第7話 幼馴染との別離
「ダンジョン探索情報チャンネルの収益が凄いことになってますね」
「犯罪なので私は守秘義務を守るが、はたして税務署がそれを守るかどうか……。手柄目当てに政治家に漏らす奴が出そうな気がする。私は少し心配になってきたよ。それにしても、さすがはどの動画も十億PVを軽く突破しただけのことはある。必要なものを買ったらちゃんと領収書を貰ってきてください。来年の税金は……多少経費を使ったところで焼け石に水ですね」
「無駄遣いに慣れていませんし、今は仕事してた方が楽しくていいんですけどね」
「高校一年生でワーカーホリックかぁ……。守秘義務がなかったら、うちの娘を紹介したいところですよ」
「そんなものですか」
「そんなものなんですよ、世の中って」
仕事を頼んだ税理士と軽く打ち合わせをしてから、俺は今日も上野公園ダンジョンに潜った。
地下千階まであるこのダンジョンの最下層付近で戦って強くなりつつ、動画の撮影も続けている。
定期的にレベルアップして強くなっていく感覚はあるのだけど、向こうの世界ではレベル表示なんてなかったし、あいかわらず手の平を見てもレベル1のままだった。
やはり、向こうの世界で勇者として活動したことが原因で、表示バグを生み出しているのかもしれない。
今でも確実に強くなっているので、レベルの表示がレベル1のままでも、特に問題はないのだけど。
ただ、魔王を倒したあとなので、まるで終わったRPGのレベルを上げているような気分だ。
現在動画で、このダンジョンの地下百階までの案内と、出現するモンスターの倒し方、ドロップ品の扱いなどを解説しているが、俺以外で一番下層部に到達した冒険者が地下十一階。
そして今は、夏休みの途中。
ダンジョンが出現して一年と四ヵ月で地下十一階なので、人類が最下層に到達するにはいったい何年かかることやら……。
ただ、他の国も同じような状態であった。
確かアメリカが地下十三階で、中国が地下十四階だったかな?
レコードは、各国家の威信もあってちょくちょく入れ替わるけど。
それに、ダンジョンによって難易度が違うから、到達した階層の数字のみを比べても意味はないんだよなぁ。
俺はとっくに、上野公園ダンジョンの地下千階なんて百回以上もクリアーしているから。
最下層には懸念していた魔王はいなかったが、その代わり巨大な『黒竜』が待ち構えており、最初に黒竜を倒すと『ダンジョンコア』が手に入った。
このダンジョンコアを持っていると、そのダンジョンの好きな階層に自由自在に移動できる。
このモンスターの素材が欲しい、などという時に非常に便利なのだ。
強くなるために、最下層付近のモンスターとばかりと戦って鍛錬するという手も使えるので、ダンジョンコアを手に入れると非常に便利だった。
ただ、最下層のボス黒竜を倒さないと手に入らないから難易度は非常に高い。
俺以外の冒険者が最下層に到達して黒竜を倒すと、やはりダンジョンコアが手に入って、その人とパーティメンバーは好きな階層に移動できるようになる。
先着一人しかダンジョンコアを手に入れられないわけではないから、是非とも頑張ってほしいところだ。
このままだと、軽く一世紀はかかってしまうかもしれないけど。
「ダンジョンに行こうかな」
「頑張ってと言うのも変ですね。今の君はもの凄く頑張っていますから」
「ただのルーチンワークですよ」
「ルーチンワーク化はしているね。いってらっしゃい」
いつものように上野公園ダンジョンへと向かうと、そこで思わぬ人物と出会ってしまった。
「久しぶり、佳代子」
「……」
「どうかしたのか? 佳代子」
「私に話しかけないで! Eクラスの落ちこぼれのくせに!」
突然佳代子から、大声で怒鳴られてしまうとは……。
Bクラスになった彼女は、同じクラスの人たちとパーティを組んで上野公園ダンジョンに潜っていると聞いた。
Bクラスは優秀な部類には入るのだけど、やはりAクラスには劣るとされている。
そして冒険者高校の校長が創設した、学年に関係なく優れた冒険者のみが所属できる特別クラス。
夏休みまでにダンジョン探索で頭角を現し、そこに転籍する生徒が増えてきた。
Bクラスでも、Aクラスに上がったり、逆にCクラスに降格する生徒も出て、そのせいでパーティメンバーが変更になったりと、なかなかにエグイ人間関係が展開されているそうだ。
俺はずっとボッチなので、まったく関係ないけど。
その前に、結局一学期の始業式と終業式の日以外は一日も登校しなかったからなぁ。
パーティメンバーと知り合う機会すらなかったという。
向こうが俺を避けていたのもあって久しぶりに顔を合わせたのだけど、佳代子はますます向上心が強くなったようだ。
俺みたいなEクラスの落ちこぼれと話をしている時間はないし、馴れ合うつもりはないので、今後二度と話しかけてくるなと言われてしまった。
「(俺が勇者じゃなかったら、シッョクで落ち込んでいたかも)」
「あなたのような、Eクラスなのに一学期でひとつもクラスが上がらなかった、やる気のない怠け者とはもう金輪際付き合わないから。話しかけてこないで」
「三橋、さすがにそれは少し言い過ぎじゃないか?」
Eクラスとは違って、Bクラスには人格者がいるようだな。
佳代子のパーティメンバーだと思うが、彼女の発言に注意をした。
「彼だって別に、サボっているわけではないのだから。むしろ一人で、よく頑張っていると思うけど……」
ノージョブでレベル1のままの俺が、毎日ダンジョンに潜ってスライム狩りに勤しんでいる。
という風に見せかけつつ、俺は最下層で強いモンスターと戦っていたけど、佳代子たちが気がつくはずもなかった。
真実を教えるかどうか悩んでいる間に、こうなってしまったのは俺のミスなのかな?
「私たちは今、Aクラスに上がれるかどうかの瀬戸際なのよ。Eクラスの生徒と喋っている時間すら惜しいの。私はBクラスで、良二はEクラス。ここまで差があるのに、交友関係があったらお互いが不幸になるだけよ。世の中ってそういうものじゃないかしら?」
「幼馴染なんだろう? 彼?」
「幼馴染だった、ね。もう終わったことよ。じゃあね」
そう言い残すと、佳代子は先にダンジョンに入って行ってしまった。
「向こうがそう言うのだから仕方がないよな」
ダンジョンが出現するまでは仲が良かったのに、まさかこんなことになってしまうとは……。
今の彼女に俺の真実を……どうせ信じてもらえないだろうし、ここまで言われたあとに手の平を返されても頭にくるだけだ。
彼女との関係修復は難しいだろうし、俺から手を差し伸べるなんてこともしない。
俺は聖人君子ではないのだから。
これからは、ますますダンジョン探索と動画撮影に時間を費やすことになりそうだな。
他にも、色々とやりたいことやってみるか。
「スライムを倒したあとに採取できる『スライムの粘液』ですが、様々の用途に使える素材で、これから需要が爆発的に増えていくでしょう。冒険者特性がない人でも、キッチリと装備を整えれば倒せるので、スライムを集中的に狩るという方法で生きて行くのもアリだと思います」
ダンジョン探索情報チャンネルでは、サブチャンネルを設置することにした。
その名も、ダンジョン探索情報『後』チャンネルである。
自宅の空いている部屋にカメラを設置してプロト1が撮影している中、仮面を被り、ボイスチェンジャーで声を変えた俺が、色々とやるわけだ.
今日は、『ポーション』の作成を撮影していた。
「上野公園ダンジョンの二十六階層と他にも数十の階層には、『薬草コケ』が自生しています。これを材料に怪我の治療や、体力の回復を促すポーションが作れるのですが、調合した薬液を安定化させるため、微量のスライムの粘液が必要なのです。これを入れないと、ポーションはすぐに品質が劣化してしまいます。実際に採取してきた薬草コケを材料にポーションを作り、安定剤としてスライムの粘液を混ぜるところまで実演してみましょう」
ポーションなんて目を瞑っても作れるし、どうせそのうちこの世界でも普及するになるだろう。
いまだ俺以外の人類は薬草コケの採取に成功していないが、たとえスライムでもモンスターを倒すと、レアアイテムをドロップすることがあるのだ。
魔石、鉱石、素材以外の、ランダムドロップアイテムという枠になる。
世界中で多数の冒険者たちがスライムを倒しているので、すでにいくつもドロップした例がSNSなどで報告されていた。
その中でもポーションは、かなり確保されているアイテムであった。
しかも、国家や企業が研究のために高額で買い取るので、一攫千金を求めてダンジョンに入る人が増えていた。
「製造方法を秘匿しても意味がないからな。俺が自分で作れるポーションの量なんてたかがしれている」
そこで、ポーションの作り方を詳細に説明した動画を世界中に公表してしまうことにした。
ダンジョン探索情報チャンネルは、ダンジョンの詳細な説明とモンスターの倒し方がメインなので、サブチャンネルでポーションの作り方を公開することにしたわけだ。
「これでポーションの完成です。雑に作ったり不純物が混ざると品質が落ちてしまうので、品質管理は徹底していただきたいと思います。水は純水が理想ですが、ミネラル分が少ない軟水であれば、そう品質は落ちないと思います。次に……クッキングコーナー!」
クソ真面目にポーションの作り方を実演したので、次は視聴回数を求めて料理を作ってみることにした。
「スライムの粘液を使って、スライムゼリーを作りたいと思います! とても簡単! このように一旦完全に乾燥させてから、粉末にしたスライムの粘液を粉寒天やゼラチンと同じように使えばいいだけです。今日は、コーヒーがあるのでコーヒースライムゼリーと市販の100パーセントりんご果汁を使ったアップルスライムゼリーを作ります!」
プロト1が撮影する中、鍋にコーヒーとりんご果汁を火にかけ、そこに粉末状のスライムの粘液を投入。
数分に煮立たせてから、これを容器に入入れて冷蔵庫で冷やす。
撮影しているので、途中で事前に作っておいたスライムゼリーを冷蔵庫から取り出すのはお約束であった。
「見てください。スライムゼリーはこんなにプルンプルンなんですよ」
容器から取り出したスライムゼリーを皿の上に落とすと、再びスライムの形に戻った。
これこそが、スライムゼリーと普通のゼリーとの大きな違いであろう。
「形はスライムで、手で持ってもベトつかないですし、こうやって食べると美味しいコーヒーゼリーです。スライムの粘液って不思議だね! スライムはどこのダンジョンでも一階層にいるから、欲しい人はちゃんと装備を整えてから討伐に行きましょう。それじゃあまた!」
「カットです」
「プロト1、ちゃんと撮影できているか?」
「ばっちりですよ。すぐに編集してあげときます」
「頼むよ」
こうして始まったサブチャンネルだけど、スライムゼリーの作り方がとてつもなくバズったようで、動画再生数はすぐに本チャンネルを追い抜いてしまった。
「……おかしい……解せぬ」
本チャンネルこそが冒険者たちの求める情報だろうに……ああそうか。
動画の視聴者は、ダンジョンに潜らない人たちの方が圧倒的に多いのだから当然か。
翌日、動画投稿サイトの運営会社からメールが来て、自分の所で独占的に配信してくれたらインセンティブを弾むと言われたので、言わるがまま独占契約を結んだ。
契約金がメジャー級にえげつない金額で、税理士が素で引いていたけど。
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