第27話 金色のドラゴン(その2)

「これは予想上の……」


「デカッ!」


「大きいな、こんなの普通の人間は倒せねえよ」


「私も、勝てる気がしません。ですが幸いなことに、地面を突き破って出現した時に発生したクレーターの上空から動きませんね。ダンジョンを守っている可能性は高いです」





 現地に到着したのはいいけど、やっぱりボクたちではどうにもならないね。

 富士の樹海上空に浮かぶ金色のドラゴンは、まるで怪獣映画に出てくる怪獣のようだった。

 キラキラと光り輝いていて綺麗だけど、あんなのと戦ったら、ボクたちは一瞬で『汚い花火』となって、体を粉々にされてしまうだろう。

 下手をしたら、髪の毛一本残らないかもしれない。

 周辺を警察、消防、自衛隊の人たちが取り囲んでいるけど、上空で神々しく輝く金色のドラゴンに見降ろされているようで、まるで神の裁きを待つ無力な罪人たちのようだ。


「リョウジはいつ来るのかな?」


「連絡は入れ続けていますが、ダンジョン内ではスマホが使えません」


「だよねぇ」


 ダンジョン内では、電気で動く製品は一切使用不能になるからね。

 他にも内燃機関や、火薬で撃つ銃などの類も一切発動しない。

 だから最初、軍隊がダンジョンで全滅する事例が多数発生したのだから。

 リョウジが一秒でも早くダンジョンから出て来ないと、こちらから連絡はつかないということだね。


「それにしても、あなたもつき合いがいいね。『日本政府からの命令です』とだけ伝えて逃げればよかったのに」


「それができるのでしたら公務員なんてやっていませんよ。お目付け役だと思ってください」


「損な性格だね」


 ボクたちに日本政府からの命令を伝えに来た若い職員は、律儀にもボクたちと同行していた。

 彼に冒険者特性はなく、金色のドラゴンが暴れ出した時、こんな場所にいたら一瞬で殺されてしまうのに、本当にご苦労さんというやつだ。


「アヤノ、日本人は律儀だね」


「民族性は関係なく、ご本人の性格だと思いますが」


「アヤノもそうなのかい?」


「どうでしょうか? 性分なのかもしれませんが、ここにいると良二様の活躍が見られますから、それが一番の目当てかもしれません」


 アヤノの実家は、分家ながらも歴史の長い貴族だそうだ。

 現代の日本において貴族の力は大分落ちてしまっているそうだけど、こういう国家の危急存亡の時に逃げないのは、名門の自負というのもあるのかな?

 うちも歴史が長い華僑の一族だけど、間違いなくここにいるボクが異端なんだと思う。

 ボクは一族の跡継ぎじゃないし、個人的にリョウジが金色のドラゴンとどう戦うか興味があったからここにいるだけなんだから。


「アヤノとボク。似たような人間なのかも。金色のドラゴン。動かないといいね」


「そうですね」


「動かれたら、俺たちが三分しか展開できない『聖結界』頼りになってしまう。何事もないことを俺は祈るよ」


「タケシの見た目のイメージだと、『俺が倒してやるぜ!』みたいな感じなのに、冷静なんだね」


「当たり前だ。それに俺のジョブは大神官なんだ。グローブナーやウーほど近接戦闘を得意とするわけではないんだぞ。パワーは誰にも負けないけどな!」


「いや、それはもう前衛職みたいなものだから……」


 タケシは面白い人だな。

 友人にするのは最適だけど……やっぱり恋人として付き合うならリョウジ君かな。

 そんなに体が大きいわけでもないのに、頼りがいがあるからね。

 最初は少し冷たいような印象を受けるんだけど、なんだかんだと言って彼は優しいからね。


「どうやら、動かないでいてくれるようですね」


 自然とリーダー役に収まっているイザベラが安堵の表情を浮かべた次の瞬間。

 突然、上空の金色のドラゴンがザワつき出した。次第に不快感が増していくような態度を見せ始めたのだ。


「どうして? ボクたちはちゃんと距離を置いてるよね?」


「ウー、あの連中だ!」


「えっ? どうしてクレーターに接近を開始したの? 警察と、消防と、自衛隊も?」


 それは、上空の金色のドラゴンが不機嫌になるはずだ。

 どういうわけか、冒険者特性を持つ特別編成部隊を派遣した警察、消防、自衛隊の部隊が、まるで争うようにクレーターに接近し始めていたのだから。


「日本政府の方? 今回の作戦、指揮系統はどうなっているのですか? リョウジさんを待つために無用な刺激をしないはずでは?」


「あの連中はどうして? ちょっと待ってください!」


 日本政府の人が慌ててスマホで問い合わせているけど、これはもう駄目かな。

 金色のドラゴンは、守護すべきダンジョンに接近しつつある三つのパーティに対し警戒を露わにしていた。

 そして……。


「駄目だ! 『聖壁』!」


 上空の金色のドラゴンが、合計三十名ほどの警察、消防、自衛隊パーティに対し青白い光線を発射した。

 炎やブレスなんてものじゃなく、あまりの眩さに思わず目を瞑ったボクたちが再び目を開けると、三十名もの人間が完全に消滅していた。

 やはり、ボクたちがどうこうできる相手じゃないね。


「ケンさん、助かりました」


「気にするな。俺も死にたくないからだ。もし『聖壁』を張らなければ、俺たちもあの連中のようになったかもしれない。こんなに距離が離れているのに……。間に合ってホッとしたぜ」


 スタンドプレーをした、三十名の冒険者たちはこの世から完全に消滅した。

 あれでは、細胞すら一個も残っていない状態だと思う。

 それにしても、戦前の軍人じゃあるまいし、日本の公務員がスタンドプレーをするとはね……。

 そして、青白い光線の余波により、クレーターからかなり離れて展開していた警察、消防、自衛隊の人たちは負傷者が続出してパニックに陥っていた。


「グルル」


「ケンさん、『聖結界』を展開して動きを封じませんと」


「そうだな。ウーと鷹司も頼むぜ」


「終わったことを悔いても仕方がありませんが、余計なことを……」


 アヤノがスタンドプレーをした人たちに怒っていたけど、ボクたちも同じ思いを抱いていた。

 この現場は、日本政府が完全にコントロールしているんじゃないの?


「くっ! どいつもこいつも」


「どうかしたの? 日本政府の人」


「西条です」


「サイジョーさん、どうして田中総理は、警察と消防と自衛隊にスタンドプレーを許してしまったの? 指導力がないから?」


「外国の方はなかなかに辛辣ですね。どうやら、功名争いが原因だったようですよ。テレビ映りの問題というやつです」


「テレビ映り?」


「今後、日本国内におけるダンジョン関連のアレやコレを、警察、消防、自衛隊のどこが取り仕切るのか? 水面下で争っていましたからね。だからこそ、冒険者特性がある職員たちで特殊部隊を編成したわけです。そして、国民たちの支持を得るため、どこが一番目立つかということが大切だったのでしょう」


「アピールってわけだ」


「そんな感じです」


 そのせいで、一番目立つ前に出る競争をして、その結果、金色のドラゴンの怒りを買ってしまったわけか。

 こんな真相、絶対に公にできないし、もし公にしても誰も信じてくれないかもしれない。


「それに明確な命令違反ではないのです。古谷さんを待つ間、少しでも情報を集めようとした。特殊部隊は、金色のドラゴンに攻撃を仕掛けたわけではありませんので」


「そのせいで、私たちが大迷惑ですわ。参りましょう。どうやら多くの方々が負傷したせいで、血の匂いが漂い、金色のドラゴンに悪い影響を及ぼしたようですわ」


 ダンジョンの防衛を忘れたわけではないけど、ダンジョンがあるクレーターを伺うように展開していた人間たちに負傷者が大量発生し、その血の匂いが金色のドラゴンに届いてしまった。

 金色のドラゴンの本能が呼び戻されてしまったわけか。


「グローブナー、『聖結界』の作成と金色のドラゴンの封じ込めは任せる。あとは俺たちで『聖結界』を維持するだけだ」


 ボクたちは飛べないから、上空にいる金色のドラゴンがいるところまで行くことができない。

 イザベラが作った『聖結界』に、金色のドラゴンを閉じ込める必要があった。

 そして一秒でも長く結界内から逃げ出さないよう、ボクたちも『聖結界』に魔力を込め続けていく必要がある。


「ただ金色のドラゴンを封じ込めるだけ。それも三分間より一秒でも長い時間を目指す。リョウジ様が間に合うかどうかはわかりませんが、今はやるしかありません」


 アヤノの言うとおりで、もしこれをしなければ、現在負傷者多数で混乱している警察、消防、自衛隊の人たちは全滅してしまうだろう。

 金色のドラゴンがそこで止まってくれれば御の字だけど、さらに多くの血の匂いのせいで興奮した結果、人が住む都市に向かうかもしれない。


「あと三分以内に、良二様が来ることを信じましょう」


「アヤノさんの仰るとおりです。では、『聖結界』を発動させます」


 イザベラは、金色のドラゴンの全体を覆うことができる青白い正方形の箱を展開させ、それを操作して、負傷者たちに襲いかかるとした金色のドラゴンを閉じ込めることに成功した。


「凄いね、イザベラ」


「血に飢えて行動が単純化していたので、『聖結界』の中に閉じ込めることはそう難しくありません。ですが……」


 問題は、金色のドラゴン相手に『聖結界』をどれだけ保たせることができるかだ。

 そしてこれを維持できなくなった瞬間、魔力が尽きたボクたちは死に至る。

 それだけでなく、この場にいる人間は一人も生き残れないだろう。


「サイジョウさんも運が悪かったね。逃げればよかったのに」


「あのような化け物が日本中で暴れ回れば、結局は同じことです。それに、ウーさんたちは信じているのでしょう? 古谷さんが間に合うことを」


「信じているよ」


「おかしな話ではあります。たとえ今この瞬間、ダンジョンを出た古谷さんと連絡がついても、彼がここにやって来るまで何日もかかるというのに」


「それでも、リョウジ君ならなんとかしてくれると思っているのさ」


「そうですね。リョウジさんは規格外ですから」


「あいつならな。でなきゃ、こんな貧乏クジみたいな日本政府の依頼。断って海外に逃げるわ!」


「良二様を信じて、イザベラさんの『聖結界』を維持するのみです……恐ろしいスピードで魔力が持って行かれますね」


 これは、予想上に辛い。

 恐ろしい勢いで魔力が体から吸い上げられていくのが体感でき、気を抜くと意識が遠のいてしまいそうだ。

 これだけ膨大な魔力を使わなければ、金色のドラゴンの動きを止めることはできないなんて。

 ましてや、あれを倒すだなんて不可能に決まっている。

 間違いなく、あいつは本物の化け物だ。


「アレを倒すなんて、リョウジ君だけにしかできないよね」


「今は一秒でも長く、『聖結界』を維持するだけですわ」


「余計なことは考えねえ!」


「今にも意識が飛びそうで、考えることができませんけど……」


「魔力がもっとあればなぁ……」


 あと何秒、『聖結界』を維持できるか。

 とにかく一秒でも長く保たせて、リョウジの帰還を待たないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る