第22話 最近のトレンドはカニ漁師

「この度は、うちの又野がとんでもないことをしてしまい、お詫びの言葉もございません」


「古谷社長様の大変貴重なお時間を使わせてしまい、ただ申し訳ないとしか……」


「別にいいですよ」


「「おおっ!」」


「会社の口座、月夜銀行に移すので」


「「やめてぇーーー!」」





 人生を生きてると色々なことがあるな。

 まさか、太陽銀行の偉い人たちが、高校生の俺に土下座をするなんて……。

 でも、俺にわけのわからないことを言った支店長の姿はなかった。


「あの支店長は?」


「クビにいたしました。古谷社長様の自宅に落書きなどをした息子も逮捕されましたし、二度とこのようなことがないようにいたしますので、口座を月夜銀行に移すのだけは!」


「いやだって、あの支店長が、冒険者や動画配信者のような犯罪者が経営している会社の口座なんて、天下の太陽銀行には必要ない的な発言をしていたじゃないですか。前にニュースで見ましたよ。銀行は反社会勢力に属している人の口座は作らないって。俺は冒険者が反社会勢力とは思わないですけど、太陽銀行がそう判断することを止められないので……」


「それは、又野の独断と偏見です! 太陽銀行が冒険者を反社会勢力を見なしたことは一度もありませんし、口座を持っている冒険者の方は多数いらっしゃいます」


「太陽銀行は日本一のメガバンクで、日本の冠たる多くの大企業と取引をしているではないですか。零細一人法人との取引なんてなくなっても、そんなに問題ないのでは?」


「お願いします! 口座を月夜銀行に移すのだけは勘弁してください!」


 それにしてもわからないなぁ。

 確かに古谷企画はもの凄く稼いでるけど、売り上げでいえばその数倍~数何十倍はある大企業と多数取引きしているのに。


「こんなことがあったから、月夜銀行に無理を言って早く口座を作ってもらったんだ。そこに移さないと俺の信用がなくなっちゃうから」


 一週間はかかるって言ってたけど、どういうわけか翌日には口座ができていたから、あとはもうそこにお金を移すだけだ。


「色々と仕事の邪魔をされたので、弁護士の佐藤先生に頼んで、あの元支店長親子から民事訴訟で慰謝料を取らないといけませんし、太陽銀行にいい印象がないんで諦めてください。送金してもらわないと」


 残念だけど、連帯責任ってことで。


「又野の奴ぅーーー!」


「地獄の底まで追いかけて、なにもかも引き剥がしてやる!」


 メインバンクのお偉いさんともなると、怒ると迫力が違うなぁ。

 きっと又野とかいう支店長とその家族は、これから身ぐるみ剝がされていくんだろう。

 〇ニワ金融道とか、〇シジマ君のノリ?


「お願いします! 月夜銀行に送金してもいいから、口座だけはそのままにしておいてください」


「お願いします!」


 お金の入ってない口座なんか残して意味があるのかな?

 こちらに負担がなければ別にいいけど……のちに彼らの意図に気がつくことになるけど。

 それは、とある外国政府の依頼を受けてダンジョンの探索と動画撮影を行ったあとの話だ。


「報酬の振込み、我々の国は、太陽銀行の口座でないと無理です」


「……さすがは日本一のメガバンク……」


 古谷企画の取引金融機関は、太陽銀行と月夜銀行の二つになった。

 それと、俺たちが又野親子に請求した慰謝料だけど、裁判費用やお見舞い金と共に太陽銀行が立て替えてくれた。


「俺は損しなかったからいいけど、太陽銀行はあの親子から回収できるのかな? 元支店長はクビになってしまったから、金がないんじゃぁ……」


 当然懲戒解雇なので、退職金は出なかったと聞くしなぁ。


「古谷さん、世の中には知らない方がいいってこともありますよ。あの親子が、太陽銀行の取り立てから逃げられることがありません。メガバンクを舐めちゃいけません。あの親子、マグロ……は最近儲からないから、ベーリング海でカニかな?」


「カニなのかぁ」


「ええ、今のトレンドはカニです」


「勉強になったなぁ……」


 確かにその後、二度とあの元支店長親子を見ることはなかった。

 別に会いたいとは微塵も思わないので、俺としては非常に好都合だったけど。






「みなさん、こんにちは。今日のダンジョン探索『後』チャンネルは、上野公園ダンジョンの百七十四階層にいる『クリスタルキャンサー』を調理したいと思います。こいつの倒し方は、本チャンネルを見てくださいね。その名のとおり、クリスタルキャンサーの甲殻は透明なクリスタルにそっくりですが、クリスタルとは似て非なるものです。非常に硬くて、鋼の装備くらいでは歯が立ちませんし、こいつのハサミに挟まれたら、常人ならすぐに真っ二つにされてしまいます。その甲殻は加工が難しいですけど、強化ガラスなんて目じゃない強度を誇ります。使い道も多いです」


 今日はカニの気分だったので、サブチャンネルでクリスタルキャンサーというカニ型のモンスターを調理することにした。

 その大きさは人間の倍以上もあり、甲殻がクリスタルのように透明なせいで、筋肉や内臓が丸見えのため、非常にグロテスクな見た目をしている。

 だが、カニなのでとても美味しい。


「クリスタルキャンサーは巨大なため、室内での調理が難しく、今日は別の場所で調理しています」


 普通の鍋やコンロでは茹でられないので、向こうの世界でクリスタルキャンサーを茹でるでめに特注した大鍋と、魔力で煮炊きできる大型コンロで茹でていく。

 野外だけど、その場所は内緒だ。

 クリスタルキャンサーを茹でると次第にいい香りが漂ってくるが、この素晴らしい香りもクリスタルキャンサーの特徴だ。

 この香りを、動画でお伝えできないのが非常に残念である。


「もう一匹、焼きガニもしています。ほら、クリスタルキャンサーの甲殻はちょっとやそっと熱したくらいでは、変形したり、透明度が落ちることはありません。焼きガニもとても美味しいですよ。焼き加減が外からわかるのもいいですね」


 スケルトンなカニだからこその利点だな。

 

「まずは、オーソドックスに茹でガニと焼きガニから。しっとりとした甘い身がとても美味しいです。焼きガニにするとさらに身が甘くなるのが、クリスタルキャンサーの特徴です」


 やっぱり、クリスタルキャンサーの身は最高だな。

 数少ない日本を思い出させる味ということで、向こうの世界では、よくこうやって茹でたり焼いて食べていたのを思い出す。


「そして、クリスタルキャンサーのカニミソは最高です。濃厚でまったりとしつつ、まったく生臭くないカニミソの美味しさと言ったら……。思わず、こうして事前に用意しておいた軍艦巻に載せてしまうほどです!」


 先に作っておいた軍艦巻の上に、タップリとクリスタルキャンサーのカニミソを載せてから口に入れる。

 すると……。


「炙っておいた軍艦巻の海苔の磯感と、酢飯の酸味が、カニミソの濃厚さを包み込んで……これは至高! 次は、酢飯の上に茹でガニと焼きガニも載せて普通のカニ寿司も……これも最高ですね」


 俺は、クリスタルキャンサーのカニミソ軍艦と茹でガニ、焼きガニ寿司を大いに堪能した。

 向こうの世界ではできなかった贅沢だな。


「次はこれ! 別の大鍋に熱した油を用意してありますので、クリスタルキャンサーのハサミの部分を使った巨大カニハサミクリームコロッケを作ります!」


 人間よりも大きな巨大カニハサミクリームコロッケの難易度は高いが、俺は異世界の勇者だ。

 魔法を駆使して、巨大カニハサミクリームコロッケを形成し、卵と衣をつけ、巨大な鍋に投入して大量の油で揚げていく。

 勿論、外側を焦がさないように、中までしっかりと火を通すことは忘れない。

 たとえ巨大すぎても、ちゃんと美味しい料理を作ることこそが、ダンジョン探索『後』チャンネルのポリシーなのだから。


「いいですね。巨大カニハサミクリームコロッケが無事に揚がりました。次は、カニチャーハンでも作ろうかな」


 料理には締めが必要で、カニとご飯があればカニチャーハンを作りたくなるのが、若い俺だ。

 年配者なら、カニお茶漬けだったかもしれないけど。


「カニチャーハンは普通のフライパンで作ります。カニの身はたっぷりと入れましょう」


 俺は動画撮影以外ではほぼ調理をしないが、勇者は色々なジョブやスキルを習得している。

 もしジョブに『料理人』があったら、確実に習得しているくらいの腕前はあった。

 俺は、手慣れた手つきで『クリスタルキャンサーのカニチャーハン』を炒めていく。


「他にも、カニトマトクリ-ムパスタ、カニかき玉スープ、カニ玉、チンゲン菜のカニあんかけ、カニシューマイ(カニミソ入り)、カニグラタンなどを作ります」


 久々に色々と料理を作ったけど、これで俺が半額弁当のみの男ではないと証明できたであろう。

 普段は忙しいので夜にしかスーパーに行けず、だから半額弁当を買うケースが多かったのだから。


「完成です! どれもとても美味しそうですね。では早速試食を……」


 作った料理を次々と試食していくが、腕前は落ちていないようでよかった。

 勇者としての鍛錬を欠かしていないので、ジョブ扱いの『料理人』を忘れることがないのかもしれない。

 相変わらず、手の平にはまったく表示されないので、あくまでも予想でしかないけれど。


「いやあ、美味しかったですね。残った料理は、あとで残さず食べます」


 ちゃんと、『残った料理は、残さず食べました』というテロップは忘れないようにしないと。

 あとで、プロト1にも念を押しておかないとな。

 『食べ物を粗末にするな!』と視聴者たちから批判され、炎上してしまうかもしれないからだ。


「(まあ、アイテムボックスに仕舞っておけば料理は悪くならないし、いつでも食べることができるからな。日をおいて、食べ飽きないようにすることもできて便利なのさ)クリスタルキャンサーはとても美味しいので、冒険者は倒せるように頑張って強くなりましょう。それでは次の更新で!」


 無事にサブチャンネルの撮影も終わり、しばらくはカニ料理に不自由しない身になったと思ったのだが、残念なことにこの日に作ったカニ料理はすぐになくなってしまった。




「古谷君、クリスタルキャンサーの身は美味しいねぇ。私の会社は、甲羅の方に非常に興味があるけど。加工方法を研究したいから、甲羅をあるだけ売ってほしいな」


「まあいいですけど……」


「クリスタルキャンサーの身も買い取るよ。高く売るあてがあるから、買取所経由よりも得だと思うよ」


「高く買ってくれるのならいいですよ」




 岩城理事長にクリスタルキャンサーの身と甲羅を売る時、頼まれたので試供品扱いで大量の料理も提供してしまったのだ。

 彼以外に誰が試食したのかは知らないけど、そのおかげでクリスタルキャンサーの身と甲羅が高く売れるようになったので、そう悪い話ではなかったと思う。 

 料理は、また作ればいいのだから。


「ところで、どうして今回のサブチャンネルはカニだったのかな?」


「なんとなくですよ。みんな、カニは好きでしょう?」


「カニは好きだけどね」


 まさか、あのどうしようもない親子がベーリング海でカニを獲っていると聞いてなんとなく……とは言えず、人気の食材だからと言って誤魔化しておいたけど。

 なお、クリスタルキャンサー回の動画は、本チャンネルの含めて視聴回数が過去最高を更新した。

 みんな、カニが大好きなんだな。

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