第55話 真の社会主義革命

「クソッ! 良二の野郎! 自分ばかりいい思いをしやがって! あれだけ稼いでいるんだから、少しくらい分けても罰は当たらないだろうに!」


「まあいいさ。奴がいい気になっていられるのも今のうちだ」


「無事に、ベーリング海のカニ漁船から脱走できたからな。俺たち偉大な古谷一族は、全員が古谷企画の役員になって億万長者になるんだ。経費も使い放題、毎日、焼き肉と、キャバクラと、風俗で遊び放題だぜ!」


「ゴタゴタ抜かしたら、みんなで良二をボコってやろうぜ! 女もより取り見取りだな。地元のイモい妻と、バカ餓鬼はポイだ。モデルとか、女子アナとかが喜んで股を開くだろうからな」


「良二は、我ら倉敷一族に対して敬意がない! これから金を出せば少しは認めてやるがな」


「僕は、尾羽今情報通信大学に通っている天才なんだ! 僕が古谷企画の役員になることにより、会社は飛躍的に発展するはずだ。役員の僕が株をインセンティブで貰って、そのあと上場すれば……。大儲けだ!」」


 彼らは全員バカで、愚か者だ。

 古谷一族は、古谷良二の両親が亡くなった時、彼から力づくで財産を取り上げようとして失敗した。

 それは優れた冒険者である古谷良二に、田舎のヤンキー、チンピラ、反社モドキがが暴力で挑んで勝てる道理がないからだ。

 古谷良二が具体的にどう反撃したのかは謎だが、彼らは逆に大きな借金を背負うことになってしまった。

 間違いなく、大金が古谷良二に渡ったのであろう。

 とはいえ、これまでの彼の稼ぎに比べたら大したことはない。

 ただ仕返しで、彼らに借金を背負わせたのであろう。

 さらに古谷一族は、地元の町議会議員とその息子で半グレ集団を率いている息子と手を組んで、古谷良二のの財布に手を出そうとした。

 その結果、日本政府、公安からも目をつけられ、彼らは家族を失い、とんでもない額の借金を背負い、つい最近までベーリング海でカニを獲っていた。

 こういう時、よくマグロ漁船の話が出るのだけど、今のマグロ漁船はそんなに儲からない。

 大きな借金を返す時には、ベーリング海のカニ漁船というのが定番だ。

 もっとも、カニ漁は危険で死亡率も高い。

 やらかして町議会議員の職すら失った元議員や、古谷一族の中にも数名殉職者が出ていて、ヤミ金にかけられた高額の保険金は多額の借金の返済にあてられた。

 すべて日本政府のシナリオである。

 確かに彼らは愚かだから、それはより良い生活を求めただけ。

 そもそもあれだけ稼いでおいて、親族に一円も渡さない古谷良二の了見が狭いのだ。

 人々が平等に暮らすより良い社会のため、古谷良二のような大きな貧富の格差を生む冒険者に罰を下さなければならない。

 たとえ愚かな親戚たちでも、彼らに古谷良二が一生かかっても使いきれないほど貯め込んだお金を分散することこそが、この世界から少しでも貧富の差をなくし、みんなが幸せに暮らせる社会に繋がる。

 この後藤利一がやっていることは、社会正義、真の社会主義革命の第一歩なのだから。

 このところ公安の連中が私をつけまわしているようだが、大嫌いな公安になんて決して負けない。

 国家の犬どもが!

 作戦の第一弾である、古谷一族の救出に成功した。

 多少荒っぽいことをしたので、カニ漁船に乗っていた何人かか死んだが、これも真の社会主義革命のためだ。

 大義を果たすために必要な、最低限の犠牲というやつだ。

 古谷一族の救出を頼んだギャングの火力がちょっと強かったかな?

 どうせ、古谷一族がカニ漁をさせられていた船は密漁船だった。

 反社勢力は真の社会主義革命の敵なので、彼らの資金源を断つことは正義なので問題ない。

 無事に救出した古谷一族と、古谷良二の母方の親族も崇高な作戦に参加してもらうことにした。

 尊き使命をはたすため、東大に現役入学した私が聞いたこともない大学を出た、あたまが悪そうな青年。

 古谷良二の従従兄だそうだが、彼が愚かなのは私の気のせいではない。

 可哀想なことに、彼は格差の拡大により、まともな教育を受けられなかった社会の犠牲者なのだから。


「みなみな様、我々志を同じくする同志たちは無事に集まりましたが、直接古谷企画にアプローチをかけることは危険です。なぜなら、すぐに日本政府が動きますからね」


「そうか……」


「直接会ったら、俺がかましてやれば一発なんだけどな」


「そうだよな」


 古谷一族は相変わらずだが、彼らが愚かなのは、格差が広がって教育機会が失われたからだ。

 つまりは、日本政府の責任ということになる。

 こういう人たちを救ってこその、真の社会主義革命なのだから。


「古谷企画に直接手を出せませんが、この国は民主主義国家です。さらに個人主義の欧米とは違って、集団の利益こそが最優先される。つまり、こちらが先に動いてしまえばいいのですよ」


「どう動くんだ?」


 Fラン大出の若者が尋ねてきたが、私たちがやることは一つしかない。


「古谷企画の未公開株を売るのです」


「未公開株? でも、古谷企画は上場していないだろう」


「今はしていませんが、どうせいつかは上場しなければいけなくなるでしょう。だから我々はその手助けをするのですよ。先に我々でお金を集めてしまうのです」


「そうすれば、良二も古谷企画の株式を上場しなければならなくなる、というわけか」


「ええ。我々で背中を押してあげるのですよ。古谷企画の株式が多くの人に渡れば、みんなが幸せになれるというもの」


「なるほど。それはいい手だな」


「未公開株を、みんなで売って幸せになるわけだ」


「今、すげぇ稼いでるって評判の古谷企画だろう? 一株百万……すげえ金が集まるぜ」


「古谷一族のみな様は、ベーリング海で大いに苦労しましたからね。その苦労は必ず報われなければいけないのですよ」


「ようし! 頑張って未公開株を売ろう!」


「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」」


 言うまでもなくこんなことは詐欺なのだけど、これで日本の貧富の差を広げている古谷良二と、彼と組んでいるイワキ工業に正義の鉄槌を下せるだろう。

 なぜなら、未公開株詐欺で騙された人たちの一定数が、必ず古谷企画に損失を補填しろと言い出すからだ。

 当然古谷企画の弁護士が軽く一蹴するであろうし、裁判になっても勝てるわけがない。


「(だが、人間は感情の動物なんですよ)」


 必ず、『それだけお金があるのだから、彼らに補填してあげてもいいじゃないか』という世論が出てくる。

 同時に、被害者の数が多ければ目立ちたがり屋で名前を売りたいバカな政治家が出てるかもしれない。

 愚かな民衆の大きな声が、日本政府を動かすだろう。


「(そうすれば、古谷良二と日本政府との間に亀裂が生じる)」


 日本政府は、古谷企画解体に動く可能性が高い。

 政治家や官僚たちの中には、古谷企画の資産や利権を狙う連中も出てくるだろう。

 連中も普段はエリート面しているが、一皮むけば欲深い獣でしかないのだから。


「(古谷一族と倉敷一族は前科者になるけど、私が目指している真の社会主義革命が成功した社会では、前科者とはいえ差別されなくなるから安心してくれ)」


 古谷良二。

 私が違法に銃を手に入れて銃撃したとしても、奴は死なない可能性の方が高いだろう。

 だが、戦闘力に頼らないこういう戦い方があるのだということを理解……する前に敗北の美酒に酔ってくれ。

 なあに、どうせ君が無一文になっても、君はまた稼げるから問題ないだろう。

 それよりも、今は日本の貧富の格差の是正の方が重大な問題なのだよ。


 みんなで幸せになろうじゃないか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る