第15話 上流階級の女性は凄い

「おはようございます、リョウジさん」


「おはよう、リョウジ君」


「おはようございます、良二様」


「おはよう……えっ? 様?」


「これは私の癖なので、良二様はお気になさらず」


「そうですか……」



 週に一度、学校に通うことになってしまった。

 なんでも、特別クラスの新しいルールだそうだ。

 出席しないと進学できないそうで、岩城理事長とレベル27アサシン田中も余計なことを……。

 教室に入ると、トップ3の美少女三人に挨拶された。

 剛はいない。

 週に一度の出席のため、教室内で顔合わせる可能性が低いからだ。

 実際に、教室には十名ほどしかクラスメイトたちが来ておらず、残りの人たちはダンジョンに潜っているはず。


「三人は、ダンジョンに潜らなくていいの?」


「今日は登校日ですから」


 俺の問いに、イザベラさんが代表して答えた。

 本物の貴族様なんて、向こうの世界で見たきりだな。


「現在私たちは、三人でパーティを組んでいますから」


「ちなみに、四人目も募集中だよ」


 と、さり気なく俺を勧誘してくるホンファさん。

 美少女に誘われるとつい……。

 召喚前ならすぐに誘いに乗ったかもしれないけど、今の俺にはなんのメリットもないので軽くスルーした。


「特別クラストップ3の三人が、特別クラスで下から数えた方が早い俺を誘うと、色々と軋轢があるんじゃないかな?」


「私は、空気を読む日本人ではありませんから」


「ボクも!」


「別に空気を読むということに対して、民族は関係ないんじゃないかな? 単純に戦力的な問題さ」


 俺は、特別クラスの席次はビリに近い。

 このクラスにいる人たちは筆記試験も、実技試験もほぼ満点だ。

 となるとあとは、ダンジョンでの成果ということになる。

 その成果も買取所での売却履歴が元になるため、獲得した成果の大部分をアイテムボックスで秘匿している俺は、とても成績が低かったのだ。

 クラスメイトたちの成績を見て適時成果を売却し、わざとその成績にしているのだけど。

 Aクラスには落ちないけど、特別クラスではビリに近い成績に。


「四席の拳さんを、殺気だけで気絶させる良二様の本当の実力が、この程度だとは到底思えませんが」


「俺はレベル1でノージョブだから」


「下のクラスの人たちなら素直に表示どおりだと思うのでしょうけど、特別クラスに所属している人たちは、あきらかにおかしいと思っていますよ」


「そう思うのは個人の自由だけどね。そもそも今のこの世界において、すべてをさらけ出すことが本当にいいことなのかな?」


 向こうの世界は絶対王政だったので、王様が権力と富を誇示する必要があった。

 そうしなければ、逆らって無用な騒動を起こす輩が出現してしまうからだ。

 俺は勇者として強大な力を得たが、その力はあくまでも王様の庇護下で振るわれるからこそ、魔王が倒れたあと俺は粛清されなかったのだ。

 もっとも魔王退治の間、俺の足を引っ張る人間が数えきれないほど出現したけど。

 魔王という人類の脅威が出現したので、人間は全員が一致団結して対応しました、なんてことは絶対にない。

 魔王と組んで王様を暗殺し、自分が新しい王になろうとしていた貴族までいた。

 それも一人ではなく、複数だ。

 そんなことをすれば人間の力が弱まってしまい、せっかく新しい王になっても魔王に滅ぼされてしまう。

 と大半の人たちが思っても、その貴族には通用しない。

 多分そう言って、彼を説得した人が周囲にいたと思うけど、残念ながら彼の考えを覆せなかったはず。

 ましてやこの世界は、もっと政治状況が複雑だ。

 俺がバカ正直にその力を世間に公にすれば、確実におかしな輩が現れる。

 すでに、親族、Eクラスの連中のバカぶりを見てきたので、田舎に籠って自給自足の清貧生活は嫌だが、情報漏洩に気を使うのは当然だ。

 岩城理事長は……俺と同類なので隠すのは難しいけど、俺の敵になると言うのであれば抹殺することも躊躇わない。


「だから、ダンジョン探索情報チャンネルを運営していらっしゃるのですか?」


「あのチャンネルの配信者は判明していないんじゃないのかな?」


「私の実家には、ツテがありますから」


 鷹司家。

 有名なお公家さんだけど、まだ侮れない情報収集力を有しているんだな。

 公官庁と繋がりが?

 いや、まだ古谷企画は一年目の決算にも到達していない。

 税務署から漏れるということはないはず。

 となると、税理士経由で漏れたか?


「税理士さんからではありませんよ。その税理士さんはとてもいい方なので、そのままお仕事を頼まれるとよろしいかと。法人は、銀行に口座を作らなければいけませんから……」


「酷い話だな」


「日本の銀行に口座を作るというのは、つまりそういうことですから……。ご本人たちは機密保持に絶対の自信があるようなのですが、顧客であるはずの私たちがその穴を指摘すると、逆に怒ってしまうのです。私の実家である鷹司家は、世界中で投資事業を展開しておりますが、その辺は気をつけておりますよ」


 そのうち、海外の銀行にも口座を作ろうかな。

 実は、俺の資産の大部分はアイテムボックスの中にあるので、どちらでも構わないのだけど。


「このクラスの真の主席はリョウジさんであることを、少なくとも私たち三人は気がついております。私が当主を務めるグローブナー伯爵家も、世間で言われているとおりのイギリス貴族でございますから」


「うちも、十九世紀から海外で活動してきた華僑だからね。リョウジ君の存在に気がつかないわけがないさ」


 そうだろうな。

 俺もそこは諦めている。

 ようは俺が、どうでもいい面倒ごとに巻き込まれなければいいのだから。


「私たちは知っているから、知られたくなかったら融通しろってことかい? で、同じパーティで活動しろと?」


「まさか。私たちはそこまでバカではありませんわ」


「ボクたちなんて足手纏いじゃないか。名ばかりベビードラゴンで、あんなに巨大な竜を瞬殺してしまうようなリョウジ君と、三人で死を覚悟していただけのボクたち。パーティを組んでも釣り合いが取れるわけがない」


「気がついてたのか」


 あの時の動画は、まだ公開していないんだけどなぁ。

 この三人を甘く見たかな?


「ボクは武闘家の上級職だから、ランダムシャッフルタイム時の白銀の勇者の動きが辛うじてわかったって感じだね」


「ですから、無理に良二様をパーティに誘うような真似はしません。現時点では」


 もし三人の実力がもっと上がれば、そうなる可能性も否定しないわけか。

 将来になにが起こるのかなんて俺にもわからないから、別に構わないけど。


「それにもしかしたら、良二様が年相応の高校生男子の本能として、私たちに手取り足取り指導したくなり、そのあと手を出したくなったとしても、私たちはそれを否定するほど野暮ではありませんよ。命をかけてモンスターを狩っているので、性欲が増すのも仕方がりませんし、その解消のために協力するのが、仲間というものではありませんか」


「……」


 実は、一番大和撫子に近い見た目の綾乃さんが一番ヤバイ人かも。

 上流階級のお嬢様なのに、実はそういう方面の経験が豊富だとか……。


「誤解なきように言っておきますが、私たちは家を保ち繁栄させるという古臭い価値観で生きておりますので、無用な殿方との接触は極力避けております」


「ボクたちにすり寄ってくる男性って、見た目と表面上のスペックだけ立派な、ヒモ目当てのどうしようもない人たちが大半だよ。それすらない、家柄しか取り柄がないとんでもない奴もいるし」


「それに比べて良二様は、私たちが圧倒的な力を見せるベビードラゴンの前で死を覚悟した時、目にも留まらぬ速さで現れて一撃で倒されてしまいました。命が助かった安堵感と同時に、良二様を見る度に胸の鼓動が止まりません」


「……」


 三人の目は、絶対に俺を手に入れようという、肉食獣のそれであった。

 正直なところ、ちょっと引くわ。

 そういうところは上流階級なんだよなぁ。


「もしお時間がございましたら、一日だけでもご指導いただけたらと思います。当然相応の謝礼はお支払いいたしますわ」


「当然だね。リョウジ君の貴重な時間を潰してしまうんだから」


 無理にパーティに入れてもらわなくてもいいけど、時間があったら一日指導してほしい。

 さすがは大金持ち。

 こうやって、徐々に接近してくるのか。


「それで、もしお引き受けいただく場合、いかほどお支払いすれば?」


「そうだなぁ……」


 丸一日。

 モンスター狩りと、動画撮影がストップしてしまうからなぁ。

 ダンジョン攻略に関しては、すでに国内にあるダンジョンすべてをクリアーしていたから、今のうちなら依頼を引き受けても問題はない。

 ダンジョンコアはすべて入れたので、自由に好きな階層に移動できるようになった。

 ダンジョンコアは一つだけしか手に入らない、なんてことはないので、みんなも頑張ってダンジョンをクリアーしてほしい。

 逆に言えば、誰かがそのダンジョンをクリアーしたからといって、その瞬間から冒険者全員が自由に好きな階層に行けるって話でもない。

 ダンジョンコアを持つ冒険者のパーティメンバーなら話は別だけど、一つのダンジョンコアで、所有者も合わせて六名までしかダンジョン内を自由に移動できないから、頑張って最下層のボスを倒してダンジョンコアを手に入れる必要があった。


「冬休みになったら別の仕事があるから、それまでなら」


 そこから二年生になるまで。

 アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシア、インド、ブラジル等々。

 国内のダンジョンの攻略と、動画撮影をする仕事を引き受けていた。

 すでに向こうの世界でクリアーしたダンジョンばかりだし、今も鍛錬を続けていて強くなっているから問題なく攻略できると思うけど、数が多いので時間がかかる。

 動画の撮影は丹念に丁寧にやらなければいけないので、これも時間がかかるからな。

 高額の報酬を貰う以上、ちゃんと仕事はしなければ。


「報酬は十億円ってところかな」


 丸一日で十億円。

 実はこれでもかなり安いんだけど、いくら冒険者が稼ぐとは言っても、そう簡単に支払える金額ではないはず。

 向こうが断ることを想定して提示した値段なのだ。


「(俺に一日指導を受けたところで劇的に強くなるとは思わないから、絶対に断るだろうな。金持ちって案外ケチだって聞いたから)どうかな?」


 十億円なら、断っても仕方がない。

 俺はある種の逃げ道を提示してあげたのだ。

 感謝してほしい。


「まあ、たった十億円だなんてお安いですわ。本当にそんなにお安い金額で大丈夫なのでしょうか?」


「えっ?」


「確かに十億円は高いけど、日本のダンジョンをすべてクリアーして、その様子を順次動画で更新していきますと宣言したリョウジ君の指導なら、十億円出す人は沢山いると思うよ」


「百億円だと困って……それでもお願いしましたが、予想よりもかなりお安くて助かりました」


「……」


 元々一般庶民だったためか、俺は上流階級の懐を見誤っていたかもしれない。

 だが一度口に出してしまった以上、それを撤回するのはプライドが許さなかったので、一人十億円で三人の指導をすることになったのであった。

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