第44話 矛盾
『今の日本は少子高齢化、財政破綻の危機、貧富の格差の拡大と非正規雇用の増大、正社員になれたからといって一生その会社で働ける時代でもありません。年金制度だっていつ崩壊するかわからないし、政府なんてあてにならない。ではどうするか? 冒険者として稼ぐのが一番なのよ。冒険者特性がない? 大丈夫、それがなくてもスライムだけ倒していればもの凄く稼げるから。その方法を知りたければ、こちらまで資料請求を!』かぁ……あの女……」
私の名前は東条。
元はキャリア警察官僚だったか、今はフルヤアドバイスという会社に転職している。
仕事の内容は、世界で一番優れた冒険者である古谷良二の仕事を邪魔する連中を排除することだ。
彼が作った古谷企画は、現在世界で一番有名な一人法人にして、その収益は下手な大企業よりも圧倒的に上だった。
彼は身一つで、大した経費も使わずに荒稼ぎする。
元々冒険者という職業自体が、個人の才能のみを頼りとするところがあったが、彼はダンジョン内での自分の様子を動画撮影をし、編集した動画を動画配信サイトに流して多額のインセンティブ収入まで稼ぐようになった。
彼はこの世界で誰よりも優れた冒険者なので、買取所を介さずに自分だけが手に入れられる高価な素材を顧客に高額で売ることもできる。
冒険者を始める前に法人を作り、きちんと節税をしているから頭もとてもよかった。
今の時代、組織や国家や企業よりも『個』が重要などと、テレビやネットなどではよく言われているが、それを一番体現した人物ではないだろうか。
冒険者という仕事は命がけだが、確かに冒険者特性がない人でも、装備を整えてスライムだけ狩っていれば、下手なサラリーマンより稼げるのは事実だ。
実際多くの若者が、世界中のダンジョンで成功を収めている。
失敗して死んだ人も多いけど。
そんな成功者がテレビやネットで紹介されるようになれば、当然自分もと思うようになる。
そこで、古谷良二の元幼馴染にして、我らフルヤアドバイスが一番警戒している人物……結局イザベラさんに不良貴族を仕掛けた事件は彼女が関わっていたようだが、残念ながら決定的な証拠を掴むことができなかった。
後藤め!
三橋佳代子は、セクシー系アイドルのような裸に近い格好でスライムを倒す様子を動画としてあげて人気を博していたが、こういうことはすぐに真似されてしまうわけで、次第に収入も頭打ちとなってしまった。
そこで三橋佳代子は……いや、実は彼女は看板でしかない。
後藤利一、私の元先輩が彼女の裏で暗躍していた。
『冒険者講座』なる会員制のオンライン講座を解説し、会員たちから高額の会費を集め、冒険者特性がない人が冒険者になる方法を教えるようになった。
実は、魔石が欲しい日本政府が似たような解説動画を……古谷良二さんの動画を見ればわかりやすくて無料なのに、また税金の無駄遣いを……無料で公開しており、一般人がスライムを安全に狩るのに必要な武具についても、補助金や無利子の貸付などの制度が次々と創設されたので、やる気がある人は無料の動画を見て、補助金と貸付の申請をすればいいのだ。
ところが世の中には、いわゆる情報弱者と呼ばれている人たちが存在する。
少し調べれば、中途半端なアイドルモドキを操るおっさんが運営している怪しげなオンライン口座に高額の月謝や、定期的にダンジョンの一階層で行うという実践講座に数十万円も払う必要などない。
さらに、なぜか三橋佳代子が社長をしている会社で安い給料をもらいながら、ブラックな労働環境でスライムを狩る必要なんてないのだから。
優れた個である冒険者として稼ぐつもりの人たちが、どうして過酷な搾取のあるブラック企業に入ってしまうのか……。
それは、三橋佳代子の会社が販売する高価な武具を購入するためだ。
高価な武具とはいっても、彼女はすでにダンジョンの深い階層に潜らなくなった。
軽いアルミ合金で作った鎧に派手に装飾をし、それをぼったくり価格で売っているだけだ。
いくら彼女のサイン入り写真集(自費出版)がつくにしても、そんな鎧を三百万円で売る精神が理解できない。
その三百万円を貯めるための一時的な会社入りという名目だったが、私からすればよくもまあ上手に搾取するもの……いや、ちゃんと物を考えられる人が引っかかるわけないか。
政府からお金を借り入れて武具を購入し、自分一人かパーティを組んでダンジョンに潜ればいいのにって?
全員が素直にそれをやれば、こんな詐欺みたいな手法に引っかかる奴はゼロのはずだが、彼女の会社の業績を見るに、人間とは案外バカが多いのかもしれない。
三橋佳代子と後藤利一がそれ以上に悪辣……彼女も後藤の養分なのだけど。
「お久しぶり、東条君」
「後藤先輩、お久しぶりですね」
喫茶店でノートパソコンを開き、今、三橋加代子がやっていることについて情報を集めていると、そこにその黒幕である後藤利一が姿を見せた。
実は、会う約束をしていたのだ。
「フルヤアドバイスの副社長である東条君は、随分と景気がいいって聞くよ。小商いをコツコツと積み重ねている私からすれば、羨ましい限りだよ」
「後藤先輩の方が、稼ぎはいいと思いますけど……」
確かに私は、古谷企画の子会社フルヤアドバイスの副社長になった。
給料も決して悪くないだろう。
だが、三橋佳代子の会社の役員を務め、その他のコンサルティング業も好調な後藤には勝てないはずだ。
「元々能力が違いますからね。後藤先輩は、警視庁内でカミソリと言われたほどの逸材。私は凡百のキャリアでしかありません」
「そうやって謙遜するところが君の悪い癖だよ。君が優秀だから、古谷良二のお守りを命じられたはずなんだから」
「私なら、コントロールが容易だからじゃないですか?」
フルヤアドバイスほど、この世の中で必要がない会社も珍しい。
ただ古谷企画に手を出そうとするおかしな連中が多いから、彼らを近寄らせないために設立したお守りのような存在なのだから。
各省庁、政治家、マスコミOB、元大企業の経営者。
その顔ぶれは非常に豪華だが、こんなに露骨な天下り先は存在しない。
会社自体の収益も、古谷企画から支払われる『コンサルティング料」しかなく、しかも株式をすべて古谷企画に握られている。
売り上げはすべて人件費と必要経費で消えてしまい、利益などないに等しい。
所属している御歴々も、ごく稀に食事会に出てくるぐらいだ。
ここまで実態がないと普通はマスコミで大きく叩かれる危険性を捨てきれないが、ちゃんと大手マスコミの大物OBも入れてあるので、マスコミでフルヤアドバイス批判はNGとなっていた。
後藤がそのカラクリに気がつかないわけがなく、顔は笑っているが、内心ではそんなもののお守りをしている私をバカにしているのだと思う。
彼は非常に優れた警察官だったが、同時に今のこの世界を手酷く嫌っている。
彼の思想の中には社会主義革命的なものが含まれており、実は現職時代にもかなり危険視されていた。
それ以上に優秀だったので、彼が警察をやめるまでは公安で大活躍していたのだけど。
彼は非常に矛盾した存在なのだ。
この社会でも器用に楽しく贅沢に生きていけるのに、いつか社会主義革命が起こって欲しいと本気で思っているのだから。
「後藤先輩、あまり感心できませんがね」
「どれのことかな? 色々と心当たりがありすぎてね」
「『三橋企画』へのアドバイスの件ですよ」
三橋佳代子は、自分を袖にした古谷君に恨みを抱くようになっていた。
ところが、一度C組に落ちた挫折からか、あまりダンジョンに潜らずに稼ぐ方法に執着するようになった。
冒険者が命がけでダンジョンで頑張っても、ごく一部以外は『稼ぐ自営業者 』でしかない。
自分は、それよりももう一段上の経営者になるべきだと。
間違いなく古谷君に対抗するためだが、それに後藤が手を貸したわけだ。
スライムでもいいので、一匹でも多くモンスターを狩って魔石を売ってほしい日本政府の思惑ものおかげで、多少好き勝手やってもお目こぼしがあると、後藤は理解したのであろう。
それに、三橋佳代子が開くオンライン講座、ダンジョンでの実践研修、見た目だけ高そうな武具の売買など。
大半の同業者たちから鼻白まれるが、一部には根強い信者も多い、三橋社長が誕生したわけだ。
「ああいう手法は感心しませんけどね」
「そうかな? 冒険者学校的なものは続々とできている。それも日本だけでなく世界中にさ。だから、私だけを悪し様に言うのはどうかと思うなぁ」
確かにこのところ、『三ヵ月で一人前の冒険者にします! 』などと謳う冒険者講座や、高校、専門学校や大学で冒険者コースを新設する学校が増えていた。
こういうのは、 プロゲーマーが稼いでいると世間で有名になると、プロゲーマーの講座や専門学校が新設され、疑いもせず高い学費を払う人たちがいるのと同じ構図だ。
冒険者特性がなくても、色々と工夫すれば二階層までは潜れることがわかってきた。
一階層のスライムを効率よく倒せれば、平均的なサラリーマンの倍以上稼ぐことも可能である。
そういうノウハウを教える講座なり学校ということだが、講師はやはり、ダンジョンに潜っていた冒険者特性がない人が大半であった。
確かに冒険者特性がない人でも冒険者はやれるのだけど、やはり冒険者特性を持つ人に比べれば死亡率は高い。
レベルアップできる冒険者は、老化が極端に遅くなるということもわかってきた。
冒険者特性がない冒険者は下手なアスリートよりも心身の消耗が激しいので、大半の人は長期間活動できないだろうと言われている。
となると、賢い人はこういう学校で講師をしたり、自分が講座を開いたり、 パーティで活動すれば討伐効率が大幅に上がるので、パーティの指揮者、経営者を目指すようになるのは当然の流れというわけだ。
三橋佳代子のやり方はかなり阿漕だが、犯罪というわけではない。
それに最近では、借金を返済させるためにダンジョンに潜らせる反社会勢力やヤミ金が社会問題化しつつあった。
都市伝説だが、マグロ船みたいなものだ。
ただ、借りた金を返せないような人が冒険者をすると、死亡率が大幅に上がってしまう。
理由はわざわざ説明するまでもないと思うが……。
借金取りたちも、彼らがまっとうにスライムを倒して借金を返すなんて微塵も思っておらず、実は事前に多額の保険をかけていたというオチがあったわけだ。
いかに世の中が変わろうとも、結局上手くやる人と、搾取され不幸になる人が出てしまうだけのことなのだ。
だが、これだけは言える。
いくら元先輩とはいえ、後藤利一は間違っている。
真の社会主義革命だか、その資金稼ぎのためだか知らないが、彼のせいでますます苦境に追いやられる人たちがいるのは確かだからだ。
「上野ダンジョンで行方不明になった、不良イギリス貴族たち」
「実力もないのに無茶したのかね? ダンジョンで死ぬと死体の回収も難しいからね。まあ結果的によかったんじゃないの。社会のゴミが消えたんだから」
間違ってはいないが、この人に対する印象は昔から変わらない。
ハッキリ言って、私はこの人が大嫌いだ。
「イザベラさんの件、古谷さんの救出が間に合ったからいいものの。間に合っていなかったら、あなたは生きていませんよ」
古谷君の飄々とした態度を見て勘違いする人が多いが、彼は決して冷たい人間ではない。
親族に冷たいのは、亡くなった両親以外の人たちが酷すぎるからであり、実際にイザベラさんが危ないと知った時、急ぎ彼女を探しにダンジョンに入った。
ホンファさん、 綾乃さん、リンダさん、剛君とも仲良くしているし、真面目に努力している冒険者に対しては必ず手を貸している。
ダンジョン探索チャンネルの動画を見るだけで、世界中のダンジョンの詳細な様子や、各モンスターの倒し方、価値を落とされ解体の仕方など、無料で教えているのだから。
なにがオンライン 講座だ。
おかしな情報商材屋と、やっていることが変わらないではないか。
それでも、まだ自分でやったことに責任を負わねばならない三橋佳代子の方がマシだろうな。
間違いなく後藤は、また適度に稼いで、自分に責任が及ばない時点で逃げ出してしまうはず。
さすがは元警察官というか、後藤は捕まらない技術においても超一流であったからだ。
「でも、助かったよね。それに私も三橋さんも、罪に問われるようなことはしていないよ。三橋さんは、彼らから二十階層まで送り届けてくれた頼まれ、正当な報酬を受け取っただけなんだから。それで東条君、彼らはなにかしでかしたのかな? どこにいるのかわからないし、私にはなにがなんだかさっぱりだよ」
「……」
やはりそうだよな。
イギリスの不良貴族たちはダンジョンで古谷君に処分されたが、公式にはダンジョンで行方不明になった、ということになっている。
イギリス政府と王室は、他にも犯罪を犯したが、貴族の特権を生かして罪を免れていた彼らを内密に処分した古谷さんに貸しがあると判断したから、ナイトに任じたのだ。
だが表向きは、イギリスのダンジョンをすべて攻略してその動画を動画配信サイトであげてくれた功績を称えてということになっており、やはり不良貴族たちは行方不明扱いとなっていた。
後藤は、自分たちが絶対に罰せられることはないことをわかっているのだ。
「東条君も、今は警察官じゃなくてフルヤアドバイスの副社長なんだ。あまり堅苦しく考えては駄目だよ」
「……」
「今はこういう世の中になって、今後ますます格差が広がっていくだろうねぇ。私の理想の社会はなかなかやってこないよ。冒険者という特権階級がこれから出来上がってしまうんだ」
やはりそうか。
後藤は、自分なりに冒険者がこの世界で富を独占する事態を避けようとしているのであろう。
一見、三橋佳代子を使ってやっていることと、後藤の理想には大きな隔たりある。
冒険者になって稼ごうとする、本来彼が救うべき、経済的に苦しい若者たちから搾取しているのだから。
だが、後藤はその矛盾に気がつかない。
いや、大事の前の小事。
あえて気がつかないフリをしているのであろう。
「(昔、共産主義者たちが銀行強盗で活動資金を稼いだそうだが、後藤もそれに習うか)」
どんな汚い方法で得た金でも、それで真の社会主義革命が実行されれば問題ないと思っているのであろう。
「(しかし、不思議なこともある)」
それは、後藤を知る他の警察幹部たちも同じように考えていた。
後藤は非常に優秀な人物で、公務員になっても出世したし、民間企業に勤めても同じだった。
金を稼ぐ能力が抜群に優れているのは、これまでの彼の実績を見ればあきらかだ。
彼ほど社会主義になった社会に相応しくない者はおらず、 そんな人物がすべての人々が平等に富を分け合う社会主義を目指す矛盾。
公安が現在の後藤の資産を調べたが、有能で稼ぐので、とっくに富裕層の仲間入りをしていた。
コンサルタントである彼は、元同僚たちをして『不気味』とまで言われた人脈を駆使し、三橋佳代子以外にもアドバイスをしていたからだ。
後藤のアドバイスのおかげで大儲けしてるところもあり、そんな彼がどうして三橋佳代子に手を貸すのか?
私は不思議でならなかった。
「(いや、不思議ではない! 後藤の狙いは、やはり古谷君なのか……)」
私は一気に、彼に対する警戒感を増した。
「私の理想の実現は、まだまだ先だね」
もしかすると、後藤は真の社会主義革命とやらをやるつもりはないのか?
口ではそう言っているが、今の彼は十分に稼いでいる。
いくらでも贅沢に暮らせる今の社会を替え、日本を社会主義国家にする?
そもそもどう考えても無理だ。
いかに後藤が優秀でも。
そう思ったら少し安心してきた。
「……彼女はもう少しで潮時かなぁ。低階層で人を集めて実戦講座を開催していればもう少し大丈夫かな?」
「私から言えることは、こちらに余計なちょっかいをかけないで欲しいということだけです」
後藤一人でなにができる。
と思うのと同じくらい、彼ならなにかやらかすかもしれないという怖さも感じていた。
後藤はすでに両親を亡くし、 妻子もいない。
継続的に深い付き合いがある女性もいないと公安が報告してきたので、残される家族に気を使うということかないのだ。
ある意味『無敵な人』であった。
「可愛い後輩の警告だ。できる限り善処しようかな。じゃあ私はこれで」
そう言い残し、次の仕事があると言って先に席を立つ後藤。
これは要注意だな。
私の警察官としての勘が告げている。
後藤は決して自分の行動を改めようとしないし、彼は本能で古谷君をこの世界で格差を広げる存在だと思い嫌っている。
将来かなり高い確率で、後藤は古谷君に手を出してくるであろう。
言うまでもなく、戦闘力や財力で後藤が彼に勝てるわけがないので、なにか別のアプローチをしてくるはず。
思わぬ奇襲があるものと考え、備えておくことにしよう。
「後藤の奴、現役時代と同じだな。先輩なのに、必ずコーヒー代を奢らせやがる」
私は二人分のコーヒー代を払い、フルヤアドバイス宛の領収書をもらってから喫茶店を後にするのであった。
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