第57話 決着
「去年のミュジニーは少し出来が悪いのかな? フランス人なんてワインを作るくらいしか能がないんだがら、もうちょっと頑張ってもらわないとね」
自宅のリビングで、一人ワインを楽しんでいる。
私の唯一の趣味だ。
今回もいい資金稼ぎをさせてもらった。
古谷一族は借金塗れのままベーリング海で命がけでカニを獲り続ける生活から、刑務所で健康的な生活を送れるようになった。
倉敷一族も、明日の生活が知れない零細企業勤めやフリーター、ニートから、なんでも無料の刑務所暮らしだ。
出所後も生活保護が貰えるだろうから、私は善行を行ったというわけだ。
頂いたコンサルティング料は、ちゃんと真の社会主義革命のために用いてあげよう。
今回の仕事も無事に終わって大好きなワインを楽しんでいるのだけど、値段の割に味が少しイマイチだ。
次は別のワインにするか。
「楔は上手く打ち込んだはずだ」
日本は、ダンジョン出現により発生した不況、GDPの大減少から復活し、数字は好景気であることを示しているが、 ダンジョンと冒険者、そしてそれに関わる企業といわゆる上級国民と呼ばれる層ばかりが資産を増やし、貧富の格差が広がる結果となってしまった。
いくらマスコミが古谷良二を庇っても、それを不満に思う庶民は一定数存在する。
だが、まだ真の社会主義革命には至らない。
日本人が暴力的な革命に身を投じるまでには、もっと貧富の差が広がらなければならないのだ。
それまでに私は、お金を稼いで備えておく必要があった。
そして日本国民たちは、古谷良二という大金持ちを知った。
これからは大喜びで足を引っ張るだろう。
出る杭は打たれる。
日本というのは、独裁者が誕生しない素晴らしい国なのだから。
「来るべき未来に。真の社会主義革命に乾杯!」
「口先一つでに数億円稼いで、八十万円のワインで乾杯している奴が、真の社会主義革命とか言っているとギャグに聞こえるな。汗水垂らして労働はしないのか?」
「……古谷良二……随分と無粋な少年だね」
「裏でコソコソ動いて他人を暴発させ、貰えるものを貰ったら捕まる前に逃げ出してしまう自称革命家には言われたくない」
古谷良二。
どうして私の住処が……東条からのリークか!
これはまずい。
もし彼が本気になれば、私など一瞬で殺されてしまうはずだ。
どうには切り抜けないと……。
「佳代子、古谷一族、倉敷一族。次は誰を暴発させて、高額な手数料を稼ぐんだ?」
「私はコンサルタントなので、正規のコンサルティング料をいただいているだけですよ。私が罪を犯した証拠があるというのですか? 古谷良二君」
「それはないな」
「だったら今すぐ私の部屋を出て行ってくれないかな? 今なら不法侵入の罪を問わずにおこう。私は元警察官だから、そういうのにはうるさいんだよ」
いくら強くても、所詮はただの高校生。
犯罪だと言えば、すぐに立ち去る はず。
念のために武器は持っているが、彼と同じ土俵で戦ってはいけない。
ここを上手く切り抜けて、真の社会主義革命を成就しなければ。
「人の家に勝手に入ってはいけないと習わなかったのかな? 君は優れた冒険者だけど、社会を知らないね。だから傲慢にも、勝手に私の部屋に入って来たりする。そういうところは改めた方がいいと思うな」
「で? 怪しげなコンサルティング業でお金抜いてた詐欺師がなんだって?」
「……」
このガキ!
もしかして、東大法学部首席卒業にして、警視庁でキャリアとし順調に出世を重ね、それでもこの世界をよくしようと働いている私をバカにしているのか?
「(いや……ここで怒ってはガキの思う壺だ)君のような野蛮人は分を弁えた方が、社会やみんなのためだと思う。私はその手助けをしただけだよ」
「あんたが助言した結果、多くの人たちがさらに貧しくなり、死者まで出てしまった。みんなが幸せに暮らせる社会が聞いて呆れるな。それでお前は、高級ワインで乾杯か。俺は忙しいからあまりグダグダと喋らないが、お前はみんなが平等な社会なんか望んでいないんだよ」
「ほう。では私はどんな社会を望んでいると?」
「自分以外のみんなが等しくお前より下で、お前は上から、自分のおかげで下民どもが楽しく暮らしているようだと、思い込みたいだけなんだよ。お前みたいな貴族がいたな。で、自分に人間の管理は任せてくださいって、魔王に自分を売り込みに行ってな……。当然裏切り者なので始末したさ。お前みたいなのは定期的に出るんだ。自分は選ばれた人間かなんかだと勘違いしてる奴がな」
「君はなにを?」
「周囲でウロチョロと動かれると面倒くさいんで、俺のシナリオどおりに死んでいただこう。あばよ」
「お前はなにを?」
この法治国家において、この私を殺すというのか。
必ず報いを受けるぞ……って……。
「意識が……」
「赤っ恥をかいて死ね」
意識が消えさっていく。
私がこんなところで死ぬわけが……死ぬわけがないんだ。
真の社会主義革命を実行し、すべての人たちが幸せに暮らして、私は当たり年のワインを楽しんで生きていく……のだから……。
「はっ!」
「なんだ急に? お前、早くダンジョンに入れよな。まったく、元警視庁に勤めていたキャリア官僚のくせに大借金こしらえてよぉ。違法スレスレのコンサルティング業で荒稼ぎしていたんだろう? ビンテージワインの投資でしくじったんだっけか?」
「偽物のビンテージワインを借金までして大量に仕入れて、全部安物だったってオチだろう。嵩んだ借金のせいで闇金にまで手を出して、ついにダンジョンにご案内とは」
「早く死んでくれよな。お前が死んで保険金が降りないと、こっちも貸した金の回収ができないかな」
「兄貴、こいつ冒険者特性持ってるのか?」
「まさかな。きっと東大出で頭がいいからなんとかすんじゃねえの? ああ、早く死んでくれないと困るんだった。こんなショボくれたおっさん。スライムの体当たりで終わりだろう」
「??????????」
目が覚めたら、私は……上野公園ダンジョンの入り口に立っていた。
手には木の棒を持ち、服装は薄汚れたジャージ姿。
いよいよ借金で追い込まれた人間が、最後の賭けで冒険者としてダンジョンに潜る時の格好だ。
当然攻撃力も防御力もないに等しいので、かなりの確率で死んでしまう。
こんな無謀な行動……いったい私はどうしてこんなことに?
急ぎ、どういうわけか液晶が割れたスマホを見ると……。
「はっ! あれから一週間も経っている?」
「はあ? お前は急になにを言い出すんだ?」
「一週間前までは資産数十億円の大富豪だったのに、今では借金を保険金で返すところまで来ているからな。現実が認められないんじゃないの? だからって逃げるなよ」
ヤミ金だと思われる二人は体が大きく、逃げ出そうとすれば袋叩きにされてしまうだろう。
「(私は他の連中よりも頭がいい。この格好でもどうにかスライムを討伐できるようにして、借金を返し復活すれば……)」
古谷良二の奴!
よくもこの私を陥れたな!
必ず生き延びて仕返ししてやる……と思った瞬間、私の横を若い男性冒険者が通りながら、小声でなにかを言った。
「(残念だったな、後藤利一。お前は世間の人たちにバカなことをしたと思われながら死ぬんだ)」
「古谷良二?」
こいつ。
もしかして、古谷良二なのか?
変装か?
「古谷良二? あの兄ちゃんが?」
「身長も体型も顔も、全然違うじゃないか」
「元東大卒の哀れな多重債務者を、世界一の冒険者が助けてくれるとでも思ったのか?」
「惨めっすね。元東大卒なのにこんなバカことをして。早くダンジョンに入れよ」
「逃げようなんて思うなよ?」
私は、この世界を真に改革するべく生まれてきた選ばれた存在なのだ。
それが、これまで稼いだ資産をすべてを失ったばかりか多額の借金を背負い、チンラピたちにまでバカにされ、借金を返すためにスライムに押し潰されて死ななければならないなんて……。
こんなバカなことがあって堪るか!
「古谷良二め!」
「拗らせたエリートってのはこれだから……時間がもったいないから連れて行くぞ」
「へい、早くスライムに押し潰されて死んで、借金を保険金で返してくれや」
古谷良二!
私は必ずお前に仕返してやるぞ!
「寂寥島のダンジョンの第五十六階層。確かここは、特殊な階層だった……だな」
寂寥島のダンジョンの探索と動画撮影を続けていたが、五十六階層はゾンビやレイスと化した冒険者たちが蠢く階層だ。
もしかしたらこちらの世界では違うのかと思ったが、同じダンジョンが移転してきているので、やはり違うこということはないようだ。
「ナンデオレガシンデ……オマエモシネェーーー!」
「イキテイルボウケンャーーー!」
冒険者のレイスやゾンビたちは、生きている冒険者を見るとすぐに襲いかかってくる。
自分が死んでしまったのに、他人が生きていることが気に入らず、同じアンデッドにしようとするからだ。
「弱いな」
冒険者のゾンビとレイスの強さは、生前の強さに比例する。
同じ階層のモンスターなのに個々で強さが違うから、冒険者にとってはリスクなのだ。
すべての見た目が人間の冒険者なので、どのくらい強いのかわかりにくいという点も大きいと思う。
ただ、今のところ俺に勝てるこの世界の冒険者はいないので……というか、向こうの世界にもいなかったけど……『ホーリー』で次々と消滅していった。
「魔石、霊石ががあった! ついてるな。あとは……」
ゾンビの骨と、この世界の冒険者はまだつけている装備品の質が低い。
大半が鋼なので、クズ鉄と同じ扱いだな。
ミスリル製の武具はまだ一個もなかった。
そして……。
「フルヤリョウジ!」
武器を構えながら、俺を射るような視線で見つめる後藤利一のゾンビの姿があった。
思ったよりも早くここに来たようだな。
「ワタシノカクメイシキン!」
「あの程度の額で革命なんて、難しいんじゃないのか?」
個人なら一生遊んで暮らせる金額だったが、革命資金にはほど遠い。
大体みんなが平等な社会なら、後藤はあんなに多額の資産を持ってなかったはずだ。
それこそが、真の社会主義なのだから。
「お前は口では社会主義革命とか言っていたが、ようはお前が独裁者になりたいだけだろう? しかもお前は、それに失敗した負け犬じゃないか」
「ワタシハ……オノレェーーー! トシウエニムカッテェーーー!」
向こうの世界でもそうだったが、敵は確実に始末しなければならない。
特に王族や貴族なんて、平民なら何人ぶっ殺してもアリを踏み潰したぐらいにしか思わないようなクソがいたので、この世界の基準で甘い態度を見せるとろくな目に遭わないのだから。
最初、それで何度か痛い目に遭ったからな。
だから俺は、後藤を嵌めた。
彼を『催眠』で操り、怪しげなコンサルタント業で稼いだ金や、投資で増やした金をすべてと、借りられるだけの金で、大好きなヴィンテージワインを買ったように工作。
後藤の部屋に並んでいるヴィンテージワインは、すべて偽物だけどな。
最後は闇金にまで借金させて、後藤が目を覚ました時にはバカ高い金利の借金を返すべく、ろくな装備も着けずに上野公園ダンジョンに入るところだったというわけだ。
操ってはいるが、すべて後藤自身の行動なので怪しまれることはない。
他人を口先三寸で操って、コンサルティング料名目で金を抜いてきた男に相応しい末路だったというわけだ.
上野公園ダンジョンの一階層でスライムに押し潰された後藤は、ゾンビとなって寂寥島ダンジョンの五十六階層に出現し、殺したいほど憎んでいる俺に襲いかかってきた。
「魔力が勿体ないな」
俺はホワイトメタルの剣で、後藤のゾンビを一刀両断にした。
「ソッ、ソンナァ……」
「小悪党に相応しい末路だ」
俺は消滅した後藤のゾンビを確認してから、ホワイトメタルの剣を鞘に納め、引き続き寂寥島ダンジョンの探索と動画撮影を始めるのであった。
「おっと、後藤とのやり取りはカットで。五十六階層は、もう一回全部回って撮影し直すか……」
俺は世界で最も有名な動画配信者。
コンプライアンスはちゃんと守らないとな。
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