第21話 メインバンクを変えよう

「……というわけなんです。佐藤先生」


「あの……これは合成じゃないですよね?」


「俺が佐藤先生に顧問弁護士としての報酬を支払っているのは、訴訟ゴッコをするためじゃないんですよ。知っていると思いますが、俺も忙しいので」


「……失礼しました。まさか、メガバンクの支店長クラスがこんなバカなことを……。録音データは頂いていいですか?」


「どうぞ」


「前代未聞ですね。常識で考えたら、こんなことを言う人間がいるわけがないと……は絶対に言えないのが人間ですか……」





 俺が法人口座を置いている太陽銀行の支店長が突然訪ねて来ておかしなことを言い出したので、適切に対処してもらうべく、顧問契約を結んだ弁護士の先生に来てもらった。

 どうやら、最初は信じられなかったようだ。

 自分と同じようないわゆるエリートに属する、それもいい歳した大人が、脅迫めいた言動で無理な要求を通そうとするなんて。

 確かにそれは、反社会勢力の領分だよな。


「彼には、自称天才動画配信者の息子がいるようですよ」


「……子供の教育を誤ると哀れですね……」


「佐藤先生のお子さんは大丈夫ですか?」


「古谷さんほど才能の針が振りきれてはいませんが、弁護士をやっております」


「俺には弁護士は無理そうだなぁ。頭が悪いから」


「そんなことないと思いますけどね。とにかくあまりに酷いので、太陽銀行の本社に内容証明を送っておきます。向こうの対応次第では、脅迫で警察に告訴状を出すか……今後、古谷企画と太陽銀行のおつき合いを考える必要があるでしょう」


「面倒だけど、手間を惜しむと調子に乗りそうですからね」


「コラボ断られた腹いせに脅迫めいたDMやメールを送ってきた動画配信者たちも、全員対応しておきます」


「お願いします」


「いよいよ仕事が始まったって感じですね」




 凄腕と評判の佐藤先生は、しっかりと対応してくれたようだ。

 太陽銀行の本社から人が……来なくて、数日後から真夜中に家の塀に落書きをされたり、玄関前に犬のフンや猫の死体が置かれたり、窓ガラスに石を投げられたりした。

 全部犯行の様子を撮影しているのだけど、犯人は痩せ型の若い男性で、よく見るとあの支店長に顔が似ているような……。

 例の、俺とコラボをしたい天才動画配信者君である可能性が高かった。

 これもすべて撮影してあるので、警察に証拠の動画と共に告訴状を出しておいた。

 自ら警察に捕まりたいだなんて、変わった人だな。

 ああ、そうか!

 天才動画配信者君は、自分が逮捕される様子を配信したいのかもしれない。

 動画の視聴回数を稼げるかもしれないからな。

 自らをネタにするなんて、動画配信者の鏡……なわけないか。

 犯罪行為に、動画配信サイトの運営会社はインセンティブを支払ってはくれないのだから。


「あとは……」


 太陽銀行の支店長がうちの法人の口座を凍結すると言っていたので、その前に別の銀行に口座を作ってそちらにお金を移しておくことにしよう。

 そんなわけで俺は、太陽銀行の隣にある月夜銀行の支店へと向かう。

 ここも日本で第二位のメガバンだから、口座が作れればそう不便なこともないだろう。

 月夜銀行の受付のお姉さんの前で、俺は事情を説明した。


「……あの! 少々お待ちくださいませ! 奥の応接室で、支店長の田中がお話をお聞きしますので」


「わかりました」


 お姉さんに案内されて奥の応接室に行くと、美味しいお茶とお菓子が出てきた。

 ラッキーである。


「支店長の田中と申します。古谷企画の社長様ですね。お話は伺っております」


「隣の太陽銀行の支店長が、うちの会社の口座を凍結すると言い始めまして。その前に口座を作って移しておこうかなって」


「凍結? どうして凍結なのでしょうか?」


 俺は、あの支店長の言い分を録画したものを田中支店長に聞かせた。


「理由はよくわかりませんが、その中の一つに、彼の息子である天才動画配信者君とのコラボを拒否したというものが入っている可能性が高いかなって」


「えっ?」


 俺から事情を聞き、田中支店長は心ここに在らずといった感じであった。

 きっとあんまりな理由で、脳が理解することを拒否したのであろう。


「今、弁護士の先生に対応してもらっているんですけど、支店長クラスの人間が、すぐに口座を凍結しますなんて言ってくるような銀行に金を預けられないじゃないですか」


「そう……ですね」


 そうだよね?

 わかってくれるよね?


「もうすぐ決算なのになぁ。税務署に文句を言われないかな?」


「その件は問題ないと思いますが、もしよろしければ私が詳細な事情を説明しておきましょうか?」


「お願いしますね。あと、口座ってどのぐらいで作れますかね?」


「そうですね。古谷社長様の場合、一週間もあれば」


「じゃあお願いします」


「畏まりました」


 古谷企画のメインバンクが変更になったけど、特に問題はないはずだ。

 決算に関しても、税理士の高橋先生に任せれば問題ない。

 これは雑務の類なので、早く解決して外国からの依頼もちゃんとこなさないとな。

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