第10話 ランダムシャッフルタイムと三人の女神たち
「一階層にオークが出現かぁ。いかにもランダムシャッフルタイムだな」
「おい! 冒険者特性がない俺たちがオークになんて勝てるものか! 逃げるぞ!」
「今日の稼ぎどうしようか?」
「バカ! 死んでしまったら、明日以降の稼ぎもなくなってしまうじゃないか!」
「実入りが……」
上野公園ダンジョンの一階層に突如オークが出現し、スライムを刈っていた冒険者たちを恐怖のどん底に陥れていた。
冒険者特性がなければ二階層のゴブリンにすら勝てないのに、オークに勝てるわけがないからだ。
俺なりに分析したところ、この世界の冒険者でオークに勝てる冒険者はとても少ない。
全高三メートルの二足歩行をする豚人間に、普通の人間が勝てるわけがないからだ。
素手の人間は、熊はおろか、他の大型野生動物……犬にすら勝てないのだから。
「おい! あんたは逃げないのか?」
逃げ惑う冒険者の一人が、オークが接近しても動揺しない俺に声をかけてきた。
逃げないと死んでしまうよという、親切心からであろう。
「これはどうもご親切に。ですが、倒すので安心してください」
「倒す?」
「このように」
俺が予備の剣をオークに向けて投擲すると、それは額のド真ん中に命中。
脳を破壊して、一撃で即死させることに成功した。
「えっ?」
「とまぁこんな感じに。オークの死体を回収。ランダムシャッフルタイム時に乱入したモンスターは、必ずレアアイテムをドロップするな。ドローンたちによる撮影も成功」
「……ああっ! その白銀のフルフェイス兜と鎧は…… ダンジョン探索情報チャンネルの!」
「またオークが出たな。早く逃げたほうがいいぞ」
「ううっ……惜しいけど……」
自分で動画を作って配信したはずのにすっかり忘れていたが、探索者たちはしっかりと俺の動画を見ていてくれたようだ。
一階層にも冒険者の数は少なく、大きな実入りを狙ってダンジョンに潜っていた人たちも、実際にオークを見たらすぐに撤退してしまった。
レベル25アサシンの田中でも、一日に二~三体倒せれば上出来くらいの強さなのだ。
冒険者特性を持たない人がオークに挑むなんて、無謀以外の何物でもなかった。
「とはいえ……」
俺からすれば雑魚なので、広大な上野ダンジョンの一階層に出現したオークたちは、短時間ですべて倒すことに成功した。
「次は…… 二階層というわけにもいかないか」
岩城理事長の依頼で、留学生たちのフォローをしなければいけない。
すぐさまダンジョンコアを用いて、日本のトップランカーと実力差がないどころか、彼らよりも強いであろう留学生たちを探す。
「二階層以下……あまり冒険者がいないな」
動画配信で忠告していたからかな?
一階層でも、ランダムシャッフルタイム時はオークが出現するのだ。
下の階層に行けば行くほど、この世界の冒険者では瞬殺されるであろう強力なモンスターたちが出現する。
「……間に合わなかったか……」
二十五階層で、冒険者たちの死体を見つけた。
まさか、ランダムシャッフルタイムの間中、上野公園ダンジョンの入り口で冒険者たちを追い返すわけにもいかないからな。
俺の動画を見て休みを取っている冒険者たちが大半で、ダンジョンに入った冒険者の数はとても少なかったのだから。
「留学生たちは二十五階層にもいなかったか……。さすがは、留学できるほどの逸材たち」
ロックゴーレム、アシッドスライム、ビッグウルフ、キラーベア、ダブルヘッドタイガー等々。
本来なら、二百階層以下に出現するモンスターたちが出現し、ランダムシャッフルタイム時にダンジョンに入った冒険者たちに、人生最後の後悔をさせた。
実力があれば、倒せば確実にレアアイテムをドロップするので美味しい話なのだけど、この世界にダンジョンが出現してまだ二年も経っていない。
もっとレベル上げなければ、ただモンスターたちの餌食になってしまうだけだ。
「岩城理事長も甘い部分があるな。ランダムシャッフルタイム中、実力が伴わない冒険者たちがダンジョンに入るのを止めればいいのに」
とはいえ、冒険者とは自由業である。
今が稼ぎ時だと判断して、ダンジョンに入る冒険者たちを止める権利などないのだから。
「三十七階層……気配を感じだぞ!」
もしかしたら、三十七階層は世界レコードじゃないかな。
なるほど。
留学生たちは優秀な者たちであり、難易度は高いが実入りは多い日本のダンジョンに挑戦する資格があるというわけか。
外国のダンジョンの大半は、日本のダンジョンに比べると階層が少ないからな。
どうしてまだ海外のダンジョンに潜っていない俺にそれが理解できるのかといえば、これらのダンジョンはすべて向こうの世界から飛ばされてきたものばかりだからだ。
入り口の写真を見れば、向こうの世界のどのダンジョンだったがすべて俺にはわかる。
すべて一度攻略したダンジョンばかりなので、忘れるはずがなかった。
「これはもしかして………ベビードラゴンが出現しているのか?」
三百階層より下の階層に出現するモンスターだ。
ベビーなんて名前がついているが、それはただドラゴン種の中で一番小さいというだけで、その強さは驚異的だ。
なによりの証拠が、三十七階層に一匹しか出現していないことである。
本来生息している大王バッタたちも決して弱いモンスターではないというのに、ベビードラゴンに恐れをなして逃げ出している状態なのだから。
「あっ! ダンジョン探索情報チャンネル!」
「俺はチャンネルじゃないけど……」
ベビードラゴンに恐れをなして逃げてきたのであろう。
留学生たちと思われる集団が、俺を見て声をあげた。
ダンジョン探索情報チャンネルは世界中で大人気だから、俺の格好を見てすぐに気がついたようだ。
「ベビードラゴンには勝てないと判断し、撤退する決断力は悪くない」
冒険者は、ダンジョンに潜って成果を持ち帰り続けることが重要なのだ。
無謀な戦いを選んで死んでしまうなんて、愚か者がすることなのだから。
「ダンジョン探索情報チャンネル! 実は、特別クラスのトップ3が、俺たちを逃がすために時間稼ぎをしているんだ」
「それはあまりにも無謀だろう」
「でも、誰かが残らなければ我々は全滅していた」
「ベビードラゴンはあの巨体なのに素早いからな。了解した、急ぎ救援に向かう!」
「えっ? 速っ!」
今のトップ3とやらの実力でも、あとどのくらい時間稼ぎができるか。
死なれると岩城理事長がうるさそうなので、全速力でベビードラゴンの元へと向かうのであった。
「ホンファさん、アヤノさん。まだ生きていらっしゃいますか?」
「なんとかね……。しかし貧乏クジを引いたね」
「やはり、ダンジョン探索情報チャンネルの情報どおり、まだ未熟な私たちがランダムシャッフルタイム時にダンジョンに潜るのは危険でしたね……」
「校長と教頭に煽られて、特別クラスとAクラスの全員がダンジョンに潜ることを決めてしまったのです。 彼らの策に乗せられた私たちが間抜けだったのだと思います」
もしランダムシャッフルタイムで大きな成果が出れば、それは校長と教頭の功績。
失敗したら、ダンジョンで冒険者が死ぬのは仕方がない、で押し通すつもりなのでしょう。
名誉ある伯爵家の当主としてノブリス・オブリージュの精神に従い、特別クラスの主席なので足止め役に志願しましたが、装備はボロボロで、体中傷だらけ。
ポーションもすでになく、魔力ポーション……なんて滅多に手に入らず、しかも国や大企業が研究用として買い取ってしまうので、冒険者で所持している人はいません。
これでは聖騎士の長所である、魔力を込めた一発逆転の必殺技すら放てません。
聖闘士であるホンファさんも魔力を込めた必殺技は使えず、賢者である綾乃さんは大ダメージを受け続ける私たちに治癒魔法をかけるので精一杯。
残り魔力もわずかで、もはや攻撃魔法で一発逆転を狙うことすら不可能でしょう。
「ホンファさんがここに残ってくれるとは意外でした」
「ボクも同じこと思っていたね。ジョンブル貴族のイザベラがさ。アヤノは、日本人だから真面目で責任感強そうだけど」
「真面目とか責任感が強いとか。民族性はあまり関係ないと思いますけど……。ところで、私の予想だとあと一分と保たないと思いますが」
アヤノさんの予想は正しいでしょう。
世界のトップランカーたちが、いまだ三十階層を超えられるかどうかで競っていた時、すでに日本中にあるダンジョンの百階層まで様子を動画であげたダンジョン探索情報チャンネル。
ダンジョン内にビデオカメラを持ち込んでも撮影できないはずなのに、なぜかそれを成し遂げ、冒険者たちが効率よくダンジョンを探索できる方法を指導までしてくれる。
『日本人である可能性が高い』という情報を信じ、いつかお会いすることができるであろうと日本に留学したのに、まさかその忠告を無視してこんなところで人生を終えることになろうとは……。
「ダンジョン探索情報チャンネルの『勇者』さん、是非一度お会いしたかったですね」
「そうだね。ボクも彼に憧れて、日本に留学してきたからさ」
「彼? 男性と決まったわけではありませんわよ」
「よく言うよ。ダンジョン探索情報チャンネルをあげている勇者さんが、若い日本人男性だという情報と、冒険者高校の生徒であるという情報は、世界中の上流階級の間で流れているじゃないか。アメリカの動画投稿サイトの運営会社はインセンティブを振り込んでいるから、その詳細な正体を知っていると聞くね。大国の政府関係者たちもとっくにその正体を知っているけど、ボクやイザベラ、アヤノレベルだと、詳細はわからないよね」
「うちは分家ですから」
「うちも分家ですし、近代の公家は、情報収集能力が落ちてしまっているのですよ。できればお会いしてみたかったです」
そこまで話したところで、巨大なドラゴンがトドメのブレスを吐こうと口を大きく開けました。
このブレスを回避したり防ぐ実力は最初から持ち合わせておらず、間違いなく私たち三人は死体すら残らず消滅するでしょう。
こうなってしまうと、本当に天国があればいいなと思うだけです。
パパ、ママ。
すぐに二人を追う親不孝な娘をお許しください。
「イザベラ!」
「ええっ!」
「ドラゴンのブレスがこない……人? 冒険者ですか?」
ベビードラゴンのブレスで死体も残らず消滅することを覚悟して目を瞑った瞬間、ホンファさんの叫び声が私を現実引き戻しました。
一向にブレスが飛んでこないこともありベビードラゴンを見ると、神速の速さで飛び上がって、その脳天部分に大剣を突き刺している人物が……。
どうやらその一撃が致命傷だったようで、ベビードラゴンはブレスを吐く前に崩れ落ちるように倒れてしまいました。
一撃でベビードラゴンを倒した人物は、大剣を引く抜くと私たちの方に歩いてきます。
「生きているか? 怪我が酷いな『エクストラヒール』!」
失礼だと思いますが、アヤノさんが使う治癒魔法とは比べ物にならないほど高威力の治癒魔法の光が私たちを包み、それが晴れたと同時に私たちは完全に回復していました。
「私たちはボロボロだったのに、なんという高威力の治癒魔法……」
アヤノさんが放心していますが、その気持ちはよくわかります。
「白銀の全身鎧と、顔を隠したフルフェイスの兜。まさかあなたは、ダンジョン探索情報チャンネル!」
「だから俺は、チャンネルじゃないって!」
確かに、ホンファさんの発言にツッコミを入れる声は若いですね。
ただ、思わず広東語を話すホンファさんと会話が成立しているところから、もしかしたら日本人ではない?
そういえば、優秀な冒険者は天才的な頭脳を有することになるので、外国の言葉の習得は容易なはず。
やはり、ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さんが日本人でも特におかしなことはありませんね。
「三人とも、運がよかったな。いくら周囲の意見に逆らえなかった、冒険者高校の校長や教頭の思惑に乗ったという事情があるにせよ、冒険者とは個で成立するもの。もし君たちが死んでいたら、世間から未熟者、愚か者という評価を受けていたであろう。これに懲りて、二度とこういうことをしないように」
「「「……」」」
ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さんの言うことは正論すぎて、私たちはなにも言い返せませんでした。
「ランダムシャッフルタイムは身入りも多いが、相応の実力を必要とする。今はまだダンジョンに入らない方がいい」
「あの……勇者さんは?」
「俺は稼ぎ時なんだ! 動画を撮影しなければいけないからな。ようし、ドローンゴーレムよ。ちゃんと撮影していたな」
今のこの戦闘を、ドローンで撮影?
ですが、ダンジョン内で電力で動くドローンは動かせないはず。
もしかして、魔力で動かしている?
それも驚きですが、防御力などないに等しいドローンは、モンスターによって簡単に叩き落とされてしまうはず。
撮影中のドローンを守りながら、ランダムシャッフルタイムで出現した強力なモンスターたちを、解説しながら、さらに動画の撮れ高まで気にして倒してしまうなんて……。
「イザベラさん、私たちはお邪魔なようですね」
「ええ、アヤノさん」
「ダンジョン探索情報チャンネル、凄すぎる!」
「いやだから、俺はチャンネルじゃないって!」
もの凄い方なのですが、そこはこだわるのですね。
ホンファさんに対し、必ずツッコミを入れるのですから。
「というわけで、俺はこれからとても忙しいので、みんなはすぐに地上に帰還するように『エスケープ』!」
「「「えっ?」」」
一瞬視界が暗くなったと思ったら、次の瞬間には一階層の入り口に三人で立っていました。
しかも一階層にはランダムシャッフルタイムで出現したと思われるモンスターが一匹も探知できず、きっと勇者さんが倒してしまったのでしょう。
「迷惑をかけないように、学校で自習しているしかないね」
「そうですね」
「今日はもう終わりにしましょう」
結局、ランダムシャッフルタイムが終了するまでの三日間。
私たちは一日もダンジョンに入らず、校内で自主練習をして時間を過ごしました。
ダンジョン探索情報チャンネルのおかげでランダムシャッフルタイムによる犠牲者は最小限となりましたが、やはり欲があってダンジョンに潜り、強いモンスターに殺されてしまう冒険者たちも一定数いて、私たち冒険者に苦い教訓を残すことになったのでした。
「ダンジョン探索情報チャンネル、何者なのかな?」
「冒険者高校の生徒である可能性は高いと思います」
「ですが、特別クラスにあそこまでの実力者は……私たち三人がトップ3なのですから」
「他の冒険者高校という可能性もありますわ。日本はすべての都道府県に冒険者高校が設立されていますから」
ダンジョン探索情報チャンネルの勇者さん。
できれば素顔の状態でもう一度お会いして、正式にお礼をしたいところです。
目にも留まらぬ速さでドラゴンの脳天に大剣を突き立てたあのシーン。
それを思い出すだけで、私の胸がドキドキしてしまったのですから。
「是非とも、香港に招待して高級中華でも振る舞いたい気分だね。ついでに、ボクの実家にもご招待して……」
「勇者さんは日本人なので、お食事に誘うとなれば、私が圧倒的に有利なはず。さり気なく実家にご招待して……」
ホンファさんとアヤノさん。
二人とも、勇者さんをお婿さん候補としたようですね。
ですが、私も負けませんわ。
まずは、勇者さんがどのような方か、グローブナー伯爵家の総力を挙げて情報をゲットしませんと。
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