第41話 策謀
「古谷良二は人間のクズなんです! 私との結婚を約束しておきながら、特別クラスの留学生たちに手を出し、彼が大成するまでサポートし続けた私を捨てたのだから」
「酷い奴だ! いくら優れた冒険者でも、そんな奴を称賛する社会はおかしい!」
「いくら優れた冒険者でも人間的にクズなら、我々が罰を下すべきなんだ! 昔ならともかく、今は能力よりも人格が最優先なんだから」
「許せねえ! 絶対に世間に顔出しできないようにしてやる!」
「俺は初めから、あいつはそんな奴だと思ってたんだ! あいつの目を見ればわかる!」
「社会的に抹殺してやるぜ!」
「今、私が声をあげたら、彼はこの国の上級国民たちと繋がっているから必ず潰されてしまうわ。今はみんな耐えて! 私はみんなの応援を力にして、必ず古谷良二を地獄の底に叩き落とすから」
「カヨたん……僕も一緒に耐え忍ぶよ。頑張ってね」
「支援ありがとう」
「俺も応援するよ!」
「ありがとう」
「(……よくやるよ)」
古谷良二周りは金になる。
最初は、彼に集ろうとした間抜けな親戚たちと、その間抜けたちに集ろうとした三流町議会議員とその家族。
私は正当なコンサルティング料をもらって早々に撤退させてもらったけど、彼らはバカなのでお上の怒りに触れてしまった。
今ではそれぞれに大借金を抱え、ベーリング海でカニを獲っている。
早速船上での事故で死んだ奴がいるが、そいつには多額の保険が掛けてあるから、彼らに金を貸したことになっている方々は無事に儲けることができたようだ。
いつの世も、バカは搾取されるだけ。
そんなクソみたいなこの世界を変えるには、やはり真の社会主義を導入しなければならないだろうが、それには時間もお金もかかる。
今はその時に備え、ひたすらお金を貯めることにしよう。
警察を辞めてしまった私にも生活があるし、警察に所属していたままでは国家の犬なので、真の社会主義革命が実行できないからだ。
そして次の革命資金の稼ぎ先は、古谷良二の婚約者を自称する三橋佳代子であった。
優れた冒険者特性を持ち、冒険者高校ではBクラスに所属。
正しい努力をすれば一流冒険者も夢ではなかったはずの少女だが、その才能のせいで足を掬われる羽目になるとは……。
幼馴染である古谷良二が冒険者高校でEクラスになった途端、彼女は自分に釣り合わないと言って自ら彼と縁を切った。
自分なりに調べてみたが、さぞや古谷良二はショックだったと思う。
どうもこの二人、異性の友人同士の関係だったようだが、三橋佳代子の中では恋人同士と記憶が改ざんされているようだ。
なんと愚かな……。
だが、そんな愚かな人間をも救ってこそ、真の社会主義だと私は思うのだよ。
多感なこの時期に三橋佳代子に見捨てられた古谷良二も不幸だが、彼は真の社会主義成就のため、潰すか、抑える必要がある存在だ。
それに、その悔しさを糧に古谷良二はその後大活躍をした。
彼の活躍の内容は、今さら言うまでもない。
三橋佳代子は優れた冒険者と男を見る目がなかったわけだが、往生際が悪いことに、彼女古谷良二との復縁を画策した。
だが勝手に彼の婚約者を名乗ったことにより、多くのマスコミの前で彼女の悪行が暴露されてしまった。
古谷良二は、彼女が暴言を吐いた様子をしっかりと撮影していた……いや、あれが魔法というやつか。
どちらにしても、多くのマスコミの前で真実の愛を語って復縁を既定事実にしようとした三橋佳代子の目論見は無残にも失敗したわけだ。
世間から『酷い女だ!』と批判されるなか、懲りずに古谷良二の婚約者だと言い続けた結果、彼が雇っている弁護士から警告が来て、その発言を撤回する羽目になってしまった。
そこからだ。
彼女がおかしくなっていったのは。
冒険者としての努力を怠ったためにCクラスに転落してしまい、古谷良二への対応のせいで元のパーティメンバーにも愛想を尽かされ、彼を真似て動画配信をしてみたものの、内容が陳腐すぎてまったく人気にならず、だがそこで起死回生の策を思いついた。
まるでJrアイドルのような際どい水着を着て、ダンジョン内でスライムやゴブリンを討伐するようになったのだ。
彼女の冒険者としての実力なら余裕で対処できるモンスターを倒しただけの動画だが、布地の面積が小さい水着で戦うというのがウケた。
他にも、某PRGのビキニアーマーやコスプレ衣装で戦う様子がウケ、今ではかなりの金額を稼ぐようになっている。
冒険者の本質としては外れた稼ぎ方なのだろうが、どんな稼ぎ方でも金は金だ。
正直に言わせてもらえば、彼女と本職のアイドルを比べるのは可哀想だと思う。
だが、女性冒険者の中では可愛い方ではあった。
現在日本で一番と称される冒険者パーティに所属する四人の美少女たちと比べる……のは可哀想か。
私は今、彼女のコンサルティングをやっているというのもあったからだ。
依頼者の批判はよくない。
だが、今では彼女の真似をする女性冒険者が増え続けており、チャンネル登録者数と視聴回数は伸び悩んでいた。
そこで、投げ銭システムを利用したスーパーチャットなどに稼ぎの主力を移し、三橋佳代子はそこそこの人数の熱狂的な信者たちに支えられて生きていくようになったわけだ。
SNS上で古谷良二の婚約者を名乗ったり、 ましてや今開催している会員制のスーパーチャットでの発言のように、古谷良二が糟糠の恋人である自分を捨てた、などという作り話を暴露すれば、すぐに彼の顧問弁護士軍団が飛んでくるだろう。
もしそうなったら三橋佳代子は終わりなので、まるで信者のようになりつつある、一部の多額の投げ銭をしてくれるファンのみとそういう話をするようになっていた。
彼らは、三橋佳代子は古谷良二とマスコミによる陰謀の犠牲者だと思っている。
陰謀論的なものを信じてしまう人たちは多いが、嘘を信じた挙句、さほど多くない稼ぎを彼女に投げているのだから、傍から見たら実に滑稽な話だ。
コンサルタントと称し、三橋佳代子の稼ぎから報酬を得ている私が人のことを言えた義理ではないがね。
「今日も大成功だったようだね。投げ銭も随分と沢山集まったじゃないか」
「でも、この世界は深くて狭くて限界があるわ。私は世界に羽ばたくべきなのよ」
「その日も近いと思うよ。今は力を蓄えるべきだね」
勿論私は、そんなことは微塵も思っていないが、相手は顧客である。
彼女の話に賛同するのも、報酬のうちであった。
「なにかないの? 私を浮上させ、古谷良二に仕返しをする策は?」
「なくはないですね。ただ……」
古谷良二本人に手を出すのは危険だ。
内調や公安の連中が秘かに警備しているからな。
もし三橋佳代子が古谷良二にとって大きな脅威だと思われたら、社会的にではなく物理的に抹殺されてしまうかもしれない。
となるとやはり、彼の周辺から崩していくべきだな。
と、彼女に思わせて特別報酬をいただくか。
「周囲の? もしかして、あのビッチたちかしら? 貴族だの、公家だの、大富豪の娘だの、大統領の孫娘だの。いわゆる上級国民ってやつ? 中身はビッチだけどね」
彼女たちも、あんな格好でモンスターを討伐した様子を動画として配信するあんたに言われたくないとは思うけどな。
「その中の一人、グローブナー伯爵家の当主であるイザベラ。彼女を追いかけて、イギリスからクズ貴族がやってきたようですな。彼は、イザベラの婚約者を自称しているとか」
「ふうん、あのビッチにはお似合いじゃないの」
スマホで自称イザベラの婚約者である、ワイアット子爵の顔写真を佳代子に見せた。
四十歳で借金だらけ、それに加えてハゲでデブのおっさんが、どうすれば十六歳の美少女と結婚できると思ったのか理解に苦しむが、イギリス人にとってもこの男は恥でしかないのだろうな。
それでも一応貴族なので批判するわけにいかず、彼はイギリスの階級社会上位に存在し続けるわけだ。
ただ、真の社会主義社会を目指す私からすると、こういう上級国民が世間から嫌われるのは好都合とも言えるのだけど。
「実は彼は、冒険者特性を持っているんですよ。勿論ダンジョンには潜りませんが」
「そんなことだろうと思ったわ。で?」
「あなたが直接手を下すと、色々と問題があるではないですか。ワイアット子爵と素行の悪い冒険者数名のパーティで、イザベラ……なあに。ダンジョン内部での犯罪なら、 今の日本政府には立件できませんよ」
ダンジョン内の犯罪は、これまで一件も立件されていなかった。
なぜなら、証拠が掴めないからだ。
エベレストの山頂付近と同じで、ダンジョン内で死んだ冒険者の遺体が持ち帰られるケースは非常に少ない。
下手に死体を持ち帰ろうとすると、自分が死んでしまう可能性があるからだ。
唯一の例外はアイテムボックスの容量が大きいか、それでも命がけで仲間の遺体を持ち帰ろうとする冒険者の存在だが、そのせいでさらに犠牲者が増えるケースも多い。
状況的に、同業、パーティメンバー殺しが行われたのであろうというケースもあったが、やはり立件はできなかった。
冒険者は金があるので優秀な弁護士をつけられるし、なにより今の社会情勢が、ダンジョン内から多くの成果を持ち帰ることができる冒険者を優遇することになっている。
優れた冒険者を刑務所に入れたくないのが、世界の支配者層の本音だろうな。
もっとも、そんな悪事を働く冒険者は極一部だが。
「ましてや、殺人事件ではありません。ダンジョン内でイザベラとワイアット子爵が自由恋愛をしたところで警察は動きませんよ」
「楽しそうな策ね。あのビッチが、デブでハゲたおっさん貴族にダンジョン内で犯されるなんて最高! 私を陥れて、良二と仲良くしている報いよ。でも、イザベラはパーティで行動しているわ。対策はあるの?」
「ようは、イザベラが一人で行動するように仕向ければいいのですよ。たとえば、私のコネクションを用いて……。少なくとも、彼女の知り合いは一人もいない状態にする」
伊達に公安にいたわけではない。
素行不良のイギリス貴族子弟くらい、容易にリストアップ可能だ。
日本で悪さをすればノーカウントだと思ってるようなクズ共なので、せいぜい利用させてもらおう。
「具体的にどうするのかしら?」
「簡単なことですよ。ワイアット子爵を除く不良冒険者たちを鍛えてほしいと依頼をし、それを彼女が断れない状況に追い込む」
「そんなことできるの?」
「できますよ。ただ、この仕事は私にとってもリスクが大きいので、特別報酬が必要となりますが……」
「出すわ!」
「これですよ、ダンジョンでとある冒険者が手に入れたレアアイテム『クモの糸』です」
いくらイザベラのレベルが高かろうが、特殊なアイデムで一定時間その動きを封じてしまえば……。
「ワイアット子爵に犯されても抵抗できないって言うわけね。素晴らしいわ」
「ワイアット子爵とイザベラが結婚すれば、色々と都合がいいイギリス貴族というのもいるのですよ」
ワイアット子爵とその貴族は繋がっているが、その間にさらにいくつかの貴族を経ているので、グローブナー本家がおかしいと思っても真相には辿り着かないか、完全な証拠は掴めないだろう。
グローブナー本家としても、こののところ日本を拠点に大活躍している分家当主の小娘が気に入らないはずなので、イザベラとワイアット子爵の結婚を容認するはず。
救いようのないクズで浪費家の豚ワイアット子爵が、イザベラの資産を無駄遣いしてくれれば、力が落ちた分家の統制がしやすくなるからだ。
グローブナー本家くらいの大物貴族なら、ワイアット子爵とイザベラの結婚を利用して利益をかすめ取ることもできる。
つまり、イザベラはやりすぎてしまったのさ。
それにしても、貴族社会というのは怖いものだ。
だからこそ、真の社会主義社会を成立させなければ。
「(成功するか半々だな。別にどちらでも構わないが……)」
真の社会主義革命を達成するためには、世界中に植民地主義を広げた悪の元凶イギリス貴族の力も落とした方がいいだろう。
どちらに転んでも私は損をしないし、もし黒幕が佳代子だとバレても、私は容易に逃げることができる。
また新しい資金源を探せばいいのだ。
「頼むわよ! 後藤」
「お任せくください」
もし失敗したとしても、彼女は私に報酬を返せなどと言えない。
もしワイアット子爵が破滅してもまったく問題ないどころか、格差を広げる愚かな貴族が一人消え去るだけ。
さてどういう結果になるか。
私の仕掛けの中で、力しかない哀れな冒険者たちも、格差で世間を不幸にする上級国民たちも、せいぜい踊り疲れればいいのだ。
真の社会主義革命達成のために!
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