第42話 ワイアット子爵と叙勲

「えっ? 冒険者としての講習? 講師役をイザベラが担当するんだ……」


「ええ、グローブナー本家からの紹介なので、断るわけにいかないのです。分家当主の辛いところですわ」


「十億円払って、ダークボールを倒した方がいいと思うけどなぁ」


「そこまでのお金がないか、泊付けでレベルを上げるためでしょうか? 貴族も色々ですから。二十階層くらいまでで十分と言われています」


「レベル1状態を脱したいのかね?」


「多分そうでしょうね。貴族なのにダンジョンに潜っている私はかなり珍しい存在でして、普通はいくら冒険者特性があっても、危険なダンジョンになんて潜りませんから。戦場で先頭に立った勇敢な貴族という存在は、もう歴史書の中にしか存在しません」




 イザベラが、イギリスのグローブナー本家から頼まれた仕事を受けるのだという。

 その内容を聞くと、冒険者特性を持つ貴族の子弟たちが、レベル1の状態を安全に脱するため、彼女に講師役というか護衛を依頼したようだ。

 レベル1のままだと常人と差がないので、いくつか上げて一般人相手にイキるためだと思われた。

 日本においては、俺が片っ端からそういう奴の冒険者特性を取り上げていたけど、海外ではほとんどやっていなかったから、こんな微妙な連中が幅を利かせているのか。


「イザベラ、露骨に『やりたくねぇ』って顔に出てる 」


「まったく本家は……」


「イザベラの活躍に嫉妬しているとかあるのかな?」


 イギリスの伯爵家当主にして、 世界のトップランカー冒険者でもあり、美少女で動画配信者としても大人気だったので、もしかしたら嫉妬されたのかもしれないと、俺は思ってしまったのだ。


「本家は、分家であるうちなどとは比べ物にならないほどの大金持ちですのに……」


「単純な資産の問題じゃなくて、イザベラの才能に嫉妬しているのかもしれない」


「才能ですか? リョウジさんの傍にいると、自分の才能なんて大したことないと思ってしまいますけど……。そろそろ約束の時間ですわね」


「行ってらっしゃい」


 俺はイザベラと別れ、『裏島』の屋敷で細々とした仕事をしていたのだけど、突然スマホの着信が鳴り響いた。

 出ると、珍しく息を切らせた西城さんからであった。


「どうかしましたか?」


『古谷さん、申し訳ありません。急ぎイザベラさんを救助に向かってください』


「イザベラが?」


 しかし今の彼女の実力なら、よほどのことがない限り不埒な同業者相手に不覚を取ることはないはずなんだが……。


『レアアイテム『クモの糸』 が、イギリスから持ち込まれたようです。日本でも二つしか在庫がない貴重品を、よくもまぁ……と思ったら、イギリス貴族たちが色々と動いたようです』


「わかった!」


 

 イザベラの危機を察した俺は、急ぎ『テレポーテーション』で上野公園ダンジョンへと向かった。

 確か二十階層くらいでレベル上げをする予定だと聞いていたから、そこを中心に探すしかないか。

 俺は五感を研ぎ澄ませながら、イザベラの行方を探し始めるのであった。







「くっ! 卑怯な! あなたたち、このようなことをしてどうなるのかわかっていらっしゃるのですか?」


「すみません、イザベラ殿」


「モンスターの動きを止めようとして『クモの糸』を使ったら、間違ってイザベラ殿を動けなくしてしまったのです」


「クモの糸は、どれほど高レベルの対象でも、一時間ほど動けなくなるという貴重なアイテムだとか」


「あっそうそう。実は、僕たちにはリーダーがいましてね。ワイアット子爵」


「ふぉーーー! イザベラちゃぁーーーん!」

 


 してやられてしまいました。

 本家から斡旋された依頼なので、面倒でも危険はないと思っていた私がバカだったようです。

 どうやら本家は、 分家当主である私を潰すことにしたようですね。

 ロンドンから日本に『都落ち』したというのに、それでも本家よりも目立つ私を逃がさないというわけですか……。


「イザベラちゃん! 僕と子作りしようね」


「誰が、あなたなどと!」


 こうなったらもう、イギリス時代から散々ストーカー行為をしてきたワイアット子爵に遠慮など無用でしょう。

 それにしても、このクモの糸とは恐ろしいアイテムですね。

 レベル1500を超えた私が、時間制限があるとはいえ、ほとんど体を動かせないのですから。

 モンスターを倒す見本を見せようとしたら、いきなり後ろからクモの糸を投げつけられてしまうとは……。

 次があったら、もっと後ろにも目を配るようにしなければ……。


「イザベラちゃんが僕のモノに……エクスタシィーーー!」


「なるわけがないでしょう! 一度ご自分の顔を鏡で見たらどうですか?」


「むきぃーーー! 女のくせに生意気な! これからは、僕は従順になるように躾けてやる!」


「躾が必要なのは、ワイアット子爵、あなたではないのですか? 本当に学校出ていらっしゃるのですか?」


「言いたい放題だな! だが、その減らず口も今のうちさ! 僕がヒイヒイ言わせてやる!」


 やはり、ワイアット子爵を怒らせた方が時間は稼げそうですね。

 下手に媚びると向こうがその気になって、手を出されるのが早くなってしまうかもしれません。

 でも、一時間もワイアット子爵を誤魔化すなんて到底できそうになく、ですが私は貞操を守るため、一秒でも多く時間を稼がなければ……そう、私にはリョウジさんという心に決めた方がいらっしゃるのですから。

 それにしても、イギリス貴族の地に落ちたものです。


「(他の冒険者……っ!)」


 今日本家の紹介で経由で依頼を受けた、イギリス貴族の子弟で冒険者特性を持つ四人と、ワイアット子爵。

 そして私への襲撃を他の冒険者に悟らせないよう、外縁部で行動している冒険者が存在すると思いますが、残念ながら誰かはわかりません。

 リョウジさんなら気がついたのでしょうか?


「時間を稼いでも無駄無駄。おい! お前らは見るな! イザベラの裸を見ていいのは僕だけなんだから」


「わかりましたよ」


「俺も、お零れに預かりたかったなぁ……」


「あとで、ジャップの女でも犯して楽しもうぜ」


「そうだな。どうせ日本の警察はどうにもできないし、日本政府なんて、びっくりするほど弱腰だからな。俺たちなら、いざとなったらイギリス大使館に逃げ込めば余裕だぜ」


「これが、紳士と言われたイギリス貴族の末裔とは……」


 呆れてものも言えませんわ。


「まったく動けない状態でそんなこと言われてもな。ワイアット子爵に孕まされて、従順な女になるんだな」


「ひゃひゃっひゃっ! 愉快愉快!」


「ワイアット子爵、ちゃんと後ろ向いてるから早く裸にひん剥いてくださいよ」


「そうそう。こっちは協力してあげているんですから」


「楽しみだなぁ。まずは、イザベラのおっぱいを見たいなぁ」


「(くっ!)」


 もうこれ以上時間を稼げない。

 聖騎士である私には放出系の攻撃魔法が使えないので、魔法で反撃することもできません。


「へへへッ! イザベラのおっぱいを早く見たいぜ」


「くっ!」


「その屈辱に歪んだ顔を見ながら、女を犯すのは最高ぉーーー!」


 こんなゲスに純潔を奪われるなんて一生の不覚。

 せめて少しでも体が動けば……レアアイテムというのは恐ろしいものです。


「(いっそこのまま舌を……)」


 ワイアット子爵なんかに純潔を奪われるくらいなら舌を噛み切ろうと思った瞬間、これまでいやらしい笑顔を浮かべていたワイアット子爵の顔が一気に歪みました。

 いったいなにが?


「痛ぇーーーよぉーーー! 僕の足がぁーーー!」


「えっ?」


「足がぁーーー! 足にナイフがぁーーー!」


 なんと。

 いつの間にか、ワイアット子爵の両足の甲に深々とナイフが突き刺さり、そのせいで彼は一歩も歩くことができなくなり、激痛のせいか悲鳴を上げていたのですから。


「それ以上動くなよ、豚」


「お前は?」


「謎の覆面騎士だ」


 私には、すぐに誰かわかりました。

 リョウジさんが、私を助けに来てくれたのです。

 普段とは違う装備と白い仮面を装着していますが、私がリョウジさんを見間違うわけがありません。


「リョウジさん」


「クソォーーー! 一番いいところで邪魔をした挙句、痛い痛い痛い!」


 両足の甲に深々とナイフが突き刺さり、ワイアット子爵は足を動かせず、激痛のあまり涙と鼻水を大量に流して、余計に不気味です。


「僕を誰だと思っているんだ? ワイアット子爵だぞ! イギリス政府に言いつけて、外交問題にしてやる!」


「そうだ! 世界に冠たるイギリス貴族を怪我なんてさせて! お前は厳罰ものだ!」


「外交問題になるぞ! ジャツプ!」


「パパに言いつけてやる!」


「ふうん。じゃあ、お前らは犯罪を犯してもいいのか?」


「決まっているじゃないか。僕たちは選ばれた人間だからな。下民にはなにをしてもいいのだ」


「イザベラは同じイギリス貴族じゃないか。言ってることに整合性がないな。イギリス貴族なのに頭が悪い」


「貴様ぁーーー!」


「これは俺たちとイザベラ。イギリス貴族同士の問題なんだ」


「よそ者が顔を出すな!」


「黄色い猿は黙ってろ!」


 この人たちは……。

 イギリス政府も、こんな問題児たちを海外に出さないでほしいものです。

 これまでも色々とやらかして、すべてイギリス政府が尻ぬぐいに奔走してきたというのに……。


「イギリス貴族がイギリスで争う分にはなにも言えないが、ここは日本だぞ」


「うるさい! 敗戦国がごちゃごちゃととうるさいんだよ!」


「日本政府に言いつけるぞ!」


「そうしたら、お前が日本の警察に捕まるんだ!」


「ざまあないな! それが嫌だったらこの場から去れ!」


 この人たちは、同じイギリス貴族として穴があったら入りたくなるような暴言を……。


「で、もう言いたいことは終わりか?」


「ジャップ、お前はなにを?」


「もっと気が利いた言い分が出てくるものだと思ったが、お前らは本当に頭が悪いんだな。もう終わらせるか」


「ジャップ、なにを? うわぁーーー!」


「熱い! 火を消してくれ!」


「助けてくれぇーーー!」


「体がぁーーー!」


 リョウジさんの体から魔力の動きを感じたと思ったら、ワイアット子爵を除く四人の不良貴族たちが、一斉に青い炎に包まれてしまいました。

 あれだけの魔力から生み出された炎で全身を焼かれたら、ほとんどレベルを上げていない人間なんてひとたまりもありません。


「もうすぐ燃え尽きて死を迎えるお前たちに言っておく。お前らは、ダンジョンの中なら好き放題犯罪ができると思ったようだが、残念ながらそれは俺も同じなんだ。ここでお前たちが細胞一つ残らずこの世から消滅しても、誰もお前たちのことなんか探さないさ」


「イギリス政府が……黙って……」


「バカだなぁ。日本政府だって交渉ができないわけではないし、軍事大国であるアメリカならともかく、終わった植民地帝国に必要以上にビクビクする必要があると思うか? 若いのに大昔の栄光に縋るなんてな……実はジジイなのか? お前らがこのダンジョンから出てこなくても、イギリス政府も、お前たちの実家もまったく問題にしないってことで交渉は成立しているんだよ。お前ら、前からよほどやらかしているんだな。下手に生き残られるとかえって面倒だから、このまま行方不明扱いになってくれ」


「そっ、そんな!」


「お前ら、実家でも鼻つまみ者扱いなんだな。じゃあな」


「「「「ぎゃぁーーー!」」」」


 リョウジさんの火魔法により、四人の不良貴族たちは灰も残さず燃え尽きてしまいました。

 残りは、いまだ両足のナイフが抜けず、四人が燃え尽きる様を見て小便を漏らしているワイアット子爵のみが残されたのです。


「ひっ! 命ばかりは!」


「駄目」


「そうだ! ワイアット子爵家はお前は全面的にバックアップするぞ。どうだ? 僕の親戚の子をお前にやろう。可愛い子だぞ」


 この人は……。

 リョウジさんが、あなたのバックアップなんて必要としないどころか、そんなものは迷惑でしかないことぐらい理解していないのでしょうか?


「悪いが、とある名前を言えない方からの依頼でな。ちょうどいい機会だから、お前は消えた方が都合がいいってことなんだよ。じゃあな」


「クソォーーー!」


 ワイアット子爵を包み込むように黒い炎の火柱が上がったと思ったら、ほんの数秒で彼の身体が完全に消滅してしまいました。

 青白い炎よりも強力な黒い炎は、瞬時にワイアット子爵を焼き尽くしてしまったようです。


「イザベラ、今クモの糸を取ってやる」


「リョウジさんは、まだ効果があるクモの糸を切れるのですか?」


「切れるよ。ほら」


 クモの糸は、レベルに関係なく対象を動けなくする貴重なレアアイテムだというのに、リョウジさんはそれを素手で引き千切れるなんて……。

 さすがは、私が心に決めた方です。


「リョウジさん!」


 私は貴族でレディなのにこんなはしたないこと……と思うよりも早く、私はクモの糸を素手で千切ったリョウジさんに抱きついてしまいました。


「すまなかった。イザベラから話を聞いた時、ほんのちょっと怪しいなと思ったんだ。そうしたら、西条さんから連絡が入って」


 イギリス貴族たちがなにかを企んでいることに、西城さんは気がついたのですか。

 さすがは、内閣府から出向している方ですね。


「それに、ちょっと衝撃的なもの見せてしまった」


「あっ、そうですね」


 私の目の前で、顔見知りも含めて五名の人間が殺されたのに、なぜかあまりショックを感じませんでした。

 炎で焼き尽くされて死体が残らなかったのと、自業自得としか思えなかったからでしょう。

 それよりも心配なのは……。


「ワイアット子爵たちを殺した件で、リョウジさんに不利益がなければよろしいのですが……」


 ワイアット子爵たちが言っていたように、ダンジョン内での刑事事件で逮捕される冒険者はこれまで一人もいませんでした。

 ですが、彼らは素行が悪くてもイギリス貴族です。

 もし、イギリス政府が日本政府に圧力をかければ……。


「イザベラが心配することはないさ。 それにイギリス政府はなにもできないよ。するつもりもない。今日はもう戻ろうか。あとは西城さんにお任せだ」


「はい」


 私にダメージはなかったのですが、精神的なショックを受けたままダンジョン探索を続けると思わぬ不覚を取る可能性があるとリョウジさんから指摘されてしまい、この日はお休みにすることにしました。

 リョウジさんもつき合ってくれるそうなので、無理をして仕事をする必要はありませんわね。




「上野動物園って、子供の頃に来たきりだな」


「リョウジさん、 どこの動物園でもパンダは人気ですわね」


「普通の熊を白と黒で着色……しても駄目か……」


「それはどうかと思いますわ」


 その日は、二人で上野動物園に出かけ。




「せっかく日本に来たんだから、焼き肉を堪能した方がいいと思うな」


「こういうお料理、私は初めて食べます」


 動物園を出たあとは、近くのアメヨコと呼ばれる商店街の中にある飲食店で食事をとり。




「チョコレートの叩き売りですか? お得ではあるんですね。自分の好きなチョコレートは食べられないようですが」


「試しに一つぐらいいんじゃない?」


「あちらのお店、今日で閉店で最後のセールのようですね」


「ああ、あそこは毎日閉店セールをやってるんだよ」


「詐欺なのでは?」


「大半の人はわかって買ってるからね。どうせ千円だし」


「面白いですね、アメヨコって」


 二人で買い物をた楽しんだり。

 これまでの人生でこういう場所に買い物に来たことがなかったので、とても楽しいです。

 なにより、リョウジさんが隣にいますから。


「夕食はまたなにか注文するかな、みんな戻って来るだろうから」


「焼き肉以外でしたら」


「それもそうだ」


 今日は大変な目に遭ってしまいましたが、リョウジさんが私を助けに来てくれて、そのあと一緒にデートできたので完全にプラスでした。

 ただ一つ気になるのは、これからもリョウジさんは私をデートに誘ってくれるのでしょうか?

 それだけが心配になってしまいました。


 それと、その日の夜にもうひと騒動あったのは予想外と言いますか……。




「いいなぁ、イザベラ。リョウジと動物園、焼き肉、買い物デート」


「ホンファさんなら、いつでもパンダは見られるじゃないですか」


「いや、そういう問題じゃないから! 羨ましいよぉ」


「私も良二様から、普段行ったことがないような場所にデートで連れて行ってもらいたいです。私も動物園デートしたいです」


「日本観光デート、私も連れて行ってほしいし、イザベラが羨ましいわ。リョウジ、私も連れて行ってよ」


「ボクも!」


「私もお願いします」


 今日、私がリョウジさんと二人きりでデートしたことはすぐにバレてしまい、ホンファさんたちから自分も連れて行けと詰め寄られ、リョウジさんは困ったような表情を浮かべていました。

 なかなか二人きりでデートする機会を増やすのは難しいようです。








「イザベラとフルヤ! どうしてお前らがここに?」


「イザベラ、このヨボヨボの爺さんは?」


「グローブナー公爵ですわ」


「ああ、本家の方ね」


「貴族でもない極東のサルが、栄光ある大英帝国になにをしに来た?」


「なにをしにって……呼ばれたから来ただけだ。女王陛下はあんたに知らせなかったようだな」


「女王陛下の招待だと! そんなはずは……」


「どうしてそう言い切れるんだよ。あんたが女王陛下じゃないのに」




 数日後。

 俺は、 イザベラを連れてイギリスへと来ていた。

 時間が惜しいので『テレポーテーション』での訪英であり、その目的は叙勲を受けるためであった。

 ヴィクトリア十字章という最も受勲が難しい勲章があるそうで、これを俺に授与してくれるそうだ。

 俺はイギリス人ではないのにいいのかなと思ったが、イギリス国内にあるダンジョンすべてを攻略し、その情報を動画であげ続けていること。

 イギリスの冒険者たちの強化に大きく貢献したことで、 例外で貰えるようになったそうだ。

 他にも、ナイトへの叙勲もあるそうだ。

 代々庶民である俺からすれば、勲章なんて貰っても食べられないのに……などと思ってしまうのだが、イザベラがも貰っておいた方がいいと言うので、素直に貰っておくことにした。

 実は向こうの世界でも名誉爵位は貰ったのだが、これはもう今となっては役に立たない……役に立ったという実感は向こうの世界でも一度もなかったけど。


 その叙勲の儀式にイザベラの親戚だという、グローブナー公爵家の当主が来ていたのだけど、俺が叙勲されると聞いて不機嫌さを隠しもしなかった。

 イザベラへの態度を見るに、ワイアット子爵たちの暴走を黙認したか、もしかしたら裏で手助けしていたのかもしれないな。

 俺を招待したイギリス政府もその事実を掴んでいるようで、だから彼は俺がここにいることを知らなかったのであろう。

 下手に知らせると、暗殺でも目論見かねないのだから。

 実は今回の事件、黒幕とされるイギリス貴族なんて存在しないというか、グローブナー公爵が主導した可能性が高い。


「こののような、極東の下賎な黄色い猿にナイトの勲章だと……」


「自分から欲しいと、お願いしたことはないけどな」


「うぬぬっ!」


 それから叙勲の儀式が始まり、いくらグローブナー公爵が俺に不満があったとしても、俺に勲章を授与する女王陛下に文句を言えるはずもなく、無事に叙勲の儀式が終了した。

 そして最後の最後で、女王陛下がとんでもない発表をしたのだ。


「グローブナー公爵。もうそろそろ引退なされてはいかが?」


「女王陛下、どうして急にそんなことを……」


 叙勲の席で突然女王陛下から引退を勧められ、グローブナー公爵はうろたえることしかできなかった。


「その理由を、この場で説明してほしいのかしら?」


「いやその……」


「借金まみれで日本への航空チケットも買えず、私が出国を禁止していたワイアット子爵と他鼻つまみ者四名。彼らの旅費と滞在費を出したのは誰なのかしら?」


「……」


 グローブナー公爵は、冒険者として大活躍し、世界中で有名になりつつあるイザベラを疎ましく感じ、潰そうとしていたのか。

 しかしどうして?


「そんなに、女性が活躍する世の中がお嫌かしら?」


「……」


「世の中は大きく変わりつつあるというのに、それに対応できない公爵。いくら今の世の中を動かしているのが私たちでないにしても、それについていけないのなら、老人は素直に退くべきなのよ。新グローブナー公爵もそう思うでしょう?」


「はっ!」


 儀式に参列していた貴族たちの中から、二十代半ばと思われるイケメン貴公子が女王陛下の前に出て来た。

 グローブナー公爵の息子ではなく、孫がひ孫だと思われる。


「新グローブナー公爵は、ご理解いただけたかしら?」


「勿論でございます、女王陛下。お祖父様、サー・フルヤは冒険者でもある私の師匠なのに、裏でコソコソとそのようなことをなさっていたとはとても残念です。ロンドンを出て地方の別荘へとお移りください。できれば断らないでいただきたいですね。明日のニュースで、グローブナー公爵の訃報が出ることを私はよしとしませんので」


「……わかった、隠居する……」


 グローブナー公爵は項垂れながら宮殿を出て行き、これにてイザベラを狙った陰謀劇は終焉を迎えたはず。


「私たちは長々と続く存在なのに、突然世界は大きく変化してしまう。それに対応できない者たちに対し、私たちはどう対応していけばいいのか……。とても難しいお話です」


 この世界の王族や貴族というのもなかなか大変なようだな。

 世間ではとっくに力がなくなったと思われているが、決してそんなこともないのだから。

 無事女王陛下から勲章をもらった俺と、同行してくれたイザベラは、そのまま『テレポーテーション』で日本に戻るのであった。

 俺は、庶民の方が気楽でいいな。

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