第58話 冒険者特区

「冒険者特区ですか……」


「そうだ。三橋佳代子の事件で、世間の目が冒険者に厳しくなってきた。これは非常にまずいのだ」


「確かに……。しかし、冒険者が命がけでダンジョンから資源とエネルギーを持ち帰らなければ、ようやくダンジョン不況を脱して好景気が始まり、デフレも脱しつつある我が国は立ち行かなくなってしまいます。国民ははそれを理解して……」


「いない人たちもいる。エネルギーや資源というものが『ふわっと』どこかから湧いて出てくるものだと思っている人たちがいるんだ。そして彼らは、野党などが始めた冒険者の行動の制限と、重税をかけようという話に賛成しつつあるから困っている。マスコミも煽っているようだな」


「……田中総理、なんのためにフルヤアドバイスがあると思っているのです?  あれが機能しなかったら、古谷企画、いや、古谷良二は海外に逃げてしまいますよ。他の冒険者たちも同じです」


「だからだよ。先に手を打ってしまう。全国のダンジョンとその周辺の土地を特別行政区にしてしまう。旅行や仕事以外で、冒険者が特区の外に出なくても暮らせるようにしてしまえば、冒険者が一般人を暴力で支配するかもしれない、などという野党の妄言は通用しなくなるはずだ。その代りに多少税金などで優遇しないと、せっかくダンジョン大国である日本で活動する多くの冒険者たちが、海外に逃げ出してしまう」


「……外国の工作が入っているんでしょうね……」


「日本は冒険者の数も多く、ダンジョン大国なので留学生も多数受け入れている状態だ。その恩恵を自国に持っていきたいと願う国は多いだろうな。まさか官僚たちも、冒険者特区構想に反対はしないだろう。こうなったらもうスピード勝負だ」


「しかし、また田中総理が批判されるのでは? 支持率も……」


「冒険者特区を実現したら、私は退陣しても全然構わない。特区さえ作ってしまえば、綺麗事しか言わないお飾りが次の総理でも大丈夫なはずだ。どうせ口だけだから、特区を解体するなんてできないだろうからな」





 田中総理は、愛想がないなどと言われてあまり人気がない総理大臣だ。

 だが、やる時はやる政治家なので、できればしばらく退陣してほしくないものだ。

 それにしても、フルヤアドバイスでOBが椅子を温めているくせに、まさか冒険者の行動制限と重税論を煽るテレビ局や新聞が出てくるとはな。

 勿論、冒険者が海外に逃げ出したら再び大不況がやってくると、まともな論調を展開しているところもあるので、これはフルヤアドバイスの席の数を調整しておくか。

 協力的でないところのOBを多く入れても意味がないからな。

 ゼロにすると開き直って古谷さんのネガティブキャンペーンでもはじめかねないので、席を減らすだけしかできないのが歯がゆいところだが。


「西条君、〇ォーブス誌の世界長者番付を見たかね?」


「ええ」


 古谷良二の資産は推定二百五十億ドルで、世界では十位以内にも入っていないが、日本ではトップになった。

 それでも、立ち上げて一年と少しの一人法人の経営者としては驚異的であるし、彼ほどではないが、ミリオネラの冒険者などそんなに珍しくもない状況になっている。

 中でも日本は、冒険者特性を持つ人が世界で一番多く、しかも大半が若者であった。

 そのため、フォーブスが作った冒険者長者番付でトップ100に入っている日本人は五十七名、外国籍なのに日本で活動している冒険者も合わせると八十三名にも及ぶ。

 その結果、日本の税収は大幅に増えており、彼らを海外に逃がしてしまう政策など論外というわけだ。

 田中総理がそれを理解しているのなら問題ないのか。


「西条君、フルヤアドバイスにいるOB連中を働かせてくれ。そのために、席を温めるだけで数千万円も貰っているのだろうから」


「総理は手厳しいですね」


「綺麗事など言っていられないではないか。大体、もし古谷良二が海外に逃げ出したら、誰がフルヤアドバイスにいる連中に給料を支払うと思っているんだ? もしかしてOBたちは、民間企業で働いたことがないのか? ああ、マスコミは一応民間企業か……。この期に及んで、今の状況を理解していないようなバカは、交換した方がいいのではないのかね?」


「さすがにもう動いてますよ」


 なにもなければ、三年席を温めるだけで億を超える収入だからな。

 そんなものはいらないと思うようなOBたちは、元々ここに天下って来ない。

 せいぜい働いてもらおうか。


「では、急ぎ冒険者特区法案を作ってしまおう。裁決の時には、切り崩せる野党の議員はみんな切り崩す。一日でも早く法案を通してしまうことにする」


 私は仕事が沢山あったので田中総理の元を辞したが、その後本当に恐ろしいスピードで冒険者特区法案通ってしまった。

 最初は野党を中心に反発が大きかったが、同じように世界中が冒険者特区の設置と冒険者の囲い込みを始めたので、すぐに反対の声がなくなってしまった。

 ちょうどその頃、運良く上野動物公園でパンダの子供が生まれたので、マスコミはそちらのニュースばかり流すようになった。

 フルヤアドバイスに所属するマスコミOBたちの圧力で、冒険者特区に反対するテレビ番組が作れなくなってしまったからだ。

 我ながら酷い方法だと思うが、政治ってのは清濁併せ持つものだ。

 特別臨時予算が組まれて冒険者特区内で多くの公共工事と、冒険者が居住するためのマンションなどが建設され、同時にダンジョンから算出したものの輸送を迅速にするためインフラ整備も行われるようになり、さらに景気がよくなったので、次第に冒険者特区に反対する世論は消滅していった。

 冒険者はなるべく特区内で生活する、という部分に多くの国民が賛成だったのだ。

 これで暴発した冒険者に襲われずに済むと。


「というわけでして。この上野公園周辺は、あっちもこっちも再開発で工事ばかりしてますね。他の都道府県のダンジョン周辺も同じようなものですが」


「冒険者特区かぁ」


 体のいい隔離政策だと思うが、俺たちは裏島という箱庭世界で遊んだりもできるので、無理に特区の外に出なくても問題ない。

 それにこれまでどおり、他道府県や外国の仕事を受けることも可能なのだから。


「しかしまぁ……両手に華どころではなくて羨ましい限りですね。もっとも、最近は浮気に厳しい世論ですからお気をつけて」


「俺は独身なんだけどね」


「恐ろしきは人間の嫉妬。古谷さんが、四人も美少女を侍らせていることが気に入らず、批判する者も多いはずです」


「なにを言われても俺は言い訳しないし、冒険者が不祥事を起こしたら、ダンジョンに潜るのを自粛すればいいのかね?」


「どうなんでしょうね?」


「自粛しているか、していないか。確認しようがありませんわね。リョウジさん、あーーーんしてください」


「あーーーん。ドラゴンフルーツは、冷やすと美味しいな」


「ボクたちが知っているドラゴンフルーツとは随分と違うね。この上品な甘さが素晴らしい。リョウジ、あーーーん」


「あーーーん」


「ドラゴンフルーツのジュースを絞りましたよ。良二様、あーーーん」


「あーーーん、美味しい」


「リョウジ、いっぱい食べてね。あーーーん」


「あーーーん」


 古谷企画の本社リビングに西条さんが報告に来たが、その時の俺はダンジョンで手に入れた貴重なフルーツをイザベラたちに食べさせてもらっているところだった。

 別にお互い告白したわけではないが、 今ではいつのまにかそういうことになっていたというわけだ。

 そういえば、幼馴染と同棲している超絶リア充の剛が言っていたな。


『告白? 男女って、いちいちそんなことしなくても、いつのまにかくっついてるもんなんじゃないのか? アニメの見すぎだって』


 好きな人とつき合うのに、いちいち告白なんてしない。

 『中学生でもあるまいし』と断言した剛。

 まだ彼の幼馴染の顔を見たことがないけど、俺は彼が尊敬に値する男だと思っていた。

 格好よすぎる。

 ちなみに今の剛は、冒険者特区法成立後も婚約者と一緒に暮らすため、役所に行って手続きをしていた。

 冒険者特区は、基本的に冒険者と、冒険者が認めた家族しか生活できない。

 剛は幼馴染と婚約しているので、家族と同じことだから居住許可を出して下さいと、臨時の冒険者特区区役所に手続きに出かけたというわけだ。


「なるほど。確かに、いい年をした大人がわざわざ女性に『好きです。つき合ってください』と告白しませんからね。食事や映画に誘ってオーケーが出たら一緒にデートして、そのあとの段階に進もうとして拒絶されたら、『ああ、残念。この人は駄目だったか。次行こう』ってなりますから。こう言うと語弊があるかもしれませんが、女性とつき合うのに正式に告白しなければいけないと思っている人ほど、女性に縁がない傾向にあります。モテる男女って、わざわざ告白しなくてもつき合ってますし、駄目なら自然と別れますから。告白に重きを置く考えって、創作物の影響だと思うんですよね。恋愛物でそういうシーンがないとわかりにくいですからね」


 さすがはエリートリア充。

 考えまでリア充だな。


「あっ、でも。俺たち一応高校生だ」


「古谷さんたちは、すでに大人と同じように仕事してますからね。大人みたいなものでしょう」


 さすがは、元キャリア官僚で、今はフルヤアドバイスの社長として大活躍しているエリートイケメン。

 女性にもの凄くモテそうだ。


「古谷さんの方がモテているようですけどね……当たり前ですけど」


 稼ぐ男性がモテるのは世の常ってことなのかな?


「どちらにしても、今の古谷さんを狙うオジサン、オバサン、お爺さん、お婆さんが多いのは事実なので気をつけて」


「オジサン、オバサン、お爺さん、お婆さん?」


「自分の娘や孫を、古谷さんの妻にできたらってことですよ。優れた冒険者を特区に閉じ込めるのって、実はそう悪い考えでないかもしれませんね」


 そんな話を西城さんから聞いた半年後。

 日本にあるダンジョン六十一箇所(寂寥島のダンジョン含む)に冒険者特区が完成した。

 寂寥島のダンジョンについては、寂寥島に小さな町を作るそうで、他の特区もそうだが、建設国債が発行され、俺も岩城理事長も大量購入する羽目になっていた。

 他にも、多くの冒険者がこれを購入している。

 日本の税収は順調に上がっていたか財政危機なので、 なるべく支出を増やさずに国債を償還していくのだそうだ。

 それが正しいのかどうか、俺は経済学者じゃないからわからないけど。

 財務省が言うには、『冒険者特区の構想には賛成だけど、財源がなくて辛いわぁ』ってことなので、世界中の冒険者有志が大量に発行された建設国債を購入して、工事費用を集めたわけだ。

 俺と岩城理事長も合計で数兆円分購入したけど、随分と高い居住費用になってしまったな。

 戻ってくるかわからないけど、俺は別になくてもいいか。

 岩城理事長は困りそうだけど。


「冒険者特区が完成すれば、少し状況が落ち着くと思うんですよ」


「だといいけどね」


 もし世の中が騒がしくなったら、引退して裏島に籠って生活してもいいし、 現金なんかなくても生きていけるからな。

 イザベラたちはどう思っているか知らないが、今はこの生活を続けていけばいい。

 他人が偉そうになにかを言ってきても、無視すれば問題ないのだから。


 俺は俺らしく生きていくのだ。


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