第38話 後藤という男
「以上です。ところで……」
「ああ、私は西条と申します。内閣府辺りの人間だと思っていただければ。今は、ちょっと色々とあって出向中ですが、それも大人の事情というわけです」
「はあ……」
「あなたの仕事については聞いております。この時代に、わざわざ時代錯誤な棚橋一族と倉敷一族を名乗る方々と、町議会議員とその徒党たちですか。まあ、彼らについては処置が終わりましたので」
「逮捕されたってことですか?」
「ええ、まあマスコミで報道されることは絶対にありませんけどね。古谷良二さんの会社はすでに専属の弁護士事務所と契約しておりますし、彼の会社があるマンションに押し掛け、静止した警備員に暴力を振るったとなれば、暴行の現行犯で逮捕されても致し方なしというところですね」
「大川議員ももですか?」
「当然です。彼の半グレたか愚連隊だかよくわからない素性の悪い息子と、古谷良二さんの従兄たちは、いい大人が暴力を振るったらどういうことになるのかすら理解しておらず、しかも逮捕されたのは警視庁の管轄である都内。衰冷町の警察署長程度では揉み消すなんて不可能ですから。 これまでは狭い町の中だけだったので自由にできたのでしょうが、頭が悪いから、町の外で同じことをすればどうなるのか理解していなかった。困った方々です」
「はあ……」
「彼らはこれまでの頭の悪い行動が祟って借金も多いそうで、カニかマグロか知りませんが、そちらで働いて返して行くことになりそうですね。女性と子供たちは生活保護になるでしょう。犯罪者となった古谷さんの従兄たちと、元町議会議員の息子と離婚したかったそうなので、弁護士を紹介して手を貸しておきました。ろくに働かず暴力を振るっていたそうですから、すぐに離婚できるのではないですか」
「……」
やっぱり、連中から離脱しておいてよかった。
バカな彼らはアポイントメントも取らず、そのまま良二の会社があるマンションに 突入し、それを阻止しようとした警備員たちに暴力をふるって逮捕された。
その時、『俺たちは、古谷企画の社長と役員たちだぞ! 警備員風情が俺たちを静止するなど万死に値する!』と言い放って暴力を振ったと聞く。
現在警察で取り調べを受けているが、『自分たちはなにも悪くない! 古谷企画の弁護士を呼べ!』と言い放ち、取り調べを担当している刑事たちを困らせているそうだ。
議員の大川は議員特権を口にしたが、この西条さんといういかにもできそうな……間違いなく国家公務員……キャリアのはずだ……彼の指示で、全国にこれまでの悪行が報道され、衰冷町の町議会が彼に辞職勧告を出したと、スマホの画面にニュースとして流れていた。
「あなたはすぐに理解してくれそうなので説明しておきます。弁護士の佐藤先生もそうですが、税理士の高橋先生、公認会計士の石井先生。そして、『フルヤアドバイス』の社長である私も含めて、古谷さんを全面的にバックアップしていくことになりました。どうしてそうするのか、理由を説明した方がよろしいですか?」
「いえ」
つまりは、今の良二の邪魔は一秒でも許されず、そういう不埒者は西条さんが徹底して排除するということなのであろう。
「フルヤアドバイスですか?」
「ええ、100パーセント古谷企画の子会社ですね。古谷さんが100パーセント株式を持っています。古谷企画に経営アドバイスをする会社なんですが、これが社員名簿です」
「……ああ……」
なるほど。
社員名簿を見ると、各公官庁の退職者、与野党の元有力政治家、元大手マスコミ幹部、元大企業の経営者や幹部などがズラリと記載されている。
「ここまで露骨な天下りを初めて見ました」
「露骨ですけど、フルヤアドバイスは、その収入源が100パーセント古谷企画からのコンサルティング料なんですよ。経費もほとんど人件費でして。一応事務所はありますけど、そこには電話番をしているパートのおばさんがいるだけです」
「名前貸しのみですか」
「ええ。どうせ事務所に来られても邪魔でしょうし、今の時代はリモートワークが推奨されております。なにせ日本政府も推奨しているぐらいですから、彼らが事務所に顔を出さなくてもまった不思議ではありません。多少経費があるので、たまに食事会でも開けばいいんじゃないでしょうか? リモートでは不十分なスキンシップの補完というやつですよ」
「よくマスコミが……あっ!」
フルヤアドバイスの多すぎる役員には、大手マスコミの元偉いさんの名前がズラリと並んでいたのだった。
「天下りを批判したところに、自分の会社の元お偉いさんたちがいたら色々と困るじゃないですか。そういうことですよ」
大手マスコミなんて、そんなものだよなぁ……。
他人の悪口ならいくらでも言えるが、身内には甘い……いや、それは人間の業かな。
「……なるほど。ですが、良二も大変ですね」
毎年数十億円の人件費を負担しなければいけないのだから。
「ようやく初年度の古谷企画の決算が出ましたが、数十億円なんて古谷さんからしたら大した金額ではありませんよ。どうせ法人の経費として落ちますしね。国税庁OBの方々も在籍しているので問題はないでしょう。それに、古谷さんは大した経費も使わず、素直に税金を払ってしまいますから。実はもう、〇ヨタや〇天堂の内部留保を抜いてしまったので」
「棚橋さん、あなたは今回の仕事内容が認められたので、古巣で出世できる予定です。余計な欲はかかないことを忠告しておきますよ」
「それは重々承知しております」
なぜか西条さんから渡された辞令を見ると、私は部長に昇進するそうだ。
二十代の部長……。
私が、唯一まともな良二の親戚だからであろう。
「お金というのは恐ろしいものですね」
「はい」
良二の両親が死んだ時、遺産である死亡保険金数千万円を狙って、叔父と叔母の親戚たちは全員おかしくなった。
さらに、良二が冒険者や動画配信者として大金を稼いでいる事実が判明した瞬間、彼らは完全にタガが外れてしまったのだ。
確かに、お金の魔力と言える。
「現在、古谷さんは世界中で仕事を引き受けておりまして、現在日本政府にとっては下手な外交官よりも国際協調で成果を出しております。そんな彼に、『金を寄こせ!』などという連中を近づけさせるわけにいきませんから。だから私は、フルヤアドバイスの社長として高給をもらっているのです」
良二。
前に会った時には普通の小学生だったのに、まさかそんな重要人物になってしまうとは……。
他の親族たちは全員がやらかしてしまったが、それに加わらなかった私のみが大きな利益を得るとはな。
「西条社長」
「どうかしましたか? 東条さん」
西条社長の隣にいる人物が、彼に話しかけた。
西条と東条かぁ……。
二人とも、いかにもデキるといった感じだよな。
「これは報告しておいた方がいいな。後藤利一が、随分と甘い汁を吸ったようだ」
「あの人ですか……」
「コンサルタントとして、両家にくっついてましたよ」
「棚橋さん、後藤利一という人間が、どういう人物か知っているかね?」
「胡散臭くて、キレる人物だということは」
結局、両家の人間と大川議員たちから、口先だけで多額のコンサルティング料をせしめていったのだから。
油断できる人物ではない。
「あいつは元警察官でね。それも公安にいたことがある、バリバリのキャリア組だった。あまりにキレるので『カミソリ』なんてあだ名で呼ばれてね。ところがなぜか警察を辞めてしまって、今はコンサルタントを名乗っている。口が上手くて随分と稼いでいるようだが、要注意人物であることに変わりはない」
元キャリアの詐欺師?
私にはよくわからないな。
「東条さんはどう思われますか?」
西条社長が、東条さんに見解を尋ねた。
「あいつは、問題のある古谷さんの親族に近づいて金をせしめつつ、我らに余計な手間をかけさせた。しかも上手く逃げきったから、またなにか企むだろうな」
「後藤の目的って、なんなのですか? 金ですか?」
私は、東条さんに後藤利一の真の目的を尋ねてみた。
ただ金に汚いだけなら、比較的対策も楽なんだけど……。
私も部長になるので、あの手の輩には注意しないと。
「後藤は棚橋一族や大川議員のような薄汚い連中の金儲けの匂いに敏感だ。引き際も見事と言っていいだろう。どうせ我々が処分することに決めていた連中だ。いくら毟り取っても捕まらないと踏んだんだろうな。しかも大川議員たちは、自分たちが後藤から毟り取られた自覚もないんだから。あいつは、社会主義的な思想を持つ男でな。これからの古谷良二を良しとは思わないだろう」
これから、古谷企画はますます大金を抱え込んでいくだろう。
なぜなら、ダンジョンが出現したこの世界において、古谷良二こそが文明社会の維持と発展に必要なキーパーソンとなっていくからだ。
「後藤の最終目的は、古谷良二を潰すことなのですか?」
社会主義的な思想を持つのであれば、良二を潰せば貧富の差の解消に繋がると考えた?
「わからない。だが、あいつには油断しない方がいい」
「でしょうね。注意しておきますよ。東条副社長」
一般人の私がとんでもない話を聞いてしまったが、私はもう良二とはあまり関わらない方がいいだろう。
それがお互いのためというものだ。
「それにしても、いくら良二が世界のキーパーソンになるような人物だったとして、これからの人生大変ですね。心を病まなければいいが……」
「そうならないように我々がいるのですよ。それに、随分と仲の良い友達や、綺麗なガールフレンドたちもできたみたいですしね。そしてなにより」
「ななによりなんです?」
「彼は高校生とは思えないほど『自分』を持っていますよ。他者に振り回されることは絶対にないと思いますし、我々がいる理由の一つに、もし彼が自分に害をなした者たちへ自ら復讐するとなると、騒ぎが大きくなってしまうと予想されたからです。なにしろ、あんな巨大な金色のドラゴンを一人で倒してしまうんですから」
「ですよね」
そうか。
もう良二は、普通の人たちとはあまり深く接しない方がいいのか。
その代わり、自分と同じ冒険者たちに友達ができたようだから、同類である彼らとのつき合いを深くした方がいいというわけだ。
「これからしばらくは、古谷さんのみならず、優秀な冒険者という個が、世界中の国にとって重要な存在となっていくはずです。私がこの仕事に志願したのは、日本というのは『出る杭は打たれる』の言葉どおり、優秀な冒険者たちの足を引っ張り、彼らが海外に流出してしまうことを防ぐためです。その目的を達するためには、私は鬼になりますとも。幸い、田中首相の後見も受けておりますから」
「私もそうです。なにしろ、元身内に後藤なんて胡散臭いのがいますからね」
「一般人の私は、金属メーカーの部長に戻りますよ」
これ以上欲をかくと、我が身が危険になってしまう。
せっかくそれなりの会社の部長に昇進したのだから、新しい車でも……その前に結婚しようかな?
婚活をすれば……まずは部長として仕事ができるようになるか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます