第35話 新しい留学生
「富士の樹海ダンジョンの二階層にいる『ジェネラルゴブリン』は、普通のダンジョンの二階層にいるゴブリンとはまるで別物です。人間よりも体が大きく、素早く、力強く、賢い。舐めてかかると瞬時に殺されます。彼らが装備しているものも、一番ランクが低くて鋼鉄製です。まれに、ミスリル製、オリハルコン製の装備をつけている個体もある。鉱石は持っていないのですが、その分魔石の品質も高い。倒せればとても稼げると思います。プロト1、編集と配信を頼むよ」
「任せてください」
「俺は部屋に戻るか……」
別次元にある、俺だけの箱庭『裏島』にある屋敷内の事務所での仕事を終えた俺は、 上野の高級マンションの一室に設置した会社の所在地に戻った。
「リョウジさん、お仕事は終わりましたか? 引っ越し祝いのお料理ができていますよ」
「新しいマンションはいいねぇ。ボクも下の階の部屋を買ったけど」
「私も購入させていただきました。これからは、毎日この部屋を尋ねられます」
「さすがはセレブ!」
岩城理事長の勧めで高級マンションを借りていたのだけど、また引っ越す羽目になってしまった。
たまたまだそうだが、上野公園近くに耐震偽装と施工不良で放置されている高級マンションがあった。
そのマンションを施工した建設会社は、完成間近で事件が発覚してしまったため、マンション購入を希望していた人たちに逃げられ、不良債権を抱え込むことになってしまったそうだ。
これを岩城理事長が買い叩き、自分の力を駆使して完成させ、この中の一人部屋を何故か俺が買い取ることになってしまった。
ここには岩城理事長とその家族も住むことになり、さらに、イザベラ、ホンファ、綾乃も、俺と同じ最上階フロアの部屋を購入した。
一部屋数億円のマンションを即金で買えるのだから、この三人は間違いなくセレブというわけだ。
俺も即金で購入したけど。
そもそも、未成年の俺はローンを組めないだろうからな。
「なるほどな。マンションの住民をコントロールして、良二におかしな輩がつきまとわないようにするわけか」
今日の引っ越しパーティーには剛も参加しており、彼は岩城理事長の考えを正確に見抜いていた。
確かにこのところ、面倒くさい人たちが増えてきたのは事実であったからだ。
「三橋とか、もう完全にぶっ壊れてるよ」
「動画ではもう言ってあるし、佐藤先生に頼んで忠告しているんだけどな。Bクラスの実力があるんだから、普通に冒険者を続ければいいのに……」
実は佳代子も、取り巻き連中と一緒に会社を作り、購入したビデオカメラでダンジョンの様子を撮影するようになった。
そこそこ人気が出て稼げるようになったのだけど、所詮は佳代子と、彼女に取り入って楽して稼ごうと考えているような連中だ。
俺のように撮影と討伐を同時進行するのは難しく、自然と肉体的に楽で安全な動画配信の方に手間をかけるようになった。
イワキ工業製のダンジョン内で撮影できるビデオカメラは高価だが、金を出せば誰でも購入できる。
確かに動画配信者は肉体的な負担は少ないかもしれない。
だが、継続して人気を得るためにはとてつもない努力が必要なはず。
すでに俺が撮影したダンジョンの様子を画面がブレブレのまま撮影し、編集も素人で、同業者が次々と参入している状態では、すぐに人気が落ちて当然であった。
困った彼女はまたも俺の婚約者を名乗り、そのうち俺とコラボをするなどと嘘をついて視聴回数を稼ぐようになった。
あまりに酷いので、俺は急遽動画で事情を説明することになり、顧問弁護士の佐藤先生に警告をしてもらったわけだ。
その結果、彼女の動画チャンネルは瞬時にオワコンと化した。
それなら冒険者稼業に戻ればいいのに、人間一度楽をするとなかなか過酷な冒険者業には戻れない。
そのうちモンスター討伐をサボっていたせいでCクラスに転落してしまい、これを挽回しようと、俺が前に住んでいたマンションに押しかけるようになった。
仕方がないので佐藤先生経由で警察に相談し、佳代子に対し俺への接近禁止命令が出された訳だが、いくら佐藤先生に任せたとはいえ、俺は警察などで事情を説明する羽目になり、その分の損失は出ている。
佐藤先生に任せて損害請求をしているが、彼女は拒絶。
さらに、彼女の両親もすでにおかしくなっていた。
昔は俺にも優しいおじさんとおばさんだったのに、『うちの娘と結婚しないお前が悪い!』、『うちの娘を誑かして、こちらこそ訴えてやる!』、『それが嫌なら、うちの娘と結婚して、自分たちをお前の会社の役員にし、年収一億円出せ!』などと支離滅裂なことを言い出し、佐藤先生も困惑していた 。
なるほど。
お金持ちなってから、人間不信になる人たちの気持ちがよく理解できた。
同時に、金持ちは金持ちとしか付き合わない理由もだ。
「マンションの最上階は、古谷君、イザベラさん、ホンファさん、綾乃さんともう一人の部屋しかないし、警備の厳重だから変な人たちは入ってこないよ」
岩城理事長、随分と優しいじゃないか。
「イワキ工業を支える多くの資源や採集物が古谷君頼みだし、君は私に次ぐ、イワキ工業の大株主だからね」
そういえば、大分前に会社の金で購入したのを忘れてた。
投資の一環……実は適当に購入しただけだけど。
「うちの会社の株、今ものすごい勢いで株価が上がってるから」
それはそうだろう。
鉱石からのミスリル精製と、ミスリルメッキの技術を持っている世界唯一の会社なんだから。
内燃機関のタンクと部品にミスリルメッキができないと燃費が数十分の一になってしまうので、今世界中から仕事の依頼が殺到していた。
「ところで岩城理事長、この最上階に住むもう一人って、大丈夫な人なんですか?」
「大丈夫だよ。身元もしっかりしているし、日本のダンジョンに潜りたいから、最上階の部屋を購入したんだってさ」
「金持ちなんですね」
「古谷君も金持ちじゃないか」
元々庶民なので、実感は薄いけど。
「さあ、リョウジさんも含めて、みんなの引っ越しパーティーを始めましょう」
「乾杯!」
「おおっ! いい飯がいっぱいあるな!」
「イザベラさんも、ホンファさんも、私も。よく通っているお店からケータリングのサービスをお願いしたので」
「美味しいねぇ」
この日は、みんなで楽しくぱパーティーをした。
そして翌日。
今日は冒険者高校の出席日なのでイザベラたちちと登校すると、担任の先生から、特別クラスに転入生がやって来たのだという報告を受けた。
「この時期にですか?」
入学式に合わせればよかったのに。
二週間も遅れるなんて、変な話だな。
「転校生は、アメリカからの留学生だ。リンダ、入ってきなさい」
「オーケー。リョウジ、久しぶりね。ちゃんとリョウジに言われたとおり、ガンナーとしての訓練を重ねて、特別クラスに入れるようになってから留学したのよ。私に会いたかったでしょう?」
「おわっ、こら! 学校で抱きつくな!」
まさか、転入生がリンダだったとは。
よくアメリカ合衆国大統領であるお祖父さんが許可したな。
「日本はダンジョン先進国だからね。これからは冒険者が光り輝く時代だから、留学に反対はしなかったわよ」
確かに、日本はダンジョン先進国ではある。
なぜそうなのかといえば、世界中に突如出現したダンジョンは俺が召喚されていた世界のものであり、さらにレベル、ジョブ表示。
これからこの世界もの冒険者たちも手にするであろう、魔法や特技を覚える巻物や書籍の説明書、 資料などはすべて日本語で書かれていたからだ。
つまり、向こうの世界の言語は日本語であり、ダンジョンの下層に行けば行くほど、日本語ができた方が有利になってしまう。
この世界で一番ダンジョン攻略を進めている俺が、日本人というのもあるのだろう。
最初、ダンジョンの探索チャンネルは日本語で喋っていた。
すぐに英語や北京語の字幕を入れるようになったけど、俺の動画を見た多くの冒険者たちが、日本語を覚えた方が早く強くなるのではないかという根も葉もない噂を立て、それを大半の人を信じてしまったのだ。
「もしかして、俺が住んでるマンションの最上階の最後のひと部屋、リンダが購入したのか?」
「私、ロッキー山脈ダンジョンのレコードを持っているから。稼いだお金で買ったのよ」
そうか
今のリンダは、アメリカで一番ダンジョンを攻略している冒険者というわけか。
「よく留学が許されたな」
「他にも、リョウジの講習を受けて強い冒険者が増えているから、私一人が抜けても問題ないって思われたのよ」
ダンジョンに出現するダークボールを使ったレベル上げ講習はいまだ続けており、アメリカ人で受講する人は多かった。
アメリカらしいというか、そこそこ実績のある冒険者が俺の特別講習を受ける五十億円を投資家から募ったり、クラウドファンディングで集めたりしていたからだ。
それにより、レベル400を超えた多くのアメリカ人冒険者たちが、日々ロッキー山脈ダンジョンのレコードを競っていると、リンダが教えてくれた。
「だから私が抜けても問題ないの。なにより、一日でも早くリョウジに会いたかったから。これからよろしくね」
「はははっ」
さすがはフランクなアメリカ人というか、リンダは遠慮なく俺に抱きついて、頬にキスをしてきた。
いまだキスしたことがない俺には、なかなかに強烈な刺激だ。
「元植民地の方でしたか。無作法に割り込むなんてどうかと思いますけど」
「なによ、元宗主国の貴族が偉そうに。家柄なんかにリョウジは魅かれないわよ」
「なにを当たり前のこと。大統領のお孫さん」
「さすがはジョンブル。よく調べているわね。 でも、リョウジがこの私に夢中になることまではわからないでしょうけど」
「おっしゃいましたわね。リョウジさんは、下品な女性はお嫌いですから」
「そうだね、特に無茶な割り込みを仕掛けてくるような人は」
「女性としてはしたないですね」
「世界を流浪している華僑の大物ウー一族の人と、家が古いだけが自慢の日本の貴族の人かぁ。リョウジは私に夢中になるから、あなたたちに出番はないわよ」
「出番がないのは、ヤンキー娘だと思うね」
「リョウジさんは無遠慮な女性が嫌いですから。私は同じ日本人だからわかるのです」
「本当かな? あっ、リョウジの隣の席ゲット」
「そこは私の席ですわ!」
「えーーーっ! 今から席替えしない?」
「しませんわ!」
「リョウジ君の反対側の隣は譲らない」
「後ろも同じくです」
「じゃあ、私はリョウジの前の席ね。リョウジ、私の制服姿似合ってるかしら? 私はお尻の大きさと形に自信があるから、好きな時に見ていいわよ」
「下品ですわ!」
「下品だ!」
「下品です!」
「良二、お前、モテモテじゃないか」
「……」
こうしてアメリカから、大統領の孫娘リンダが日本に留学してきたのだけど、イザベラたちと仲良くしてくれないかなと、俺はただそれだけを願っていた。
なにしろ俺は、和を以て貴しとなす日本人なのだから。
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