第33話 Reスライムと生活習慣

「本チャンネルでは、引き続き世界各地のダンジョンを探索しその様子を撮影した動画と、モンスターの効率のいい倒し方の動画の更新を続けていきます。先日新たに出現した富士の樹海ダンジョンへも潜りましたが、残念ですが今の私では最下層には到達できません。鍛錬を続けつつ、定期的に富士の樹海ダンジョンに挑んで行こうと思います。ですが、他の冒険者たちはなるべく中には入らないこととお勧めします。俺よりもはるかに強いのであれば、二百階層くらいまでなら潜っても問題ないと思いますが……。警察も警備していますからね」



 帰宅後。

 本チャンネルの方で、現時点で富士の樹海ダンジョンに入らない方がいいという警告をしておいた。

 自衛隊と消防を差し置き、国内のダンジョンに関する権限と利権を多く握ろうと欲をかいた結果、金色のドラゴンの被害と合わせて多くの犠牲者を出した警察は、警視総監が引責辞任をする事態にまで陥っていたのだから。

 彼ら警察が富士の樹海ダンジョンの入り口を警備しているのは、中に人が入らないようにという意図があったが、そこには法的な根拠が一切ないので、警察の制止を無視してダンジョンに入ることは可能であり、その結果、国内外の冒険者数十名が亡くなっていた。

 その件でも警察は批判されていたので、この件に関しては可哀想だと思う。


「続きましてはサブチャンネルです。今日は富士の樹海ダンジョンの一階層で手に入るReスライムの体液を使ったゼリーです。他のダンジョンの一階層にいるスライムの体液で作ったゼリーと比べてみましょう」


 富士のダンジョンも、通常のダンジョンと法則はほぼ同じである。

 一階層ではやはりスライムが出現するのだけど、ただそこにいるスライムは、上野公園ダンジョンだと九百五十一階層に出現するReスライムという、スライム種の中でも最強モンスターであった。

 スライムとReスライムの見分けがつきにくく、強くなったイザベラたちでも油断すればすぐに殺されてしまうだろう。

 他の冒険者たちについては言うまでもなく、スライム目当てでダンジョンに入っている普通の人たちがReスライム遭遇したら、一瞬で押しつぶされてしまうはず。

 一階層でそんなに強いモンスターが出現するのだから、俺でも最下層に手が届かなくて当然というか……。

 なにより、これまで見たことがない未知のダンジョンというのも大きかった。

 多分、最下層まで攻略してダンジョンコアを手に入れるまで年単位の時間がかかるはずだ。

 動画でも説明したんだが、世の中には聞く耳を持たないと言うか、自分なら絶対に大丈夫という、根拠のない自信に満ち溢れている人たちがいる。

 彼らは自信満々な態度で、警備していた警察官たちの忠告を無視してに富士の樹海ダンジョンに潜り、Reスライムに潰されて死亡したわけだ。


「スライムの体液よりも弾力がありますね、ほら」


 オレンジ果汁で作ったReスライムゼリーは、まな板の上に落とすと、わずかだが『ポヨン』と跳ね上がった。


「弾力があるので硬いのかと思いきや、齧ると歯がサクっと入ってとても食べやすいですね。実に美味しい」


 サブチャンネルで放送した『Reスライムの体液で作ったゼリー』はとても好評だったけど、残念ながら現時点では俺以外手に入れられないので、みんな普通のスライムの体液を使ったゼリーで我慢することになってしまった。

 普通のスライムのゼリーも、他の食品、魔法薬の材料としての需要が逼迫していて、このところ品不足の度合いが加速していたのだけど。






「古谷君、Reスライムの体液で『ハイポーション』と『エクストラポーション』が作れるって本当なの?」


「ええ、本当ですよ」


「イワキ工業は、冒険者向けに魔法薬の製造も始めたんだけど、ポーションが限界でね。ハイポーションとエクストラポーションに至っては、試作にも成功していないのが現状だ」


「ポーションが作れる企業って、イワキ工業だけですよ」


「世界中の製薬会社が、歯ぎしりしていると噂で聞きましたわ」


「だよねぇ。あとは、個人で作れる冒険者が世界中でボチボチ出始めた程度で。でも品質がピンキリで、ちゃんと品質管理をしているイワキ工業には勝てないだろうね。多少品質が悪くても、ポーンションなんて全然足りないから、ポーション職人になってしまった中国本土の冒険者がいたなぁ……。安全に稼げるからいいんだろうけど」


「手のひらにジョブの表示があるということは、なんらかの方法で『魔法薬師』って表示が出る可能性があるのかね?」


「リョウジ様、魔法薬師ですか? 薬剤師ではなくて?」


「薬剤師は、この世界では処方箋に従ったお薬を患者さんに出す人でしょう? 自分で調合するわけじゃないから、薬剤師とは出ないんじゃないのかな?」


「リョウジさん、前から思っていたのですけど、あなたはあまりにも詳しすぎます。どのような秘密があるのでしょうか?」


「俺も気になるぞ」


「ふっ、秘密が多い男は魅力的じゃないか」


 別の世界に召喚されて魔王と戦っていたなんて、イザベラたちでも信じられないだろう。

 向こうの世界ではジョブが出ないが、魔法薬を作れる人は『魔法薬師』と言っていた。

 他にも特殊な仕事が沢山あったが、俺は全部覚えさせられた。

 向こうの世界にありとあらゆる特技、魔法、技能を覚えないと、勇者として覚醒しない……本当かどうかはうわからないけど、実際に覚えたら勇者になれたから事実だと思う。

 だから俺は、魔法薬も作れる。


「ポーション、ハイポーション、 エクストラポーションの差は、薬草や薬草コケに含まれる有効成分の量だけだ。ポーションを1とすると、ハイポーションは2、エクストラポーションは3ってこと」


「古谷君、薬草と薬草コケの有効成分の含有量を増やそうとすると、薬液に溶けきらないで成分が沈殿してしまうじゃない。そうなったらもう、ポーションとしては失敗。価値がないゴミだ。ポーションに含まれる薬効成分の二倍、三倍の量を配合するなんてことができるのかね?」


「できますよ」


「言っておくけど、水の量を二倍、三倍に増やす実験はもうやって大失敗している。水の量を増やしても、薬効成分が溶けきらないんだ」


「ヒントは、Reスライムの体液ですよ。普通のスライムの体液だと、安定剤としての効果が低いんですよ」


 ポーションには必ず、スライムの体液が入っている。

 これが食品で言うところの安定剤のような役割を果たし、スライムの体液が混じっているから薬効成分が沈殿しないという仕組みなのだ。

 薬効成分が沈殿すると、ポーションはまったく効果がなくなってしまう。

 つまり、大金と手間をかけたゴミということだ。

 品質が低いポーションとは、スライムの粘液の混ぜ方が悪くて、すぐに使えなくなってしまうもののことを指す。

 他にも、効果が低かったり、とにかくポーション道の奥は深い。

 高品質のポーションを作れる人は、それだけで大金を稼げてしまうのだ。


「Reスライムの体液を、スライムの体液と同じように使えばいいんです」


「そのReスライムの体液が、まったく手に入らないんんだよね。ハイポーションやエクストラポーションは、まれにモンスターがドロップしたり、ダンジョンに出現する宝箱の中に入っているけど、モンスターの素材はドロップしないじゃないか」


「上野公園ダンジョンの九百五十一階層にいますよ」


「良二、今となっては世界トップランカーの俺たちのパーティですら、現在四百十五階層だ。大分遠い先の話だな」


「そうですね、レベル自体は、先日の金色のドラゴンの経験値のおかげで爆発的に上がりましたけど、リョウジさんの忠告に従って堅実にダンジョンを踏破していますから」


「九百五十一階層かぁ。あと数年かかると思うな」


「無茶をして死んでしまっては意味がありませんからね」


 イザベラがリーダーを務めるパーティは、俺を除けば世界一の冒険者パーティだ。

 世界二位のパーティが、この前ようやく二百階層に到達したことを考えると、その実力は圧倒的であろう。

 日本政府からの依頼を引き受け、命がけで金色のドラゴンの足を止めた成果というわけだ。


「『解毒剤』と『状態異常解除薬』も、小、中、大、特大の四段階あるけど、薬効成分の含有量で等級が決まるから、やはり薬液に含まれる薬効成分を安定化させるため、Reスライムの体液が必要になるんだけど」


 向こうの世界でも、ポーション、解毒薬、状態異常回復薬はほぼ一番品質が低いものしか流通していなかった。

 まれにハイ、エクストラが店頭に並ぶのだけど、それはモンスターを倒した時にドロップしたレアアイテムであり、ダンジョンの宝箱から見つかったものであり、もしくは数少ない名人魔法薬師が製造したもので、その価格は卒倒しそうになるほどだ。

 治癒魔法が使えないと、なかなか長時間モンスターと戦い続けられないのが現実なのだ。


「五十階層くらいまでなら、一番低い品質のポーションでも十分だけど、それより下の階層を目指す時は、せめてハイポーションが欲しいよね」


「だから、ハイポーションの製造方法を早く実用化したいんだよねぇ」


「Reスライムの体液があれば、そう難しくないと思います」


「売ってちょうだい!」


「別に余ってるからいいですけど……」


 Reスライム一体分の体液があれば、数百本のハイポーション、エクストラポーションが作れるはずだ。

 それに、もうサブチャンネルの動画撮影は終わったから、スライムゼリーはしばらく作る予定がない。

 スライムゼリーは美味しいんだけど、仕事でもないと自分で調理をするのはなぁ。

 勇者として覚醒するのに必要だというわけで、向こうの世界で調理も習っていたけど、普段の俺はコンビニやスーパーのお弁当をこよなく愛していたのだから。


「良二様、そのような食生活はよくないですよ」


「栄養のバランスについては気をつけてるんだけどなぁ。ビタミンとミネラルは錠剤でちゃんと取ってるよ」


「リョウジさんはお一人ですから、心配になってしまいますわ」


「そうだよねぇ。そうだ! これからは毎日リョウジ君の家に顔を出そう」


「いいアイデアですね、ホンファさん」


「でしょう? 放っておくと、リョウジ君は生活破綻者になりそうだから」


「それがいいですね。良二様、無理に贅沢をしろとは言いませんが、毎日のようにスーパーの半額弁当はどうかと思いますよ」


「えーーーっ、楽でいいのに」


 それと、みんなは誤解している。

 俺がスーパーに行く時間が夜で、その時になるとお弁当が半額になっているだけなのだから。

 別に半額弁当しか食べないわけではないのだ。

 コンビニは、半額弁当は売っていないのだから。


「駄目だこりゃ、良二はグローブナーたちに面倒見てもらえよ」


「剛は?」


「俺には、家族も彼女もいるから……」


「いるんかい! 彼女が?」


 剛……。

 確かにお前は女性に怖がられそうな見た目と共に、女子にモテそうな雰囲気もあるな。

 グイグイと女性を引っ張っていきそうな、そんなイメージがある。

 そういう男性が好きな女性にモテるかも。


「良二も、彼女を作ればいいだろう?」


「いやあ……そのぉ……」


 勝手に俺の婚約者を名乗りだした佳代子の件もあって、そういうのはもう少しあとでいいかなって。


「とにかく、今の生活をちょっと見直した方がいいと思うよ。人生の先輩として忠告しておく」


「はあ……」


「イワキ理事長、ご安心ください」


「ボクたちがちゃんと面倒を見るから」


「三人で分担すれば、そこまで大変ではありませんからね」


「そうだよね。古谷君が不摂生で倒れると困るから、頼むよ」


「剛、俺の意思は?」


「この場合、ないな」


 岩城理事長に生活習慣について注意されてしまい、それから度々イザベラたちが別次元の『裏島』にある屋敷にやって来るようになってしまった。

 まあ別にいいけどね。

 女の子たちが遊びに来る高校生……リア充だと思います!

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