第48話 寂寥島

『本日のニュースです。 東京都寂寥島に新しいダンジョンが出現しました』


「あっ、もしや……」


「リョウジさん、なにか心当たりでもあるのですか?」


「もしかしたらとは思っている」




 朝。

 すでに完全に生活の拠点を裏島の屋敷にしていたが、それはイザベラたちも同じであった。

 元々彼女たちと岩城理事長、剛は俺の魔法道具である裏島に入れる。

 岩城理事長と剛は、家庭と同居する彼女がいるので毎日は来ないけど。

 魔法道具である裏島に俺以外の人間が入るには俺の許可が必要であり、岩城理事長の家族や剛の彼女はよく知らない人なので入れない。

 この話を聞くと、俺が冷たいと思う人が一定数いると思うが、そんなこと気にしても仕方がないからなぁ。

 朝食をとりながらテレビを見ていると、東京都大島の隣にある無人島寂寥島に新しいダンジョンが出現したというニュースが流れていた。

 そして俺は、この新しいダンジョンがどういうものかある程度予想がついていた。

 実際にダンジョンに入ってみれば、その予想が正しいかどうか確認できるはずだ。


「『亡霊ダンジョン』だろうな」


「亡霊ダンジョンですか?」


「良二様、亡霊ダンジョンとはどういうものなのですか?」


「簡単に言うと、倒したモンスターのアンデッドしか出現しないダンジョンだ」


 綾乃の問いに答える俺。

 向こうの世界にも存在したが、ダンジョンで多くのモンスターたちが討伐されると、その魂が亡霊ダンジョンにアンデッドとして出現する。

 倒されたモンスターの体が残っていなければ、魂のみのレイスに。

 冒険者が死体を持ち帰れず、二十四時間以上放置してダンジョンに吸収されてしまうと、亡霊ダンジョンではゾンビ、リッチ、スケルトン などとして出現する。

 この世界のダンジョンでも多数のモンスターが倒されたので、亡霊ダンジョンが出現したのであろう。


「亡霊ダンジョン ……レイスだと、倒しても素材は期待できないわね。その前に、私のようなガンナーは、銀の銃弾か聖属性の付与が必要になってしまうわ」


「実入りはそんなに変わらないか、アイテムボックス持ちでない人たちからすれば、かえって稼げるかもしれない」


「そうなの? 素材が獲れないんじゃないの?」


「素材はね。でも、なにも手に入らないわけじゃない」


 亡霊ダンジョンのモンスターたちから、素材が入手できる機会は少ない。

 呪骨(じゅこつ)は、体が残っているゾンビなどから手に入るが、使用目的が非常に限られている。

 レアアイテムとして武器と防具が手に入ることがあるのだけど、すべて呪われており、普通の冒険者が装備すると体が動かなくなってしまうし、一度装備すると体から取れなくなってしまう。

 『解呪』の魔法で外せるが、それをすると呪われた装備は崩れて消滅してしまい、一体なんのために装備したのだという話になってしまうのだ。

 唯一呪われた装備を使いこなせるのは、『暗黒騎士』を持つ者だけだが、今のところそのジョブを持つ冒険者は、この世界に出現していなかった。

 亡霊ダンジョンが出現したので、これから暗黒騎士のジョブを持つ冒険者が出現する可能性が高い。

 なお、俺は呪われた装備を使用できた。

 普段は使わないが、実は向こうの世界で手に入れた一番性能が高い武器と防具は呪われた装備だったりする。

 ただ、この装備を使ってモンスターを倒すと素材が腐り落ちてしまうので、ほとんど使用する機会がなかっただけだ。

 さらに、呪われた武器と防具の最大の欠点は、アンデッドに対しまったくダメージを与えられない点であろう。

 さらに、向こうの亡霊ダンジョンでは鉱石がほとんど獲れなかった。

 だが、レアアイテム扱いで『霊石』という魔石に性質が近い鉱石が手に入ることがある。

 これは高度な魔法道具の重要な材料なので、この世界でも次第に高い値段がつくようになるはずだ。

 霊石を材料に使うと、代替素材を用いた時よりも、魔法道具の性能、生産性、小型化を圧倒的に高めることができるからだ。

 実は、プロト1とプロト2の重要部品は、貴重な霊石を用いて作られている。

 その性能については、今さら語るまでもないだろう。

 そしてアンデッドを倒すと一番美味しいのは、魔石の品質である。

 同じ強さの通常のモンスターを倒した時よりも、二~三ランク高品質な魔石が手に入るのだ。


「それはいいわね。私も銀の弾丸を用意しようかしら?」


「私は『ホーリー』を覚えたので、アンデッドは魔法で焼き払えます」


「ホーリーは、アンデッドを倒すのに便利だよなぁ」


「はい、治癒魔法を用いると少し効率が悪いですから」


 綾乃は賢者の上級職ソーサラーなので、多くの魔法を覚えられる。

 その中に『ホーリー』という魔法があるのだけど、これは対アンデッドのみに有効な攻撃魔法と思ってくれていい。

 通常のモンスターや生きている生物に用いてもなんら効果はないが、その分アンデッドには絶大な効果を発揮する。

 アンデッド相手には治癒魔法も有効だけど、効率や威力の点でホーリーに遠く及ばないのが実情であった。


「とはいえ、まずはちょっと様子を見に行ってくる。もしかしたら、亡霊ダンジョンじゃないかもしれないから」


「もし亡霊ダンジョンなら、ボクたちも挑戦してみたいね」


「ロイヤルガードなら、もっとレベルが上がればホーリーに似た魔法を体に纏わせて戦えるようになるよ」


「じゃあ、もっとレベルを上げないとね」


 ホンファたちは、いつもどおり上野公園ダンジョンに潜ることになった。

 俺は大島の隣なので船を……いや、時間がもったいないから、西条さんか東条さんにヘリコプターの手配でもしてもらおうかなとと思っていたその時。

 突然、俺のスマホに着信音が鳴った。

 急ぎ出ると、俺に電話をしてきたのは東条さんであった。


「古谷さん、大変だ! 三橋佳代子が身柄を拘束されていた留置所から脱走した。牢屋を破壊し、警察官数名に負傷を負わせたので大変な騒ぎになっている。さらに、同じ留置所にいた彼女の両親が……古谷さんも気をつけてくれ」


「……佳代子のアホが……」


 まさに、落ちるところまで落ちたといった感じだな。

 ついに自分の両親を手にかけたか……。

 確かに冒険者は強いが、国家権力に勝てるわけがないのに、逃げ出してどうなるというのだ。


「新しくできたダンジョンを探索だけど、もう数日待ってほしい」


「わかりました」


 俺は東条さんの要請を受け入れたが、それがさらに事態は悪化させることになろうとは。

 多分、この世の中の誰も想像していなかったであろう。

 脱走後、亡霊ダンジョンへと向かった佳代子以外の人間は……。




「寂寥島の上空に到着しました」


「そう、もっと高度を下げてダンジョンの入り口を見つけなさい」


「はい……」


「早く見つけないと殺すわよ」




 良二のせいで散々な目に遭ったわ。

 私は冒険者という選ばれた人間なのに、少しぐらい贅沢したからってなんなのよ。

 実戦講座が詐欺?

 受講者が死んだから業務上過失致死?

 そんなの、真面目にやらない無能たちが悪いんじゃない。

 実戦講座の料金が高額なのは、そのぐらい出さないと無能たちは覚悟しないからよ。

 某ダイエットと同じ。

 大体スライムごときに殺されてしまうなんて、実戦講座を受ける資格すらなかったクズたちってことでしょう。

 そんな人たちはどうせこれから先の人生、なにをしても落ちこぼれるのだから、世間は無能を処分した私に感謝すべきなのよ。


「良二の奴!」


 この私が愛してあげると言っているのに、あんなビッチたちに惑わされて……。

 少しぐらい強いからっていい気になって。

 それなら、私が再びダンジョンに潜ればいいだけのこと。

 Eクラスでもビリだった落ちこぼれの良二でもここまでの冒険者になれたったことは、元はBクラスだった私が努力すれば、世界一どころか宇宙一の冒険者になれるはずよ。

 そこで私は、実は金をせびるだけしか能がなかった元両親に引導を渡してから留置所を脱走し、調布飛行場で小型機をハイジャック。

 今、寂寥島の上空にいた。

 このまま高度を下げさせて、新しいダンジョンの位置を確認しないと。


「……あったわ!」


 寂寥島のダンジョンのニュースはさっき流れたばかり、今なら一番に入れる。

 ここにレベルを上げ、良二を殺してから、海外に高飛びすればいいわ。

 私に利用価値があるとわかれば、日本では重犯罪者でも受け入れる国はある。

 良二のように動画配信をしながらダンジョンに潜れば、外国で贅沢に暮らせる。

 生意気にも、この私を拒絶した良二なんて比べ物にならないイケメンたちを侍らすことだって可能なはずよ。


「ありました……」


 飛行中だったから一瞬だったけど、私もダンジョンの入り口を確認できたわ。


「降りるわ」


「あの……寂寥島は無人島なので空港なんてありませんけど……」


「一瞬だけ低空で近づけばいいわよ。私は勝手に降りるから」


 それが可能なのも、冒険者として優れた身体能力を身につけたからだけど。

 つまりそれだけのことができる私は、もっと世間からちやほやされるべき人間なのよ。


「早くやりなさいよ!  それともこの場でこの飛行機を破壊していいかしら? 私は別に全然問題ないけど」


 多少、ダンジョンに辿り着くのに時間がかかるだけなのだから。

 確実に操縦士は死ぬけど。


「死にたいの?」


「いえ、ダンジョンの入り口に向かって低空を舐めるように飛行します」


「それでいいのよ」


 小型飛行機は、ちょうどダンジョンの入り口の上空で最も高度が低くなるように飛行した。

 いい腕じゃないの。

 私は、そのまま飛行機から飛び降りるも、無事にダンジョンの入り口近くの地面に着地することに成功した。


「成功ね。そうだ……」


 すぐさま私は、 近くにあった一抱えほどもある岩を、遠ざかる飛行機に向けて投げつけた。

 すると岩は、見事に飛行機に命中。

 バランスを崩して落下していく飛行機は、寂寥島近くの海面に墜落した。


「悪いけど、口封じをさせてもらったわ」


 無線で私の情報を伝えられたら困るのよ。

 だから悪いけど死んでもらったわ。

 いい腕の操縦者だったけど、優秀な冒険者よりも替えは効くから大丈夫。

 この世の中なんて、誰も表立って言わないけどすべて能力が大切なの。

 上手なパイロットよりも、優れた冒険者の方が上なんだから。


「新しいダンジョンに一番乗りね。私のアイテムボックスはそれほどの容量ではないけれど、これだけの水と食料があれば、しばらくダンジョンを出ないで済むはずよ」


 一日でも早く強くなって、まずは良二を殺してやるわ!

 あいつ殺せるくらいの実力があれば、私を引き受ける国はいくらでもある。

 それに日本政府ごときが抗議したところで、ヘタレの日本なんて無視されるに決まっているわ。


「夢の海外生活のスタートよ。その前に頑張って強くならなきゃ」


 私は、寂寥島のダンジョンに潜っていく。

 ここで強くなって、将来は海外で面白おかしく暮らすのよ。







『警察官の重傷者が六名となっており、軽傷者が十六名。死者は自分の両親と、ハイジャックした飛行機のパイロットの合計三名となっております。冒険者とは恐ろしい人たちなのですね』


『ええ、ダンジョンでモンスターを倒さなければいけない仕事ですからね。すでに海外では、冒険者による犯罪が問題となっております。今後、冒険者を管理する法律が必要かもしれません』


『犯人は、寂寥島にできた新しいダンジョンに逃げ込んだそうで、警察では手が出せないという話でしたね』


『ダンジョン内では銃が使えませんからね。ごく少数冒険者特性を持つ警察官も所属はしているのですが、主に待遇などの問題で優秀な冒険者は民間で活動してしまうのが普通です』


『治安組織に優れた冒険者が必要ということですか』


『はい。ですが、それを実現するには予算などが必要になります』


『難しい問題ですね。そして容疑者の冒険者は未成年ということで名前も公表されず、またもネット上では多くの批判が集まっています』


『詐欺と批判されても仕方がない商売に、業務上過失致死、脱走、暴行、殺人、ハイジャック、小型飛行機の破壊の。なかなか類を見ない犯罪者なのに、未成年だからという理由で名前も公表されていない。一部ネットでは名前が広がっているようですが……』


「やれやれだ」


「彼女のせいで、今後私たち冒険者は色々と大変でしょうね」


「佳代子の両親は死んでしまって、かえって幸せかもしれないな。酷い言い方ではあるけど」




 佳代子が小型飛行機をハイジャックした調布飛行場から、俺たちも寂寥島ダンジョンへと向かっていた。

 実は、正式に依頼を受けたのだ。

 佳代子の逮捕……やむを得ない場合は殺害を。

 彼女が色々とやらかし過ぎたせいで、ワイドショーのニュースはそればかりが報道される有様であった。

 当然世間の目は冒険者に冷たくなり、冒険者に大きな制限を加える、隔離してダンジョンにだけ潜らせればいいのではないかという意見を言い始める政治家が出始めたのだ。

 彼らの意図は明白で、もっと冒険者を奴隷のように扱い、搾り取るだけ搾り取って、自分たちの利権と天下り先を確保しようという考えであった。

 ただ、そんな政策を本当に実行したら、日本から冒険者が消えてしまう。

 優れた冒険者なら、海外に移住して稼げばいいいのだから。

 田中総理以下政府がそれを懸命に阻止しようとしているが、同時に酷い犯罪を犯した佳代子は必ず逮捕されるか、その報いを受ける……死ぬ必要があった。

 だから俺たちというわけだ。


「俺一人でやってもいいんだが」


「いえ、一人は危険ですよ」


「あの女のことだからなにか企むかもしれないし、水臭いじゃないか、リョウジ君」


「そうですね。私たちは冒険者として力を得てしまった以上、もう普通の生き方はできません。それならば、良二様と行動を共にしたいのです」


「私も、アヤノと同じ気持ちよ。どのみちこの仕事は日本の冒険者の将来がかかっているわ。レベルが上がった冒険者が悪事を働いた時、警察や自衛隊が頼りにならない以上、私たち冒険者が始末しなければいけないのよ。それは担保されることで、これからの日本の冒険者の将来が大きく変わるのだから」


「珍しく真面目じゃないか。リンダは」


「タケシは失礼よね」


「すまん。とにかく、三橋は確実に仕留める必要があるってことだ。俺たちは人殺しになってしまうがそれは仕方がない。どうせもう、一般人には戻れないのだから」


「そうか、ありがとう」


「同じ冒険者だろう。水臭いことを言うなよ」


 今の佳代子のレベルなら、このメンバーの誰でも一人で倒せるはずだが、今回の仕事は失敗が許されない。

 戦力の過剰投入をしても問題ないし、初めて入るダンジョンだからな。

 多分いるであろう、アンデッドへの対処も必要か。


「リョウジさん、あの人は一人で寂寥島ダンジョンへと入って行きましたが大丈夫なのでしょうか?」


「今の佳代子のレベルだと、低階層なら大丈夫かな」


 元はB組だったので、冒険者の中では真ん中よりも上の才能を持っていた。

 まずは低階層でレベルを上げるのではないかと。


「それにもしアンデッドに殺されて死んでいたら、それはそれで罪悪感を感じないでいいのではないかと。死体だけ回収……いや、ダンジョンで死ぬとアンデッドになってしまうから、倒してしまえばいいんだ」


「アンデッドなら死んでるから、倒しても人を殺したことにならないか」


「アンデッドだからな」


 内心そうだったらいいなと思いつつ、俺たちは上空の小型飛行機からパラシュートを用いて、寂寥島へと降り立ち、寂寥島ダンジョンの入り口へと向かうのであった。

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