第20話 ニートと親

「今日は、限定発売された激辛カップ麺を食べまぁーーーす! おわっ! 辛っ! これは辛ぇーーー! 痺れるぅーーー!」


「俊也、ちょっといいか?」


「なんだよ? 親父! 今動画の撮影中なんだよ! 邪魔するんじゃねえよ!」


「すまない、動画配信の仕事は順調なのか?」


「順調だよ。今回の『コンビニで限定発売された激辛麺を食べてみた』は視聴数を稼げるはずさ。なんてったって、多くの有名な動画配信者たちが、これをネタに視聴回数を稼いでいるんだから」


「そうなのか、頑張ってくれよ」




 成人した私の息子は、いまだに就職していなかった。

 大学を卒業してから三年間、家に引き籠もったままだ。

 私も妻も、何度もアルバイトでいいから働いてくれと頼んでみたが、息子は働かなかった。

 親戚たちは、私と妻の教育が悪かったのだと罵ってくる。

 そんなことはない!

 確かに息子は東大には行けなかったが、ちゃんと大学は卒業しているのだから。

 なにより私の息子なのだから、今はちょっと休んでいるだけで、いつかきっとちゃんと働いてくれるはず。

 そう思っていたら、なんと息子が自ら行動を起こしてくれた。

 動画配信の仕事をするから機材を買ってくれ、と言ってきたのだ。

 私も妻も、息子が自ら動いてくれたのが嬉しくて、かなり高額だったが機材を購入してあげた。

 それ以降、毎日息子は動画を撮影し、編集をして、有名な動画配信サイトに投稿を続けている。

 投稿された動画の視聴配信回数が増えるとインセンティブ収入が入るそうだが、残念ながらまだ息子は収益化できていないそうだ。

 息子が投稿した動画を見てみたが、こんな内容でお金になるのか……。

 試しに有名な動画配信者の動画を見てみたが、息子がやっている内容とそう差はなかった。

 ただふざけながら、商品の紹介をしているだけだ。

 それなのに、彼は年に数億円も稼ぎ、息子はいまだに収益化できていない。

 なにか忖度でも働いているのか?

 中には犯罪まがいの動画で視聴回数を稼ぐ輩もいると聞くし、私の勤める太陽銀行は動画配信者に金を貸さないだろう。

 つまり、動画配信者なんて社会的には全然大したことがない半端者の集まりで、だから真面目な息子は浮上できないのかもしれない。


「(そういえば、うちの支店に口座を作った動画配信者がいたな……)なあ、俊也」


「なんだよ? 僕は忙しいんだよ」


「ダンジョン探索チャンネルって知っているか?」


「知らないわけがないじゃないか。世界で一番と言われている動画配信者さ。日本人だって話だけど。冒険者でもあり、ダンジョン探索の様子と、モンスターを倒している様子を配信して大人気になっている。冒険者は自分が潜っているダンジョンの詳細な情報を得られるし、攻略のコツまで動画を見るとわかるからさ。サブチャンネルで、モンスターの素材を用いた料理を作って試食したり、逆にダンジョン内でコンビニの限定メニューやチェーン店の限定メニューを試食したり。でも僕と比べたら、動画配信者としての才能は下だね。自分だけがダンジョン内で撮影ができるから視聴回数が多いだけで、大した才能はないさ」


「そうなのか……」


 うちの支店に口座を作った一人法人があるのだが、この一年で大企業も鼻で笑うような金額が振り込まれており、調べたら『ダンジョン探索チャンネル』の配信者だと、若い部下たちが教えてくれた。

 顧客の情報を漏洩したら守秘義務に反するので、クドイほど決して漏らすなと言っておいたのだが……。


「(どんな方法かは知らないが、賤業らしく卑怯な手段で大金を稼いだのであろう。顧客ながら鼻白むような輩だが……)」


 日本一のメガバンクに勤める、日本の労働者の味方であるこの私が、この半端者に更正のチャンスをやろう。

 才能のある息子が動画を収益化できず、大して変わり映えもしない『ダンジョン探索チャンネル』の配信者が、あんな大金を稼ぐなんてあきらかにおかしい。

 才能があるのに不当な扱いを受ける息子が一人前の動画配者として稼げるよう、その手伝いをさせてやる。

 当然、息子の方が立場が上だ。

 俊也の方が才能が上だと言っていたからな。

 そうだ!

 息子の会社を作ろう。

 ダンジョン探索チャンネルの配信者程度でも法人化しているのだ。

 職場も副業が解禁されたし、私には銀行員としての経験があるので、息子の法人の経営に……動画配信者を目指す若者たちに息子がそのコツを教えるオンラインサロンの経営や、動画配信者のマネジメント業務を始めるのもいい。

 私が息子の法人の会計を見ればいいのだから。

 そうだ!

 起業資金を、『ダンジョン探索チャンネル』の配信者に出させよう。

 古谷企画の口座には金があるし、住所も掴んでいるからな。


「ダンジョン探索チャンネルとコラボできたらなぁ。僕は天才だから、一度世間に知られたら、すぐにバズるはずなんだ」


「コラボなら、できるぞ」


「本当? 父さん」


「ああ、私は『ダンジョン探索チャンネル』の配信者を知っているからな。いくら世界一有名な動画配信者でも、天下の太陽銀行の支店長である私が頼めば、すぐにコラボしてくれるさ」


「凄い! 父さんは『ダンジョン探索チャンネル』の配信者を知っているんだ」


「ああ、なんと未成年だそうだ」


 口座を作る際に確認した身分証明書を確認したから間違いない。


「なんだ、ガキなんだ。あいつ、最近ちょっと調子に乗っているから、僕と父さんで世間の厳しさを教えてやろうよ」


「そうだな。いくら冒険者として強くても、冒険者などダンジョンを出てしまえば、私のような人間に跪いて生きていくしかないのだ。彼は若いから、これからその現実を知ることになるだろう」


 世間とはそういうものだと、彼に身をもって教えてあげるとするか。

 苦労は買ってでもしろと言うからな。

 勿論そのお礼として、適切な謝礼はいただくが。


「ようし! いいシナリオを思いついたぞ。あいつに、僕の偉大さを称えさせる動画を作るんだ。これで僕も世界一の人気動画配信者になれる。あんな奴とコラボしなくてもじきにそうなっていたけど、次のステップに進むためには、早めに世間に出ないとね」


「その意気だぞ」


 これで、ようやく息子が一人前の社会人になれる。

 犯罪者ばかりの動画配信者なのはどうかと思うが、金を貯めさせて、すぐにまっとうな起業をさせるか。

 幸いにも、私は太陽銀行の支店長だ。

 部下たちに発破をかければ、すぐに融資もできるはず。


「(動画配信? ダンジョン探索? 犯罪者モドキと、用心棒の仕事だな。この世の中では、私たちのような選ばれたエリートたちが世界を動かしている。それを理解して頭を下げ、言われたら喜んで金を差し出せばいいのだ)」


 なにしろこの私は、天下の太陽銀行の人間だからな。

 我々がいなければ下々は生きていけないのだから、それをちゃんと理解することさ。





「おかしい……。天才であるはずの僕の動画がたった75PVなんて……クソッ! なにが悪いんだ!」




 僕は枠にはめられた人生を生きることを嫌い、その才能を生かすべく動画配信者となった。

 僕は天才だから、間違いなく動画配信者として成功するはず。

 ところがこの一年、毎日せっせと動画をあげているのに、まったく視聴数が稼げていなかった。

 収益ラインにも程遠い状態だ。

 僕は天才なのに、知名度がないばかりに……。


「俊也、動画配信は順調なのか?」


「動画の出来は素晴らしいけど、知名度がないばかりに視聴数が稼げないんだ」


「そうか、それは困ったな」


「このまま続けても成果が出ると思うんだけど、できれば強い一撃が欲しいよな」


「一撃とは?」


「僕の動画が多くの人たちの目に触れる機会だね。どうしても知名度がある人が有利になってしまうので、こういう時は動画配信者同士でコラボするケースが多い」


「コラボか。そんな有名な人が引き受けてくれるのか?」


「いや、有名な動画配信者に次々とメールを送っているけど、まっかく返事が来ない」


「それは失礼な話だな」


「パパもそう思うよね。でも、所詮そいつらは二流ってことだよ。今は超一流の人たちに狙いを絞っている」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫さ。あっ、でも。あの人だけは駄目だったな。ダンジョン探索情報チャンネル」


 あの人は、自分の正体も連絡先も一切あかしていなかった。

 SNS経由で連絡しても、やはり一切返事は来ないそうだ。

 世界中を回っているので忙しいからだと思うけど。


「彼とコラボできたらなぁ。日本人だって言うじゃん」


「ああ、そうだな」


「パパ、彼を知っているの?」


「知ってるよ。なにしろ、彼の作った法人の口座は私が勤める銀行に設立されているのだから。あれだけの大金の動き。入金者も、動画配信サイトの運営会社だ。間違いない」


「じゃあ、パパが直接頼めば大丈夫だね」


「まずは私が頼みに行こう」


「ありがとう、パパ」


「任せてくれ。なにしろ私は、 日本一のメガバンクである太陽銀行の支店長だからな。私が頼めば一発さ」


「コラボの内容を考えておこうっと」


 ダンジョン探索情報チャンネルとコラボできれば、僕も一流の動画配信者の仲間入りだ。

 それが実現すれば、きっと世界中の人たちが僕の才能に気がついてくれるはず。

 きっと、ただダンジョン探索の様子とモンスターとの戦闘シーンだけ撮影して編集している、単純なダンジョン探索情報チャンネルを抜き去って、世界一の動画配信者になれるだろう。


 それこそが、 正しい世の中のあり方ってものさ。

 なにしろ僕は、天才なんだから。





「……銀行の方が日曜日にどのような用件でしょうか? 国債とか投資信託は買いませんよ」


「そのようなことではなく、別のお願いです」


「はあ……」




 日曜日。

 サブチャンネルの撮影をしていると、自宅に訪問者があった。

 法人を作ってから定期的に銀行の人がやってくるのだけど、いつもの若い男性ではなく、五十代くらいで偉い人のように見える。

 名刺を差し出してきたが、なんと俺の法人口座がある支店の支店長であった。

 なんでも、俺に折り入ってお願いがあるのだという。


「古谷さんは、 動画配信をしていらっしゃいますよね?」


「してますけど、それが?」


 銀行のPR動画とかの依頼かな?

 でもそれは、俺のようなタイプの動画配信者には一番向かない仕事だ。

 俺は前人未到のダンジョンに潜ってその様子を公開しているからこそ、世界一の人気を誇っているのだから。

 企業のPR動画作成にはまったく向かない動画配信者なのだ。


「(あっ、でも。企業からの依頼だったら、支店長が来るわけないよな。本社の人間が来るはずだ)」


「実は私の息子の動画配信者をしておりまして、コラボをお願いしたいのです」


「それは無理ですね」


 まずとても忙しいのと、俺は他の動画配信者たちのようにコラボを必要としない配信者であった。

 油断すればすぐに死んでしまうダンジョンで、普通の動画配信者とどうやってコラボするというのだ。

 これまでも、動画配信者たちから山ほどコラボ依頼が来ていたが、俺はすべて断っていた。


「俺が配信している動画の性格上、他の動画配信者とコラボする意味がないのです。というわけで、お引き受けするわけにはいきません」


 というか、このオッサン。

 完全に公私混同してないか?

 俺が太陽銀行に法人口座を持っているから知り得たのであろうが、その情報を利用して動画配信をしている息子とコラボしろだなんて。


「そのような依頼を引き受けていません」


「そこをなんとか」


「とにかく、直接来られるのは迷惑です」


 そういえば俺は見ていないけど、プロト1がSNSのDMなどに俺に対する罵詈雑言が山ほど書かれていると教えてくれたな。

 大半が、コラボ依頼に返事すらしない俺が人でなしだとか。

 中には、コラボを引き受けないとお前の家族が大変なことになるとか、夜道に気をつけろみたいなことも書かれていた。

 完全に脅迫だと思うのだが、俺とコラボできれば、チャンネル登録者数や視聴回数が劇的に増えると思っている動画配信者たちは必死なのであろう。

 弁護士と契約しているから、DMの文面を送って対応してもらう予定だけど。


「うちの息子とのコラボ引き受けていただけいないと?」


「無理ですね。それと、二度とこのように直接自宅を訪ねるのはやめてください」


「……仕方がないね。お前の法人口座を凍結する!」


「はい?」


 銀行の一支店長に、そんなことできる権限があるのか?


「私を誰だと思っているのかね? あの日本一のメガバンクである太陽銀行の支店長にして、将来の頭取候補でもあるんだ。ちょっとの売り上げがいいぐらいでいい気になっている一人法人など、私の力があれば簡単に潰せるのだよ。融資だって、私の胸先一つなのだ。わかったら、うちの息子とコラボしろ! うちの息子は天才なんだ! 必ず世界的な動画配信者になる。それに力を貸せと言っているのだよ」


「嫌です」


 親の子供に対する情愛って、ある意味怖いものなのだと感じた。

 太陽銀行の支店長ともなれば一流大学を出ているはずなのに、我が子可愛さのせいで、こんな非常識で脅迫混じりの提案をしてくるなんて……。


「天才動画配信者ですか? どんなチャンネルです?」


「俊也チャンネルだ」


 素直に教えてくれたのでスマホで探ってみると、チャンネル登録者数が十七名、視聴回数が百回を超えている動画が一つもなかった。

 動画の内容も……あまりに無に近い内容で、これでどうやって世界的な人気を獲得しようというのであろうか?


「無理でしょうね、こんな動画では」


「私の息子をバカにするのか! とにかくだ! お前はうちの息子とコラボするんだ! 未成年が少しばかし金を稼いだからといい気になりやがって! 太陽銀行を敵に回せば、お前などあっという間に野垂れ死にだ。わかったか?」


「頭が悪くて全然わからないので、お引き取りください」


「口の減らないガキが! せっかく改心するチャンスをあげているというのに……。天下の太陽銀行に潰されたくなければ、素直に私の言うことを聞くのだな。そうだ! 随分と儲けてるじゃないか。犯罪者一歩手前の冒険者風情が、生意気にも天下の太陽銀行に法人口座を作れただけでもありがたいと思え。恩義を感じたら、私に対する個人的なお礼を忘れるなよ」


「お礼? 口座を作ってくれてありがとう」


 どういう反応するか興味があったので、わざと煽ってみることにした。


「そういうことではない! 会社の利益から、私の個人口座に一億ほど振り込むのがビジネスマンとしての常識なんだ! なにしろ私は、天下の太陽銀行の支店長なのだからな。息子とのコラボだが、才能は息子の方があるのだから、お前の方から頭を下げてコラボしたということにしておけよ。わかったら準備をしておけ」


 言いたいことだけ言うと、太陽銀行の支店長は去って行った。

 それにしても、自称夢があるニートを養うのも大変みたいだな。

 あれだけのスペックを持った人間が、子供が絡むとあんなにおかしくなってしまうのだから。

 俺が将来結婚して子供が生まれるかどうかわからないけど、反面教師として気をつけようと思う。

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