第13話 特別クラス

「へえ……、Eクラスのほぼ全員が他高に編入ですか……」


「この学校の入学条件である、冒険者特性を失ってしまったからね。かといって彼らは努力家でもないし、人間性も決していいとは言えない。それよりも、冒険者特性を持っていたにも関わらず普通の高校に通わざるを得なかった生徒たちを編入した方がいいからね。独自にダンジョンに潜っていて成績優秀者が多かったから、かえってよかったんじゃないかな」


「それはよかったですね」


「ところで古谷君。なにかやった?」


「岩城理事長じゃないんですか? 俺にそんな能力はありませんよ」


「……まあそういうことにしておこうかな。世間では、ダンジョンに潜らない冒険者特性をもつ人たちが、それを失ってしまう事例が多発しているね。その代わりかどうか知らないけど、冒険者特性がないのに真面目にダンジョンでスライム狩りをしている冒険者たちが突如それを獲得してしまう事例もあるとか。不思議な話だね」


「正しい努力をしている人には、なんらかのご褒美があるんだと思いますよ」


「なるほど。とにかく生徒たちの入れ替えは終わったから、古谷君は今日から特別クラスの教室に行ってね」


「どうせほとんど出席しませんけど、今日は初日だから仕方がないですよね」


「君はブレないなぁ」





 冒険者高校に在籍はしているが、ほとんど行かないのが俺のスタイルだ。

 だって必要ないから。

 冒険者高校は定期試験もリモートでできるし、別に俺だって暇なわけではない。

 特にこの一週間ほどは、『レベルドレイン』でEクラスのクズ共もから取り上げた冒険者特性を、真面目にダンジョンの一階層でスライム狩りをしている人たちに十万円で売るお仕事が忙しかったのだから。

 その時ちょっと占い師の老婆に変装していたのは、俺が恥ずかしがり屋さんだからだ。

 冒険者特性を持っていないけど頑張っている冒険者たちに、俺が冒険者特性を売る。

 ちゃんとお金を貰っているのに、彼らに過剰に感謝されると恥ずかしいから、正体はあかさないに限るな。

 せっかく冒険者特性を持ってるのにまったくダンジョンに潜らない、主に老人たちには無用の長物なので、これも『レベルドレイン』で奪って、冒険者特性はないけど真面目にスライム狩りをしている人たちに十万円で分けておいた。

 これで、ダンジョン探索のスピードも上がるはずだ。


「(この活動は、今後も続けていくとして……)特別クラスに顔を出してきます」


「それがいいよ」


 理事長室を出た俺は、特別クラスがある教室へと歩いて行った。

 冒険者高校における特別クラスとは、校内の成績優秀者たちを集めたものである。

 他のクラスとは違って 特別クラスはどの学年でも所属できるが、一度特別クラスにになっても、実力不足で下のクラスに落とされてしまうケースも存在した。

 留学生たちが大幅に増えた影響もあり、特別クラスは前校長と教頭の解任後に大幅に入れ替わっていた。

 クビになった校長と教頭は、特別クラスを選ぶ権限があることをいいことに、実力は低いが家柄がいい、自分に賄賂を渡した生徒などを特別クラスに編入してしまったからだ。

 奇妙な平等主義を発揮して定員まで設けてしまい、これも岩城理事長の逆鱗に触れたのであろう。

 レべル26アサシン田中新校長は、各クラスの基準を公表し、どのクラスに何人でも所属できるようにした。

 相対評価から絶対評価にして、校内の全員が実力者なら、全員特別クラスに所属できるわけだ。

 当然そんなはずはないので、新しい特別クラスは以前よりも人数が減っている。

 それだけ、以前は実力が伴わないのに特別クラスに配属された生徒が多かったのであろう。

 特に、前校長と教頭が依怙贔屓していた生徒たち全員が、B~Eクラスに落ちてしまった。

 冒険者としての実力がないのだから仕方がない。

 そんなわけで、人員が様変わりした特別クラスに俺も所属することになったわけだ。


「なるほど。カードがないと教室の中に入れないのか」


 特別クラスは特別なので、学校から支給されるIDカードがないと教室に入れない。

 岩城理事長から貰っていたので、入り口のドアに通して教室の中に入った……が……。


「(あのさぁ……漫画やアニメじゃないんだから……)」


 教室に入った瞬間。

 クラスメートたちの殺気が籠った視線が、俺に向かって飛んできた。

 特別クラスは、冒険者特性を持つ中でも一握りのトップエリートたちしか所属できない。

 レベルアップの影響で人間離れした能力を持ち、彼らが放つ殺気の篭った視線は、一般人なら気絶してしまうほどのものだ。

 それほどレベルが高くない担任が入って来るかもしれないのに……。

 大体、新しいクラスメイトに殺気を向けるってどうなんだろう?

 それで実力を探って、『彼はかなりやるな』みたいなことを話し合うのであろうか?


「嫌だねぇ。チンピラじゃあるまいし。そもそも冒険者って、モンスターに殺気を向けるのが仕事だろうに。クラスメイトの値踏みなんてして、なにを考えてるのやら……」


「てめえのことは知ってるぞ! 元Eクラスでレベル1のノージョブのくせに、新しい校長が特別クラスに編入したってな。露骨な忖度だな」


 俺に殺気を込めた視線を送り続けることをやめない生徒は、角刈り、筋肉で覆われた巨体を持つ、いかにも体育会系な日本人だった。

 以前から特別クラスに所属していたようで、今回のクラス替えでそのままということは、特別クラスに相応しい実力者なのであろう。

 彼は、前校長の忖度で特別クラスに在籍していた、実力のない連中に辟易していたのかもしれない。

 そんな彼が、突然Eクラスから特別クラスに上がった俺に、文句を言いたい気持ちはよくわかるのだ。


「新しい校長になったから、もう忖度は許されない。俺はちゃんと特別クラスの在籍基準を満たしているから移ってきたんだ。くだらない嘘を垂れ流すのはやめてもらおうか。デカブツ」


「拳剛(けん たけし)さん。いきなりそのような物言いは失礼だと思いますが」


「グローブナーか! 俺は、こいつが特別クラスに上がってきたことに納得できねぇ。こいつに特別クラスに所属できる実力があることが確認できるまで引かねえからな」


「こだわりますのね」


「前の校長と教頭が特別クラスに入れた連中。やっぱりクラス替えしたらAクラスにも入れねぇじゃねぇか。なにが冒険者は実力主義だ! 校長と教頭がそれを率先して破ってりゃ世話ねえよ。 俺を認めさせてみろ、Eクラス!」


「お前が認めればいいのか」


「俺は、新しく主席になったグローブナー、次席のウー、三席の鷹司に次ぐ四席。以前は首席だったが、現時点でこの三人に勝てないことは認めている。お前が特別クラスに所属できる実力があることがわかれば、すぐに非礼は詫びよう」

 

 この巨漢。

 見た目に反して、悪い奴ではないみたいだな。

 俺の実力に懐疑的なのも、前の校長と教頭がやらかしたせいなのだから。


「それを証明する手段をどうする? 冒険者高校では私闘は禁止だぞ」


 冒険者特性を得てレベル1のままなら一般人と大差ないが、一つでもレベルを上げてしまえば、一般人とはまるで別の存在になってしまう。

 つまり化け物になってしまったわけで、そんな化け物同士がダンジョンの外で戦えば多くの人たちに迷惑がかかるのだから、決闘禁止は当然のルールだ。


「お前が、俺に殺気を飛ばせばいいだろう。それでわかるじゃねえか」


「確かに」


 ガンを飛ばすなんて不良みたいな話だが、実は冒険者同士は戦わなくても殺気を飛ばし合えば、お互いの実力が容易にわかってしまう。

 なにしろ、怪獣みたいなモンスターと戦うのだ。

 そのぐらいの殺気、気迫がなければ、スライム以上のモンスターと戦えやしないのだから。


「それでいいのなら……一応忠告しておくが、後悔するなよ」


「後悔? するものか! 担任が来るんだから早くやれ」


「わかった」


 とはいえ、今の俺が全力で殺気を飛ばしたら彼は死んでしまうかもしれない。

 残念ながら、俺と彼との間にはそのぐらいの実力差があるのだ。


「(百分の一? いや、千分の一か?)」


 他のクラスメイトたちにも影響が出てしまうので、俺は可能な限り手加減して巨漢くんに殺気を飛ばした。

 すると……。


「あっ、立ったまま気絶してる。漏らさないのは上出来かな。あっ、ボクはウー・ホンファね。アヤノ、彼は治癒魔法で目覚めるかな?」


「目は覚めますから、拳さんに治癒魔法をかけますね。私は、鷹司綾乃と申します。で、こちらが首席のイザベラ・ルネ・グローブナーさんです。実は私たちも新参者なのですが」


「アヤノさんは日本国内の高校からの編入。私とホンファさんは二学期から留学してきましたので」


 実は以前三人を助けたのだけど、フルフェイスの兜のおかげで同一人物だとは気がつかれなかったようだ。


「すまねえ! お前は特別クラスに相応しい人間だった! 拳剛だ!」


 さすがに、Eクラスのようにどうしようもない人間はいなかったようだ。

 全員が実力者なので、心に余裕があるのかもしれない。


「古谷良二です」


 無事に特別クラスに溶け込むことはできたけど、考えてみたら俺あんまり学校に来ないので、あまり関係ないのかもしれない。

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