第2話 両親の死

「良二、大変よ! おじさんとおばさんが!」


「えっ? 父さんと母さんが?」


「乗っていた車がトラックに突っ込まれて、二人とも病院に運ばれたって! 急いで!」


「ああ……」


「早く!」



 そんなバカな話があるものか。

 俺は今ようやく、元の世界に戻って来たというのに……。

 誰も信じてくれないとは思うけど、もうすぐ中学三年生になる春休み。

 車に乗った両親が所用で出かけ、俺はコンビニに買い物に出かけようとしていた。

 ところが、突然地面にできた穴に落ちてしまい、気がつけば異世界へ。

 今流行している異世界系ラノベみたいな話だが、俺は元の世界に戻るため、向こうの世界の王様の命令で魔王退治の旅に出た。

 途中、何度も死にかけながら強くなり、十年もかけてようやく魔王を倒すことに成功する。

 そしてその褒美だとかで、俺は年を取らないまま、元の時間に戻って来たのだけど……。

 戻ってきた途端にこれか……。

 俺には、まだ魔王の呪いが残っているのかもしれない。

 そんなものを受けた覚えはないのだけど、そうとしか思えないタイミングの悪さだ。




「大変残念ですが、手のほどこしようがなく……」


「そんな……父さん! 母さん!」


 両親は即死だったそうだ。

 身元確認のため遺体を見せてもらったが、もし俺が異世界で魔王を退治をしていなかったら、まともに正視でできなかったであろう。

 そのくらい酷い状態の両親の遺体と、病院の霊安室で対面することになってしまった。

 十年ぶりの再会がこのあり様とは……。

 しかも、その事実を俺以外の人間は誰も知らないのだ。

 事実を話しても、幼馴染である佳代子ですら信じてくれるかどうか……。


「可哀想に……あまりのショックで涙すら出ないんだろう」


 職業病か?

 それとも、向こうの世界で死を見すぎたために感覚が麻痺しているのか?

 俺は、両親の遺体を見ても涙が出なかった。

 そして俺は喪主として二人の葬儀を執り行ったのだが、ここでも泣いている場合ではなかった。

 葬儀に呼んだ親戚たちが、とんでもないクズたちだと判明したからだ。




「おい、良二! 二人の死亡保険金はいくら出たたんだ? さぞや大金なんだろうな」


「でもね、遺産はすべて私たちのものなのよ。あなたは子供だから貰えないって法律で決まっているの。ちゃんと全部寄越さないと、警察に逮捕してもらうからね。あなたは少年院に入れられてしまうのよ」


「信也の高級腕時計は俺が貰ってやるよ。あとは、スーツもいいやつを持ってやがるな。サイズも同じだし、これは形見分けだ。形見分けは法律で認められているんだ。弁護士に言っても無駄だぞ」


「金目の物はないかな? 遺産分けだから」


「良二はそこで静かにしていろ」


 両親の葬儀に招待した親戚たちは、早速家の中で金目のものを探し始めた。

 さらに、預貯金や二人の死亡保険金、両親の車と事故を起こしたトラックを所有していた運送会社からの慰謝料。

 これらをすべて寄こせと言ってきたのだ。

 法律で、すべて自分たちに権利があるのだと。

 そんなレベルの低い嘘。

 向こうの世界で何度も修羅場を潜ってきた俺に通用するわけがなかった。

 だが今の俺は、彼らから両親を亡くした弱い子供だと思われている。

 ちょっと騙して脅せば、容易に遺産をすべて奪えると思ったのであろう。


「(つまり、こいつらは敵か……)」


 田舎の出だと聞いたが、どうして両親が彼らとほとんどつき合ってこなかったのか、今ようやく理解できた。

 従兄たちも……今時、不良漫画のキャラクターみたいな連中が実在するんだな。

 俺を睨みつけて、脅しをかけている。

 残念ながら、召喚される前の俺ならともかく、今の俺には通用しないけど。

 弱ければ死ぬ!

 そんな世界で十年も生きてきた俺だ。

 こいつらにビビることは当然ないし、遠慮する必要なんてもっとないのか。


「お金も、両親の遺品も渡せません」


「なんだと! 分家のガキののくせに生意気な!」


「俺を誰だと思っているんだ!  俺は名門棚橋本家の当主なんだぞ!」


「そうよ! 分家は本家のために金を出して当たり前なのよ!」


「そんなしょうもない嘘、よほどのバカじゃないと通用しませんよ。父さんと母さんの兄弟姉妹だからいい年なのに、本当に救いようのないバカなんですね」


「なんだと! それが大人に対して利く口か?」


 俺は事実を口にしただけなのだが、導火線が短いのか、親戚たちはすぐに激高してしまった。


「大人として敬意を払ってもらいたかったら、レベルの低い嘘をついて、他人の遺産を奪おうとしないでください」


「生意気ね! 両親と同じだわ!」


「竜一! 竜二! 翔馬! 少し痛めつけてやれ!」


「親父、あとで小遣いの増額な」


「へへっ、サンドバックにしてやるよ」


「竜二、顔はやめとけ。見えないところをやるんだ」


「良二、ビビッてるのか?」


「俺たちは、地元で一番強いからな!」


「殺さなきゃ、未成年だからセーフだし」


 高校生?

 いや、大学……に合格しそうな知性を感じられない俺の従兄たち。

 伯母に命令され、遺品漁りをやめて俺に殴りかかってきた。

 両親の葬儀で暴力沙汰とは……葬儀会社の人たちが帰ったあとを狙ったのは、そこまでするクズのくせに、世間体だけは気にするってわけか。


「先に殴りかかってきたのはそっちだ。正当防衛ですよ」


 とはいえ、殴りかかるわけもなく、俺はすぐに全員に『催眠』をかけた。

 魔王退治では大して役に立たなかった魔法だが、人間の裏切り者たちから情報を引き出すのに重宝した。


「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 やはり、この世界の人間は魔法への抵抗力が低いな。

 こうも簡単にかかってしまうなんて。


「みなさん、わざわざ両親の葬儀にいらっしゃってありがとうございます。こんなに沢山の香典までいただいてしまって。さすがは、棚橋本家。はいはい、半額返しですよね。わざわざ常識のない子供にご指導いただきありがとうございました」


 俺の催眠にかかった親戚たちは、こぞってATMで帰りの交通費以外の預金を引き落とし、消費者金融で借りられるだけのお金を借り、香典袋に入れ直して俺に手渡した。


「初七日と四十九日は結構ですからね。あとで確実に香典返しを送りますから」


 両親が勤めていた会社の人たちや、近所の人たちの香典は常識的な額だった。

 『催眠』で操ったクズな親戚たちからは、とんでもない額の香典が……というほど集まらなかった。

 みんな貧しいから、両親の遺産を奪おうとしたのだから当然か。

 貧すれば鈍するであり、昔からこんな連中だから両親もつき合わなかったのだろう。

 それでも、『催眠』で操って限度額まで借りさせたお金と合わせ、なかなかの金額になったな。

 ちゃんとその金額の半額分の香典返しを送るから、せいぜい高価な品を楽しんでくれ。


「そうか。俺は一人だから、こういう目に遭ってしまったのか」


 向こうの世界でも、魔王と同じぐらい酷いことをしてくる人間がいた。

 この世界でも、身寄りのない未成年に同じことをする人がいる。

 それも親戚であり、血の繋がりなんて案外あてにならないものだな。


「せっかく、元の世界に戻ってきたんだけどなぁ……父さん、母さん、俺は正しかったのかな?」


 クズな親戚たちを帰したあと。

 緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。

 一人になった俺は、両親の遺骨の前で初めて泣いた。

 同時に、一人で強く生きていくことも決意したのであった。

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