第53話 後始末
「ううん……あれ? イザベラ」
「リョウジさん、随分とお早い目覚めですね」
「レベルアップの影響で、意識を失うと急速に体へのダメージや疲れを回復させてしまうのだと思う。どのくらい寝ていたのかな?」
「三時間ほどですわ」
「思った以上に、ダメージよりも疲労が多かったみたいだな。こればかりは、治癒魔法でも回復できないから」
目が覚めたら、自室マンションのベッドで寝ていた。
どうやら剛たちが運び込んでくれたようだ。
目覚めた俺を、イザベラが笑みを浮かべながら見つめていた。
その様子はまるで女神のようであり、ちょっとドキドキしてしまったのは秘密だ。
「リョウジ、生きてるかい?」
「ダメージはほとんどなかったから大丈夫」
「良二様、お加減は大丈夫ですか?」
「リョウジ君はやっぱり凄いね! あんな化け物を倒してしまうなんて」
「リョウジ、無事でよかったわ」
「おわっ! リンダ、急に抱きつくな!」
「ずるいな、じゃあボクも」
「良二様、まだ安静にした方がいいですよ。眠れないのなら、私が膝枕などを」
「良二はモテモテだな」
剛、ホンファ、綾乃、リンダも寝ている俺の傍にいたようだ。
俺なんて特にイケメンでもないのに、みんな変わり者だな。
「良二、東条さんが来ているぞ」
「すぐに行く」
「良二様、大丈夫ですか?」
「気分爽快だよ。さてと、なんの話かは容易に想像つくけど……」
古谷企画の本社にしている高級マンションには応接室があり、東条さんはソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
コーヒーは、綾乃が淹れてくれたようだ。
実は彼女、紅茶もコーヒーも淹れるのが上手だからな。
「随分と早い目覚めですね」
「回復早くなるのも、レベルが上がった冒険者の特性ですよ」
今回の死神戦では、丸一日で終わってしまったせいで気が抜け、すぐに眠ってしまったけど、戦いが続けば三日間は不眠不休で戦えたはず。
そういう無茶ができるからこそ、高レベルの冒険者は化け物のようなモンスターと戦えるわけだ。
「あっそうそう。古谷さんが急遽動画配信サイトにあげた、死神との決戦動画。とんでもない勢いで視聴回数が上がってますね。マスコミから取材の依頼が来ましたが、こちらはすべて断っておきました」
「今まで寝てたし、これから忙しくなりますからね。マスコミの取材は一切受けない主義なので」
富士の樹海ダンジョン攻略を一旦停止し、寂寥島のダンジョンの探索と動画撮影をしなければならないからだ。
早速明日から始めるとしよう。
「それでいいと思いますよ。そのために、フルヤアドバイスで各大手マスコミOBたちを役員として受け入れているのですから」
もしマスコミで、『我々の取材に応じない古谷良二は、報道の自由を理解しておらず、とんでもな奴だ!』という報道をしようとしても、フルヤアドバイスにいる大手マスコミOBたちが止めに入る。
なぜなら、自分たちの年収数千万が飛んでしまうし、以後同じ会社の後輩たちもフルヤアドバイスの椅子がなくなるからだ。
「フルヤアドバイスなんて一見無駄な子会社に見えますけど、ちゃんと利益はあるんですよ。マスコミって、よく官僚の天下りを叩くじゃないですか。でも、フルヤアドバイスは絶対に叩かれません。その存在を報道することすらタブーなんですよ。その規則が明文化されているわけではありませんが、報道してはいけない。日本人らしく空気を読めよということなのです」
「なるほどねぇ」
「同時に、古谷さんへの批判もあまり報道されていません。死神という巨人のアンデッドの顔が、警察から逃亡した三橋佳代子だったため、古谷さんを殺人罪で逮捕した方がいい、という意見があったんですよ」
「あの時点で佳代子はもう死んでいたから、殺人罪を成立しないと思うけど……」
「アンデッドという存在自体は創作物のおかげである程度認知されていますが、それが現実のものとなると、理解できない人が増えてきます。『本当に、 巨人になった三橋佳代子は死んでいたのか?』、『古谷良二が逮捕されないよう嘘を言っているのではないか?』とね。完全な証明など難しいですし、現行の法律でどう対応していいものやらという話になるんですよ」
俺は殺人者か……。
不良イギリス貴族の件と、向こうの世界でも人間を殺したことがあるから、俺は綺麗な身というわけではないけどな。
「その前に、もし古谷さんが死神を倒さなかった場合の不利益は、日本政府も、官僚たちも、財界も理解していますので。マスコミへの生贄は三橋佳代子に決まりました。いくら彼女を批判しても、もう死んでいるから反論しない、というのも選ばれた理由です。すでに、ワイドショーで散々に批判されています」
「むしろ、リョウジさんを批判したり、逮捕しろって言っている方々が不思議……ではありませんね。イギリスにも、そういう方はいます」
「リベラルの度がすぎる方々は、世界共通ですからね。三橋佳代子がもし生きていたら、史上最年少の死刑か、保釈ナシの無期懲役になっていたでしょうから。死んでよかったというのもどうかと思いますが……。そんな気がします」
酷い話だが、世の中とはどんなものだと、俺は向こうの世界で学んだ。
だから、自ら破滅へと突き進んだ佳代子には同情しない。
殊更自己責任論を唱えるつもりはないが、冒険者としての努力を放棄し、おかしなことをやり始めた彼女を助ける義理なんて、どこにもないと思うのだ。
「悪いことに、素行不良で最初のパーティをクビになり、ダンジョンで際どい水着を動画配信をしたり、複数の素行の悪い男たちと交際して子供を堕ろしたこと。際どい水着を着てスライムを倒す動画配信で荒稼ぎしたこと。ついにはダンジョンに潜るのも面倒になり、怪しげな 冒険者講座で高額の受講料を集め、素人に教えさせて業務上過失致死で逮捕されて、冒険者高校を退学になった件。挙句のはてに、自分のお金で贅沢していたとはいえ、一緒に逮捕された両親を殺して留置所から脱走。警察官たちも負傷させていますから。警察ってのは家族主義で、身内に負傷者が出たらもう容赦しませんよ。警視庁記者クラブ経由で、バンバン彼女の情報が流れます」
そして、その悪行がワイドショーなどで連日報道されるわけか。
リンチに近いが、そうなった原因は彼女自身にある。
助けようもないからな。
「死者の尊厳よりも、明日の生活でしょうからね。多くの日本人たちの本音は」
今の日本は、景気がよくなりつつあった。
必要なほとんどの資源を国内のダンジョンで賄い、海外に輸出しているものも多いからだ。
元々国内に技術と生産力があり、海外に生産拠点を移していた企業が国内への回帰を目指していると聞く。
資源やエネルギーが国内にあるのだから、製造施設やプラントは近い場所にあった方がいいので当然であろう。
そして、そんな新しい世の中で中心的な役割をはたしている俺を逮捕させるわけにはいかないのだろう。
なにより佳代子は、死神に人格を乗っ取られた時点で本当に死んでいたのだから。
「世間の雑事は私たちに任せてください。だからこそ、私たちは高額のサラリーを頂いているのですから」
「高額ですか」
「ええ、フルヤアドバイスは古谷企画の100パーセント子会社で、決算は公表されていませんが、人件費が95パーセントを超える謎の企業ですからね」
トラブル除けで作った子会社なのでそんなものであろう。
今回、早速役に立ってくれたようだ。
「寂寥島のダンジョンですか……。アンデッドの巣なんですよね? そういえば、死神が突き破って出てきた 部分がすでに元通りになっているとか。不思議な現象です」
「ああ、ダンジョンは生物の要素も持っていますからね。さらに、ダンジョン自体は、入り口の地下に存在しているわけではない。別空間にある、この世の理、常識から外れた存在なのです」
上野公園ダンジョンが出現した時。
それほど大きな混乱は起こらなかった。
常識的に考えたら、上野公園の地下がダンジョンになったらその地下を走っている地下鉄の線路や駅、上下水道や、地下電線、その他地下施設が消滅して大変なことになるはずなのに、まったく影響がなかったからだ。
これは、世界中のダンジョンでも同じであった。
入り口以外のダンジョン部分は、どこか別の空間に存在するのだ。
「どうして古谷さんがダンジョンに詳しいのか……今度、田中総理あたりがお話を聞きたいと願うかもしれませんね」
「時間が空いていればねぇ」
「スケジュールを調整させていただくかもしれません。それは覚えていただけるとありがたいです」
「わかりました」
「ところで、例の倒した死神から出たものですが……」
死神は、漆黒の全身甲冑に身を包み、同じく全身鎧の馬に乗って、回復手段であるレイスたちを閉じ込める馬車を引いていた。
その身は滅んだが、死神本体と馬の全身鎧、馬車、巨大な魔石、そして同じくかなり巨大な霊石が残ったわけだ。
東条さんは、ドロップ品の詳細が知りたかったのであろう。
「魔石は、とても巨大なだけですよ。取り込んだレイスたちの分があるから、あれほど巨大になるんです」
「なるほど。あれだけで、国内の魔石使用料一年分くらいはありそうですね」
「オークションに流すでしょうね」
「やはりそうなりますか……」
「だって税務署が物納は受け付けないし、買取所だと金額が安いから、税収が下がるって怒るんですよ」
「あの連中は…… なんとかします」
なんとかできるものなのかな?
「死神の装備品や馬車は、実は全部オリハルコン製です」
「ええっ! そうなんですか?」
向こうの世界で死神を倒せた人は歴史に名が残る偉人か、勇者である俺だけだった。
一度倒したことがあるから、俺は死神と戦ったし、倒すと手に入るものを知っていたのだ。
「いまだオリハルコンは、世界中のどのダンジョンからも見つかっていません。ようやくこの前、アメリカと中国のダンジョンで、ミスリル製の武器がドロップしたそうで、手に入れた冒険者のところに買取希望者が殺到したそうですよ。十億円出すと言った冒険者もいたそうで……」
「どうなんだろう?」
向こうの世界と、この世界の貨幣価値の差がよくわからないのだが、感覚的に言えばミスリスの武具は高くて数千万円くらいが妥当だと思うんだよなぁ。
オリハルコンや、その上の金属なら、億から数十億円もあり得ると思うのだけど。
「ミスリルを定期的に供給できるのが古谷さんだけですからね。しかも、ほとんどイワキ工業に売ってしまってますから」
「じゃあ他に売っていいんですか?」
「それはやめてほしいです」
俺は、内緒で備蓄しているミスリル製の武具や鉱石以外は、すべてイワキ工業にば売却していた。
どうせミスリル鉱石や、壊れた武具などのクズミスリルを精練できる『ミスルリ炉』や、魔液を内燃機関で効率よく燃焼させるために必要な、タンクや部品のミスリルメッキができるのはイワキ工業だけだからだ。
世界中の国々が、効率よく魔液を燃やすために必要なミスリルメッキされた内燃機関の部品やタンクを必要としているので、武器は冒険者自身が頑張って手に入れてくれというスタンスなのだ。
どうせそうしないと、冒険者が定期的にミスリル鉱石やドロップ品のミスリル製の武具など手に入れられない。
レベルが低い冒険者がいきなり強い武具を手に入れた結果、自分の強さを過信して、深い階層に潜り死んでしまう。
その危険を、俺は動画で口が酸っぱくなるほど注意していた。
結局地道にレベルを上げながら、徐々に下の階層を目指すのが、冒険者が強くなる一番の早道というわけだ。
「オリハルコンも武具になるのですか?」
「武具にもなりますし、ミスリルやオリハルコンは新しい合金の素材になります。この世界においても、用途はいくらでもあると思います」
武具になるってことは、ぶっちゃけ兵器の装甲にも使えるからだ。
使い方によっては、多分ミサイル、砲撃、機銃でダメージを与えられない軍艦、軍用機、戦車も作れるはず。
「本当ですか? それ?」
「ええ、岩城理事長ほどじゃないけど、俺は鍛冶もできますから。ダンジョン内において、ミスリルやオリハルコンは中の上くらいの扱いです。これらを使った合金や、ダンジョンでしか手に入らない霊石に至っては、高度な動きをするゴーレムの貴重な材料として……」
「オークションはなしです! 国税と話をして来ます!」
コーヒーを飲み干すと、東条さんは駆け足で俺の部屋を出て行った。
「東条さん、大変だなぁ」
「トウジョウさんはお忙しい身ですから」
「大切な仕事みたいだし。俺も明日から仕事しよう」
「リョウジさんは、いつも仕事をしている印象ですけどね」
目覚めの爽快だが、今日はもういいか。
明日から、『テレポーテーション』で 寂寥島のダンジョンに行って、探索と踏破を始めるか。
どうせ向こうの世界の亡霊ダンジョンと同じ造りだが、あそこにいるアンデッドはこの世界で冒険者たちに倒されたモンスターである。
放っておけば勝手に増えるし、実は亡霊ダンジョンは百階層までしかない。
だからといって簡単に攻略できるという話ではなく、一階層が上野公園ダンジョン十階層分と同じくらいの密度なのだ。
レイスは実体がないので、フロアに密集して蠢いている。
弱い冒険者なら袋叩きにされ、自分もアンデッドにされてしまう。
寂寥島のダンジョンには、この世界で殺された冒険者たちのレイスも出現するはずだ。
たぶん今のイザベラたちでも、五十階層まで到達できれば上出来だろうな。
ついでに言うと、僧侶系、聖魔法が使える魔法遣い系、聖騎士、聖闘士などのジョブを持つ者か、ホワイトメタル製の武具がなければ、 冒険者はすぐに屍を晒すことになるだろう。
「今の私たちでは、まだ持久力不足ということですか……」
「そういえば、ボクたちはまたレベルが大きく上がったんだ」
「死神を倒した良二様のパーティという扱いだったのでしょう」
「レイスたちを結構倒したからかしら?」
「レベルが1800を超えたぜ!」
この五人は世界でも群を抜いた存在だけど、五人だけで寂寥島のダンジョンの最下層に潜らせるのは危険かな。
週一の合同パーティの時に一緒に潜るとしよう。
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