第23話 三橋佳代子

「ねえ。三橋さんって、古谷君の幼馴染って本当なの?」


「ええ、そうよ。彼と私は……これ以上は恥ずかしくて言えないわ」


「凄い! もしかして、つき合っているの?」


「そんなようなものね」


「(えっ?)」




 残念ながら僕たちのパーティは、新二年生になったけどAクラスには上がれなかったな。

 Bクラスでは上位なのだけど、やはりAクラスの壁は厚い。

 なんとか今年中に、Aクラスに上がりたいと思っているのだけど……。

 そんな時に、パーティメンバーの三橋さんがおかしなことを……彼女はなにを言っているのだ?

 このところ冒険者高校で一番話題になっている人物は、古谷良二君だろう。

 どういうわけか、手の平の表示がレベル1でノージョブなのに、その実力はとんでもなかった。

 すでに日本にあるすべてのダンジョンを攻略しており、その様子を詳細な解説付きで動画投稿サイトに上げていたのだから。

 今では定期的に海外に飛び、外国政府の依頼でダンジョンの攻略とダンジョンの詳細な情報の提示、さらには撮影を終えた外国のダンジョンの動画投稿を続けていた。

 世界中の冒険者たちが、いまだ百五十階層に届いていない状態なのに、一人だけ千階層もあると判明した上野公園ダンジョンをクリアーしているばかりでなく、動画の撮影を終えているというのが驚異的だ。

 我々の実力では、足元にも及ばない冒険者が古谷君なのだ。

 ダンジョン探索チャンネルの配信者『勇者』である彼は、フルフェイスの兜を装着していたのでこれまで正体不明であったが、動画の配信でインセンティブ収入を得ている都合で、ついにその正体が世間に知られることとなってしまった。

 当然世間はざわつき、彼は自宅に帰れなくなってしまったそうだ。

 彼を取材したいマスコミ、どうにか彼から利益を得たい欲深い人たち、お金を寄こせという親戚たちとも揉めているらしい。

 そして校内にも、古谷君に縋るみっともない生徒たちがいた。

 希望に満ち溢れた新一年生はともかく、この冒険者学校で一年間をすごし、自分の実力の限界が見えてきた生徒たちも多い。

 彼ら、彼女たちは、いまだ一人でダンジョンに潜っている古谷君のパーティメンバーになろうと、特別クラスに押しかけるようになった。

 特別クラスは支給されたカードがないとドアが開かないので彼らは入れなかったが、暇があればその入り口にたむろするようになり、岩城理事長と田中校長が注意する事態となっていた。

 そして、身近にも困った人が出てしまった。

 私のパーティメンバーである三橋佳代子だ。

 彼女は、自分と古谷君は結婚を約束した仲だと、周囲に嘘をつくようになったのだ。

 元々二人は幼馴染同士であり、共に冒険者特性が出たので、仲良くこの冒険者高校に入学した。

 ところが、三橋さんはBクラスで、古谷君は最初Eクラスだった。

 彼がレベル1のノージョブだったからだが、その後も彼はレベルが上がらなかったし、ノージョブのままだったので、三橋さんの方が彼と縁を切った。

 Bクラスで将来有望な自分と、Eクラスの古谷君ではもう住む世界が違うのだと言って。

 迷惑だから二度と話しかけないでくれとまで言ってしまったのを、私も目撃している。

 正直あまりいい気分はしなかったが、確かに私たちはBクラスで将来有望だった。

 Bクラスともなれば、一流には手が届かないが、頑張ってダンジョンに潜れば高収入が期待できる。

 去年度。

 Eクラスの連中には素性がよくない人たちも多くて、彼らは神様のバチが当たったのか冒険者特性をなくしてしまったほどなので、三橋さんがEクラスの生徒たちとのつき合いを避ける気持ちはわからなくもない 。

 だが、最初に自分から古谷君に冷たい態度をとっておきながら、いざ古谷くんの真の実力が世間に知れた途端、彼の婚約者を名乗る彼女の態度には感心できない。

 Bクラスの中には、彼女の態度に否定的な人が多かった。

 少数だが、お零れを与ろうと彼女に擦り寄る人たちも存在したが。

 そのおかげで、Bクラスの雰囲気はあまりよくない。


「(これは、私が注意しないと駄目だろうな)」


 このままでは、冒険者の仕事に差し障りが出てくる。

 パーティのリーダーである私が注意しなければ。

 放課後、私は彼女を人気のない場所に呼び出した。


「なに? リーダー。私は忙しいのよ。良二と将来のことについて話し合わないといけないから」


「よくそんな嘘がつけるね」


「嘘? 私は……」


「そう言っておけば、取り巻きたちがチヤホヤしてくれるからね。君は毎朝校門の前で古谷君を待っているようだけど、彼は君に一度も会ってくれないじゃないか。君に騙されている人たちは、君が本当に古谷くんとつき合っていると思ってるようだけど、特別クラスには、聖騎士、聖闘士、賢者のトップ3がいて、むしろ彼女たちの方が古谷君と仲がいいように見えるけど」


「あんなドブスのビッチたちに、古谷君は靡かないわ!」


 ドブスって……グローブナーさんも、ウーさんも、鷹司さんも、とても綺麗で魅力的な女性じゃないか。

 少なくとも、三橋さんよりは……。

 このところはコンプライアンス的な問題もあって、女性の前でそれを口にできないけど。


「彼女たちと古谷君との関係は不明な部分が多いけど、三橋さんが古谷くんに避けられているのは事実だ。それもそのはずで、あれだけ悪し様に罵って縁を切っておいて、今さら婚約者だなんて嘘をつかれたら、あの時二人の会話を聞いていた私たちも気分が悪い。人間はミスをする生き物だ。三橋さんは過去の言動のせいで、古谷君と縁が切れてしまった。仕方がないことじゃないか。ダンジョン探索に身を入れず、古谷君の婚約者だなんて嘘を言いまわり、それを信じた人たちを取り巻きにして悦に入っているのはどうかと思う。ちゃんとダンジョンに潜って……」


「うるさいわね! 何様のつもりなのよあなたは?」


「何様って……。君こそ、嘘をついて周囲の人たちを惑わせているじゃないか!」


「良二は私のことが好きなのよ。今ちょっと周囲が騒々しいのと、周りに変な女たちがいて、私たちの仲を邪魔しているだけ。すぐに良二は、私をパーティに迎え入れるはず」


「そんなわけないじゃないか!」


 特別クラスの人たちにすら、いや世界のトップランカー冒険者たちですら、実力差がありすぎて古谷君とパーティを組めないのだ。

 そんな彼が、いまだBクラスで停滞している三橋さんをパーティーメンバーにするわけがない。


「そのくらいのこと、君ならわかるだろうに」


「私にしょうがない嘘をついて! 私は不愉快よ! パーティを抜けさせてもらうわ!」


「私たちのパーティを抜ける?」


「そうよ! 私は、もっと私を認めてくれる仲間たちとパーティを組むわ!」


 三橋さんを認めてくれる仲間たち……。

 それはすでに向上心をなくし、強い冒険者に寄生して生きていこうと考える駄目な連中ばかりだ 。

 私たちのパーティを抜けてそんな連中と新しいパーティを組んでも、きっとろくなことにならないはずだ。


「それは絶対にやめた方がいい! 冷静になって、またこれまでどおり努力を続けてAクラスに上がれば、もしかしたら古谷君も……」


「なにを言っているの? リーダー。私はこれから新しいキャリアを歩むのよ。自らダンジョンに潜って命がけでモンスターと戦う、汗くさい冒険者からはもうすぐ卒業。私は良二の妻兼パートナーになって、古谷企画を取り仕切る予定だから。世界中の冒険者たちに命令を出す存在になるの」


「三橋さん、君はなにを言っているんだ?」


 まさか、ここまで酷いことを言う人になってしまうとは……。

 そうか。

 実は三橋さんは、自分の冒険者としての才能に疑問を持ってしまったのか。

 入学時にBクラスとなり、頑張ればAクラスや特別クラスも狙えると思っていた。

 それがこの一年間停滞し、Cクラス、Dクラスから上がってきた人たちに抜かれてしまったこともある。

 だから彼女は、現実逃避して古谷君の婚約者だなんて言い始めた。

 冒険者を引退して、今稼ぎに稼いで世間で評判になっている古谷君の妻となり、資産のある彼の会社を取り仕切ろうと。


「三橋さん……」


「なによ? 今から私に媚びても無駄よ」


「そんなことはしない。意味がないからね」


 古谷君は、すでに三橋さんなんて眼中にないはずなのだから。


「そんなありえない将来を語って、今しなければいけない努力を忘れて、それで将来どうするんだい? 確かに私たちがこれ以上頑張っても一流には手が届かないかもしれない。だけど、そう悪くない未来が待っているはずだ。努力を止めることは……」


「お話にならないわね。私の方から、リーダーのパーティなんてお断り。じゃあね」


 私の説得もむなしく、三橋さんはその場から走り去ってしまう。

 これで、彼女が私たちのパーティから抜けることが決定した。


「忠告はした。これ以上、私たちも彼女のホラにつき合ってなどいられない。新しい仲間を入れよう」


 私たちのパーティは、三橋さんの代わりに新しい仲間を入れた。

 一方三橋さんは、自分の取り巻きたちとパーティを組み、やる気なさそうにダンジョンに潜っている。

 仲間たちには、今古谷君は世界で一番忙しい人だからなかなか会えない、と嘘をついて誤魔化しているようだけど、一体いつまでその嘘が通用するのか……。

 もう私は彼女に対し責任を持ってないので、心の底からどうでもいいことであった。

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