にこなせる。

 しかも、ゴーレムは壊れなければずっと使うことができ、霊石を使った人工人格は使えば使うほど学習して賢くなり、同調しているゴーレムたちと知識と経験を共有できた。

 実際イワキ工業の従業員は、事業規模は拡大しているのに少しずつ減っているぐらいなのだから。

 しかもイワキ工業を退職した人は、独立するか、さらに高額の待遇で引き抜かれた人たちばかりであった。


「もしかしたら私のハンバーガーショップも、人間の従業員は私だけという未来になるかもしれませんね」


「冒険者もゴーレムで……は難しいかぁ」


 今でも、スライムやゴブリンぐらいなら効率よく倒すということができるだろうが、ゴーレムは優秀な冒険者ほど動きがいいわけではない。

 今のところ、上位の冒険者をゴーレムに置き換えるのは難しいかな。


「お勧めのビッグバーガーをお持ちしました。マツザカの肉を100パーセント使用した繋ぎナシのハンバーグを使用しております」


 オーナーは、俺とリンダが注文したメニューをテーブルの上に置くと、そのままお店の奥へと戻って行った。

 客が俺とリンダだから、わざわざ注文した料理を持ってきてくれたのかな?


「デカイなぁ」


「これ、一個二十万円だけど大人気なのよ」


「マツザカの肉を使っているから、このくらい当然かぁ」


 以前動画で調理して食べたし、その後もよく食べるモンスターの肉だけど、 市場では一〇〇でグラム五万円くらいするし、ハンバーガー自体がとても大きいので、高いとは言えない。

 基本的に、冒険者特区の飲食店は高いお店が多かった。

 高額所得者が多い冒険者狙いだし、このところ冒険者特区内の土地が急速に値上がりしており、家賃がかなり高騰したからだ。


「肉汁が溢れて、美味しいハンバーガーだな」


「これ一個で、すぐにお腹いっぱいになりそう」


「確かに食べ応えあるなぁ」


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 税込み、二人分で四十四万円のディナーだったけど、ここは俺が出した。

 今の俺の収入ならこのくらいどうってこともないし、実はあのお店、冒険者でえらくに賑わっていた。

 普通に稼ぐ冒険者なら、たまにあの店に通うぐらい普通にできてしまうのだ。

 そのせいか、最近マスコミで成金冒険者を叩く風潮も出てきたけど、彼らがバンバン金を使うので、このところの日本は毎年経済成長率が五パーセントを超えており、田中総理の支持率も高止まりの状態だった。

 いまだ冒険者特区内の工事は続いていたし、日本がダンジョン、冒険者大国であるがゆえに、今では資源エネルギー輸出大国となっていて、世相が明るくなってきたのも事実だったからだ。


「さて、今日はもう寝るかな」


「私も、リョウジの屋敷に泊まるわ」


「結局、みんな自分のマンションで寝ない件について」


「いくら冒険者でも、ちゃんとした住所がなければ仕事ができないから仕方ないわ。私の会社の本社もマンションの一室にあるから維持しているけど、普段はリョウジと一緒に寝たいもの」


「俺もそれは否定しない」


「シャイな日本人にしては、リョウジは正直で結構」


「わーーーい、褒められた」


 リンダのみならず、イザベラ、ホンファ、綾乃は、俺も古谷企画の本社を置いている高級マンションの一室に、自分の資産管理会社の本社と自宅を置いていることになっているが、 もうずっと裏島にある俺の屋敷に住んでいた。


「しかしまあ、大統領閣下はなにも言わないのかね?」


 未婚の孫娘が、男と同衾しているのに……。


「お祖父様は、私を応援してくれているわ。なにより、リョウジと一緒にいるのを反対されたら、私、他の誰ともつき合えないじゃない」


「そうか?」


 ユニコーン企業の創業者とか、大物政治家の子弟とか。

 セレブであるリンダの実家に相応しい相手がいるものだとばかり思っていた。


「そもそもリョウジは、世界でもトップクラスの大金持ちじゃない」


「それもそうか」


 そのあと、俺とリンダは自宅マンションの部屋から裏島の屋敷へと戻り、明日に備えて就寝した。

 詳細は、プライベートなことなので割愛させていただこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る