第28話 金色のドラゴン(その3)

「…… 『エスケープ』! うん? スマホに着信多数? 何事だ?」




 俺が改良してダンジョンでも使えるようになったスマホにメッセージが入ったので見てみると、そこには驚愕の内容が書かれていた。

 富士の樹海から巨大な金色の竜が飛び出し、偵察のために出動した警察、消防、自衛隊に多数の犠牲者が出たというのだ。


「金色のドラゴン……未知のモンスターだな」


 向こうの世界のダンジョンで、金色のドラゴンに遭遇したことはなかった。

 間違いなく、初見のモンスターのはずだ。

 俺は、即座にフランスでのダンジョン探索を中止し、『エスケープ』でダンジョンを脱出。

 『テレポーテーション』で 何回か行ったことがある丹沢ダンジョンへと一度飛び、そこからさらに魔法で富士の樹海へと飛んで行った。

 俺は魔法を用いて飛ぶことができるが、向こうの魔法使いにはそう珍しいスキルではなかった。

 どういうわけか、この世界の魔法使いたちはなかなか覚えられなかいようだけど。

 地球の人間には『人は飛べない』という常識が本能レベルで刷り込まれているから、習得の邪魔になるのかもしれない。

 難易度の高いダンジョンは一階層がとても広く、モンスターも強くなればなるほど巨大化するので、飛べないと効率的に戦闘することができないのだ。

 巨大なモンスターは高さを用いた戦闘を行うので、飛べない冒険者はレベルが高くても不利に追い込まれる。

 ゆえに魔法で飛べることは、ダンジョンの下層攻略において必要なスキルであった。

 俺は飛べるので、そのまま富士の樹海を目指して飛んで行く。

 日本政府が用意するヘリなんて待っていたら、さらに事態は悪化してしまうからだ。


「見えた!」


 全速力で飛んで来たので、三分ほどで富士の樹海に到着した。

 樹木だらけの樹海の一部に巨大なクレーターができており、その中心部にダンジョンへと降りる階段も確認できた。

 巨大な金色のドラゴンが地面から飛び出してきたのに、どうしてクレーターの中心部にダンジョンの入り口が残っているのか?

 俺からは、ダンジョンとはそういうものだからとしか答えようがない。

 そして上空には、青白い半透明な箱に閉じ込められて動きを封じられた金色のドラゴンがいた。

 どうやら、誰かが『聖結界』で金色のドラゴンの動きを止めているようだ。

 多分、イザベラがやっているのだろう。

 だが、あのような化け物相手ではいつまでも聖結界を維持できないはずだ。

 急がないと。


「魔王を倒した時の装備に変えておいてよかったな。ちっ!」


 やはり魔力消費量が多すぎて、『聖結界』長時間維持できなかったようだ。

 目を凝らすと、イザベラの他に、ホンファ、綾乃の姿と、剛は急遽パーティに組み込まれたようだな。

 可哀想に。

 『聖結界』が消滅してしまい、戒めを解かれた金色のドラゴンは、自分の動きを封じたイザベラたちに殺意の籠った視線を向けていた。

 次の標的は、彼女たちだと定めたようだ。


「時間がない! 全速力だ!」


 魔力が尽きたイザベラたちが金色のドラゴンから逃げ出せるわけがなく、すぐに間に割って入らないと。

 どうやら金色のドラゴンは、彼女たちをブレスで消滅させるつもりのようだ。

 その口の奥に青白い光が見えた。

 さすがは未知の巨大なドラゴン。

 あんなものを食らったら、人間は細胞一つ残らないはずだ。


「間に合え!」


 先に金色のドラゴンにブレスを吐かれてしまったか、これは弾き返せば問題ない。

 俺は、金色のドラゴンと吐かれたブレスの間に割って入り、大きすぎるので腰に挿せず、背中に装着された大剣を構えてブレスを待ち構えた。


「『ゴッドスレイヤー』の力と、『反射』の複合技を食らえ!」


 青白い光の奔流が俺を襲うが、魔王にトドメを刺したゴッドスレイヤーと、相手の攻撃を全て反射する魔法により、ブレスはそれを吐いた金色のドラゴンに向けて跳ね返された。

 どうやら金色のドラゴンはそれを予想できなかったようで、回避に失敗して自分のブレスをもろに食らってしまう。

 ブレスの青白い光が晴れたあとに金色のドラゴンの状態を確認すると、体中が傷だらけであった。


「いくら自分が吐いたブレスでも、自分の身に食らえばダメージは避けられないよな」


「グァーーー!」


 金色のドラゴンは、標的を自分を負傷させた俺に変更してくれたようだ。

 常人ならば、睨まれただけでショック死するであろう視線を俺だけに向けてくる。

 どうやら、俺を殺すまでは他の人には目をくれないようだな。


「計画どおり」


「リョウジさん!」


「リョウジ君!」


「良二!」


「良二様」


 四人とも無事でよかった。


「あの金色のドラゴンは、俺をこの世から消滅させなければ気が済まなくなった。今のうちに退避してくれ。悪いんだが……」


「いえ、リョウジさんの足手まといになるつもりは毛頭ございませんので」


「正直なところ、今のボクたちが一緒に戦っても邪魔にしかならない」


「そうだな。良二に迷惑かけられねえ」


「すぐに撤退しますが、負傷者たちも下がらせた方がいいですよね?」


「綾乃、それも頼む。 随分と怪我人が多いようだな。ならば『エクストラヒール』、『エクストラヒール』、『エクストラヒール』」


 怪我人を運ぶのは大変なので、自分の足で逃げてもらわないと。

 俺は、それぞれに距離を置いている警察、消防、自衛隊に向けて定められた範囲内の負傷者を全員完治させる『エクストラヒール』を三回かけた。

 さすがに魔力消費量が激しいので、すぐに魔力ポーションを飲んで魔力を回復させる。

 するとその間に、金色のドラゴンもブレスのダメージがほぼ全快していた。


「『自動修復』かぁ。毎ターン一定以上のダメージを与えなければ、すぐに傷が回復してしまうわけだな……」


 魔王よりも強敵だが、向こうの世界で金色のドラゴンと新しいダンジョンの存在に気がつかなかったのは不覚だった。

 もしかしたら、RPGで一度クリアーすると潜ることができるダンジョンと、一番強い裏ボスみたいな存在かもしれない。


「どちらにしても、俺が死ぬか。お前が死ぬかだ」


 どのくらいの長丁場になるかわからないが、神殺しの剣であの世に逝くがいいさ。

 金色のドラゴンよ。





「アヤノ、大丈夫?」


「あっ、はい」


「まあ驚いて当然だよね」




 イザベラさんが展開した『聖結界』が魔力切れで解けてしまった時。

 そして、金色のドラゴンの口の奥に青白い光を見た時、私は一瞬死を覚悟しました。

 まさか良二様が間に合わないなんて。

 私は良二様を信じていたのに……。

 ネガティブな考えが心を埋め尽くし、金色のドラゴンが三十人もの冒険者たちを消滅させたブレスを私たちに向けて発射して、回避が間に合わずに死を覚悟した瞬間。

 奇跡は起きました。

 恐ろしい速度で飛んできた全身鎧姿の人物が、手にした大剣を振るい、ブレスを跳ね返ししまったのです。

 想定外だったのでしょう。

 自分が吐いたブレスを跳ね返され、それをモロに食らった金色のドラゴンは、全身傷だらけになりながら怒気の混じった咆哮をあげています。

 助かった……。

 我に返った私は、自分たちと金色のドラゴンとの間で浮かぶ人物が、良二様であることにようやく気がついたのです。


「良二様?」


「悪いが、すぐに退避してくれ。それと、あの連中の撤退も支援できないか?」


 悔しい話ですが、今の私たちが良二様と共闘などできません。

 ただ彼の足を引っ張ってしまうだけなのですから。

 それでも、負傷者多数の警察、消防、自衛隊の撤退を手助してほしいと頼まれたので、私たちを信用していないということではないはず。


「(もっと強くなって……良二様と一緒に)」


 そのためにも、今はできることをちゃんとやらなければ。

 きっと、イザベラさんもホンファさんも同じ風に思っているはずです。

 どうやら良二様は、私の家名に遠慮しているような気がします。

 ですが、分家なのでそんなことは気にせず、いつでも私を抱きしめて、その先の関係に進んでもまったく問題ありませんのに。


「私は聖騎士なので治癒魔法も使えるのですが、リョウジさんと比べるのもおこがましいと申しましょうか……」


 結局大勢の負傷者たちは、良二様が高度な治癒魔法で全員治してしまわれました。

 それにしても、あれだけ距離が離れた人たちを一人残らず完全に治療できるなんて……。

 イザベラさんのみならず、賢者であるはずの私も、魔法でもまったく彼に敵わないようです。


「私は賢者なので、もっと傷ついています」


「ボクもレベルアップのおかげで、少しは治癒魔法を使えるようになったんだよ。でも……」


「俺は大神官なのにぃーーー!」


「タケシは、治癒魔法が使えるような見た目じゃないから大丈夫だよ」


「大丈夫じゃない! まだまだ精進しないとな!」


 良二様が金色のドラゴンと戦い始めたのですが、あきらかに私たちの避難と救助活動が無事に終わるよう、気を使いながら戦っています。

 彼の邪魔にならないよう、一刻も早く撤退作業を進めなければ。

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