第9話 岩城理事長

「リョウジ・フルヤ。どこにでもいそうな普通のハイスクール生だね。彼が、日本中のダンジョンの解説と攻略方法、定位置にある危険な罠の紹介と、その解除方法。効率のいいモンスターの倒し方、モンスターの解体方法まで実演付きで解説しているね。しかし彼は、フルフェイスの兜をつけているだけで正体を隠せると本気で思っているのかな?」


「プレジデント、彼はそこまで楽天家ではないと思いますよ。彼が利用している動画配信サイトは我が国の企業だ。そこから情報が漏れても仕方がないと思っているはず。ですが、我々がそれを得意げに世間に漏らすほどバカではないと信じているのです」


「だろうな。で、日本政府はどうしているのかな?」


「彼の『フルヤキカク』ですか。一年目の決算が出れば気がつくんじゃないんですか? いつのまにかユニコーン企業が誕生しているのですから。ただ、日本の国税庁は機密を守れないでしょうね。どうせその頃には、世界中の国々やで大企業の上層部が、彼の存在に気がつくでしょうけど。彼が、この世界に出現したダンジョン攻略のキーなのだと」


「しかし、世の中は不公平だね。日本には優秀なダンジョンが多数あって、冒険者特性が出る割合も世界で一番高いのだから。我が国も、中国も、インドも、ブラジルも。人口が多くなければ、大変なことになっていたよ」


「ですがプレジデント。日本は先進国で一番少子高齢化が進んでいる国です。いくら冒険者特性を持っていても、お年寄りがダンジョンでモンスター狩りに励みませんよ。勿論ごく一部の例外はどこの国にも存在しますけどね。元気なご老人というのは、いつの時代にも存在するものです」


「なにより問題なのは、各国の冒険者たちによるダンジョンレコードの差はほとんどないというのに、日本だけは、国内に確認された百二ヵ所のダンジョンすべての情報が、順番に動画で無料で見れてしまうことだよ。こっちは手探りでやっていて犠牲者も多いというのに……。日本は事前にダンジョンの構造や、モンスターの生息分布などがわかっているから、圧倒的に有利だ」


「世界中に情報が公開されている、日本のダンジョンに潜った方が早いのではないかと言う意見も多かったので、国によっては留学生名目で例の冒険者高校ですか。日本人にしては随分と急いで開校したものです。おかげで、九月から世界中の留学生を迎え入れることができたわけで」


「我が国の留学生も多いと聞くな」


「それはそれとして。彼の情報はまだ世間に公にするわけにいきません。世界中の国家の上層部や大企業、諜報機関などがお互いを牽制し合った結果、彼に手出しをしないという紳士協定が作られ、守られているようですが……」


「抜け駆けするところはあるかな?」


「一人でまだ世界中の誰も到達していないダンジョンの階層で、動画撮影をして解説をしながら強いモンスターを倒しているんですよ。拉致しようとしたら返り討ちに合うに決まってるじゃないですか。当然我が国も手を出しておりませんが、プレジデントはそれをお望みで?」


「まさかな。状況が落ち着いたら、動画投稿サイト運営会社経由でアメリカのダンジョンの撮影もさせればいいじゃないか。エネルギーと資源はダンジョンから手に入れなければいけなくなったのだ。彼に一兆ドル払って惜しいと思うかね?」


「いえいえ、輪転機が大回転ですよ。機軸通貨の素晴らしさですな」


「だよな。ところで、我が国の留学生の中で、彼を落とせそうな魅力的なレディーは存在するのかな?」


「わかりません。ですが、冒険者特性がない人は留学させられませんからね。他国は対策を立てているはずなので、来年の四月までになんとかしたいと思います。日本の学校の新学期は四月なので」


「是非とも、我が国を代表するような魅力的なレディーを頼むよ。彼の女性の趣味嗜好もよく研究しておいてくれ。彼が国際結婚をしてアメリカ人になりたいというのなら、その自由意志を尊重して歓迎するのが、我がステイツに相応しい考えだと思わないかね?」


「それこそが、我がステイツのいいところですよ」


 そういえば、私の孫娘にも冒険者属性があるとかで、ロッキー山脈ダンジョンに籠りもきりだと妻が言っていたな。

 飛び級で大学を出ているがまだ十六歳だから、今度日本の冒険者予備校に留学しないか聞いてみることにしよう。





「古谷君、随分と久しぶりですね」


「そうですか? 一学期の終業式には会いましたよ。リモートで受けた定期試験の成績も落第ではないはずで。この学校に、進学に必要な出席日数というものは存在しないので、これからも始業式と終業式にしか登校しない予定です」


「でもね。いくらここが冒険者予備校でも、クラスメイトたちと友好を深め合ったりすることも大切で……」


「難しいんじゃないんですか? ほら」


「Eクラス一の落ちこぼれくん。一学期で学校を辞めなかったんだね。偉い偉い」


「「「「「「「「「「はははははっ!」」」」」」」」」」




 夏休み前と変わらずレベル1表示のままで、ジョブが手の平に浮き上がってこない俺をバカにするクラスメイトたち。

 彼らはもう、ほぼ冒険者としての将来が決まってしまった。

 最初はEクラスでも、努力と成長を重ねて上のクラスに上がった人たちもいるのだけれど、逆にほとんど成長しないで、卒業までEクラスから抜け出せないことがほぼ決まってしまった人たちもいる。

 そんな落ちこぼれた彼らが、俺をバカにすることで心の安寧を保つようになるのは、容易に想像がつくというものだ。

 俺は動画配信のインセンティブで大儲けしているから、ダンジョンで手に入れたものをほとんど売っていない。

 そのため俺もクラスが上がっておらず、どうやら定期試験の成績がいくらよくても、クラス昇格しないようだな。

 俺からすれば、退学にならなければ別にいいのだけど。

 それにしても佐藤先生は、よくこんなクソみたいなクラスの担任を辞めないでやっていられるものだ。

 見た目は可愛いし、人は良さそうだけど、流されそうな人だからな。

 こういう人の『善意』のせいで不幸になる人間は意外と多い。

 なるべく関わり合いにならないようにしよう。


「では、俺はこれで」


「負け犬君、退場ぉーーー!」


「「「「「「「「「「ははははっ!」」」」」」」」」」


「みんな、やめなさい!」


 佐藤先生も無駄なことをするな。

 彼らは、俺をバカにすることでクラスの結束を保っているのだから。

 彼女は担任なのにクラスで浮いているようだけど、きっと一緒に俺をバカにすれば彼らと仲良くなれると思うよ。

 人としてのランクは一緒に落ちてしまうけど。


「二学期から留学生が来るって本当だったんだな」


 上野公園ダンジョンに向かうべく校門に向かうと、そこに外国人の集団がいた。

 この学校の制服を着ているので、噂の留学生なのであろう。

 日本はダンジョンの数が多いから、海外から留学してくる人たちが多いと聞いた。

 全員、すでに自分の国をダンジョンで大きな成果を上げている人たちばかりだそうだ。

 Eクラスの連中みたいな留学生を、わざわざ受け入れる意味がないからな。


「特に、女性は綺麗な子が多いね」


 というのは冗談で、最近ようやく手に入れたスカウターで、留学生たちのレベルを見てみたのだ。

 本当は手の平を見ないとわからないのだけど、俺がどうにか改良して、頭上に表示されるようにした。

 向こうの世界にはスカウターなんてなかったから、改良にはかなり苦労したのを思い出す。


「聖騎士、賢者、聖闘士。この辺がレアジョブぽいな」


 他は、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊ばかりだから、あの三人が留学生のトップ三だと思う。

 レベルも、他の留学生たちに比べると5~10は高かった。


「しかし ……」


 賢者の少女は、どこの国の人なんだろう?

 日本人にしか見えない……。

 ああ、そうだった!

 確か上野公園ダンジョンに潜りたいという理由で、国内の冒険者高校から転校してきた生徒たちもいるんだった。

 何人か混じっている。

 きっと俺が、上野公園ダンジョンの地下百階までの情報を、動画で公開したからであろう。


「あの人たちは成績優秀者。俺はEクラスの落ちこぼれ。お知り合いになる機会はなさそうだな。さあて、今日もお仕事お仕事」


 この日も、上野公園ダンジョンの最下層付近で体を鍛え、『テレポーション』を用いて全国にある他のダンジョンの動画撮影を行い、帰りにスーパーで半額のお弁当を買って自宅へ戻り、プロト1に動画編集などの仕事を頼んだ。


「もうすぐ、日本にあるダンジョンは全部撮影できそうだな。ダンジョンコアコレクションを見ながら食べる半額弁当とウーロン茶は美味い。撮影が全部終わったら、ご褒美に焼肉にでも行こうかな」


 夕食を終えてから少し勉強した俺は、明日に備えて早めに就寝するのであった。




「ダンジョン探索情報『後』チャンネルですが、今日は上野公園ダンジョン三十七階層にいる『フォレストツリー』を材料にした料理を作りたいと思います。さすがに木は食べられないですよ。それほど沢山は採れませんが、その若芽を天ぷらにしようと思います。作り方は普通の天ぷらと同じです。若芽の瑞々しさとホロ苦さを楽しむため、衣は薄くつけるのがポイントですね。他にも、エビななどを揚げていこうと思います。ダンジョンにも、エビのモンスターは生息しているんですか、大きすぎて天ぷらは難しいかな。なので、スーパーで買ってきたエビを揚げます」


 メインのダンジョン探索情報チャンネルと、サブのダンジョン探索情報『後』チャンネルの視聴回数は順調に増えていた。

 毎月驚くほどの金額が会社の口座に振り込まれるが、元々あまり無駄遣いしないタイプなので、金額は増えていく一方だな。

 会社の口座なので勝手に使えないけど、便宜上、支払われている給料も使いきれなくて困っているくらいなのだから。


「そういえば、あの話は受けようかな」


 動画投稿サイトを運営しているアメリカの企業が仲介者となり、新しい仕事を依頼したいというメールが来ていた。

 どうやら俺に気を使ったようでメールの文面は日本語だったけど、実はもう世界の主要な国の言葉はほとんど喋れるし、読み書きもできるようになっている。

 この世界の冒険者たちもそうなのだが、レベルが上がるほど知力が大幅に上昇しやすくなるので、いわゆる天才になってしまうのだ。

 覚えたいことはすぐに覚えられるし、決して忘れない。

 冒険者高校には、簡単に東大に受かりそうな生徒がゴロゴロとしている状態であった。

 多分、本当に受験する人もいると思う。

 冒険者に学歴は不要だけど、世間の見る目が変わるからな。

 冒険者としては強いが、トップクラスには届かない。

 そんな人なら東大卒の学歴はあった方が、のちの人生では有利になるのだから。


「二年生になったら、アメリカのダンジョンで活動するかな」


 まずは普通にダンジョンをクリアーをして、次に念入りに動画撮影だな。

 そして、それを動画投稿サイトで独占配信する。

 視聴数に応じたインセンティブだけでなく、国家予算なんじゃないかと思うほどの契約金も出すそうなので、断る理由がなかったのだ。

 実は他の国の有名企業などからも依頼がきているのだけど、多分その後ろには各国の政府がいるんだろうな。

 報酬はとてつもなくいいので、順番に引き受けていこうと思う。

 なお、日本の企業及び政府などからはなにも連絡がなかった。

 頑張って日本中のダンジョンをクリアして動画撮影を終わらせたのだけど、多分報酬は出ないはず。

 元から期待していないけど。

 日本のダンジョンは数が多いし、階層が多くてクリアーが面倒なものばかりが集中している。

 ここを最初に終わらせてしまったので、あとは比較的簡単に仕事をこなせて、大金を得られるようになったわけだ。

 日本のダンジョンは宣伝目的で、そもそも現時点で一生使い切れないことか確実なインセンティブ収入も入っている。

 特に文句はなかった。

 順調に強くなっているし、これなら魔王が出てもそう苦労なく倒せそうだ。

 どうして俺がこんな生活をしているのかと問われれば、ただこういうことをするのが好きだからとしか答えようがない。

 いつか飽きて冒険者稼業を引退するかもしれないし、その時にお金があれば、また別にやりたいことがすぐにできる。

 このあと、一生遊んで暮らしたって構わないのだから。


「あれ? こんな夜中にメールが来た。それも、全国の冒険者高校を経営している企業の会長にして、冒険者高校の理事長?」


 そういえば、いくら調べても理事長の正体がよく分からないんだよなぁ。

 当然企業名と理事長の名前と顔写真ぐらいはわかるけど、ぶっちゃけどこにでもいそうなオジサンだったからだ。

 この世界にダンジョンが出現してからすぐに冒険者高校を立ち上げた人物なので、有能だとは思うけど、いったい何者なのであろうか?


「まさか、 殺されるなんてことはないだろうからな。退学にされる? もしそうなったら、海外の学校にでも留学しようかな?」


 理事長という偉い人に呼び出されたので、明日は学校に顔を出すことにしよう。





「まさか……。俺はレベル25のアサシンなんだ……それがどうして、レベル1のノージョブに押さえ込まれているんだ」


「実力差があるからでしょうね。昔の漫画のセリフであったでしょう『スローすぎてあくびが出るぜ』ってやつ」


「なるほど。私が見込んだだけのことはあるね。古谷良二君」


「理事長先生ですか? しかも手の平を見ると、レベル1でノージョブだ」


「私は君と同類なんだよ。とある異世界に召喚され、そこで魔王は倒してないけどね。私は元々、機械工学の研究者だったから、その能力が必要とされたみたいだね。この世界に戻って来てから会社を立ち上げて結構稼いでいたんだけど、ダンジョンが出現したから新しい事業を始めたんだ。学校運営や他にも色々あるけど。紹介が遅れたけど、私の名前は岩城浩平(いわき こうへい)と言う。よろしくね、古谷君」


「岩城理事長ですか、よろしくお願いします」


 まさか日本に、二人も異世界から帰還した人間がいるとは……。

 それに、自分は技術者で戦闘にはあまり参加していないと言っているが、俺の勘が彼はとてつもなく強いと告げていた。


「警戒しなくていいと思うよ。確かに私はそれなりに強いけど、今の君と戦ったら簡単に殺されてしまうから」


「その前に、素早くトンズラしそうだけど」


「そうするしか生き残る手段がないのだから、もしもの時はそうさせてもらうよ。ところで……田中」


「はい!」


 実は理事長室に入ろうとした瞬間、このアサシンのジョブを持つ田中という青年に襲われたのだが、俺が簡単に制圧してしまった。

 多分レベルが低いからであろう。

 アサシンなのに、俺からしたら全然遅くて話にならなかったからだ。


「それで、Eクラスで成績もビリの俺になんの用事ですか? もしかして退学?」


「そんな小芝居はいらないから。ダンジョン探索情報チャンネルで荒稼ぎしている古谷君」


「知っていたんですね」


「多少情報収集能力に問題があるけど、日本政府だって把握していないわけじゃないからね。実は公安とか内調とか、自衛隊も人を出して君を監視しているよ」


「みたいですね」


 最近、かなりの人数に探られているのは気がついていたけど、あまり近寄って来なかったので無視していたのだ。


「どうせ君の会社である『古谷企画』の決算が出たら、気がつく人は気がつくけどね。上場していない一人法人なのに、あんなに利益出しちゃったらね。業突く張りの政治家たちとかがワクワクなんじゃないかな」


「面倒くさかったら、他の国に留学しますけどね」


「それは勘弁してほしいなぁ。海外に仕事に行くのはいいけど」


「それは向こうの動き方次第ですから、現時点ではなんとも言えません」


「田中総理に言って、政治家たちが余計なことしないようにするから」


「あの総理大臣、もう駄目なんじゃないですか?」


 世界中にダンジョンが出現したせいで発生した大不況への対策が遅いと、マスコミや野党によく叩かれていたからだ。

 支持率も、低くはないけど高くもないといった感じだ。


「ああ、大丈夫。このところ冒険者が稼いでるからね。稼ぎが増えた彼らが派手に使うから、ちょっと景気は上向いてきたんだよ。エネルギーと鉱物資源を輸入しなくなった分貿易黒字も増えているし、国内でエネルギーや金属資源を賄うから、内需に関してはこれから爆発的に増えていくと思うんだ。マスコミは、景気が上向いて広告収入が入れば追及の手を緩める。でもあの人たちの政府批判ってお家芸みたいなところがあるから、あまり気にしても仕方ないかなって。野党は、多分まだ対策会議を立てるんじゃないかな」


「あの人たち、対策会議を立ち上げるのが大好きですよね」


「仕事をした気分になるからだと思うよ。それで、今日は君にお仕事の依頼をしようかと思って」


「どんな仕事ですか?」


「ほら、海外から留学生たちが来たでしょう? 早速上野公園ダンジョンで探索をしているけど、成績優秀で自分の実力に自信がある子たちばかりだから、無茶はしないようにしばらく見張ってほしいなって」


「………別にいいですけど、もう少しで日本のダンジョンの動画撮影が終わるとこだったんだけどなぁ……」


「何日かだけでいいからお願い。それが終わったら、特別クラスに編入するから」


「別に、Eクラスのままでいいですけど」


 クラスメイトたちがウザイけど、どうせほとんど学校に行かないから問題ない。


「そもそも、君が適当に買取所に売っているスライムだけで、Cクラスには上がれる成績基準なんだけど、校長と教頭はなにをしているのかな? 田中君は知っている?」


「ええと……それが調べた結果、校長と教頭が……」


「もしかして、成績の改ざん??」


「はい。報酬を受け取って、Eクラス相当の生徒を何名かB、Cクラスに配属していますね。彼らの冒険者としての実力はイマイチですが、親が大きな企業を経営してるようでして……」


「なるほど。新事業を始めるために、箔が欲しいわけだね」


「箔ですか?」


「簡単なことだよ。冒険者特性がない人でも、ちゃんと装備を整えれば一階層のスライムなら狩れる。いい商売になると思わないかい? ブラック企業経営者なら」


「奴隷冒険者制度ですね」


「古谷君がいた世界でもあったんだね。人間って、世界が変わっても考えることは同じだよね」


 奴隷冒険者制度とは、貴族や商人が貧しい人たちや奴隷を集め、低階層でモンスターを狩らせ、その成果を売却して稼ぐという、究極の搾取システムであった。

 魔王のせいで畑、家、財産を失った難民たちを集め、最低限の報酬で使い捨てていくというものだ。

 その待遇は酷いもので、適正がない難民に倒せるモンスターは弱いものばかりなのでこき使わないと儲けが出ないため、ろくな装備も与えずにダンジョンに放り込む。

 当然死亡率も高かったが、なにしろ人権意識の欠片もない世界のことだ。

 一部の心ある人たちだけが批判して、ほぼ放置されていた。

 こういう時教会が……とはならず、逆に奴隷冒険者制度で荒稼ぎしている神官たちまで存在するあり様だった。

 俺が魔王を倒したあと、貴族にするから向こうの世界に残らないかと誘われたのだが、とにかく合わないので、それなりの報酬だけもらって元の世界に戻ってきたという事情があった。


「私も、召喚された世界が合わなくて元の世界に戻ってきた口だけどね。当時は向こうの世界は野蛮で酷いと思っていたんだけど……実はこっちの世界もそんなに変わらなかったね」


「そうですね」


 冒険者特性ある人が法人を立ち上げるのがブームだが、中には酷い奴もいる。

 ダンジョン大不況が始まった時に会社をリストラされた人たちや、いわゆる非正規労働者などを集め、ダンジョンでスライム狩りをさせている者がいるのだ。

 こういう奴は、基本的に冒険者としての実力がない。

 ないからこそ、運よく授かった冒険者特性を利用して、ブラック企業経営を始めたわけだ。


「実は結構死者が出ていて、問題になってきてるんだよね。冒険者高校でそれなりの成績だったはずの冒険者にこんなことをやられてしまうと、せっかく急いで作った学校なのに評判が地に落ちてしまう。田中」


「はい!」


「私は忙しいから、君を信じて任せたはずだ。それなのにこの様かい」


「申し訳ありません!」


 アサシンの田中は、岩城理事長に対し深々と頭を下げて謝った。


「校長と教頭はクビ。幸いにしてここは私学だからね。冒険者特性がある教師なんてなかなかいないから経験者を引っ張ってきたけど。まさかこんな結末になるとは……。便宜を受けていたB、Cクラスの生徒たちはEクラスに降格。生徒たちをちゃんと実力に沿ったクラスに配属するように。公平なルールの下で競争させなければ、クラス制度が崩壊してしまうじゃないか」


「すぐに手配します」


「当たり前だね。それと田中君」


「はい!」


「次はないからね」


「……それは、重々承知しております」


 レベル25アサシンの田中は、現時点なら世界ランカーに入れるほど実力がある冒険者だ。

 その彼が岩城理事長を恐れているということは、やっぱり俺の同類のようだな。


「成績優秀者たちの見守りを頼むね」


「ですが、たった数日だけでいいんですか?」


「だってここ数日が危ないんでしょう? 年に一度の『ランダムシャッフルタイム』だって、古谷君は動画で説明していたじゃない」


「そういえばそうでした」


 ランダムシャッフルタイムとは、年に数日、低階層に強力なモンスターが出現し、不運な冒険者たちを虐殺してしまうダンジョン災害のことだ。

 それならその数日間、ダンジョンに入らなければ済む問題なんだが、他にも不思議な現象が発生する。

 通常のダンジョン探索で、ごく稀に宝箱が出現して、そこにレアアイテムが入っているのは、64式小銃の件で説明したとおり。

 ランダムシャッフルタイムの時には、低階層でも宝箱の出現率が大幅にアップする。

 つまり稼ぎ時でもあるわけで、冒険者は自分の命を賭けのチップとして、ランダムシャッフルタイムの期間中もダンジョンに潜ると予想されていた。


「留学生たちは自分の実力に自信があるし、特別クラスに配属された子たちがランダムシャッフルタイムから逃げたとなると、他の生徒たちから批判される……と本人たちは思っているようなんだよね」


「人の意見なんかどうでもいいんですけどね」


 他人の意見を気にして死んでしまったら意味がないからな。


「そう思える君は圧倒的な強者なんだよ。というわけで、是非ともお願いできないかなって」


「別にいいですけど」


 他のダンジョンの撮影は数日遅れるけど、ランダムシャッフルタイムの撮影はできるから問題ないかな。

 俺は岩城理事長の依頼を受け、ランダムシャッフルタイムの間はダンジョンの低階層で活動することにしたのであった。

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