第30話 ジョブアップ

「本日の注目の品は、先日、日本の富士の樹海に出現した、全長二百メートルを超える金色のドラゴンの素材です! 出品者は、その金色のドラゴンを倒したリョウジ・フルヤ! 彼によりますと、ドラゴンの素材は非常に有用で、その価値はとても高いのですが、適切な処理をしないとその価値は激減してしまうそうです。彼が適切に下処理、解体した金色のドラゴンの素材。まずは、ウロコから! 一枚百万ドルからスタートです!」


「二百万ドルだ!」


「五百万ドル!」


「七百万ドル!」


「ああっ……こんなに価格が上がっちゃって……。国税の奴ら! 余計なこと言いやがって!」




 金色のドラゴンを倒し、フランスからの依頼でダンジョンの攻略と動画撮影を終えた俺は、ササビーズのオークションに参加していた。

 品物を落札しに来たのではなく、売りに来たのだ。

 出品するのは、俺が念入りに解体し、品質が落ちないように保存処理をした金色のドラゴンの素材であった。

 その手の創作物では、ドラゴンの素材はとても高額だとされている。

 それは間違っていないのだけど、問題は適切な処置がなされなければ、すぐに価値が落ちてしまうか、使い道がなくなってしまうという点にあった。

 ドラゴンの死骸を下手に腐らせてしまうと、アンデッド化してしまう。

 他のモンスターはともかく、ドラゴンをアンデッドにしてしまうと、再び命がけで倒さなければいけなくなってしまうので大変だ。

 それでいて、ドラゴンをアンデッドの状態で倒すと、使える素材は骨と魔石のみになってしまうので、これほど非効率なことはなかった。

 この世界でドラゴンを倒せるのはいまだ俺だけなので、金色のドラゴンを含む、モンスターの解体仕方の詳細と、素材の適切な保存方法を動画で撮影して、これも順次サブチャンネルであげていく予定であった。

 俺が金色のドラゴンの素材をすべてオークションで販売しているのは、国税庁に指摘されてしまったからだ。

 金色のドラゴンの死体で大きな利益を得たのだから、適切な税金を納めてもらいますよと。

 実は結構、アイテムボックスに素材、魔石、鉱石などを隠匿して税金を逃れている冒険者たちがいるのではないかと、国税庁が大いに疑っており、だがいくら国税庁でも冒険者のアイテムボックスの中身を見ることはできない。

 それでも、俺が倒した金色のドラゴンの死体を持っていることは確実である。

 これは非常に高く売れるので、『税金を誤魔化すなよ!』と釘を刺されたわけだ。

 そこで、ちゃんと納税するためにサザビーズのオークションに出品したのだが、なぜか多くの日本の企業、公官庁、政治家たちから恨まれる羽目になった。

 最初、俺は面倒なので物納しようと思っていたのだ。

 ところが国税庁から、『金色のドラゴンの評価額がわからないので、物納はまかりならん!』と言われてしまった。

 仕方がないので、全部サザビーズに出品して納税額を確定しようとしたわけだが、世界中の国、研究機関、企業、金持ちが、大金を積んで金色のドラゴンの素材を買いまくっていた。

 買い負けている貧乏……予算不足の日本人たちの怒りが、国税庁となぜか俺に向かったわけだ。

 物納を認めていれば、公官庁のオークションで安く買えると思っていたからであろう。

 あてが外れてしまった原因である、国税庁が恨まれても仕方がないと言うか……。

 『素材の何割を物納せよ』とかでよかったような気がするが、初めて市場に出回るドラゴンの素材なので、国税庁としての価格の付けようがなかったという理由が一番大きいのだと思う。


「(そんなに貴重なものでもないからな)」


 俺が一番期待していたのは、金色のドラゴンの水晶体と血液であった。

 これは希少な魔法薬の材料になるのだけど、ところが蓋を開けてみれば、その品質は上野公園ダンジョンの九百五十階層以下にいる大型のドラゴンとまったく変わらなかったのだ。

 それなら、全部売り払ってしまっても問題はない。

 巨大で金色に輝いているから、見栄えもよくてきっと高く売れるだろう。

 実際、金色のドラゴンの素材はこちらが引くほどの金額ですべて落札されてしまった。


「日本、買い負けましたね」


「ええ。バブル崩壊以降、デフレが続いた弊害ですね。とにかく大金を出すことを渋るのですよ」


 俺の手伝いをしてくれた、内閣調査室の西条さんが事情を教えてくれた。


「これからの世界は、ダンジョンから得たものが生活の基本となります。ここで投資を惜しんでどうするのだという気持ちになりますが、日本人は個人やベンチャー企業のオーナーなどが派手に落札してました」


「そういえばそうでしたね」


「古谷さんの学校の理事長もそうですね」


 特に漏れなく落札していたのは、岩城理事長が経営する『イワキ工業』であった。

 彼はダンジョンが出現する前から、別の世界に召喚されていた時に得た資産や技術を用いて企業グループを経営しており、今はダンジョン内でも撮影できる、魔力で動くカメラやビデオカメラ、魔力で煮炊きできる携帯コンロ、懐中魔灯、魔時計等々。

 冒険者向けに様々な製品を送り出し、現時点ではイワキ工業が独占している状態であった。

 世界中の冒険者たちは、これらの品を手に入れるためにはイワキ工業から買うしかなかったのだ。

 そして、それらの製品の材料はモンスターの素材であった。

 だからこそ今回のオークションでは、大金を叩いてでも、金色のドラゴンの素材を手に入れたのだと思う。

 新製品の研究などでドラゴンの素材が欲しいのは、世界中の企業と同じであったと。


「これで金色のドラゴンの素材の金額は確定したので、これを会社の売上として立てて納税すればいいや。じゃあ俺は仕事があるので戻ります」


「お疲れ様でした」


 オークション会場で西城さんと別れてから、『テレポーテーション』で自宅へと戻った。

 どこにでもありそうなマンションの一室から、魔法で裏島へと飛ぶ。

 するとそこでは、ゴーレムたちが田畑を耕し、農作業をし、森での林業、採集、養蜂、海岸での製塩、海で漁などをしていた。

 成果はすべて、屋敷の隣にある倉庫へと収納されていく。

 始めは地下の身にあった倉庫だが、在庫が増えたのでゴーレムに命じて増築させたのだ。

 特に問題ないのを確認してから屋敷の裏の庭へと向かうと、そこでは女性三人と男性一人がバーベキューの準備をしていた。

 イザベラ、ホンファ、綾乃、剛を招待したのだ。

 彼女たちは俺が到着するまで、命がけで金色のドラゴンの動きを封じており、撤退する際にも俺の頼みを聞いてくれて、警察、消防、自衛隊の避難を支援してくれた。

 そのお礼に、新しい住居に四人を招待したというわけだ。


「リョウジさん、素晴らしい新居にご招待していただきありがとうございます」


「ビックリしたけど、これなら外の喧騒も気にならないでいいね」


「良二様には驚かされることばかりです」


「俺も驚かされてばかりだ。ところで、この肉がもの凄く美味そうだけど、なんのモンスターの肉だ?」


「先日俺が倒した、金色のドラゴンの肉だよ」


「これがそうなのか。美味そうだね」


 食材としてのモンスターは、基本的に強ければ強いほど美味しいとされている。

 金色のドラゴンの肉は、最下層付近に生息する大型ドラゴンとそう品質は違いはないが、それでも霜降り高級和牛も真っ青な美味しさである。

 脂身が少ないのに、柔らかくて、ジューシーで、旨味が濃いのが特徴だ。

 特に、網の上で焼くと美味しいんだよなぁ。

 向こうの世界では、よく自分で狩って解体したドラゴンの肉を食べたものだ。

 網の上で次々とドラゴンの肉が焼かれていき、せっかくなので焦げないうちに食べることにする。


「どんな高級レストランでも、こんなに美味しいお肉は出てこないでしょうね」


「サザビーズのオークションで、ボクの一族が大金出して買ってたよ。イザベラの代理人もいたけど」


「商売のためですから。激しい競争になったので予想以上の高額でしたが、必ず利益が出ますので懸命に買わせていただきました」


「鷹司家も、代理人に色々と落札させていましたね」


「すげえ話だな」


「そうだな」


 元々庶民である俺と剛は、億単位の金が動くオークションに現実味を感じることができなかった。

 俺なんて、出品者として参加していたはずなのに……。

 まるで映画の世界だと思っていたよ。


「それよりも、なんか悪かったな」


「なにがだ? 剛」


「俺たち、大幅にレベルが上がっただろう。金色のドラゴンを倒した時の経験値だと思うけど、本当ならすべて、倒したお前のものだろうに」


「そこのところは俺もシステムを把握していなかったし、返してもらえる類のものでもないし、四人はちゃんと戦闘に参加しているから問題ないでしょう」


 金色のドラゴンを倒したあと。

 俺も大幅にレベルが上がったか、イザベラたちは元々レベルが低いせいもあって、それ以上にレベルが上がったのだ。

 あまりに急激にレベルが上がって体に負担がかかったため、四人は金色のドラゴンが倒れた直後に倒れてしまい、近くの病院に運び込まれてしまったほどだ。

 丸一日寝て起きたら、特に異常もなかったのですぐに退院したと聞いていたけど。


「四人で『聖結界』を展開、維持して金色のドラゴンの動きを抑えていたから、俺と一緒に戦闘に参加したパーティという扱いなんだと思う」


 向こうの世界にいた時は常に一人で戦っていたので、パーティの関する知識は薄かったのだ。


「そういえば、ジョブも変わったんだっけ?」


「はい。私は、聖騎士からルーンナイトに」


「ボクは、聖闘士からロイヤルガードだね」


「私は、賢者からソーサラーになりました」


「俺は、大神官からアークビショップだ。これは上級職の上ってことなのか?」


「だと思う」


 向こうの世界ではレベルもジョブも表示されなかったので、みんな自分にできることを探してそれを習得し、ジョブは自称だった。

 だからあくまでも予想なのだが、四人は最上級職か、三次職になったのだと思う。

 四人とも、一気にレベルが1000以上も上がって、全員がレベル1500を超えた。

 ジョブが進化しても不思議ではないはず。


「剛は、上手くいっていたパーティを抜ける羽目になってしまったからな。むしろ俺の方が申し訳ないんだが……」


 以前から剛は、パーティの中で一番強くてリーダーとなっていたが、今では圧倒的な強者になってしまった。

 このままだと悪い影響が出るという判断で、剛がパーティを抜けてしまったのだ。

 俺が、金色のドラゴンの対策を任せてしまったばかりに。


「良二こそ気にするな。俺もあいつらも、お互いにそうした方がいいと納得した結果だ。喧嘩別れじゃないから、二度と顔を合わせないなんてこともない。ロックバンドが、音楽性の違いという理由で解散するよりも穏便だと思うぞ」


「それは、たとえが微妙だなぁ……」


 そんなことを聞いてしまうと、実は喧嘩別れしたのではないかと疑ってしまう。


「同じ特別クラスだから教室で会うし、一緒に遊びも行くだろう。そもそも俺は、グローブナーのパーティに入れてもらったが、誘われなければプライベートでは会わない予定だ。なにしろ馬に蹴られて死んでしまうからな」


「なんだ? それは?」


 俺は今も、一人で冒険者として活動しているというのに。

 それに、イザベラたちとつき合っているわけでもないのだから。


「リョウジさんはお強いのに、少しシャイなのです」


「ボクとしては、ガツガツ来られるよりも好印象だけどね」


「女性全員が、強引な男性が好きというわけではありませんから」


「でも、良二が強引だったら、それがいいって言うくせにな」


「「「……なにか文句でも?」」」


「ないですよ」


 余計なことを言ったばかりに、自分と同じぐらい強い三人に睨まれて剛は委縮してしまった。


「とにかく、今日は肉を腹いっぱい食べようぜ」


「お野菜も食べないといけませんよ」


「イザベラは、お母さんみたいなこと言うね」


「ですが、バランスのいい食事は大切ですよ」


 その日はみんなでバーベキューを楽しみ、また翌日からダンジョン生活に備えて英気を養ったのであった。

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