第40話 セレブ模様
「リョウジさんの警戒心が完全に解けるまで、少しというところですわね」
リョウジさんはシャイなので、あの残念な元幼馴染のように勝手に婚約者など名乗ったら嫌われるに決まっています。
ご両親の死や、手の平のレベル表示が1のままなのとノージョブだった件で、元幼馴染に暴言を吐かれ、無視されたショックで女性に対し不信感を抱いているはずなので、焦りは禁物ですわ。
私たちがベビードラゴンに苦戦して死を覚悟した瞬間、リョウジさんが間に割って入り、一撃で倒してしまいました。
その強さを目の当たりにした私は胸の高鳴りを感じ、必ず彼を夫にしようと決意したのです。
彼は私と同じように早くに両親を失い、しかも親戚たちのせいで酷い目に遭ったとか。
私も十四歳の時に両親を交通事故で亡くし、若くして伯爵家当主になった私はため、財産を強欲な親戚や大人たちから守るのに必死でした。
私が冒険者になったのは、冒険者特性があったのは当然として、強くなって彼らに対抗するためでもあったのです。
初めてダンジョンに潜ってレベルが上がった瞬間、私は両親が大切にしていたものを守れると確信しました。
ですが、グローブナー伯爵家を守るためにはもう一つ必要なものがあり、それは私に跡継ぎを授けてくれる男性でした。
イギリスにいた頃は、グローブナー伯爵家の財産と実質的な支配権を狙って多くの強欲な男性たちを見てきたせいか、この私を見てさほど興味なさそうにしているリョウジさんが逆に気になって仕方がなかったうえに、命まで助けられてしまって……。
彼は自分をつまらない、素っ気ない人間だとおっしゃいますが、本当にそういう人間ならば、私だけでなく、ホンファさん、アヤノさん、リンダさんが好きになるはずがないのです。
「ライバルは多いですけど…… 状況によっては手を変える必要がありますが、リョウジさんは必ず手に入れますわ」
だって彼を知ってしまったら、他の男性に恋愛的な興味なんて抱けなくなってしまったのですから。
「今日もリョウジ君に対しフレンドリーに行けたね。なんら抵抗感なく家に入れてもらえたからもう少しだ」
リョウジ君はシャイだからね。
だからといって男性としての魅力に劣るわけではないどころか、ボクたちがまったく歯が立たなかったベビードラゴンを一撃で斬り裂いたシーンを目撃した時。
ボクの心臓の高鳴りは止まらなかった。
ボクの実家は大金持ちだから、それ目当てに多くの男性たちが近寄ってくる。
イケメンだったり、いい学校に行っていたり、家が大金持ちだったり。
そんな男性は飽きるほど見てきたけど、リョウジ君はそういう男性とは一線を画する存在だよね。
ただ強く、だからといって普段は暴力的ではないし、むしろ物静かな男性だ。
そのギャップがいいんだよね。
ボクは騒がしい方だから、きっと夫婦になれば釣り合いが取れると思うよ。
どうせボクはウー家の跡取りではないし、このまま日本でリョウジ君と一緒に暮らすのも悪くない。
「ライバルは多いけどね。でも、状況によっては未来図を変える必要があるかな。イザベラたちとも仲良くやれているしね」
とはいえ今の一番の目標は、リョウジ君と二人きりでデートすることかな。
「今日も良二様の自室に入れてもらえてよかったです。ですが、他の三人に比べるとアピールが足りないような気も……」
分家とはいえ、元五摂家の一族である私は、その血筋に相応しい行動を取るようにと言われてきました。
今の世に貴族なんて……と思いますし、なまじ祖父が商売や投資に成功してしまったから、大金持ちになった私は典型的なお嬢様としての振る舞いを求められるようになり、それが嫌で冒険者になったのですから。
今でも、うちがお金持ちになったことでしゃしゃり出てくるようになった本家が、私に相応しい結婚相手と称して、よくわからない男性のお見合い写真を送ってくるのには辟易してしまいます。
私がどう生きるかなど、私自身が決めることなのです。
冒険者となって生きていくこと。
それは、私が私として生きていくために必要な強さを手に入れる手段なのですから。
そんな私は特に結婚願望もなかったのですが、ダンジョン内でベビードラゴンに殺されるのを覚悟したその時。
運命の方と出会ってしまいました。
古谷良二様。
彼が一撃でベビードラゴンとは名ばかりの、巨大なドラゴンを倒す姿を見てしまった時。
私は、夫としたい男性と出会ってしまったのです。
普段はとても穏やかな人なのに、いざモンスターと戦う時には悪鬼羅刹のように戦う。
私の理想の男性が、目の前にいたのですから。
「ライバルは多いですが、必ずや良二様を夫に。とはいえ状況によっては、他の選択肢を取る必要もあるかもしれません。イザベラさんたちとなら上手くやれると思うので」
ですがその前に、良二様と二人きりでデートというものをしてみたいものです。
リンダさんとか、そういうのは経験豊富そうに見えますから、羨ましい限りですね。
「へっくしょん! リョウジが私を噂したのかしら?」
だったらいいんだけど、リョウジはシャイだから。
でもそれが、彼の弱点というわけでもないわ。
アメリカ人女性が、全員肉食系のマッチョが大好きだなんて思うのは大きな間違いで、私はリョウジみたいな男性が好きよ。
リョウジは普段素っ気ないんだけど、冒険者になった私がガンナーという職業の育成方法に悩んでいた時、誰よりも的確なアドバイスをしてくれたわ。
最初のきっかけはビジネス的なことだけど、彼は冒険者という命懸けの仕事をしている私に対し、真面目に真摯に対応してくれた。
アメリカ人女性全員が、ただ甘い声で愛を囁かれれば落ちると思ったら大間違いよ。
グランパもパパもリョウジをとても評価しているし、だから私が彼と結婚したいと言っても反対はしないはず。
「ライバルは多いけど、きっとリョウジも私のことが好きなはずよ。イザベラたちとの関係も悪くないし、リョウジはこれからの世界のキーパーソンのような人物。一人占めは難しいかしら?」
どちらにしても、私も彼に選ばれるように頑張らないとね。
「やはり休暇を取る時には、世間の喧騒が気にならない環境が必要だな。スローライフ的なものを楽しめる『裏島』の整備は順調に進んでいる」
『裏島』とは、実は魔族の配下にいた研究者が開発した魔法道具の一種である。
別次元に様々な環境の自分のスペースを作り、そこを隠れ家や生活の拠点とする。
強いが数は少なく、基本的に孤高を愛する魔族が 、外の世界の喧騒から逃れるために開発されたレジャー用品という見方もできた。
俺は『裏島』を開発した魔族を倒し、その成果を鹵獲したというわけだ。
大きな島と、それを囲う海。
島に作られた農地では、ゴーレムたちが薬草やダンジョンでドロップする貴重な植物や作物が栽培され、収穫されたものは『魔力貯蔵庫』に収納されていく。
アイテムボックスを魔法道具化した魔力貯蔵庫の中では時間が流れないので、新鮮なお刺身を百年貯蔵しても腐らない仕様になっていた。
作物も、俺の魔法と魔法薬を使えば一ヵ月ほどで収穫できてしまう。
そんなに大量に作っても在庫が増えるだけなのだけど、これも万が一のためだ。
いつ地球に食糧難が訪れるかも……。
「まずないと思う……とは言えないかも。もしかすると、これから地球は寒冷化するかもしれないんだよ」
「逆じゃないんですか?」
同じくお休みということで『裏島』の屋敷の庭で食事をしながら休んでいる岩城理事長が、地球は寒冷化する可能性について語り始めた。
「この世界から、化石燃料の類が一切採掘できなくなったからね。各国はある程度備蓄を持っていたのだけど、魔液が普及するまでに大分使われてしまったので、今では貴重品扱いなんだよ。研究以外の使用を禁止している国もある」
「二酸化炭素の排出量が減り、温暖化が防げて結構ではないですか」
イザベラは、『黄金米』のオニギリを作りながら自分の意見を述べた。
黄金米は稀にダンジョンで手に入るレアアイテムなのだが、ダンジョンの攻略には直接役に立たないものである。
とても美味しいお米で、慢性的な疲労に対する回復効果があり、体内の老廃物や毒素を排出し、美容に効果があり、老化を遅らせる効果があった。
ただなかなか手に入らないので、俺はこの『裏島』でゴーレムたちに栽培させていたのだ。
他にも、ダンジョンで手に入れた種や苗も栽培させている。
通常の食品は外の世界で購入できるから、ゴーレムたちを使って栽培させる意味がないからだ。
「ゴーレムっていいよねぇ。私も大量に導入しているよ 。薬草、薬草コケの栽培工場や、冒険者がダンジョン内で使う魔法道具の生産、ミスリル炉も増やすけど、危険な作業だからね。極力人間を置かないようにするし、ミスリルメッキも技術を持った熟練職人以外は、機械とゴーレムを配置する予定だから。ネット通販事業も始めるんだけど、倉庫には極力人間を置かない予定だよ」
岩城理事長は、俺よりも生産職としては圧倒的に優れている。
実は急成長を続けるイワキ工業だが、従業員は全員正社員で、その人数は数百名しかいなかった。
多くの雑多な作業の大半を、ゴーレムやAIに任せているからだ。
俺もこの売り上げで一人法人を続けているが、困ったことは一度もないな。
人手不足を感じたら、ゴーレムを増やせばいいのだから。
「イザベラさんの会社は結構人が多いよね」
「私の場合、伯爵家の当主だからというのもあります。ロンドンのお屋敷を維持しないと、本家がうるさいので。それでも日本に拠点を移した際に、かなり人員を整理しましたわ。本家や他の貴族のお屋敷に転職したのですが」
「貴族も大変なんだね」
養わないといけない人間が多いのだろうが、イザベラは日本に本拠地を移す時に伯爵家の人員は大分整理してしまったようだ。
それでもクビを切る人たちの転職先をすべて面倒を見たというのだから、どこかの国の大企業とは大分違うのだけど。
「資産管理会社の方はそれほど人員は必要ありませんし、冒険者業に至っては個人事業主みたいなものですからね」
「ボクもそうかな。人を雇うって感覚がないね」
「私もです。実家からはすでに独立したような状態なので」
「私もそうだけど、イギリス貴族は伝統がどのうこうのと大騒ぎしそうよね」
「いますわね、そういう方は。実は、勝手に私の婚約者を名乗るどうしようもない方がいらっしゃいます。リーブ子爵という方ですが……」
「彼は左前なのかな?」
「リョウジさん、よくおわかりですね」
向こうの世界にもいたからなぁ。
自分が無能で家が困窮しているのに、金持ち貴族の娘を迎え入れればすべてが解決すると思い込んでいるバカな貴族が。
「私が、女性当主だからというのもあると思いますわ」
「婿入り?」
「社交界で見栄を張っておりますが、借金だらけでいつ破綻するかわからないような方です。関わり合いにならないのが吉ですし、あまりにしつこいので日本に留学したという理由もありますから」
「難儀な奴がいるなぁ」
「私と結婚して、グローブナー伯爵家の実権を握れば、借金は簡単に返済できると思っているようです。お話にならない方です」
そんな話をしながら、収穫したレア食材を調理しながら食べ、その日の休暇を楽しんだのだけど、まさかそのクズ貴族と大きく関わることになってしまうとは、現時点ではまったく想像できなかったのであった。
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