第24話 十億円は高いか安いか

「特別クラスって、席替えなんてあったっけ?」


「そんなものはないぞ。俺は学校に来る度に座る席が違う。飽き性だからな」


「そういう問題か? 剛」


「どうせみんな週に一回ぐらいしか来ないんだから、席なんてどこでもいいじゃないか。 両隣と前を華麗な花に囲まれて、良二は果報者だな」


「あら、ケンさんにしてはお世辞がお上手ですのね」


「ボクも大いに感心したよ」


「拳さんは大人になりましたね」


「大人ねぇ……俺はまだ未成年だっての」




 一週間ぶりの登校日の朝。

 冒険者高校の正面校門前に、俺目当てで多くの人たちが集まってるとイザベラから聞いた俺は、彼女の車に乗せてもらって裏門から学校に入った。

 ダンジョン探索チャンネルの配信者が俺であることと、ダンジョン攻略と動画撮影のために世界中を飛び回って高額の報酬を稼いでいることが隠し通せたのは、わずか一年だけであった。

 古谷企画が非上場の一人法人なのに、世界の大企業に負けないほどの利益を上げていることが世間に知られてしまったからだ。

 家の前には多くの人たちが集まり、どこから漏れたのか、スマホからは取材の申し込みから、金を貸してくれという電話が鳴り響いた。

 『テレポーテーション』があれば玄関を通らなくても家の中に入れるし、魔法で防音できるのでそんなに問題はなかったが、近所迷惑なので引っ越すことを考えなければいけなくなってしまった。

 両親が残してくれた家だけど、これは売り払って……というのも難しいか。

 俺はもう引っ越したと言っても、新しい住民の元に、しばらくマスコミや多くの人たちが押し寄せるのをやめないだろうからだ。

 まさか、実家が瑕疵物件になってしまうとは……。

 そういえば、両親の遺産をDQNな従兄たちまで使って俺から取り上げようとした親戚たちだが、その罰で借金まみれにしてやったことが堪えたようだ。

 汚い字で書かれた手紙が来たと思ったら、おかしな要求が書かれていた。

 俺が、親戚たち全員を高額の給料で養う義務があるのだそうだ。

 俺の常識と彼らの常識とに差がありすぎてまったくわかり合えない状態だが、全然働いていない人間に給料を出すなんてありえないので、また顧問弁護士の佐藤先生にお願いして、俺は完全に無視していた。

 冒険者学校の正門にも来ていたようだが、そんな暇があったら借金を返すために働けばいいのに……。

 なんか世間が騒がしくなってきたから、さらに仕事に集中するしかないのかな。

 それはさておき、教室に入ったら何故か前の席と左右の席を、特別クラスのトップ3に囲まれていたわけだ。

 ちなみに、後ろの席は剛だったけど。


「良二と三人は、特別クラスの実力者たちだからな。他のクラスメイトたちも席が隣同士というのもなかなか緊張するんじゃないか?」


「剛は?」


「俺は特に気にしないな」


 トップ3よりも少し実力が落ちる剛であったが、精神が頑健だな。

 こういう人は、概ね冒険者として大成しやすい。

 実際、俺が鍛えた三人の次に冒険者として成果を出しているのだから。


「ところで、良二は冒険者に指導をすると聞いたが……」


 今は主に海外で、丸一日冒険者を強化する仕事を増やしている。

 『テレポーテーション』で瞬時に移動できる国やダンジョンが増えたので、希望者たちを集め、ダークボール狩りを手伝って一気にレベルを上げるわけだ。

 おかげで、多くの国がダンジョン攻略のスピードを上げていた。

 日本は、留学生以外は以前とペース変わらずか、微増といったところ。

 どうしてそうなったのかといえば、俺に支払う十億円……向こうはセレブではないので再び安くしたのだ……と、その日討伐したダークボールの素材が惜しいと思う人たちが多いからだ。

 十億円は大金なので、支払うのに躊躇する日本人は多かった。

 これも、長年続く不景気とデフレの影響かもしれない。

 ただ、十億円払ってレベルが400~500くらいまで爆発的に上がった冒険者たちの大半は、それを一~二年で回収できるほど大活躍をしている。

 才能のある冒険者は、数ヶ月で回収してしまうそうだ。

 冒険者とは個人事業主であり、俺に支払う報酬は経費として計上できた。

 早くレベルを上げて冒険者として活躍できれば、先行者としてお金を稼ぎやすい環境を作り出すことができる。

 海外の冒険者たちにはそれが理解できる人が多かったが、日本人でそういう考えに至られる人がほとんどいなかった。

 高度成長期。

 自営業者は全労働者の三分の一以上いたそうだが、今では一割ほど。

 日本人の多くがサラリーマン気質になってしまったため、俺に十億円払って強化を依頼する人は少なかった。

 勿論ゼロではない。

 日本人にだって、ちゃんと目端の利く人はいるのだから。


「俺とパーティメンバーの強化を依頼する。俺の仲間たちもようやく特別クラスに上がってこれたか、まだ上を目指したいからな」


「報酬は支払えるのか?」


 剛は俺の貴重な友人だが、それとこれとは話が別だ。

 下手に無料や激安で依頼を受けると、自分もそうしてくれと、多くの冒険者たちが殺到してしまうからだ。

 俺の体はひとつで、一日は二十四時間しかない。

 他の仕事もあるので、高額の報酬で依頼者を減らしているという面もあったのだ。

 勿論報酬を支払えば、仕事は確実にこなしたけど。


「今は手付金くらいしか払えないが、俺の体を担保にする!」


「えっ?」


 俺の体をって……。

 いきなりとんでもないことを言われてしまったな。

 クラスメイトたちの視線が一斉に集まり、特にBL系をこよなく愛する大魔導士(上級職)の眼鏡女子木村さんが目を輝かせていた。

 木村さん、違います。


「正式に契約書を交わす。十億円を払い終わるまで、俺を無料でこき使っても構わない。今強くなっておくことが、将来のアドバンテージを確保する最良の手段なんだ」


 剛は脳筋に見えるけど、実は中学生の頃は成績優秀だったそうだ。

 人を見た目だけで判断してはいけない証拠である。


「グローブナー、ウー、鷹司は、良二に強化してもらったおかげで、今では日本のトップランカーじゃないか。十億円を支払っても、最低でも必ず数年で取り戻せる。それも今ならな」


 そう、今なのだ。

 まだこの世界にダンジョンが出現して二年しか経っていない今のうちに、先行者として荒稼ぎした者が、将来も冒険者としての仕事を有利に続けられる。

 数年後、俺に十億円支払って強くしてもらっても、費用の回収にはかなりの時間がかかるようになるだろう。


「そこまで覚悟しているのなら引き受けよう」


 実際、仕事を引き受けた海外の冒険者たちも、その多くが借金をしていた。

 今強くなっておくことが、どれだけの利益を生み出すか理解できている人たちなのだ。

 剛も彼らと同しく、それを理解しているというわけだ。


「わかった。この書類に名前を書いてハンコを押しな」


「用意がいいな」


 事前にこういう提案をしてくる冒険者がいることを想定していたからだ。

 それに気がつける冒険者は、将来必ず成功する。

 お金を貸しても、返ってくる可能性が高い。

 お金を貸す価値があるというわけだ。


「剛にばかり負担をかけてられないからな。俺も契約する」


「俺も!」


「僕も!」


 剛のパーティメンバーたちも、契約書にサインをしてハンコを押した。

 彼は、リーダーとして信用されているんだな。


「私もお願いします。必ず報酬は支払うので」


 俺×剛を想像していたと思われる木村さんも契約書にサインをしてハンコを押した。


「私もお願いします」


「僕も」


「そうだよな。今のうちに強くなっておいた方が得だからな。 俺も頼むぜ」


 結局、特別クラスの全員が契約書にサインを押し、俺は三百七十億円と大量のダークボールの素材を一日で手にすることに成功したのであった。

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