第25話 結婚願望

「メインの皿でございます。上野公園ダンジョン産ベビードラゴンの熟成ヒレ肉ステーキでございます」


「美味しそうだな」


「今、この店の名物になっていますから」




 とある日の夜。

 俺、イザベラ、ホンファ、綾乃の四人は、都心部に隠れるように営業している会員制高級レストランにいた。

 俺はこういうお店に詳しくないのだが、三人は会員だそうで、俺を招待してくれたのだ。

 さすがはセレブである。

 出された料理は、今セレブから一般人にまで大人気の、ダンジョンに住むモンスターの肉料理をメインとしたものであった。

 メインディッシュにベビードラゴンの熟成肉ステーキが出てきたが、これは俺が倒したものが、買取所経由でこのお店に来ているはずだ。

 いまだこの世界では、俺以外にドラゴンを倒せる人はいなかったのだから。

 目の前の三人が、もうすぐ倒せるようになるかなといった感じであろう。


「ドラゴン以外のお肉や食材は、私たちが買取所に売却したものが入荷しているそうですが」


「ボクたちは順調に強くなっているけど、あの巨大なのにベビードラゴンは、もう少し難しいかな」


「焦らずに確実に強くなり、いつかベビードラゴンにも挑戦したいです」


「三人なら大丈夫だろう。確実にレベルを上げていけば」


 なにしろ、今の日本におけるトップランカーだからな。

 しかも三人とも美少女なので、世間では大人気だそうだ。

 取材の依頼なども多いと聞くが、そんなものを受けていたらダンジョンに潜れないので断っていると聞いた。

 俺も時間の無駄なので、マスコミの取材は一切受けていない。

 そのせいか、俺の元自宅には懲りもせず毎日多くのマスコミが押しかけているそうだけど。


「元自宅なのですか?」


「売却したんだよ」


「よく売却できましたね。良二様の自宅は……その……」


「ああ、瑕疵、事故物件扱いになるんだよね」


 現に今、持ち主が俺から変わっているのに、毎日多くの人たちが押しかけているそうだ。

 俺としても、わざわざ彼らに俺が引っ越したことを教える義理など、ひと欠片も存在しないのだから。


「太陽銀行は酷いよね。日本以外の大銀行かあんなことやらかしたら、もっと酷いペナルティーがあるはずなのに」


「ペナルティーとしては、日本一から日本二位に転落したけど」


 以前、動画配信者をしている息子と俺をコラボさせようとした元支店長の不祥事がようやく解決したと思ったら、あの支店で受付のパートをしていた女性が、ネット上にダンジョン探索チャンネルの配信者が俺であることと、持っている法人の名前、口座の預金残高などを公開してしまったのだ。

 翌日から多くの人たちが、様々な自分勝手な頼み事と共に自宅に集まるようになり、そこにマスコミまで押しかけ、俺は引っ越すことになってしまった。

 だが自宅を売却しようにも、毎日おかしな人たちが大勢押しかけるような物件を誰も買わない。

 そこで顧問弁護士の佐藤先生が、賠償請求の和解案に自宅の買い取りを入れることに成功していた。

 そのため、いまだに多くの人たちが押しかけている元自宅は、太陽銀行の物件というわけだ。

 いくら太陽銀行が大広告主だったとしても、マスコミ各社がこの大不祥事を報道しないわけにいかず、太陽銀行は多くの国民たちの批判を浴びてしまった。

 この件で太陽銀行に見切りをつけた俺は、口座を月夜銀行へと移動。

 さすがの太陽銀行も、今回ばかりはそれを止められなかった。

 そしてこの情報が世間に流れた途端、個人情報の管理もできない太陽銀行は信用ならないと、多くの人たちが口座を他の銀行に移し始めた。

 その結果、第二位のメガバンクであった月夜銀行が一番利益を得ることとなり、日本一のメガバンクへと躍進。

 太陽銀行は第二位へと転落し、経営陣は総退陣、業績が悪化して早期希望退職者の募集を始めるまでにダメージを受けてしまった。

 ネット上に俺の情報を流した受付のパートは懲戒解雇ののちに逮捕され、実刑はつかないが執行猶予付きの判決を食らうのは確実だそうだ。

 太陽銀行は俺と和解するために莫大な額の慰謝料を支払っており、それと合わせて件のパートに民事訴訟で請求することに。

 彼女は、確実に破産するだろうと佐藤先生は言っていた。


「引っ越されたのですか?」


「利便性を考えて、学校と上野公園ダンジョンの近くにあるマンションにね。手頃な家賃の賃貸物件があったのさ」


「セキュリティの方は大丈夫なのですか?」


「それは大丈夫」


 実はオートロックもないけど、部屋にはベッドぐらいしかないから大丈夫だろう。

 他のものは、全部『裏島』にある自宅へと移動させていたからだ。


「多分、リョウジ君なら大丈夫なんだろうけどね。引っ越したのも、色々とうるさいからでしょう?」


「そうだね」


 対応を全部佐藤先生に任せているので報告しか聞いていないけど、特に厄介なのが、親戚たちと佳代子であった。

 佳代子に至っては俺の婚約者を自称し、それを信じたBクラスの連中を取り巻きとして活動しているらしい。

 以前に、彼女とパーティを組んでいた同級生が教えてくれた。

 『色々と説得してみたんだけど、彼女が聞く耳持たなかった。すまない』と。

 彼はやはりいい人だな。


「彼女のパーティのリーダーをしていた方ですよね。真面目な方ですのに……」


「真面目だから責任を感じちゃったんだろうね。彼に責任なんてないのに」


 佳代子は佳代子で、最初自分から、Eクラスでレベル1のノージョブとは関わりたくない言ったくせに。

 今さら婚約者気取りされても、俺としては困惑するしかなかった。


「昔は、佳代子さんとそういう仲だったのですか?」


「いいや、全然」


 気軽に話したり、たまに遊びに行ったりしていたけど、俺は佳代子を異性としてまったく意識してなかった。

 そしてそれは、彼女の方も同じだったはずなのだ。


「リョウジ君のスペックと財力に魅かれたわけだね」


「世間的にはよくある話だ。こうやって男性は女性不信に陥っていくんだろうなぁ」


 俺、まだ十六歳……異世界での十年間を合わせると二十六歳かぁ…… なのに、結婚に夢を見なくなったとは.

 将来、結婚できるかどうか不安になってきた。


「リョウジさん、世の中にはちゃんとした素晴らしい女性が沢山いますから」


「そうだよ。カヨコみたいな女性は、同じ女性として恥ずかしい存在だと思うよ」


「そうです。女性全員が、そういう人ばかりではありませんから」


 三人に強く反論されてしまったが、なにも無理に結婚する必要なんてないんだよな。

 結婚しなければ死刑、なんて法律があるわけでもないんだから。


「このまま独身貴族を貫くのも悪くない」


 貴族と呼ばれるに相応しい資産はできたからな。

 悠々と、お一人様ライフを送ればいいのだ。


「お一人の人生は寂しいですよ。今は焦る必要はありませんけど」


「それもそうか」


 綾乃の言うとおりだな。

 もしかしたら、明日には気が変わっているかもしれないのだから。


「運命の人に出会える……までは夢見ていないけど、将来のことなんて誰にもわからないものな」


「そうですとも」


「そうだよ!」


「そうですよ!」


「はい……」


 三人共、圧が……。

 デザートまで堪能して、今日の食事会は終わった。

 三人と別れ、俺は引っ越した自宅へと戻る。

 上野公園近くにある古いマンションの一室であったが、ドアを開けると ベッドと机とパソコンしか置いてなかった。

 しかもこのパソコンはダミーであり、ネットにも繋がっていない。

 では、仕事はどうするのかといえば。


「『アナザーワールド』 」


 そう唱えた瞬間、なにもない空間にドアが出現した。

 それを開けて中に入ると、眼前に一軒の豪華な邸宅が建っていた。

 俺が自分の能力で建設したもので、ここが新しい住居というわけだ。


「他の場所に引っ越しても、追いかけてきそうなのはいるからな」


 また一軒家だとうるさいので賃貸のマンションにして、どうせこの部屋は使わないが、法人の本社がないと困るので、ここに引っ越したことにした。

 なお、このお屋敷が建っているのは裏島という大きな島であり、地球上には存在しない。

 俺が召喚されていた異世界でもなく、これは向こうの世界のダンジョンで一個しかドロップしたことがない、貴重なレアアイテムであった。

 別次元の空間に、大きな島とそれを取り囲む広大な海がある箱庭なのだ。

 最悪、この裏島に籠っていれば何不自由なく暮らせる。

 外の騒音も気にならないというわけだ。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 屋敷の中にある古谷企画の事務所に入ると、プロト1が出迎えてくれた。

 室内にはパソコンの他様々な機材が多数あり、実はこちらがネット回線と繋がっている。

 最初はプロト1のみであったゴーレムたちだが、今では五十体ほどが活動していた。

 事業規模が広がってきたので、ゴーレムの数を増やしたのだ。

 一番高性能なプロト1をリーダーとし、動画の編集と更新、各種SNS類の管理などをやっていた。

 裏島は大きな島なので、空いている土地が多い。

 ここをゴーレムたちに耕やさせ、穀物や野菜の栽培も始めている。

 万が一に備えての、穀物類や野菜の確保である。

 屋敷の地下に『アイテムボックス』と同じ効果がある地下倉庫があるので、そこに収穫物を保管しておけば腐る心配もない。


「そんなに食料が必要ですかね?」


「万が一さ。使わないに越したことはないんじゃないの?」


「それなのに栽培するんですか? オラには理解できない」


「農作業なら性能の低いゴーレムたちでもなんとかなるからな。負担はないに等しいから、仕事をさせておけばいいさ」


「それもそうですね」


「それに、穀物類と野菜を作る田畑はそれほどの広さじゃないよ。俺しか食べないんだから。大半は、ポーションなど魔法薬の材料になる薬草の栽培さ」


「ダンジョンで採取したものですか?」


「それもあるけど、向こうの世界で種や苗を手を入れて死蔵していたものもある」


 あと、ポーション類の材料といえば薬草コケもあった。

 薬草は、階層がまるごと平原や森林地帯のような特殊階層でしか手に入らない。

 その点、ダンジョンの壁や天井に自生している薬草コケの方が手に入りやすかったのだ。

 どうしても冒険者同士で奪い合いになってしまうので、必ずしも薬草よりも手に入りやすいという保証もなかったけど。


「双方、ポーションの作り方も結構違うからなぁ。薬草の方が簡単にポーションにできるけど、みんなまだ特殊階層に到達していないから、薬草はドロップアイテムとして手に入れるしかない。数が少ないし、ポーションなんてもっとドロップしない」


 僧侶、大神官などの治癒魔法がないと回復手段を持たない冒険者が多く、これもダンジョン攻略のスピードを落としていた。

 まともな神経をしている冒険者なら、命を落としかねないような無茶をしないからだ。


「ポーションがあれば、そのまま進むという選択肢をとっても問題がない冒険者が増えてきている。買取所に持って行くのと……動画撮影だ!」


「準備します」


 俺とプロト1はサブチャンネルの動画撮影を開始した。





「以上のようにダンジョンの床、天井、壁に自生している薬草コケを加工すれば、ポーションが作れるようになります。最初は失敗が多いかもしれませんが、これが作れるようになればダンジョン攻略も一気に進むはずです。みなさん、薬草コケを手に入れたらポーションを作ってみましょう。あっそうそう」


 今回のサブチャンネルでは、珍しく真面目にポーションの作り方を解説した。

 だが、この動画には続きがある。


「続きまして! ポーションの材料として薬効成分を抽出した薬草コケの残りですが、これは日本の野草や茶葉などと同じく、天ぷらにするととても美味しいんですよ。お浸しにするのもいですね。実際に作ってみましょう」


 薬草コケのお浸しと天ぷらを作り、これをご飯と味噌汁と一緒に試食する。


「このわずかなほろ苦さは癖になりますし、実はこれは薬効成分の残りなので、疲労回復や傷の治りが早くなる効果も期待できます。薬効成分を抽出した薬草コケは、勿体ないから捨てないようにしようね」


「撮影が終わりました。編集して順番にあげときます」


「頼むね」


 その後、サブチャンネルにあげられた動画の視聴回数は満足のいくものだったが、残念ながらいまだ薬草コケからポーションを作れるようになった冒険者やこの世界の人間なり会社なり組織は現れなかった。

 回復アイテムの自作ができないとなぁ……。

 ポーションが作れなければ、さらに難易度が高い魔力を回復させるアイテムも作れないわけで、ダンジョンの下層部の攻略が難しくなってしまうのだから。

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