第26話 金色のドラゴン(その1)
「なっ! なんだ? 地震か?」
「おっおい! あれ!」
「富士の樹海が……。 それに加えて化け物だと! デカイ……」
「ああ、大きすぎる……」
富士山の山麓に広がる青木ヶ原樹海。
そこを震源地として、突如大きな地震が発生した。
地震はすぐに収まったが、震源地と思われる地面深くから爆音とともに巨大な物体が飛び出し、空中に浮遊しているのを、登山者とピクニックに来た人たちが見つけて大騒ぎとなった。
俺と会社の同僚たちも、会社の研修で富士山登山をしていたのだけど、富士山の山腹にいる多くの人たちが、富士の樹海上空にいる巨大な化け物を指さしながら眺めている。
とんでもない化け物だ。
避難しなければいけないはずなんだが、俺たちは動けなかった。
あの化け物が俺たちを殺そうとするのであればまず逃げきれないと、本能で気がついてしまったからだ。
「まるで怪獣映画の怪獣だ」
「あんなに巨大なものが浮かぶんだな」
ここ二年ほど世間を騒がせているダンジョンに出現するドラゴンそのものなんだが、全身が金色に輝いており、その大きさは二百メートル近いと思われる。
金色のドラゴンが飛び出してきた地点を見ると、土煙が晴れたあとには巨大なクレーターができていた。
「あんな化け物、誰が倒すんだ?」
「冒険者かな?」
「いくらなんでもあんな巨大なドラゴン。ダンジョン探索チャンネルの配信者でも難しいだろう」
「確かに……じゃあ日本でどうなるんだ?」
「滅ぶかもしれない」
会社の研修で富士山に登りに来たら、この国が滅亡する原因を拝むことになろうとはな……。
「労災って、降りるかな?」
「うちの会社に、そんなもの期待できないだろう」
「だよなぁ」
でも、もしここで私たちが死んだら、研修中なんだから労災は降りてほしい。
その前に逃げ出せよって話なんだが、みんな食い入るように金色のドランゴを眺めていたのであった。
「四人であの巨大なドラゴンと戦えと? それは、日本政府の命令でですか? 私はイギリス人なのですが……」
「ボクは香港籍だよ?」
「私と拳さんはともかく、留学生であるお二人に、日本政府が命令する権限はないと思いますが」
「日本のダンジョンに潜るため留学している以上、これは引き受けてもらわないと……。それに、主な任務は時間稼ぎです」
「富士の樹海上空にいるデカイ竜は良二に討伐を任せるのか。あいつは今どこにいるんだ?」
「外国のダンジョンに潜っておりまして……今連絡しているところです」
「ダンジョンだと、スマホは使えないよね。リョウジは、何日後にダンジョンから出てくるの?」
「潜っているダンジョンをクリアーするか、なにか不都合があって途中で戻って来るまでです」
「私たちは世界でのトップランカーですが、あのような化け物。きっと、足止めもできないと思います。金色のドラゴンは、動き出したのでしょう?」
「いいえ、地底深くから飛び出してきた時にできたクレーターの上空で待機したままです。そのクレーターの奥にダンジョンの入り口が存在することが確認できたのですが、これを守っているのかもしれません」
「リョウジさんが到着するまで、金色のドラゴンが動き出さないことを神に祈るのみですわ。現地には向かいましょう」
「お願いします」
突如、富士の樹海がある地底から飛び出した金色のドラゴン。
今は自分が飛び出した際にできたクレーターを守るように上空に浮いていますが、いつ気持ちが変わって、人が住む場所を目指すかもしれません。
ダンジョンからモンスターが出てきたケースは今回が初めてで、私たち三人とケンさんは、日本政府の依頼で現地に向かうことになりました。
海外で仕事をしているリョウジさん戻るまで、監視と足止めをすることになったのですが、いまだプチドラゴンに勝てるかどうかという私たちが、巨大な金色のドラゴンに勝てるわけがありません。
足止めも、はたして何秒できるか。
日本政府もそれは理解しているようで、だから本命はリョウジさんなのでしょう。
すぐにダンジョンをクリアーして戻って来てくれればいいのですが、さすがに海外からの移動なので時間がかかるはず。
困ったことになりました。
「ケンさん、同じパーティの方々はどうなされたのですか?」
「あいつらも良二のおかげで強くなったけど、残念ながらジョブが上級職じゃないから、あの巨大な金色のドラゴンと戦わせるのは酷だろうな」
「そうですわね」
「イザベラ。もしもの時、なにか時間稼ぎの方法はないのかな? ボクも協力しちゃうよ」
「私は聖騎士で、ホンファさんは聖闘士。アヤノさんは賢者なので魔力は多いですし、ケンさんが見た目どおりの戦士ではなくて、大神官なので助かりました」
「そうだよね。普通の人はタケシを戦士だと思うよね。大神官って……誰が見ても無宗教ぽいし」
「確かに俺は無宗教だが、生まれ持ったジョブだから信仰心は関係ねえよ。グローブナー、『聖結界』で金色のドラゴンの動きを封じるのか?」
「さすがは大神官、よくおわかりですね」
「だが、俺たち四人のレベルと魔力量では、大した時間稼ぎもできないぞ。そして魔力が切れたら……」
「一巻の終わりでしょうね」
「それでも足止め役を引き受けるか。それは愛かな?」
「どうなのでしょうか? 私は若くしてグローブナー伯爵家の当主となり、あまり年頃の少女らしいことをしてきませんでしたから、愛だの恋だのは……。ですが、もし金色のドラゴンが動き出して、私たちがその動きを封じることになっても、必ずリョウジさんは来てくれると確信しているのです」
「信用……やっぱり愛かな?」
「きっと私は、それを確かめたいのだと思います。 ホンファさんもアヤノさんも同じ気持ちのはずです」
「そうだね。ボクたちは、生まれや育ちのせいで必ず男性たちがチヤホヤするんだ。正直なところそれが大分鬱陶しくて、冒険者特性が出たのは好都合だったよ。そういう俗世のくだらないことから離れることができるのだから。そんな中でリョウジと出会ったけど、彼はちょっと今までに出会った男の人とは違うよね」
「そうですね。私が鷹司家の人間でもまったく気にしていませんから」
むしろだからなんだと言った感じで、ですが素っ気ないように見えて、私たちの勝手な都合を聞き届けていただきました。
彼はわかりにく部分もありますが、優しい方だと思うのです。
「できればもっとレベルを上げて、リョウジさんの世界に少しでも追いついてみたいのです。まったく艶っぽい話でなくて申し訳ありませんが」
「ボクは側で見てみたい。リョウジ君が、あの金色のドラゴンをどうやって倒すのか」
「良二が倒せると確信しているのか?」
「倒せるでしょう。リョウジ君なら」
「そうですね。私も、良二様なら確実に倒せると思っています」
ホンファさんとアヤノさんなら、必ずそう仰ると思っていました。
当然、私も確信しております。
「はいはい。俺もそう思っていますよ。もしもの時は四人で『聖結界』を張るとして、はたして何分保つかな?」
「そうですねぇ。三分が限界でしょう」
以前の私たちなら、足止めもできずに瞬殺されていたでしょう。
それに比べると格段の進化ですけど、三分の足止めにどんな意味があるのか。
疑問ではあります。
「それで十分だろう。カップラーメンができる時間だぜ……って、お嬢様たちに言ってもよくわからないか」
「ケンさんと世間の方々もですが、随分と私たちを誤解していらっしゃるようですね。私だって、カップラーメンぐらい作って食べたことはありますわよ。ちなみに、カップラーメンも自分で作れないほどのお嬢様、なんて存在は創作物の中だけですから」
製品に書かれた説明書くらいは読めますからね。
「ボクだって、カップラーメンくらい食べたことはあるよ。そんなに毎日、高級レストランになんて行かないもの」
「世間の方々の偏見だと思いますわ」
「冗談さ。この四人でやるしかないか」
「そうですわね」
「地面を突き破って出現し、できたクレーターの奥に新しいダンジョンがあるということは、金色のドラゴンは、そのダンジョンを守るために出現した可能性が高いね」
「ダンジョンを守るという明確な目的がある以上、今いる場所からは離れない。絶対という保証はないですが、『聖結界』を使わずに済むことを祈りましょう」
私、ホンファさん、アヤノささん、ケンさんの四人は、事前の作戦会議をしながら、日本政府がチャーターしたヘリコプターで富士の樹海へと向かうのでした。
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