第12話 冒険者特性付与
「今日はいつもよりも調子がよかったな」
「ああ、スライムの効率のいい倒し方を習得しつつある」
「とはいえ油断はできない」
「そうだな。あの巨体に押し掛かられたら、冒険者特性がない俺たちなんてよくて大怪我、下手をすれば死んでしまうからな」
「ああ、冒険者特性があればなぁ……」
「ないものねだりをしても仕方がないさ。そんなものがなくても、なるべく優れた装備を揃え、スライムの動き方を研究し、五人で連携して討伐すれば下手なサラリーマンよりも稼げるんだ。冒険者特性がない俺たちは、ダンジョンに潜れる期間が短いかもしれない。ちゃんとお金を貯めて、第二の人生に備えようぜ」
世界中にダンジョンが出現したことで発生した大不況により、俺たち五人は勤めていた会社からリストラされてしまった。
転職しようにも新しい求人はなかなかなくて、俺たちはこれまでの貯金や退職金を叩いて装備を購入し、ダンジョンに潜ってスライムを狩り始めた。
俺たちに冒険者特性はないけれど、しっかりと準備をして工夫をすれば、かなりの数のスライムを倒せる。
報酬を五人で分けても、前職よりも圧倒的に稼げていた。
ただ、冒険者特性がある人たちとは違って、レベルアップの時に発生する能力のアップや、加齢の停止、若返りなどは期待できない。
二日間ダンジョンに潜って、一日を完全休養にしているけど、いつまでもできる仕事ではない。
今のうちにお金を貯めて、次の人生に備える。
俺たち五人の考えは一致していた。
俺も子供が生まれたばかりなので無茶できないし、俺たちのように冒険者特性がないのに、頑張ってスライムを刈っている人たちは多いのだから。
「たった三日間とはいえ、ランダムシャッフルタイムのせいでダンジョンに入れなかったのは辛かったな」
休日も入れるから実質二日間分だが、二日分の実入りがなくなると、最底辺のスライム狩りには辛いものがある。
俺たちはサラリーマンじゃないから、成果がなければ収入にならないのだから。
「しかし、命あっての物種だ」
「そうだぞ。ダンジョン探索情報チャンネルの忠告を無視して死んだ冒険者は結構いるらしいじゃないか」
「三日間は家族サービスができたし、気分を切り替えていけば」
「それもそうか」
「それにしても、ダンジョン探索情報チャンネル様々だな」
それは言える。
ダンジョン探索情報チャンネルがなければ、冒険者特性がない一般人が比較的安全にスライムを狩れるようになるまで、長い時間と多くの犠牲者を出していたはずなのだから。
「ダンジョンに潜る者なら、全員がダンジョン探索情報チャンネルを見ているはずだけど、忠告を聞かない奴ってのはいるんだな」
「自分に過剰な自信を持つ者は多いし、冒険者ってのは、ようは個人事業主だろう? ランダムシャッフルタイムは、出現した強いモンスターから絶対にレアアイテムをゲットできる。チャンスと見る人の行動を、他人が止めることは難しいんじゃないかな?」
「強くなれれば、いつか挑戦してみたいけどな」
「難しいだろうがな」
俺たちには冒険者特性がない。
今から過酷なトレーニングを積んだとて、劇的に強くなるわけではないのだから。
やはりレベルアップできないとな。
「冒険者特性を持った年寄りとか、まずダンジョンに潜らなそうな人たちが勿体ないって思ってしまうよな」
冒険者特性の出現に、性別、年代による差はないようだ。
日本人は冒険者特性の出現率が世界で一番らしいが、とにかく老人が多いので、他国に比べて冒険者の数が多いということもなかった。
日本はダンジョンの数も多く、平均階層が深い。
そのため、優れた成果を獲得できるところが多いと、ダンジョン探索情報チャンネルでも言っていた。
だから、海外から多くの冒険者特性を持つ人たちが日本に集まりつつあるのだ。
「どうせダンジョンに潜らないんなら、そいつらの冒険者特性を分けてくれないかな?」
「そんなムシのいい話あるものか」
「あるかもしれませんねぇ」
「「「「「えっ?」」」」」
上野公園ダンジョンを出て、上野駅まで歩いていたら、道端で占いをしている老婆に声をかけられた。
無視してもよかっただが、俺たちはなぜかその老婆の声に俺たちは引き寄せられてしまったのだ。
「冒険者特性、欲しいかい?」
「あればレベルアップするから、スライム以外のモンスターも倒せるようになる。欲しくないわけがない」
「十万円はお持ちかな?」
「婆さん、あんた……」
「信じるも信じないも自由だよ。それに、今は五人で仲良くやっているあなたたちだが、冒険者特性を得たばかりに、仲間割れをしてかえって不幸な結末を迎えることもある。どちらを取るのもあなたたち次第ってやつさ」
なんとも占い師らしい言い方だが、気になって仕方がない。
十万円支払って冒険者特性を得られるのなら、世界中から多くの人たちがこの婆さんの元に押し寄せるはずだ。
絶対に詐欺のはずなんだが……。
「十万円ならある。本当に冒険者特性が手に入るのか?」
「本当は無料であげてもいいんだけど、私はその人の覚悟を知りたいのでね。とはいえ、あまりに高額にしてしまうと、これはこれで、やる気もない金持ちやその一族たちに独占されてしまう。それともう一つ約束がある」
「約束?」
「実は私は神の遣いでね。冒険者特性とは、ダンジョンに潜るために神が与えた才能。それを腐らせ、さらに悪徳の多い人間は……まあそういうこともあるってことさね。神様も忙しいから、絶対とは言えないけどね。という事実を、できる限り内緒にしてほしい」
「十万円だな」
十万円という金額がある意味嫌らしかった。
もの凄く大金というわけではないが、端金でもない。
もしかすると……とかすかに思わせる金額なのだ。
「五人で五十万円、確かに受け取ったよ。手の平を見てみなさい」
「手の平? あっ! レベル1戦士って表示されている!」
本当に、冒険者特性が……。
いつの間にか、この老女が手の平にマジックで書いた……なんてことはあり得ないし、何度擦っても落ちないから本物だろう。
「俺は、レベル1武闘家だ」
「私は、レベル1魔法使いだな」
「俺は、レベル1僧侶」
「僕は、レベル1盗賊だよ」
五人とも、一斉に手の平に表示が出た。
これでますます、この婆さんがこっそりと手の平にマジックで……なんてことはあり得なくなってしまった。
「随分とバランスがいいねぇ。毎度あり。老婆心からの忠告としては、力を手に入れたことに浮かれて無茶をして死ぬというパターンがとても多い。今人気のダンジョン探索情報チャンネルでも何回か忠告しているからねぇ。ではこれで」
「えっ?」
「消えた?」
俺たちに冒険者特性をくれた占い師の婆さんは、忽然と姿を消してしまった。
その後、買取所の隣にある冒険者センターで確認をしてもらったところ、俺たちは本当に冒険者特性を得ていた。
驚いた職員たちに事情聴取されたのだが、占い師の婆さんのことを話すわけにいかない。
それを話した結果、せっかく得た冒険者特性を失ってしまう可能性もあったからだ。
「明日からの希望が見えたな」
「スライムをいっぱい倒してレベルを上げれば、二階層のゴブリンもいけるはずだ」
「ゴブリンは魔石と鉱石の質がいいらしいからな」
「しかしながら、調子に乗って無謀な行動をするのは危険だろう」
「それはあれだろ。自動車の運転免許を取って、運転に慣れてきた頃が一番事故に遭いやすいという」
「注意してやっていくしかないな」
その後も俺たちは、五人でパーティを組み続けた。
結局、ダンジョン探索情報チャンネルの配信者や日本や世界のトップランカーたちには及ばなかったが、それでも冒険者としてはかなりの成功を収めることができたので、あの占い師の婆さんには感謝の言葉しかない。
その後、俺たちと同じように冒険者特性を貰った人たちが占い師の婆さんの情報を暴露していったが、特にペナルティーはなかったようだ。
ただ、せっかく冒険者特性を貰ったのに、素行が悪かったり、ダンジョンに潜らなくなった者たちから冒険者特性が消え、占い師の婆さんを経由して他の人間に冒険者特性が移っていく事例が多発するようになった。
わずか数年で、冒険者特性を得ていたがダンジョンに潜らない、主に年寄りたちから冒険者特性が消えてしまったのだ。
この現象はたまに海外でも見かけられるようなったが、日本で圧倒的に件数が多かった。
冒険者特性を十万円で譲渡してくれる占い師の婆さんの正体を探る動きがいくつも起こったが、結局その正体は判明しなかったようだ。
あの老婆は、本当に神のお遣いだったのかもしれない。
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