第31話 覆水盆に返らず

「良二! 無事でよかったわ。私、とても心配したのよ」


「それはそうですよね。なんと言っても佳代子さんは、古谷さんの婚約者なんですから。いやあ、日本を滅ぼしかねなかった金色のドラゴンを退治した英雄に、こんなに可愛らしい婚約者がいらしたなんて」


「……えっ?」


「良二、本当に心配したんだから!」


「古谷さんも婚約者と無事に再会できて、感動もひとしおといった感じですね」


「……」




 今日はイザベラの車に拾ってもらえなかったので歩いて校門へと向かうと、そこで突然佳代子に声をかけられてしまった。

 己の不覚と不運を呪っていると、彼女の周りには多くのマスコミ関係者たちがいた。

 取材はあるものだと覚悟していたが、まさか佳代子の妄言を信じてしまうとは……。

 状況によっては少しくらいインタビューに答えてもいいと思っていたのだが、一気にやる気をなくしてしまった。


「佳代子が俺の婚約者?」


「佳代子さんから聞きましたよ。金色のドラゴンを倒す前、もし自分が生きて戻ったら結婚しようと約束してくれたと。私、感動してしまいました」


 勝手に感動するのは構わないけど、曲がりなりにもマスコミの人間なんだから、佳代子が本当のことを言ってるかどうかぐらい裏を取ってほしい。

 それで本当にプロと言えるのか?

 大体まだ十六歳の俺が、この晩婚化時代に結婚するわけがないじゃないか。


「佳代子とは幼馴染だったけど、つき合っていたとか、結婚の約束をしていたなんて事実はありませんよ」


「えっ?」


 まさか、俺が全力で否定するとは思わなかったのであろう。

 マスコミ関係者たちの間に不穏な空気が流れ始めた。

 もしかして、これは思いっきり誤報なのではないかと。


「佳代子さん、あなたは本当に古谷さんと婚約したのですか?」


「はい。間違いありません! だって私のお腹には……」


 いくら自分の嘘がばれそうになったからと言って……。

 今度は、いきなり俺の子供を妊娠してると言い始めるとは……。


「お子さんが生まれるのですか。それはおめでとうございます」


「古谷さん、お子さんが生まれるのに、そのような態度は感心できませんよ」


「そうですね。子供の父親として責任を持つべきです」


 佳代子は女性であり、さらに妊娠してるとまで言ってしまった。

 マスコミ関係者からすれば、婚約した事実を認めない俺が悪者になってしまったのだ。

 追及の矛先が再び俺に戻ってきた。


「あのっ、良二は色々と大変でストレスが溜まっていたから、ついそんな言葉が出てしまったのだと思います」


「佳代子さんは、とてもお優しいですね」


「まさしく、母は強しですよ」


「古谷さんを支える、よき婚約者でもあるのですね」


 俺の子を妊娠したのに、婚約はしていないという俺のクズ発言を許す寛容な女性。

 レベルアップをして知力が増している佳代子は、マスコミの連中を上手く利用して、俺との婚約を既成事実化しようとしていた。

 これは、思った以上に厄介かもしれない。


「古谷さん、ここは男らしく認めちゃいましょうよ」


「ご結婚、おめでとうございます」


 なるほど。

 だからマスコミのことを嫌う人が一定数いるのか。

 ろくに取材もせず、女性であるからという理由だけで佳代子の言い分のみを信じ、俺を酷い奴だと責めてくる。

 佳代子の罠にはまるのは俺の性分ではないし、この年で結婚するのはごめんだ。

 第一、最初に佳代子の方から、俺を足手まといだと言って縁を切ったというのに……。

 俺の活躍ぶりが世間に知れた途端、婚約者を自称するなんて酷い女だ。


「(バカなことをしてくれたな)」


 冒険者高校に入学した直後に佳代子から縁を切られたのはショックだったが、事情はわからなくもない。

 現に俺は今でも、手の平のレベル表示が1で、ノージョブの状態のままであったからだ。

 そのまま縁を切ってくれればよかったのに、俺が活躍している事実を知ったら、婚約者だと偽ってまで再び俺に接近してくる。

 そんな佳代子に好印象など持てるわけがなく、何故か俺はイザベラたちの顔を思い出していた。


「(この手は使いたくなかったが……佳代子、お前が悪い。『ビジョン』)」


 この魔法は、俺が実際に見聞きした映像や声を空中に映写する魔法であった。

 これで、俺が過去に佳代子から言われた発言を上映し始めたのだ。


『私はB組で、良二はE組。もう住む世界が違うのだから、私に二度と話しかけてこないで』


『もう夏休みになったのに、まだレベル1でノージョブなの。私と良二が幼馴染だったなんて、恥ずかしいから他人には絶対に言わないでよ。私と良二は、たまたま家が近かっただけなんだから』


『レベル1でノージョブって、生きている価値あるのかしら?』


 佳代子が俺に対して行った発言すべてを、実際の映像付きでマスコミ関係者たちに公開した。

 彼らは、俺に縁を切ると言ったり、バカにして嘲笑する佳代子の様子を見て、『信じられない!』といった表情を浮かべていた。


「不運にも、俺の手の平の表示はレベル1で、さらにノージョブのままです。だからといって、長年仲が良かった幼馴染をここまでバカにしておきながら、今になってから婚約者を名乗るなんて、人間としてどうかと思いますよ。そもそも俺は、女性とそういうことをした経験がないので、彼女が妊娠するなんてことはこと決してあり得ないのです。あるとすれば、俺以外の男性の子供を妊娠しているのかもしれませんね。それがどなたなのか、彼女と住む世界が違う俺にはよくわかりませんが……」


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 いくらレベルアップで知力が上がっているとはいえ、一流大学を出た人ばかりのはずのマスコミ関係者たちが、女子校生にまんまと騙されていたのではプライドが許さない。

 かと言ってこのまま押し通そうとすれば、俺は証拠の映像付きで反論し続けるだけだ。

 その気になれば、顧問弁護士だって出てくる。

 どちらが不利になるか、ちょっと考えれば子供にでもわかる話なので、彼らの矛先は嘘をついた佳代子へと向かった。


「金色のドラゴンを倒した古谷さんをここまでバカにするとは、あなたは確かBクラスでしたよね?」


「しかも、自分の暴言が原因で距離を置いていた男性の子供を妊娠したと嘘をつき、古谷さんが稼いだお金目当てで結婚を既成事実化しようと策を張り巡らせた」


「人として恥ずかしくないのですか?」


「あなたのような女性がいると、他の真面目な女性たちまで悪く言われてしまい、男女平等が遠ざかってしまうのです」


「いかに高校生とはいえ、このような嘘、詐欺行為は許されるものではありませんよ」


「そもそもあなたは、本当に妊娠しているのですか?」


「もしかして、他の男性の子供を妊娠したのに、古谷さんの子供だと偽って養育費を取ろうとしたのですか?」


「わっ、 私は……」


「バカにしていた古谷さんが特待クラスに編入になり、あなたはBクラスのまま。嫉妬からの嫌がらせでしょうか? 三橋佳代子さん、答えてくださいよ」


 マスコミ関係者たちの追求がどんどん厳しくなっていき、佳代子は防戦一方になってしまった。

 それにしても、どうして彼女はこんなことを……。

 彼女が本当に妊娠しているかどうかわからないが、俺の子供かなんてDNA鑑定をすれば一発でわかってしまうのに……。


「私は本当に、良二の子供を妊娠しているんです!」


「あら、それは別の懇意にしていらっしゃる、イケメン一流大学生や、某一流商社マンさんのお子様なのではないですか?」


「誰よ?」


「失礼。リョウジさんのクラスメートです」


「同じく、リョウジ君のクラスメイトその2だよ」


「三橋さん、そのような嘘をついても良二様の心は戻ってきませんし、嘘は必ずバレてしまいます。見苦しいので、諦らめられた方がよろしいかと」


 どおりでいつものように登校時に顔を合わさないと思ったら、俺がトラブルに巻き込まれることを見越して動いていたのか。

 さすがというか、やはり佳代子とは根本的に能力が違うんだな。


「とっさにリョウジさんの婚約者だと嘘をついたら、色々な思惑の怪しげな男性たちに言い寄られ、湯島のラブホテルで随分とはしたない真似をなされているようですね」


「写真見る?」


「わっ、私は!」


 佳代子……お前は、そんなことをしていたのか……。

 自分のペースで冒険者をしていればよかったものを……。


「あなたたちだって、すました顔して裏でなにをやっているのか」


「裏で、ですか。そうですわね。いかにリョウジさんと仲良くなろうか日々努力しておりますわ」


「他の男性なんか気にしていられないよね」


「競争率が激しいですからね。それに顔がよければ問題ない誰かさんとは違い、私たちは心身ともに強い男性を求めておりますので、三橋さんと一緒にしてほしくないです。もうインタビューは十分だと思いますが。良二様、もうそろそろ学校が始まりますから一緒に参りましょう」


「そうだねって!」


 俺は、綾乃に腕を組まれてしまった。

 さらに……。


「もう片方はボクが取った!」


 続けて、もう片方の腕をホンファに取られてしまった。

 彼女の形のいい胸の感触が……そう考えていることがバレないようにしよう。


「お二人とも、ちゃんと私にも交代してくださいね」


「そこは平等にやるよ」


「ルールは守られるべきですから」


「ということですので、元々リョウジさんは、女性としてのミツハシさんには微塵も興味がありませし、あなたがどのような手を用いても、私たちが強制的に排除させていただきます。その辺をご理解して頂けたらと。それでは、失礼いたします」


 グローブナー伯爵にして、美少女でもあり、世界トップクラスの冒険者でもあるイザベラ。

 香港とシンガポールに拠点を持ち、大資産家として有名な華僑ウー一族の娘にして、やはり美少女であるホンファ。

 そして、分家ながら五摂家の一つの娘にして、やはり美少女の綾乃。

 さらに三人は、佳代子よりも凄腕の冒険者として有名人となっており、マスコミのウケもよかった。

 彼らが、どちらの発言を信じるかといえば……。

 そして、イザベラたちと格の違いを見せつけられてあっけにとられた加代子は、三人に囲まれながら遠ざかる俺を追いかけることもできないようだ。


「家柄や財力なんて関係ないわ! 私と良二には、長い幼馴染としての思い出があるんだから! 絶対に良二を取り戻してやるわ!」


「そういうお話ではないのですが……」


「どうせ言っても理解できないよ、彼女には」


「良二様、女性は怖いのでお気をつけくださいませ」


「そうだね……」


 あなたがた三人も……いや、いくら『ビジョン』」で佳代子の過去の言動を暴露したとはいえ、事情をよく知らない一般の人たちからすれば、お金持ちで家柄のいい三人に対し、判官びいき的な理由で否定的な感情を向ける人たちも多いはず。

 俺など無視しても構わないのに助けてくれた。


「イザベラとホンファと綾乃って、いい女なんだな」


「あら、今さら気がつかれたのですか」


「ちょっとショックかなぁ」


「たとえ遅くても、気がついてもらえたのでしたら私は光栄です。もうそろそろホームルームの時間ですよ」


「急ごうか」


 異世界で魔王を倒した特技を生かし、ダンジョンが出現した地球で自分のやりたいように活動を続ける俺。

 佳代子のせいで無意識に女性を倦厭していたようだが、三人おかげでそれが解消されたような気がする。

 これから俺がどのように生きていくのか。

 遠い将来のことはよくわからないけど、今は自分のやりたいようにやっていいような気がするんだ。


 今日も、ダンジョンに潜って動画を撮影しなければ。

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