第37話 棚橋一族
「だいたい、良二はけしからん!」
「そうだ! あいつには我ら棚橋一族への愛がないんだ! 分家のくせに!」
「自分だけがよければいいと思っている。人間として大いに問題がある!」
「先祖への敬意が足りないのだ! 我ら棚橋一族は高貴な血筋なのに!」
「嘆かわしいことだ。古き良き日本の『支え合い』の精神を忘れてしまうとは……今の若者はけしからん!」
「だが、今からでも遅くはない。我々が誠意を込めて説得すれば、良二もきっと良心を取り戻すだろう」
「そうだな。そして我々一族が、古谷企画の役員、社員になって良二を支え、棚橋一族の名を世界に広めるのだ」
「我ら一族への株式の公平な分配も必要だろう。古谷企画の株式上場も必要だ。なにしろ我々は、良二を支える存在になるのだから」
「正当な権利だな。我ら高貴な棚橋がそれに相応しい生活を送り、それを分家の古谷家が支える。良二に世間の常識を教えてやらなければ」
「その報酬としては、むしろ控えめな要求といっていいだろう」
「みんなが幸せになれるよう、是非良二君を説得しましょう。頑張りますよ」
「……」
生きていると人生色々あると聞くが、まさに今がその時だろうな。
今世間でもっとも活躍していると言われている、世界一の冒険者にして動画配信者の古谷良二は私の従弟なのだが、現在我ら親族とは没交渉であった。
私たちは良二の父方の親族なのだけど、正直に言うと私の親族には残念な連中が多い。
某地方都市からさらに奥まった田舎にある、過疎化が深刻な町に住んでいるのだけど、実質無職ばかりなのだ。
とにかく働くのが大嫌いなのにお金には汚く、良二の父である叔父は彼らを嫌って没交渉だったが、良二が中学三年生の時に交通事故で亡くなってしまった。
それを知った一族は、叔父の遺産や家を奪おうと、まるで山賊のように良二が葬儀の準備をしていた叔父の家に押しかけたわけだが、どういうわけか彼らはなにも成果を得ずに戻ってきた。
従兄たちはチンピラのような連中ばかりで、噂では半グレ組織に所属しているとも……。
そんな連中相手に良二はよく……ああ、優れた冒険者だから当たり前か。
自分よりも強い人にはペコペコし、弱いと見るや暴力を躊躇わない人間のクズばかりだが、動物と同じなので強い良二相手には引いたわけか。
そんな泥棒みたいなこと、今の日本でにできるわけがないと悟って戻ってきたんだろうって?
彼らにそんな知性も理性もない。
語弊のある言い方だが、彼らは無知で野蛮な田舎者なのだ。
いまだに石器時代の価値眼で動いているような連中で、四男だった叔父やその息子である良二は、格上の本家の親族たちのために金を差し出して当然だと、本気で思っているのだから。
従兄たちも酷いものだ。
若いので本来そういう価値観に違和感を覚えないといけないはずなのに、生まれてから一度も地元を出ず、低偏差値の高校を出てからも、ろくに働いていない無職ばかり。
それなのに全員結婚して子供もおり、不幸が繁殖しているといった感じだな。
従兄たちの家族を見ていると、少子高齢化が必ずしも不幸だとは思えないほどだ。
そんな一族の中で、私だけは都心に出て働いているのだけど、独身なのでよく従兄たちにバカにされる。
『男は結婚して子を成してこそ一人前』だと。
個人がそういう価値観を大切にして生きていくのは自由だが、それを全員に強制するのはどうかと思うし、それならちゃんと働いて妻子を養えよと言いたい。
無職なのに一家の大黒柱を自称し、酒、タバコ、ギャンブル、暴力、浮気三昧で、無職なのに改造車を乗り回し、気に入らなければ奥さんと子供をぶん殴る従兄たちから、偉そうにそう言われても心に響かない。
棚橋一族はよく破産しないなと思うが、実はもう借金まみれでこれ以上お金を借りられず、地元でも鼻つまみ者であった。
そういえば、良二から金をむしろうとして失敗した直後から、さらに困窮するようになったと聞くが、一体なにがあったんだ?
そんな、明日崩壊してもおかしくない連中なんだが、彼らに希望ができた。
古谷良二の存在だ。
良二は、四男である叔父の息子だ。
だから彼らの価値観だと、良二は伯父や従兄たちを古谷企画に役員として迎え入れ、年に何億もの報酬を支払い、株式の譲渡も行わなければならないそうだ。
今、頭が悪いのに、なけなしの知識を総動員して実りのない会議を行っており、そういう結論に至っていた。
古谷企画は良二だけがいれば成立する会社なのに、どうして役に立たないどころか、抱え込めばかえって害悪になる伯父たちを雇うと考えたのか?
ああ、それがわからないから伯父たちはバカなのか。
バカでクズ揃いの棚橋一族の中で、亡くなった叔父と共にまともな私……まあ、棚橋一族の基準だと、私は異端者なんだが……は、安い創作物の悪役、憎まれ役そのものを直に目にする機会を得ていた。
本来、棚橋一族と縁を切りたい私がどうしてこの席にいるのかと言うと、それは勤めている会社の命令であった。
私は大学進学を機にこのクソみたいな田舎を捨て、今は都内にある金属関係の会社に勤めている。
この世界にダンジョンが出現した時、海外からの金属資源の輸入が途絶して、会社は大苦境に陥った。
国内には鉱石の備蓄があったが、そんなものは一年でなくなってしまうからだ。
すぐにダンジョンに潜った冒険者たちが鉄などを手に入れるようになったが、今の世界では経済と文明を維持するために、鉄以外の金属資源も多数必要なのだ。
会社が潰れないにしても、リストラは不可避だと思われたその時、良二が大量の鉱石をダンジョンから持ち帰った。
冒険者の強化にも力を貸したそうで、おかげで我が社のみならず、日本どころか世界中の多くの金属関連の会社が一息つけた。
彼はこの国どころか世界の命綱であり、この国の上層部からしたら、彼を余計なことで煩わせる連中は、今すぐこの世から抹殺したいくらいなのだ。
とはいえ、民主主義の日本ではそれも叶わず、だから私は突然上司に呼ばれたあと社長室へと連行され、そこで棚橋一族が余計なことを始めようとしていることを知らされた。
『棚橋君、君の仕事はわかっているよね? もし断ったら……』
と、いきなり社長に言われて、このスパイ任務を断れるわけがなかった。
断れば、速攻でクビにされたであろう。
それにしても、縁を切ったのに最後の最後まで祟ってくれる一族だ。
『そういえば、倉敷家の連中も暴走しつつあるようだね。金の力とは恐ろしいものだ。君が冷静なままでい続けることを望むよ。それができたら、君は昇進だからね』
スパイのお礼が、社内での昇進かぁ……。
嫌な仕事の報酬だからだろうな。
倉敷家とは良二の母方の一族だが、やはり棚橋一族と同じようなことを考えているようだ。
良二の母親である叔母も倉敷家とは縁を切っており……男女とは、似た者同士で結婚するものなんだな。
そういえば叔父と叔母の葬儀のあと、倉敷家の連中も家から金目のものを持ち出そうとして、良二に防がれたと聞いた。
泥棒に失敗した倉敷一族は、『形見分けなのに、邪魔しやがって!』と激高していたとか。
そんな倉敷一族をバカにする棚橋一族だが、どうせ似た者同士なのだから仲良くすればいいのに……。
ああ、分け前が減るから仲良くできるわけがないか。
「(それにしても……クズにはクズが寄ってくるものだな)」
冷静に考えたら、棚橋一族とつき合うなんて正気の沙汰ではないのだけど、古谷良二の親族というだけで利用しようとする、危ない連中が多く集まっていた。
バカしかいない棚橋一族を煽て、自分たちもその分け前にありつこうと考えているような連中だ。
「そうだな。古谷企画の本社はこの衰冷町に移させよう。政治家であるワシが後ろ盾になれば古谷企画も安泰。お礼はワイロだと最近は危ないので顧問料で頼むぞ。この町に活気を取り戻すため、沢山公共工事をしないとな」
一人目のクズは、この衰冷町で町議をしている大川だ。
地元で建設会社を経営しているが、町の財政難と公共工事が減っている影響で大分苦しいと聞いた。
「パパ、俺は古谷企画の社長になるぜ」
「それはいいな」
大川議員の息子は、人間のクズと呼ぶに相応しい奴だ。
父親の威光を嵩に着て、同じようなクズたちと組んで半グレのようなことをしている。
恐喝、窃盗、器物破損、暴行、強姦、詐欺等など。
それでも彼とその仲間は、一度も警察に逮捕されたことがない。
地元の警察署長が大川の弟なので、すべて内密に処理してしまうからだ。
被害者が犯罪被害を訴えても、町の上層部が率先してなかったことにしてしまう。
まるで江戸時代の有力者一族のようだ。
和解と称して被害者に端金を渡し、それを受け取らないと、大川の息子が率いる愚連隊が脅しや嫌がらせをする。
他の町民たちも彼らが怖いので、被害者の村八分に加担した。
そんな状態なので、まともな人ほど衰冷町を出て行くし、子供に決して戻ってくるなと言う。
棚橋一族は……大川の息子の手下が多いから、決して町を出て行かないわけだ。
「(こんな連中が存在するのが、地方の闇なんだよなぁ)」
きっと、衰冷町の様子を外部の人たちに説明しても信じてはくれないだろう。
ネットなら、できの悪い創作だと言われるはず。
だが、これが現実なんだよな。
だから私は、ここに戻りたくなかったのだ。
「いやあ、棚橋一族の方々が仲良く丸く収まる。実に素晴らしい。みんなで幸せになれます。そして、それに力を貸ことができて、私は幸せだなぁ」
「……」
そして、コンサルタントを名乗る『後藤利一』。
どこにでもいそうな中年男性だが、とにかく胡散臭い。
一見無害なお人好しに見えるが、私は会社から彼の情報を貰っている。
なんと彼は元警察官で、公安に所属していたこともあり、警察時代は『カミソリ』と呼ばれていたそうだ。
彼が普段見せる昼行灯的な態度はすべて偽装。
今はコンサルタントを名乗り、こういう怪しいがお金になりそうなところに顔出し、口先三寸で利益を掠め取っていく。
彼は元警察官なので、決して塀の内側に落ちないように動く。
たとえ、搾取した連中が塀の向こう側に落ちてしまったとしてもだ。
「(要注意なのは後藤だけかな)」
あとは、滅びゆく衰冷町にある商店街の連中や、零細企業の社長たちか。
彼らは活動資金と称して、大川議員と棚橋一族に金を徴収される哀れな犠牲者であったが。
古谷企画の本社をこの衰冷町に移させる、という大川議員の言葉を信じ、そうなれば自分たちの商売も上向くという欲もあって、活動資金の名目でお金を出していた。
こういう田舎だと、お金を出さなければ村八分という理由もあるのだけど。
「(それにしては、集まる活動資金が多いな……あっ!)」
こういうの逆張りというのか。
大企業のトップとは言っても、案外情報を集めないようだな。
いや、多分古谷企画とイワキ工業との関係に楔を打ち、自分たちがその地位に取って代わろうと考えているのであろう。
有名な企業が、かなりの大金を出していた。
ただ、会社の規模から考えたら端金だ。
謀が上手くいったら、自分たちは金を出したのだからといって権利を主張し、駄目ならなかったことにしてしまう。
そういう意図なのであろうが……。
「(これは使える。しっかりと証拠を押さえておこう)」
まさか、私のような人間がスパイをしているとは思わなかったのであろう。
社長に証拠を渡せば、あとでいくらでも使いようがある。
などと考えてしまう私は、大分人間としては劣化したのかもしれないな。
人間、綺麗事だけでは生きていけないから仕方がないか。
「これだけの仲間と支援が集まったのです! あとは行動に移すのみ!」
「 あのぅ……」
「なんだ? 都会のモヤシ」
都会のモヤシとは、親戚たちがつけた私のあだ名だ。
あだ名の由来は、わざわざ説明しなくてもいいだろう。
少なくとも彼らはそういう風に思っている、だけのことなのだから。
「行動とは、具体的にどのようなことをするんです?」
「そんなことは決まっている! 良二に直談判するのみだ」
「……」
それにしても凄いな。
バカってなにも情報を集めないのに、自分の行動が絶対に成功すると思っているんだから。
「良二の会社が置いてあるマンションは、高級マンションなので警備が厳重ですよ。ちゃんとアポイントメントを取らないと……」
「アポイント? なんだそれは? 食べ物か?」
そこから説明する必要があるのか……。
日本は先進国になったと思ったんだが、どうやらまだ石器時代の住民が混じってるらしい。
「事前にそちらに伺いますという連絡をしないと、マンションの入り口で警備員に止められてしまうんです」
「そんな奴は押し切ればいいだろう」
「そうだよな。逆らったらボコッてやればいいんだからさ」
「俺たちにかかれば、すぐに泣いて謝って良二のところに案内してくれるぜ」
「「「ひゃひゃひゃ!」」」
まさか現実世界に、某世紀末救世主漫画のモヒカンたちのような連中が実在したとは……。
他人に暴力振ったら警察に捕まるという、小学生でも知ってそうなことをこいつらは知らないのだから。
いや、教えても理解できないのだろうけど。
なにしろ、今の今までずっと、暴力が容認されていたこの狭い町の中で生きてきたのだから 。
「あの……後藤さん?」
こいつは危ないがバカではない。
私は、後藤に話を振った。
「まあまあ。いきなり暴力なんて振っても疲れるだけですよ。それに親戚の皆さんで押しかければ、良二君もきっと心を開いてくれると思うな」
「後藤さんの言うとおりだな。早速明日出かけることにしよう」
「アポイントメントは?」
「我々と良二は家族みたいなものなんだ。そんなものは不要だ」
「……」
思わず後藤の方を見たが、奴は韜晦していやがった。
一見、伯父たちを説得したかのように見せ、実はなにもしていない。
明日、きっと伯父たちはやらかして警察の厄介になるだろう。
今の良二の重要性を考えたら、警察がこいつらの逮捕に手を抜くなどということはあり得なかったからだ。
イワキ工業の社長は、田中総理と親しいとも聞くからな。
すでに後藤は、コンサルティング料名目で古谷一族と大川議員から大分金を引っ張っていることを確認している。
もう潮時だと考えており、こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないのだ。
「(後藤は、要注意だな)」
私は、今日のうちに都内に引き上げよう。
このまま伯父たちに付き合ったら、警察に捕まってしまうからだ。
それとこれは後日判明した事実だが、後藤は倉敷一族からもコンサルティング料名目で、かなりの金を貰っていた。
だが、それが理由で後藤が罰せられる可能性はまずない。
後藤利一。
再び良二に関するゴタゴタを利用して金を稼ぐかもしれない。
注意しなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます