第60話 人生の目標? ないよ
「プロト1、一つ聞いていいか?」
「社長、どうかしましたか?」
「なんか、色々とやってる?」
「はい。オラは新しく手に入った霊石で性能アップしたため、与えられた仕事をすべてこなしても余裕があったので、古谷企画に損失を与えないよう、極めてローコストで行える事業のみをすべてネット経由で行っています。対人の仕事は、オラにはできませんからね」
「普通にできそうだけどな。お前は高性能だから」
「悲しいかな。この世界において、ゴーレムであるオラには信用がありませんからね。ですが、ネット経由でできる仕事が多くて実に助かります」
「そうなんだ……」
色々とあったので、必要のないお金に興味がないためか、プロト1に『会社を赤字にしなければ好き勝手にやって構わない』と指示したら、本当に勝手にやって、えげつない収益になっていた。
プロト1は、増強した高性能ゴーレム軍団を用い、様々な動画の制作と編集と公開。
素材として、ドローン型のカメラで裏島での農業、畜産、養殖の様子。
景色、自然などの撮影もしているそうだ。
画像やCGを作成し、無料の人工音声ソフトや、ネット内のフリー素材を用いて作成した娯楽動画、教育動画、ニュース解説、俺の記憶していた映像を利用した向こうの世界の様子を、『人工異世界』などと銘打って配信するなど。
気がついたらダンジョン探索チャンネルとは別に、数千の動画チャンネル作成し、毎日動画を流して視聴回数を稼いでいた。
人間がこの手の動画を作るとなると、コストと時間がかかるが、ゴーレムは整備時間以外は二十四時間ずっと働ける。
エネルギー源は、俺がダンジョンから獲ってくる魔石なので実質無料だ。
人件費もかからないので、簡単に儲けることができた。
どういう動画がウケるかなども、プロト1は独自に情報を収集、分析しており、その精度も高い。
さらに、 AIに似た人工知能による株式や債権、国債、社債、仮想通貨の取引きでも荒稼ぎしていた。
世界中でダンジョンを中心とした冒険者特区が作られ、増え続けていたので、その建設、運営に関わる企業の株式、社債、国債が上がっており、将来性がある株や債券の長期保有、利益確保を狙った短期の売買で莫大な利益をあげているけど、俺は別に会社が赤字にならなければ……。
「現金なんて、そこそこあればなぁ……」
なくても、ダンジョンに潜ればいくらでも稼げるのだから。
それよりもまだ強くなれそうだし、寂寥島のダンジョンの全階層の撮影とダンジョンコアの入手にも成功した。
富士の樹海ダンジョンの攻略と自身の強化を最優先にしようと思っているから、会社のことはプロト1たちにお任せだな。
「しかし俺はよく知らないが、FXなんてやって大丈夫なのか?」
「株は信用買いを、FXはレバレッジを利かせなければ大丈夫です。仮想通貨は、冒険者特区内で試験運用されるものもあるので、全般的に相場が上がっています。かなりの利益を出していますよ」
「世界中の冒険者特区で使える。冒険者から直接魔石や素材を購入できる。さらには冒険者特区の公用通貨になるって噂もあったな」
「さすがに公用通貨はあり得ませんけど、イワキ工業でも仮想通貨を出しましたし、会社の製品購入で使えたり、冒険者特区内での使用も始まっていますからね。当然古谷企画も仮想通貨は所持していますよ」
「らしいな」
仮想通過のマイニングもしているんだっけか?
あれは電気代がかかるけど、すでに古谷企画は魔液を用いた自家発電に頼っているから、電気代はゼロどころか売電して稼いでいた。
これもプロト1が勝手にやっているけど、損失が出なければ俺はどちらでも構わない。
だって、面倒だから任せているんだから。
「俺は金貨や宝石も持ってるし、最悪現金や債券がなくなっても困らない。まあ損失が出ないようにしてくれればいいさ」
「損失が出ないように、色々とやっておきます」
「次は、イワキ工業かぁ」
俺は大株主だし、モンスターの素材や魔石の通販事業を始めて大好評だとかで。
その件で俺に用事があるようだ。
裏島から古谷企画の本社があるマンションの一室へと移動し、マンションを出て数分歩くと、イワキ工業の本社ビルがあった。
冒険者高校と隣接しているビルだが、新築にすると完成まで時間がかかるし、イワキ工業の本社には数十名しか社員がいない。
それほど広い本社は必要ないので、古いビルを買ってリノベーションし、最上階だけ使ってあとは貸し出していた。
イワキ工業は世界でもトップクラスの大企業になったのに、本社ビルがショボいと評判であった。
岩城理事長は、『必要もない豪華な本社ビルなんて時代遅れ、いらない』と経済誌のインタビューで答えていた。
イワキ工業は、本社よりも生産設備の方がよほど重要だからな。
リモートワークを進めているそうで、『実は本社なんてなくてもよくないか?』なんて話も社内で出ているそうだ。
「古谷様ですね。社長室へどうぞ」
一応受付はいて、実はイワキ工業を尋ねて来る人が多いので、仕方なしに置いているそうだ。
日本の古い大企業には、仕事の打ち合わせをリモートにすると怒る層が一定数いるそうで、彼らのためだそうだ。
ただ、冒険者特区になったら受付はかなり暇になったらしい。
たとえ大企業の社員でも、部外者が特区に入るのには手間がかかるからだろう。
なら、最初からリモートでも問題なかったような……。
受付のお姉さんの案内で社長室に入ると、岩城理事長はパソコンのディスプレイをじっと眺めていた。
「岩城理事長?」
「古谷君はいつも時間どおりだね。新しく始めた通販事業は好評だよ」
イワキ工業が始めた通販事業では、ダンジョンで手に入れたモンスタ―の素材、主に食材が売られていた。
肉や内臓を業務用や家庭用にゴーレムたちが加工し、 これを通信販売しているわけだ。
モンスターの肉は高価だけど美味しいので、現在、飲食店や家庭向けによく売れていた。
日本の場合、特区になっても魔石は政府が運営する買取所が全量買い取っていた。
だが、他の素材やドロップアイテムなどは、冒険者が各々自由に売却していいことになっており、イワキ工業が一番高く買い取ってくれるので、持ち込む冒険者は多かった。
イワキ工業は、モンスターの解体や切り分け、包装、加工でほとんど人手を使わないので、高く買い取っても利益率が高かった。
これを、極力ロスを出さないように販売していく。
肉などは冷凍して販売することが多く、通販サイトなのと極力コストを落とすため、販売するアイテム数をかなり絞っていた。
お得な業務用は飲食店が仕入れ、今世界中で流行している『モンスタージビエ料理』 に使われた。
モンスターの肉や内蔵は価格は高いから、それで作った食品や料理の単価を上げられる。
世界はますます価格の安いチェーン店と、高級なお店の二極化が進んでいた。
「もっとモンスターの肉を納品してほしいんだよ。できたらでいいけど」
「できますよ」
アイテムボックスに在庫が山ほどある。
これまでは、販売価格を落とさないように売りに出す量を調整していただけだ。
大量に出荷して価格が落ちると、既存の農家や畜産家を敵に回すことになる。
それなら、どうせアイテムボックスに入れておけば腐らないのだから、出荷を抑えていたというわけだ。
和牛を生産している畜産家は冒険者を目の仇にしているところがあって、それは価格帯が似ていおり、さらに高級品市場は客数が限られるので、ライバル視されているからというのがあった。
「高くても売れるから問題ないよ。海外にも輸出することが決まったんだ」
「そうなんすか」
「古谷君は倒せても、他の冒険者はまだ倒せなかったり、十分な討伐数を稼げないモンスターっているでしょう? だから世界中で需要があるから問題ないよ」
「下処理や、解体、パッケージングは大丈夫なんですか?」
「ゴーレムを増やしたから」
岩城理事長に戦闘力で負ける気はしないが、ゴーレム使いとしての実力は彼の方が圧倒的に上だろう。
それにしても、大企業なのに従業員が千人ほどで、その千倍以上ものゴーレムを使っている会社なんて、イワキ工業くらいだろう。
実は俺も、十パーセントほどの株式を持つ大株主だけど、利益率が高いから配当金がかなりいいんだよな。
株価も、すでに購入時の五十倍以上に跳ね上がっていた。
「必要な量を教えてもらえれば、それは責任を持って卸しますよ」
「ありがとう。あと、裏島で栽培している黄金米とかも売ってくれないかな? ダンジョンから出たレアアイテムを育てたらお米になった、っていうのが人気なんだよね」
すでにダンジョン由来の種子や苗は多数ドロップしており、世界中で栽培実験が行われていた。
収穫された少量が試験的に市場に回ってるけど、珍しいし、美味しいので高価でもよく売れているそうだ。
「こちらは、それほどの量を出せませんね」
俺やイザベラたちの分くらいなら余裕だけど、裏島はそんなに広くないからなぁ。
「頼むよ。高く買取るからさ」
今、この世界ではダンジョンから新しいものが出てくると、それが流行して高値で取引されるという状態であった。
ただし、レアアイテムである種子や苗には欠点があり、それは普通に栽培してしまうと一代種になってしまうことだ。
次代は普通の野生種に戻ってしまい、そんなに美味しくない。
再び苗や種子をダンジョンで手に入れるか、 特別な栽培をするか。
俺が裏島でこれらの作物を栽培しているのは、種を取って栽培しても作物の美味しさを維持する秘密を守るのと同時に、箱庭世界である裏島で栽培した方がコストがかからずに楽だからだ。
「通販事業は絶好調でね。ゴーレムたちに作業を任せれば、利益率も高くなるから」
元々ダンジョンで産出した品なので単価が高く、さらに人件費をゴーレムで抑えている。
さすがは世界的な大企業なのに、従業員の数数が千人ほどしかいない会社だ。
他の大企業も、ゴーレム使いを高給で雇入れて生産性の向上に努めているが、岩城理事長にはそう簡単に勝てないよな。
なにしろ彼は、俺を上回るゴーレム使いなんだから。
「じゃあ、食材の納品をお願いね」
「わかりました」
また売上が大幅に上がるけど、稼いだお金は冒険者都市の建設国債と、イワキ工業の株と、多額の現金預金として古谷企画に貯まっていた。
税金を払うぐらいしか使い道がないけど、そのうちなにかした方がいいのかな?
そんな暇があったら、富士の樹海ダンジョンに潜って最下層のクリアーを目指すのが先か。
「古谷君は、富士の樹海ダンジョンをクリアーしたらどうするの?」
「なにも考えてないですね。レベルは表示されないけどレベルが上がるから、レベル上げじゃないでしょうか?」
「上げてどうするの?」
「いや、なんか強い方が安心できるじゃないですか」
向こうの世界ではどれだけ頑張って強くなっても、すぐに死を覚悟するような魔王の配下たちが出てきて大変だった。
なるべく強くなっておくというのは、俺の癖だったのだ。
「終わった〇ラクエのレベルを上げている人に、『なにか意味があるんですか?』って聞いても、答えが出ないのと同じかなって」
「モンスターを倒すと、ちゃんと成果があるだけマシなのかな?」
「俺は、この変わってしまった世界で、資源やエネルギーを供給する大切なお仕事をしているんですから」
「なんだけどねぇ……。冒険者特区の件とか、素直に喜べないこともあるけどね。そうだ、私は財界の集まりがあるからこれで」
「そんなとこに行くと、色々と大変そうですよね」
「まだ五十歳になっていない私は完全に若造扱いさ。上から目線でおかしな要求をしてくる人もいる。自分の会社が左前……立て直し中なんだろうけど。だから私は、経団連に入っていないんだよ」
「そうなんですか。あれ? なにかメッセージかな?」
着信があったのでスマホを見ると、リンダからだった。
「なになに……、『ビックハンバーガーの美味しいお店を見つけたから食べに行こう』か……『オーケー』と」
「若いっていいよねぇ。私はいわゆる老害の相手で消耗ばかりしてねぇ。会社にいるゴーレムたちの素直なことと言ったら」
「ははは……」
そういうのは、年を取ってみないと実感できないかもしれないな。
とにかく昼食はリンダと一緒にとって、午後から富士の樹海ダンジョンに潜るとするかな。
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