第32話 ミスリルメッキ

「このダンジョンは向こうの世界でも見たことがないし、出てくるモンスターの法則は守られているが、一階層から桁違いに強い。 あの金色のドラゴンはただの門番だったというわけか……。157階層で一時撤退する。『エスケープ』!」




 金色のドラゴンと同時に出現した『富士の樹海ダンジョン』。

 突如出現した新しいダンジョンに、日本のみならず世界中の注目が集まったが、またも多くの犠牲者が発生してしまった。

 この世界にダンジョンが出現した時。

 世界中の国々が、軍隊や治安維持組織を投入して壊滅的な被害を受けた。

 その苦い経験を活かし、自分たちは二度と失敗しないと思ったのであろう。

 警視庁が、主に機動部隊にいる冒険者特性を持つ者たちで構成した、『ダンジョン特別部隊』を先走って投入し、またも数十名の殉職者を出してしまったのだ。

 今、ニュース番組では大騒ぎとなっていた。

 ついこの前、金色のドラゴンに接近すぎて、自衛隊、消防、警察が抱える冒険者三十二名を殉職させたばかりだというのに、警察はまたもやらかしてしまったのだ。

 ちなみに自衛隊と消防は、これ以上の人員の損耗はまかりならんと、富士の樹海ダンジョンに人を送り出していないし、消防は人手不足でそんなことはできないという事情があった。

 なけなしの精鋭たちが、金色のドラゴンのブレスで消滅してしまったからな。

 警察だけが再び人員を富士の樹海ダンジョンに潜らせ、またも全滅させてしまった。

 人間は学ばない生物というか……。

 今ワイドショーでは、甘い判断で多くの犠牲者を出した警察と、監督責任がある政府への批判が集中していた。

 国会でも野党が、対策会議を設置して政府の責任を追及していくと言って大騒ぎをしている。


「対策会議、好きですね」


「仕事をした気分になるからね。金色のドラゴンを一人で倒した古谷君が、157階層でギブアップというのは凄いね。イザベラさんたちのパーティはどうなのかな?」


「現時点では、14階層で限界です」


「拳君も入れて四人パーティになったから、33パーセントの戦力アップだと考えるのは素人考えなのかな?」


「いいえ、イワキ理事長。ケンさんの加入で33パーセントアップしていなかったら、10階層に辿り着けたかどうかも怪しいところですわ」


「富士の樹海ダンジョンは、相当本腰を据えて潜らないと駄目みたいだね」


「ねえ、リョウジ君。富士の樹海ダンジョンって、何階層くらいあると思う?」


「断定はできないが、上野公園ダンジョンよりも階層はあると思う」


「ふえぇ、千階層以上なのか。上野公園ダンジョンが世界で一番大きなダンジョンだと思っていたら、それ以上の新しいダンジョンが富士の樹海に出現してしまった。日本はまさに不思議の国だね。アヤノの実家が神様にお祈りしたからかな?」


 日本は世界のダンジョンの四割が集中するダンジョン大国であり、一番階層が少ない『赤城山ダンジョン』、『丹沢ダンジョン』でも四百階層だ。

 上野公園ダンジョンに次ぐダンジョンは、大雪山ダンジョンの九百階層。

 イザベラたちを除くこの世界の冒険者たちだが、トップランカーでも二百階層にも届いてないので、すべて俺がクリアーしてわかった結果だけど。

 世界には五十階層までしかないダンジョンも多く、 深い階層にあるお宝を求めて、日本には世界中から凄腕の冒険者たちが集まる傾向にあった。


「うちの実家は分家ですし、神様にお祈りするのは公家の主な仕事ではありませんから。今の時代に昔ながらの公家の仕事なんてありませんし、私の実家もホンファさんと同じく、投資や不動産業などして生活していますよ」


「悪霊退散! とかやらないんだ。オンミョウジだっけ?」


「安倍晴明ですか? 安倍家も今では、企業経営と投資が本業ですし、数名の一族が『恐山ダンジョン』で荒稼ぎをしているという噂ですね」


 イザベラが当主を務める伯爵家も、今では不動産業や投資家としての性格が強い。

 ホンファの実家も、先祖を辿れば三国志の時代以前から貴族の家系だそうだ。

 だが、十九世紀から一族で海外に出て様々な事業を行っている。

 今時、昔ながらの貴族など存在しないというわけだ。

 恐山ダンジョンは七百階層まである、日本だと平均よりも深いダンジョンであったが、出現するモンスターがすべてアンデッドであった。

 素材と鉱石は期待できないのだけど、魔石とドロップアイテムの質がいいので、お金になるからと、多くの冒険者たちが集まっていた。


「安倍一族がアンデッドの相手をする。家業だからか?」


「拳さん、たまたまですよ。 冒険者特性があり、ジョブが大神官や僧侶なのは偶然ではないかもしれませんが」


「俺と同じく、アンデッド退治には大最適というわけだな。今や世界中で魔石が不足しているからな」


 化石燃料の消滅により、世界はエネルギー源を魔石に求めるようになった。

 なぜなら、かなり燃費は悪いが、魔石を粉末にして純水と混合した『魔液』で、以前の内燃機関を搭載した乗り物や、火力発電所も稼働できたからだ。

 ただ非常に燃費が悪いので、魔石を多く必要とする。

 強いモンスターが持つ魔石ほど高品質の魔液が製造できるため、冒険者たちは強いモンスターを倒す方法を懸命に模索していた。

 今の時代にエネルギーが不足すれば、国家のみならず社会が崩壊してしまう。

 どの国も、冒険者が集めた魔石を高く買い取ったり、魔石の売却益にかかる税金を軽減したり免除してまで魔石を集めていた。


「ダンジョンに潜る人たちも増えたな。スライムなら簡単に倒せるだろうって、軽装で入ってくる危なっかしい奴も多いけどな」


 冒険者特性がなくても、装備を整えればダンジョンの一階層にいるスライムは倒せる。

 スライムの粘液、鉄鉱石、運がよければ貴重なレアアイテムもドロップするので、ダンジョンに潜る人は増えていた。

 それに比例して死者も増え続け、またも野党が国会に対策会議を作ったそうだ。


「動画で説明したとおりだよ。ぶっちゃけ、武器なんか金属バットでいいんだ。防具に金をかけなければいけないが、それでも数十万もあれば揃えられる。でも、いくら説明しても手を抜く人が多いんだよなぁ……」


「根気よく説明すれば理解してくれる。話し合えばきっとわかってくれる。私ぐらい年を取ると、そんなことはなかったとわかってしまうんだよ。 銀行が冒険者の装備専用のローンを始めたから、これで犠牲者が減ってくれるといいけど。普通にやっていれば数ヵ月で返せるしね」


 銀行もゼロ金利政策のせいで儲からないのか、冒険者に向けた事業を次々と始めていた。

 ただ、成功した冒険者に副業を始めるための資金を貸すなどの、本末転倒なことをしている銀行も多かった。

 優秀な冒険者はダンジョンに潜ることで大金を稼いでいるのに、副業なんてさせたら、かえって収益性が落ちてしまうというのに……。

 強引に不動産投資を勧める銀行も多く、優秀な冒険者なのに、銀行へのローン返済でカツカツな冒険者なんてのも現れ始めていた。

 エネルギー政策で銀行に足を引っ張られた日本政府は激怒しているが、多分こういうのはなくならないだろう。

 なにより、冒険者は個人事業主だ。

 個人個人で注意するしかないな。


「俺も銀行がうるさいんだよ。良二に借りたお金の返済があるのに、不動産投資を始めませんかとか、投資信託はいかがですかとか。新しい事業を始めませんか? 融資の審査はすぐに通りますよとか。俺たちはダンジョンに潜ってナンボだろうに」


 剛は見た目に反して頭がいいので、商売人に金を貸す銀行が、冒険者という仕事をまったく理解していないことに呆れ果てていた。


「良二は大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ」


 太陽銀行と揉めて月夜銀行に口座を移したのもあって、おかしな営業はかけてこなかった。


「俺は動画配信の事業もしているが、お金を借りる必要なんてないからな」


 ビデオカメラと、動画編集ソフトと、パソコンがあれば事足りてしまうからだ。

 人件費もかからない。

 プロト1以下のゴーレムたちに任せておけばいいからだ。


「リョウジさんの会社はようやく初年度の決算を終えたばかりなのに、 内部留保がもの凄いですからね」


「収入はいっぱい入ってくるけど、全然使ってないからね。言われたまま税金を払ってるだけ」


 それでも会社の口座には、とんでもない金額が入っているけど。

 古谷企画は絶対に潰れないと、税理士の高橋先生が太鼓判を押したほどだ。

 他の企業と違って、お金を借りたり投資する必要がないからであろう。


「おかげで、変な女に付きまとわれてなぁ……」


 佳代子もうそうだが、俺の恋人や奥さんを名乗る女性が多いのだ。

 ある意味ホラーだが、全部顧問弁護士の佐藤さんに対応を丸投げしていた。

 役所に勝手に婚姻届けを出そうとした女性もいたが、これは俺がまだ十八歳になっていなかったので成功しなかった。

 ただ、十八歳になったら不受理届けを出しますと、佐藤先生から言われていたけど。

 『女性って、おっかねえ……』と思った瞬間だ。


「剛はどうなんだ?」


「俺? 俺はこの見た目で女性が怖がるから、平穏な日々を送れているぞ」


 剛も相当稼ぐのでモテる……かと思ったら、見た目が怖いのでモテないらしい。

 頭もいいし、いい奴なんだがな。


「それに今の俺は、良二に借りた金を返さなきゃいけないからな」


 ダークボールを用いた大強化。

 大分オマケして一人十億円にしたけど、それでも大金なので、剛は多額の借金を抱えていた。

 とはいえ、今の彼は日本どころか世界でもトップランカーの冒険者だ。

 あと数ヵ月で返済できる予定であった。

 目敏い冒険者は、最初に十億円借金してでも俺に強化してもらい、ダンジョンの下層で活躍して順調に借金を返しているそうだ。

 確かに、海外からの依頼が多いんだよなぁ。

 日本人は農耕民族なので、ダンジョンで得た成果で借金を返すという行為に不安を感じてしまうのと、中には『十億円はぼったくりだ! もっと安くしろ!』と騒ぐ人たちがいるので、人数は少なかった。


「海外の銀行の中には、冒険者特性があって、ちゃんとダンジョンに潜って稼ぎを得ている冒険者という条件で、十億円を貸し出すところもあるそうです。アメリカの銀行ですわ」


「担保もないのに凄いな。さすがはアメリカ」


「その分、かなり利息が高いようですけど、レベル300、400になれば、どんなに遅くても余程ヘマをしなければ、二~三年で返済できますから」


 ごく稀にいるのだけど、せっかく十億円払って強くなったのに、早く元を取ろうと焦った結果、強いモンスターに殺されてしまう冒険者もいた。

 俺は上がったレベルから、『この階層ぐらいから、体を慣らしながらモンスターを狩った方がいい』と忠告するのだけど、やっぱり聞く耳を持たない人というのは存在するのだ。


「理事長、色々と脱線したが報告は以上だ。俺たちは上野公園ダンジョンに潜りに行ってくるぜ。早く最下層部に到着したいものだな」


「焦って死ぬなよ」


「気をつけるよ。グローブナー、ウー、鷹司。いくぞ」


 四人は俺を置いて、理事長室を出て行った。

 今も変わらず、俺は一人でダンジョンに潜ることが多かった。

 それでも週に一度は、四人と一緒にダンジョンに潜るようにはなっていたけど。


「岩城理事長、それでなんの用件ですか?」


「ミスリルが欲しいんだ。 在庫を持っていないかな?」


「持ってますけど、なんに使うんです?」


「内燃機関のタンクと、魔液に直接触れる部品をミスリルでメッキすると、燃費が大幅に向上することが判明したんだよ」


「やっぱりその件かぁ」


「知ってたんだ」


「そんな予感はしてました」


 向こうの世界でも、魔石で動かす道具のタンクや部品をミスリルでメッキすると、大幅に燃費が向上したからだ。


「岩城理事長が召喚されていた世界では実験しなかったの?」


「ミスリルが貴重なのと、ミスリルでメッキするのって、もの凄い技術力が必要なんだよ。日本は私が水面下で動いて、金メッキや銀メッキの優秀な技術者を引き抜いたり、企業買収してメッキ工場を拡張したりして。さらに試作に試作を重ねてようやく、コストに見合う少ない量のミスリルでメッキできる技術を開発したのさ。そうしたら……」


「肝心のミスリルがないと」


「全然買取所に持ち込まれてないよね」


「それはそうでしょう」


 だって、大半のミスリルはダンジョンの五百階層以下でしか手に入らないのだから。

 まれにレアアイテム扱いで、ミスリル製の武器がドロップするけど、いまだ鋼製の武具を使っている冒険者が多いので、せっかく手に入れたミスリル製の武器を買取所に持ち込むわけがないのだ。


「鋼とミスリル。武器としての性能の差が段違いだから。安全度を上げ、モンスターの討伐数を増やしたい冒険者は、絶対に手放さないですよ」


「だよねぇ。でも、古谷君なら持っているはず」


「持ってますよ」


 確かに、五百階層以下でないと手に入りにくいミスリルであったが、上野公園ダンジョンの九百八十階層を超えると、モンスターのドロップ品として鉱石が手に入る確率が大幅に上がるのだ。


「ミスリルの備蓄が欲しいよぉ……」


「他の会社に怒られませんか?」


「他の会社はミスリルメッキができないから。うちの独占状態!」


「それはよかったですね」


 イワキ工業は、ダンジョンが出現する前から新興企業としてはかなり儲けていたそうだ。

 ダンジョン出現後は冒険者高校を経営し、魔石で動くダンジョン内で使用可能な器具、魔法薬の製造で荒稼ぎをしていた。

 ここでさらに、魔液の燃費を大幅に上げるミスリルメッキの技術の独占化ぁ……。


「技術はあれど、材料がないの」


「わかりましたよ」


 今となっては、ミスリル製の武具なんて予備の武器にもしていないし、ミスリル鉱石は使い道がなくて死蔵しているほどだからな。


「ミスリル製の武具はこれから需要があると思うから、鉱石でいいかな? イワキ工業に精製技術があるかわからないけど」


「もちろん精製できるよ。向こうの世界で山ほど作業したからね。いやあ助かったよ。報酬は、古谷君の会社の口座に振り込んでおくね」


「毎度ありです」


 こうして大量のミスリル鉱石がイワキ工業へと売却され、さらの俺の会社の口座はえらいことになっていた。


「ミスリルメッキの技術かぁ。イワキ工業の株でも買っておこうかな……ああ、前に沢山買っていたのを思い出した」


 会社の口座に腐るほどお金があったので、大分前に買えるだけイワキ工業の株を購入しておいたのだった。

 とても業績がいい企業だったので株価はとても高かったけど、もうこれ以上買っても仕方がないか……。


「イザベラたちに夕食でも奢るか……」


 そしてそれからしばらくして、化石燃料用の燃料タンクと、内燃機関の部品にミスリルメッキをすると、燃費がこれまでの八十倍以上に向上することがイワキ工業によって発表された。

 しかも世界中でこの技術を実用化できたのは、現時点でイワキ工業のみ。

 さらに、ミスリル鉱石からミスリルを生成できる転炉と精練技術を持つのもイワキ工業のみという事実も判明した。

 他の企業は、えげつない大金を使って冒険者から購入したミスリル製の武器を鋳溶かし、それを成形するのが精一杯で、メッキできるようになるのははるか遠い未来のことであろうと予測されている。

 このニュースが流れると同時に、イワキ工業の株価はえげつないほど上昇し、古谷企画はさらに資産が激増したのであった。


 どうせ、使い道はないけど。

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