第45話 陳情
「ふう……どうにか業務のマニュアル化が形になってきたな。仕事は増えているが、人員をあまり増やさないで済んだのは幸運だった」
うちは小さな税理士事務所だったが、古谷さんから仕事を受けるようになってから人生が大きく変わったと思う。
今では彼の紹介で、イザベラさん、ホンファさん、リンダさん、拳さん他、冒険者でも上位にいる人たちの仕事を引き受けるようになっていたからだ。
冒険者業に強い税理士という評価が世間に広がり、新規の仕事もどんどん増えている。
そのツテで、冒険者と取引がある個人事業主や会社からの依頼も増えていた。
さすがに人を増やしたが、将来税理士はAIに仕事を奪われる可能性が高い職業と言われている。
それに備えて増やす人員を極力減らし、 電子化と将来AIを導入することも決めているが、今は新しいお客さんが増えて忙しかった。
私の跡を継ぐために税理士の資格を取った息子も、毎日忙しく働いている。
会計士である高橋さんのところも、弁護士の佐藤先生のところも忙しそうで、特に佐藤先生はイワキ工業の顧問弁護士も勤めているし、古谷さんを狙ったおかしな連中が多いから、その対処で忙しそうだ。
これも有名になったせいであろう。
主にネット上で、古谷さんに対する誹謗中傷の類が多かった。
古谷さんは、悪質なものは法に則って対処させていただきますと宣言。
佐藤先生が、弁護士をかき集めて対応していた。
勝訴して多少の賠償金を得たところでマイナスというケースが多かったけど、訴訟費用はすべて古谷企画の経費で落ちてしまうし、長い目で見たらこの手の誹謗中傷には厳しい態度で接しないと増える一方になってしまう。
それもあり、古谷さんは金に糸目をつけずにやってくれと、佐藤先生にゴーサインを出したのだ。
どうせ古谷企画の経費なんてたかが知れているので、そのくらい支出してもなんの問題もない以前に、会社のイメージを守る必要経費なのだから。
「親父、また手紙が来たよ。衰冷町はいつもどおりとして、全国津々浦々の市町村から。メールもたんまりだ」
「だから無理だって言っているのに……だいたい衰冷町は、大川元議員とその家族が古谷さんに散々迷惑をかけたじゃないか。それなのに、どうして自分たちの要求が受け入れられると思っているのか」
「大川元議員とその家族は、多額の借金を抱えてベーリング海でカニを獲っているし、古谷さんの迷惑な親族たちも同じ。禊は済んだから、水に流して仲良くしようぜ、的な展開なんじゃないかな? 週刊連載の漫画みたいにさ」
「まさに、『漫画じゃあるまいし』という考え方だな」
「どのみち衰冷町は、全国でもワーストクラスの平均所得の低さと治安の悪さもあり、近くにダンジョンもない。だから主に若い住民たちの脱出が始まっている。ダンジョンの近くなら、いくらでも仕事はある状態だからね。衰冷町の町長は、古谷企画の本社が移転すれば一発大逆転って思っているんだろうな……」
「実現すればな。実現するわけがないが」
古谷企画は一人法人で、大した経費も使わずに大儲けし、大した節税もしないで多額の税金を払ってしまう優良法人であった。
今の日本は長年の不況とデフレ、少子高齢化と急激な人口減による地方の衰退が始まっており、危機感を覚えた様々な地方自治体が、古谷企画の本社移転を陳情してくるようになったのだ。
古谷企画の本社……古谷さんの自宅マンションだけど……のポストとメールは、彼らからのアプローチが多すぎて常に満杯であった。
「彼らはどうして、古谷君が自分の町や村に古谷企画の本社を移してくれる可能性を心から信じているんだろうね」
「そう思わないと、将来自分の故郷が廃墟となる現実に耐えられないからじゃないかな? それにもし実現すれば、本当に人口が増えるからな」
古谷企画は彼がこれまでどおりの活動を続ける限り、高額の税収を日本と東京都と台東区にもたらす。
それを横取りできれば、なんら苦労もなく多数の公務員を雇い、予算不足に泣くこともなくなるのだから。
実際、全国のダンジョンがある地方自治体は大幅な税収増で大いに潤っており、冒険者やその家族が住み、 ダンジョンから産出する品々に関わる企業やそ従業員とその家族が多数集まり、彼らを目当てにした飲食店や歓楽街も急速に発展し、実質その県で一番栄えた土地になるケースが大半であった。
ダンジョン周辺の地価も大幅に上がっており、 以前に栄えていた地方都市や県庁所在地が逆に廃れてしまうケースもあったのは、過去の歴史を調べればよくある話だけど……。
そのため、法人設立ブームに乗って法人を立ち上げた冒険者たちに移住を勧める地方自治体が増えていた。
その中でも、世界一の冒険者である古谷さんへの勧誘が一番激しかったというわけだ。
「そもそも、冒険者に地方移住を進めること自体がナンセンスだよなぁ」
「リモートワークなんてできない仕事なのに、それも理解していないって……もしかしたら、別荘とか、セカンドハウス的の意味……そういう勧誘なら、そういう誘い方をするか……」
「実際に休暇を取る時の拠点として、別荘やセカンドハウスを持つようになった冒険者は増えているけど、彼らの希望は古谷企画の本社を地元に移せだからね。バカな村会議員、町議会議員、市議会議員、県議会議員、国会議員のオンパレードで、佐藤先生に対応を頼むことになったじゃないか」
「困ったものだ」
最初は手紙やメールだけだったのだが、じきに議員自身が陳情と称して、古谷さんの自宅マンション前に押しかける事態となった。
彼らは、政治家がとても偉い人間だと思っているので、自分が直接頼めば、古谷さんが本社を地元に移してくれるものだと信じていたようなのだ。
警備員たちにマンションに入るのを阻止されると、自分で警察を呼んで、『議員である自分の行動を阻止する無礼な警備員を逮捕しろ!』と叫んで、逆に自分が捕まるなんてケースもあった。
そういうことが何度も続くと、警察官たちも苦笑していたものだ。
岩城理事長によると、野党や田中総理と敵対している与党幹部が上から目線で、『自分の選挙区に、古谷企画の本社を移すように! それと、自分の家族や関係者を役員にして、地元有力者の子弟を社員として雇え!』などと言ってきて辟易したそうだ。
フルヤアドバイスが必要な理由がよくわかった瞬間であった。
間違いなく、フルヤアドバイスがなかったらもっと多くの有象無象が古谷さんの下に詰めかけていたであろう。
さすがに今では、フルヤアドバイス経由で各方面に通達が出ているので、直接古谷企画に乗り込もうとする輩はいなくなった。
公の連中だけは……なんだけど。
動画配信者でしつこくコラボの誘いをかけてきたり、たとえ炎上させてでも、視聴回数目当てで古谷さんに絡もうとする人たちは増え続けていた。
イザベラさんたちもそうで、だからあの高級マンションが必要だったのだ。
あの高級マンションに部屋を購入した人たちは、安寧に暮らすために大金を出しているようなものなのだから。
「我々としてはしっかり仕事をして報酬を貰い、新しい時代に備えるしかないな」
ダンジョン出現直後。
世界はダンジョン不況に見舞われたが、今では大分回復してきてはいるし、株価などを見れば将来確実に好景気がやってくるはずだ。
特に日本の場合、これまで輸入に頼っていた資源とエネルギーがすべて国内のダンジョンから供給されるようになり、それらを加工する技術にも優れているし、生産力も持っている。
産業の国内回帰が進んでいくわけで、失業は減ると思うが、いわゆる貧富の差は広がっていくと思う。
どうしても、ダンジョン景気に乗れない人たちも増えていくだろう。
冒険者特性を持たない私たちのような人間は、別のアプローチで食べていく方法を模索していくしかないのだ。
「なにかの物語でもあるまいし、全員が豊かに幸せになれるわけではないのか。個の時代とかよく言うけど、全員は無理だろうね。俺は、継ぐ仕事があるだけ恵まれているのかも」
「しかし前よりはマシだ。チャンスはあるのだから。さて、仕事するか」
「そうだね」
冒険者業に強い税理士という評判のおかげで順調に顧客は増えていたが、仕事で手を抜いたり大きなミスをすれば、すぐに没落してしまうのが今の世の中だ。
せっかく掴んだ大きなチャンスを逃さないよう、ちゃんと仕事をしなければな。
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