第46話 魔法の袋
「リョウジ君、一つだけ教えといてあげよう。天津飯という料理は、本場の中国料理にないから」
「そうなの? 美味しいからいいじゃん。 中華料理の現地改修版だと思えば」
「ボクも、美味しいからいいと思うけどね。結構拘る人もいるけど」
「デザートは、マンゴープリンを頼むかな」
「ボクは杏仁豆腐ね」
上野ダンジョンに潜る前、今日は別行動のはずのホンファと上野駅近くで顔を合わせたので、二人で昼食をとることにした。
長年やっている地元の中華料理店に入って天津飯を頼んだのだけど、ホンファから本場の中国料理にそんな料理は存在しないと言われてしまって、一つ勉強になった。
ただ、実はホンファも天津飯を注文しており、間違いなくどんな料理なのか興味があったのだと思う。
「リョウジ君、奢ってくれてありがとう」
「大した金額でもないから、気にしなくていいよ。今日はどの階層?」
「もうすぐ自力で、ダークボールのある五百一階層に到着する予定だよ。ここまで順調なのもリョウジ君のおかげだけどね。ボクたちが、到達した階層から始められるのは」
最初、冒険者によるダンジョン攻略がなかなか進まなかったのは、スキップ機能的なものがなかったためだ。
冒険者たちは地上に戻るための余力を残さないとダンジョン内で力尽きてしまうため、 全力で下の階層を目指すことができなかった。
努力して新しい階層に到達しても、自力で地上に戻ることに失敗すれば死んでしまう。
もし地上に到達できても、次はまた一階層からダンジョンを攻略しなければならない。
すでにクリアーした階層を最短ルートで進んでも、ダンジョン自体が広大であり、さらに一匹もモンスターに遭遇しないということはないので、当然戦えば時間を取られる。
ダンジョンには多くの冒険者たちがいるので協力するという手もあるが、下手に実力がない冒険者と組むと、彼らと運命を共にしてしまうことも。
ところが、俺が世界中のダンジョンのダンジョンコアを手に入れてからは、『コンティニュー』が可能にになった。
向こうの世界でもそうだったけど、その世界のダンジョンすべてをクリアーしたご褒美が、他の冒険者たちにも付与されたというわけだ。
ダンジョンの入り口から、自分が到達したことがある階層の入り口に一瞬で飛べるようになった。
そして帰りも、行きに到着した階層の入り口に辿り着けば、やはり一瞬で地上に戻れる。
最下層へのアタックとレコード更新がやりやすくなったわけだ。
ただ、自由に好きな階層の好きな場所に移動でき、どこからでも地上に戻れるのは、ダンジョンコアを手に入れた俺だけだけど。
ダンジョンコアは一つしか入手できないということもなく、頑張って最下層にいるボスを倒せば必ず手に入るし、俺も動画でそれは説明したから、冒険者たちは自分がよく潜るダンジョンのダンジョンコアを手に入れようと必死だった。
「ここからがキツイけど、上野公園ダンジョンをクリアーしないと、正式にリョウジ君とパーティを組むなんてできないからね、ボクたちはレコード記録も持ってるし、頑張るよ。リョウジ君はどうするの?」
「卵を獲りに行く予定だ」
「卵?」
「コカトリスの卵さ。コカトリスの卵は美味しいのさ」
コカトリスは、上野公園ダンジョンだと八百八十八階層に生息するモンスターだ。
魔石の品質も高く、素材も高値で売れるが、毒息を吐き、視線を合わせると石にされてしまう。
状態異常『猛毒』と『石化』を使える、厄介なモンスターだ。
『猛毒』と『石化』にきちんと備えておかないと、ダンジョン内で全身が溶けだし、血反吐を吐きながら死ぬか、石像として佇むことになってしまう。
『石化』なら、時間がかかっても助けてもらえる……という創作物が多いけど、『石化』してから七十二時間がすぎると、ほぼ解除は不可能だ。
腕のいい僧侶だと数年経った『石化』も戻せるけど、そんな人は伝説クラスなので、『石化』して三日経ったらご愁傷様というのが常識だった。
「コカトリスって、やっぱり石にされちゃうんだ」
「『石化』がなくても十分強いし、興奮したコカトリスが、『石化』した対象を粉々に砕いてしまうケースも多い。いわゆる七十二時間の壁の問題もあるから、急ぎ『石化』の治療をしなければ、死亡率は上がる一方なのさ」
七十二時間以内なら『石化』は解けるけど、粉々に砕かれた体を『石化』から解いても、スプラッターな光景になるだけだ。
頭部を砕かれていたら、『石化』を解いても死亡確定……実は、『石化』した石像を元通りに修復してから『石化』を解けばいいけど、それができる冒険者は少なく……俺はできるけど……ここでも七十二時間の壁があるのでほぼ不可能であった。
『石化』を解除する『状態異常解除』の魔法を使える者は少なく、『石化』を治す魔法薬も非常に高価だ。
よほど強くならなければ、コカトリスと戦うべきではなかった。
「今のボクたちじゃあ、コカトリスを相手にしたらひとたまりもないね。卵って美味しいの?」
「濃厚で美味しい。鶏の卵とは全然違うね」
「食べてみたい!」
「じゃあ、お土産に持って帰るから」
「わーーーい! それで天津飯を作るんだね」
「いや、オムレツでよくない? あとは親子丼とか? 昼と夜同じメニューは辛い」
「それもそうか」
俺とホンファは、ダンジョンの入り口で別れた。
今日も順調に成果を稼ぎ、その日の夜にサブチャンネルの動画撮影を始める。
「今日は、上野公園ダンジョンで手に入れたコカトリスの卵を調理します。このようにとても大きいですが、とても美味しいです。まずは基本的な料理から」
コカトリス自体が巨大なので、その卵も大きかった。
八百八十八階層のどこかに落ちているか、お腹が膨らんだ産卵前のコカトリスを倒せば手に入る。
当然鶏の卵のようには割れないので、 ミスリル製の剣で切れ目を入れてから、力を込めて巨大な熱した鉄板の上に卵を落とした。
「巨大目玉焼きです。ただあまりに大きすぎてなかなか黄身が固まらないので、水をかけて上に蓋をして蒸し焼きにします。こちらの水が沸騰したお鍋で、ゆで卵を作ってみますね」
今日も料理動画だが、これが一番視聴回数を稼げるんだよな。
俺も嫌いじゃないし。
というわけで、手に入れたコカトリスの卵を大きな鉄板の上で目玉焼きにし、ゆで卵を作り始めた。
「コカトリスの卵は、黄身が鶏の卵と比べ物にならないほど濃厚でコクがあるんですよ」
焼けた目玉焼きを試食してから、ゆで卵とマヨネーズを使って卵サンドも作る。
「もの凄い量になったけど、これはすべて残さずいただきます」
こう言っておかないと、食べ物を粗末にするなという批判コメントが来るので、ちゃんとテロップを表示しないと。
全部プロト1がやってくれるけど。
「最後に、コカトリスのお肉もあるので、これで親子丼を作りましょう」
これも量が多くなってしまったが、親子丼も無事に完成した。
動画撮影以外では料理をしない俺が、それなりに料理を作れる理由。
それは、向こうの世界で『調理』の特技を習得していたからだ。
勇者は万能職なので覚える必要があったが、こちらの世界に戻ればわざわざ自炊しなくても美味しい料理が食べられるので、動画撮影をする時か、みんなで裏島でバーベキューでもする時くらいしか調理はしていない。
それでも特技なので、ブランクがあっても料理の腕前が落ちないようになっていた。
不思議な現象だが、実際にそうなので仕方がない。
「撮影終わりと。目玉焼き、卵サンド、親子丼という卵づくしの夕食になったな」
「鶏の卵とはまるで別物ですわね、美味しいです」
「親子丼、卵がトロトロ。ボク、日本で半熟卵に慣れることができてよかったよ」
「卵サンド、美味しいですね」
「八百八十八階層のコカトリス。まだ私たちには遠いですね」
このところ、毎日俺の部屋で夕食をとっているイザベラたちは、俺が作ったコカトリスの卵料理を美味しそうに食べていた。
剛は今日はいない。
実はあいつ、今彼女と一緒に暮らしてるからぁ。
あまり邪魔するのもよくないだろう。
岩城理事長も、ああ見えて奥さんと子供が二人いるからな。
しかも、家では普通のお父さんだったりする。
「これも、イワキ工業が始めた食品通販事業で販売するのですか?」
「そうなんだよ、頼まれてたから獲ってきたんだ」
なぜかダンジョン産食材の通信販売を始めたイワキ工業であったが、売上も利益も順調に上がっていた。
ダンジョンの素材の多く、特にスライムの体液、モンスターの肉などの食材はダンジョン入り口近くにある買取所に持ち込まれることが多かったが、俺はアイテムボックス持ちなので他に販売することが簡単にできた。
他の冒険者たちも量は少ないが、いい条件を出した企業にモンスターの素材を直接持ち込むケースが増えており、俺もそれに倣ってイワキ工業に売却するようになったというわけだ。
買取所は国が経営しており、毎日オークションで購入希望者……主に企業だけど……に流すだけなので、中抜きする買取所がなければ、冒険者も買い取る側も利益が大きくなるという寸法だ。
ただ、冒険者を騙すような人間や企業も存在するので、ちゃんと相場を見て売らないとかえって損をしてしまう。
完全に自己責任の世界というわけだ。
それに、鉱物と魔石の買取所と指定企業以外への販売は禁止されていた。
もっとも、アイテムボックスに仕舞われてしまうと確認のしようがないが、俺のようにほぼ無限に収納できる冒険者など存在せず、アイテムボックスの少ない容量を鉱石で取られるのはかえって不利益なので、大半の冒険者はそのほとんどがルールを守っていた。
守っていないのは俺くらいだ。
まだこの世界にまったくく出回っていない金属や素材を買取所に持ち込むと面倒くさいので、誰かがダンジョンでゲットするまで死蔵していた。
「他の企業とそれほど価格に差がないように見えますが、どうして沢山売れるのでしょう?」
「完全無菌無人工場で、解体、切り分け、加工、パッケージングなどをしているからだと思う」
他の企業も、買取所や冒険者から手に入れたモンスターの素材を店舗や通信販売で販売していた。
モンスター由来の食品が世界中で大ブームとなっており、日本の企業もそれに乗ったわけだ。
当然競争は激しいが、イワキ工業は完全無菌工場でゴーレムたちだけに作業を行わせる、世界初の無人食品工場立ち上げていた。
それが宣伝文句となり、さらに無菌工場での加工なので安全だと思われたわけだ。
もう一つ、他の企業の商品とそんなに値段は変わらないのに、人件費がほとんどかかっていないので利益率が高いという点もあった。
「イワキ工業って、本当に人を増やさないよね」
「岩城理事長はゴーレム使いだからね」
次々に色々な事業を始めているが、なるべく人を増やさず、ゴーレムや機械設備を増やして生産性を向上させていた。
岩城理事長曰く、『これは未来の新しい企業の形』だそうだ。
当然利益率も高いので、あまり数がいない従業員には高額の給料を支払っている。
そのおかげで、人気の就職先企業ランキングで第一位になったそうだ。
平均年収が三千万円を超えるそうだから当然か。
その代わり新卒は一切採用せず、必要に応じて中途採用で人を取るので、いわゆる左側の人たちからは『雇用を奪う労働者の敵』と言われて嫌われている。
そして、人間の従業員が俺しかいない古谷企画や、冒険者の一人法人は彼らの目の仇にされていた。
俺たちが厳重に警備された高級マンションに住んでいるのは、そういう人たちに被害を受けないためでもあったのだ。
残念ながら、冒険者として成功した時点で俺たちは普通の人間ではないのだ。
離れて暮らした方が、お互いに安心というものであろう。
「でもどこの国も、そういう企業が出てきているわよ。当然アメリカにもね」
冒険者特性を持つ人間がダンジョンに潜っているうちに、レベルが上がって補助職が手に平に表示される冒険者が出てきた。
その中に『ゴーレム使い』というジョブがあり、作れるゴーレムの性能や、一度に操れる数に個人差があるそうだが、中には数千体のゴーレムを操れる冒険者も出現しており、彼らはゴーレムを使って人件費を節約し、色々な事業を行うようになっていた。
大農場、養殖場、林業、下請けの工場等々。
ダンジョンに潜らず、大成功を収めるものが増えているそうだ。
ただ、冒険者特性がある人たちの中でも、補助職の表示が出る人は非常に少ない。
さらに、ダンジョンでかなりレベルを上げないと出現しないケースが大半だった。
ただ冒険者特性を持っているだけでは、補助職の表示は出現しないのだ。
「補助職で、世界で一番優れていると言われているのは岩城理事長ですよね?」
「だと思う」
岩城理事長は、一度に数万体のゴーレムを動かしながら修理もできる、真の天才ゴーレム使いだけど、俺と同じでジョブが手の平に表示されなかった。
やはり別世界に行くと、表示にバグが出てしまうのだ。
「リョウジさんも、ゴーレムを沢山使っていますよね。プロト1ほど高度なゴーレムは作れる方はそういないと思いますか」
「岩城理事長なら作れるよ」
ただイワキ工業だと、プロト1は優秀な人材で補える。
単純作業をする程々の性能のゴーレムを、多数操った方が利益になるという計算なのだ。
俺と岩城理事長とでは事情が違う。
「イザベラたちも、深い階層で珍しいモンスターの素材を手に入れたら、イワキ工業に売ればいいんじゃないのかな? レアで珍しいものこほど、買取所で売るよりも利益率が高いのが現実だから」
「そうしますけど、私たちのアイテムボックスはそれほど広くないので、素材を選別してしまいますわね」
「魔石、鉱石、モンスターの素材で売れる部位の順に入れて、残りは捨ててしまう冒険者が多いです」
イザベラ、ホンファ、綾乃、リンダ、剛レベルの冒険者でも、アイテムボックスの容量がとても少ない人が多かった。
低階層で活動し続けたら実入りが少なくなってしまうし、かと言って荷物持ちを雇うというのは現実的ではない。
一階層で集団でスライム狩りをしている人たちが、荷物運び専門の人を雇うケースがあったが、深い階層に行けば行くほど冒険者特性を持たない人の死亡率は容赦なく上がっていく。
モンスターの素材を捨てるのがもったいないと思った冒険者が人を雇い、その人がモンスターに殺されてしまったという事件は、今でも度々発生していた。
「良二様ほどアイテムボックスの容量が多い人は少ないのです。ゲームみたいに『無限に品物を入れられる魔法の袋があればいいのに』なんて話はよく出ますよね」
「無限かは知らないけど、家一軒分とか、倉庫一棟分の品物が入る魔法の袋は存在するけど……」
「存在するんだ」
「リョウジ、どうして実用化しないの?」
「お上の統制が行き届かないからじゃないかな?」
冒険者のアイテムボックスも、実はよく思っていない政府関係者が多かった。
なぜなら、自分たちがアイテムボックスの中身を詳細を把握することができないからだ。
彼ら役人は、自分に権限がないことを嫌う。
『もしこれで密輸でも企まれたら……』とも考えており、ここで魔法の袋なんて出したら、冒険者特性を持たない一般人でも金を出せば容易に違法なものを密輸できてしまうと考えてしまうはず。
「作れるけど、いい顔されないでしょう」
「確かにそうかもね。アメリカだと、嫌な顔をされるはずよ」
リンダが言うには、薬物汚染が深刻なアメリカだと麻薬の密輸に使われてしまう可能性を考えるだろうと。
「相談はしてみるよ」
「トウジョウに? 彼、元ポリスマンだからね」
「元なのかな? 実は出向扱いで、そのうち警視庁に戻るかもしれない」
「日本語は曖昧ね」
一応警視庁を退職したことになっているけど、戻れるような気もするからなぁ。
そんな話が出たからか、翌日俺はフルヤアドバイスの副社長にして元警察官僚である東条さんに、魔法の袋の話をすることになった。
「問題にはなっているですよ。冒険者が持ち帰れる魔石、鉱石、素材の量が少なすぎるって。強い冒険者でも、アイテムボックスの容量が少ない人が多いじゃないですか」
実は、冒険者の強い弱いと、アイテムボックスの容量とに相関性はなかった。
基本的に冒険者はレベルを上げると強くなるし、アイテムボックスの容量も増えていく。
だが、どのくらい容量が増えるかは誰にもわからなかった。
強い冒険者がレベルアップすれば、必ず大幅にアイテムボックスの容量が増えるという話ではないからだ。
むしろ、さほど戦闘に自信がない冒険者のアイテムボックスの容量が大きかったりする。
ところが無理にそういう人を下層に連れて行くと、階層が深ければ深いほど死亡率が上がる。
冒険者が死んでしまえば、アイテムボックスの中身は失われてしまう。
その場合、向こうの世界だとアイテムボックスの中身は再びダンジョンに戻るという話だった。
こちらの世界でも同じだろう。
なにしろ、この世界のダンジョンは向こうの世界から移転してきたものばかりなのだから。
「ちなみに、魔法の袋は第三者がその中身をすべて確認することはできるのですか?」
「いえ、最初に所有者の登録を行い、その人しか魔法の袋から自由に品物を出し入れしたり、中身を確認することはできません」
「今は非常時ということで、警察もアイテムボックスには目を瞑っていますが、それを嫌がっている警察幹部は多いですね。犯罪に使われるのではないかと思われているのです。もし魔法の袋が普及することになれば、アイテムボックス以上に危険でしょう。冒険者特性がなくても使えるんですよね?」
「そうですね」
使用者の登録は、ある部分に血を一滴垂らすだけでいいのだから。
一度使用者を登録した魔法の袋の使用者を変更するのは、かなり手間がかかる作業なのだけど。
「アイテムボックスが使える冒険者が、わざわざ犯罪に手を染める……ゼロではないからなぁ」
大半の人はそんなことは割に合わないと思うのだけど、世の中にはごくまれに悪事が大好きという人間も存在する。
そういう人ならあり得るのかな?
「どの道、じきに判断しなければいけなくなると思いますよ。ダンジョンの深い階層で、レアアイテムとして魔法の袋が出ることがあるのです。以前、ダンジョンで死んだ冒険者の持ち物ですけど……」
ちなみに魔法の袋の中身も、取り出さないまま使用者を変更したり、使用者が死亡してしまうと消滅してしまう。
そしてまた、ダンジョンでレアアイテムとして出現するわけだ。
「ゴーレム使い、薬師、地図師など。補助職を覚える冒険者が増えてきました。じきに、『魔法道具職人』が出てくるでしょう。彼らは魔法道具を作れますし、魔法道具の作り方はレアアイテムとして各国が既に保管していると思いますが」
「確かに。日本政府もかなりの量を冒険者から買い取っているね。古谷さんも、サブチャンネルで簡単なものを自作しているしね」
「本当に簡単なものだけですけど」
「ですが、魔法の袋を作ることもできるんでしょう?」
「作れますけど、作って警察に睨まれるのは嫌ですよ。所有者を登録制にするしかないんじゃないんですか? とはいっても、セキュリティーの甘い国から日本に持ち込まれたらどうにもなりませんけどね。魔法の袋って、見た目はただの皮袋ですから」
「ううむ……。詳細な情報をありがとうございました。警察の上層部に図りたいと思います」
東条副社長は、俺の元を辞して警視庁へと向かったようだ。
「日本はそういうのが厳しいですからね。だから治安がいいとも言えますが」
「長所もあれば短所もあるってことで」
「お茶を点てましたどうぞ」
実は、後藤さんとは綾乃の自室で話をしていた。
どうしてかというと、彼女の親族には警察幹部もおり、この話を流してもらうためだったのだ。
徐々にダンジョンに潜る冒険者の数は増えているものの、冒険者特性がない人は三階層が限界でアイテムボックスなど使えるわけがない。
荷物運びを雇っているパーティや、会社単位でダンジョンに潜るところも増えていたが、やはりネックになるのはモンスターから得た成果や、まれに宝箱から出るレアアイテムをどうやって運ぶかに尽きた。
荷物運びは荷物の運搬に集中しないといけないので、実は死んでしまう人が多かったのだ。
優秀な冒険者たちも、深い階層に行けばいくほど、素材はほぼ捨ててきていた。
たとえアイテムボックスを持っていたとしても、収納量に限界があったからだ。
アイテムボックスを持たない冒険者たちは、魔石だけ回収したり、一階層ででも深い場所に潜るため、モンスターだけ倒して先に進むパーティも多かった。
勿体ないけど、重たい荷物を持ったままだとモンスターに殺されてしまうし、弱い荷物持ちを連れてきてもすぐに死んでしまう。
それを解決できそうな魔液で動く車両だが、深い階層に進めば進むほど、車両なんて簡単に破壊してしまうモンスターが多数出現するわけで、ダンジョンからいかに多くの成果を回収するか。
全世界で悩みの種となっていたのだ。
「抹茶って、美味しいな。綾乃の腕がいいからかな?」
「腕はわかりませんが、馴染みのお茶屋さんから購入した抹茶ですから」
着物姿の綾乃が、俺にお茶を点ててくれる。
実にいいと思います。
それにしても、さすがは元公家のお嬢様。
お茶を点てている姿は優雅で美しかった。
「まあ、俺はよく作法を知らないんだけどね」
「それは構いませんよ。ただお茶を楽しめばいいのですから。お茶菓子もどうぞ」
「和菓子、綺麗だねぇ」
「今では言わないですけど、昔は皇室御用達のだったお店の和菓子ですから」
俺と綾乃は、お茶とお茶菓子を楽しみながら時間を過ごした。
なお魔法の袋であるが、結局警察が登録制にするということに決定し、さらに冒険者としての実績がなければ購入できない制度が作られた。
民間で商売に使いたい企業から苦情が出たそうだが、相手は警察だし、そもそも魔法の袋を許可したのは、冒険者がダンジョンから多くの成果を持ち帰れるようにするためだ。
冒険者が最優先だと言われたら、反論のしようもなかった。
「結構厳しい規制だけど、考えてみたら海外にはそんな制度はないわけで。国内で魔法の袋が欲しい冒険者なんていっぱいいるから、これは忙しい」
俺は魔法の袋を作れるので、空いている時間に作ってイワキ工業に卸すようになった。
作るのに手間がかかるので数は少ないけど、品質なら岩城理事長にも負けていないはずだ。
「イワキ工業でも魔法の袋の生産を始めたけど、あまりに注文が多くて今は半年待ちだよ。これで冒険者が多くの成果を持ち帰れるようになるといいねぇ」
魔法の袋のおかげか。
ダンジョンで得られた品の相場は少し下がったが、その分需要が増えてむしろ冒険者の稼ぎが増えたのはよかったと思う。
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