第50話 死神(前編)

「なんだ? この揺れは?」


「良二! 寂寥島ダンジョンの入り口部分から盛大に土埃が上がっているぞ!」


「まさか……」




 無事に寂寥島へと着地した俺たちがダンジョンへ向かって歩いていると、突然島が大きく揺れ、ダンジョンの入り口が盛大に土埃をあげながら破壊された。

 そして広がった入り口から、馬車を引いている厳つい馬に乗った、全身を黒い甲冑で包まれた巨大な騎馬武者が姿を現した。

 金色のドラゴンよりは小さいが、それでも全高は三十メートルほどあるはずだ。

 そして俺は、このモンスターに見覚えがあった。


「死神……最強のアンデッドだ」


 死神は神ではないが、亡霊ダンジョンに出現するレアアンデッドモンスターであった。

 滅多に出現することはないが、遭遇したら死を覚悟しろと言われるほど強く、馬に乗った彼が引いている馬車の中には、数多のレイスたちが閉じ込められている。

 死神はそれを必要に応じて開放し、俺たちにぶつけてくるのだ。

 どれだけ強くても、死神の投げたレイスに直接触れると死んでしまう。

 聖属性を付与された武器で斬り払うか 。

 聖騎士や聖闘士のジョブを持っていて、その加護を受けているか。

 治癒魔法か聖魔法で倒していくしかないのだが、あの馬車の中には死神が自ら殺して集めた、膨大な数のレイスたちが詰まっている。

 スライム,、ゴブリン、コボルト、オーク、ワイバーン等々……。

 馬車の中から多数のレイスたちが次々と湧き出てきて、俺たちにに襲いかかってきた。


「『ホーリー』!」


「おおっ、凄い!」


 ソーサラーである綾乃が、『ホーリー』を使って一度に数十体のレイスを消滅させた。

 だが、すぐに馬車から新しいレイスが湧き出てしまうので、『ホーリー』を 使うのに忙しいようだ。


「俺も『ホーリー』を使えるようになったんだぜ!」


 同じく、アークビショップである剛もレイス軍団に向けて『ホーリー』を放ち続けていた。

 次々とレイスたちが消滅していくが……。


「良二、キリがなくないか?」


「いや、キリはあるんだ」


 死神はレアモンスターで強いが、不死身の存在ではない。

 亡霊ダンジョン内でアンデッドを集めて馬車に詰め込み、自分の手下として敵を攻撃させるので強くはあるのだけど……。


「詰め込んだ以上のアンデッドは出てこないさ」


「そうなのか……。自分が殺してレイスにした連中を飛び道具代わりって、非道だし、凄いモンスターだな」


「こんな化け物がいたってことは、彼女はもう死んじゃったかな?」


 寂寥島ダンジョンに逃げ込んだ佳代子だが、残念ながら今の彼女の強さでは、ダンジョン内で死神に遭遇して生き残れるとは思わない。

 ホンファもそう思ったのだろうが、俺は俺である可能性について考えていた。

 そしてそれが、ほぼ当たっているであろうという確信と共に。


「『風刃』!」


 その可能性を証明するため、俺は死神が被るフルフェイスの兜のバインダー部分を目がけ、かなり威力を増した風の刃を放った。

 すると俺の狙い通りに、魔法でできた風の刃は死神の顔を隠していたバインダー部分を弾き飛ばすことに成功し、死神の素顔が俺たちに晒された。


「えっ? リョウジさん……これは、もしや……」


「彼女なの?」


「良二様は、気がついていらっしゃったのですね」


「リョウジ、彼女はもう死んでいるってこと?」


「そういうことだ」


 死神は亡霊ダンジョン内にランダムで出現するモンスターだが、一つだけ他のモンスターとは違う特徴を有していた。

 最初、死神には自我や人格がないのだ。

 ダンジョン内に出現して、最初に倒した人間のレイスを人格としてしまう。

 ちなみに二番目以降に殺された人間やモンスターたちは、後方の馬車にレイスとして閉じ込められ、死神の飛び道具とされてしまうのだ。

 亡霊ダンジョン内のモンスターはすべてアンデッドなので殺されないが、馬車に閉じ込められてしまうのは同じ。

 人間にとっても、モンスターにとっても、厄介なのが死神であった。


「良二、三橋はもう死んだってことか?」


「そうだ」


 生きた状態で亡霊ダンジョンに入った佳代子は運悪く死神と遭遇し、殺されてその人格を乗っ取られた。

 だから、死神本体の顔が彼女のものになっていたのだ。


「良二! ビッチたち! いつもいつも私の邪魔をしてぇーーー!」


「避けろ!」


 巨人である死神本体が、持っていた大剣で俺たちを薙ぎ払おうとしたので、俺は皆に注意を促してから回避した。

 当たれば一瞬でミンチだが、大振りで動きが遅いので、イザベラたちも余裕を持って回避している。


「お前たちがいなければ、良二はぁーーー!」


「良二、お前、随分と三橋に好かれていたんだな」


「そんな話が出たのはごく最近だ」


 俺と佳代子は、本当に冒険者高校に入るまでは異性の友人程度のつき合いでしかなかったのだから。

 彼女をそういうふうに考えたことは一度もないし、間違いなく向こうもそうだったはず。


「そもそも俺は、彼女の方から縁を切られたのだから」


 Bクラスだった佳代子が、レベル表示が1のままでノージョブの俺を切り捨てても特におかしな話ではない。

 俺は仕方がないと思っていたのに、俺の業績が世間に知られるようになってから、突然自分は俺の婚約者だなどと言い始めたのだから。


「普通に考えて、そんな女はごめんだろう? 剛の彼女がどういう人かは知らないけどさ」


「実は言いにくかったんだが、俺と彼女は幼馴染同士でな。その関係性は昔から全然変わっていないから、俺には、お前の気持ちがわからないのかもしれない」


「それはよかったな」


 剛には、いい幼馴染がいて。

 絶対に、俺の気持ちなんて一生理解できない方が幸せなんだから。


「身勝手な言い分を! ふざけないでください! はぁーーー! 『グランドクロス』」


 聖騎士であるイザベラだが、『グランドクロス』をちゃんと覚えたようだ。

 この特技は俺も使える。

 聖の魔力を己の武器に纏わせてアンデッドを十字に斬り裂く必殺技であり、佳代子の顔をした死神は、イザベラが剣から放った青白い十字で四つに斬り裂かれた。

 よほど強いアンデッドでも、『グランドクロス』を食らえば一撃で倒されてしまうのだが、残念ながら死神を一撃では倒せなかったようだ。

 四つに斬り裂かれた死神の体は、すぐに回復してしまった。


「リョウジさん、もしかして死神には『グランドクロス』が効かないのでしょうか?」


「いや、『グランドクロス』なら大ダメージを受けたさ」


「その割には無傷のような気がします」


「回復できるのさ」


「回復ですか……まったくその動作が見えませんでしたが……」


 どうして死神が、乗っている馬が引っ張っている馬車の中にレイスを詰め込むのか?

 それは、自身のダメージを集めたレイスで回復させてしまうからだ。

 しかもその様子が、とてもわかりにくいから困ってしまう。


「死神には正常な肉体があるように見えるけど、アレもアンデッドなのさ。だからレイスでダメージを回復できる」


 敵に差し向けたり、自身のダメージを回復させたりと。

 そういう器用な真似ができるから、死神は厄介なレアモンスターであった。

 普通の冒険者なら、運悪くダンジョンで出会ってしまったら逃げるしかない。

 そして、死神に出会った最初の人間だとしたら、必ず人格を奪われて殺されてしまう。

 そうなったらもう諦めるしかないのだ。


「あの女がそうなんだね! 『聖拳乱乱れ打ち』!」


 続けてホンファが死神めがけて大きくジャンプし、聖魔法を纏った拳の乱れ打ちをする。

 彼女の攻撃が次々とヒットして、死神は大きなダメージを受けたように見えるが、またすぐに回復してしまった。

 馬車の中のレイスたちを材料にして。


「リョウジ。死神って、無限の回復力があるんじゃないの?」


「いや、馬車の中に閉じ込めているレイスの量以上の回復はできない」


「それって、具体的にどのくらい?」


「わからない。最大量は、 あの寂寥島ダンジョンに巣食うレイスの数だ」


 そして、寂寥島ダンジョンにいるレイスの数は、これまでこの世界のダンジョンで冒険者によって倒され、その体を素材として解体されてしまったモンスターたちの数であった。


「ヘッドショット! 確かにキリがないわね」


 リンダが狙撃用の魔獣で死神の額を撃ち抜いたが、すぐに元通りになってしまった。

 あれだけの巨体を誇る死神の額に大きな穴を開けたので、使用した弾丸が銀だろうな。

 聖魔法が使えなくても、銀製の弾丸や武器を用いればアンデッドを倒せる。

 ただ、銀の弾丸は高価で、銀の剣はそれほど攻撃力がなく、耐久性も低かった。


「『ホーリー』!」


「『ホーリー』だ!」


 綾乃と剛が連続で『ホーリー』をかけると、死神はその体から盛大に白い煙を出しながら苦しみ始めた。


「ビッチがぁーーー!」


「三橋さん、あなたが人にそんなことを言えるのですか? 知っていますよ。あなたが、集めた受講生の中でイケメンを見つけ出して遊んでいたのを。そういえば、子供を堕ろされたそうで。他の人たちは知りませんが、この純潔を良二様に捧げるつもりの私に、よくビッチなどと言えますね。ビッチはあなたではないですか」


「お前ぇーーー! 時代遅れの公家の娘のくせにぃーーー!」


「私は実際ここに存在しているので、あなたに時代遅れ扱いされる謂われはありませんね。『 ホーリー』!」


「その魔法はやめろぉーーー!」


「女ってのおっかねえなぁ。俺の彼女以外は。『ホーリー』だ!」


 激怒した死神が綾乃に殴りかかろうとするが、剛と共に『ホーリー』を連発したため、体の表面が焼け続ける死神はそれどころではなくなっていた。

 悲鳴をあげながら、その身から白い煙を吹き出していたが、残念ながら綾乃と剛でも死神を殺しきれないことは確実であった。


「クソォーーー!」


 それどころか、自分の回復の速度を早め、続けて馬車からとてつもない数のレイスが飛び出し、俺たちに一気に襲いかかった。


「リョウジさん?」


「死神は、自身のダメージの回復のみでなく、攻撃にもレイスを使う。彼はあの馬車に詰め込んでいるレイスの数は膨大で、だから普通の冒険者は遭遇したら死を覚悟しなければいけないのさ」


 その代わり、滅多なことでは遭遇しないけど。

 もしダンジョン内で遭遇したら、運が悪いと思われるのが死神というレアモンスターだったからだ。


「どうやら、かなりの数のレイスを抱え込んでいるようだな」


 亡霊ダンジョンが出現したばかりなので、これまで世界中のダンジョンで倒されたモンスターのレイス、ゾンビなどがひしめいていたはず。

 死神がその多くを吸収したとなれば、とてつもない回復力を持つこの死神はかなり厄介な存在だ。

 それでも、どうにかして倒すしかないけどな。

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