オイラの「小説」の活かし方。

飯田太朗

オイラの名前は……あれ? 

 オイラの名前は……。

「忘れろ!」


 何だか知らん眼鏡の紳士にそう叫ばれる。途端にオイラの記憶は……。


 爆発。金属と金属がぶつかる音。銃声。

 何だここは。何でオイラはこんな物騒なところにいるんだ。まるで戦場じゃないか。

 飛んで逃げよう。


 オイラは鷹。天空の覇者である鷹。正確には壁的鷹型……。

 と、いきなり眼鏡の紳士が叫んでくる。

「おい、何逃げようとしてるんだ。忘れろ!」

 途端にオイラの記憶は……。


 目の前に、少年。

 ペンを構えている。何だか受験生みたいな格好した少年。

 少年がペンを動かし、綴る。


〈飯田太朗の上空に二トンの金塊〉


 汚い字だ。

 しかしその字が四角いファイルになったかと思うと、少年はそれを眼鏡の紳士の頭上に投げつけた。するといきなり、巨大な金の塊が眼鏡の紳士の頭上に現れた。一瞬で視界が影に包まれる。ヤバい。これはオイラも下敷きに……。


「あれを消せ!」

 紳士がオイラに命令を飛ばす。何故それに従わなければならないのか全く分からなかったが、しかしオイラは自慢の眼光で金塊を睨む。すぐさま消える、二トンの金塊。


 そしてオイラの頭に一筋の光。そうだ。この眼鏡の紳士は飯田氏だ。

 ……思い出したぞ。戦闘になんか巻き込まれたくないと言ったオイラの意思を完全に無視して、無理矢理戦いに巻き込んだ極悪非道のミステリー作家……。


「忘れろ!」

 オイラの名前は……。


 オイラは紳士の腕に止まっていた。そりゃ、オイラは一応鷹だから。鷹と言ったら大空の覇者で、キラリとした鋭い目つきのハンサムな鳥、鷹なのである。ちなみにオイラはアルゼンチン生まれ。趣味はお菓子作り。


「我は皇帝ぞ?」


 意味の分からんことを言っている奴がいる。まぁ、確かに何だか神々しい……というか、あれ? すごく、何というか、尊い……。


「皇帝ウィンク」


 うわあ、何だあれは、尊い! 尊すぎる! 思わずオイラは跪く。ははーっ。皇帝様。皇帝様。オイラのような下賤の民にその素晴らしすぎるウィンクをくださり……。


「忘れろ!」

オイラの名前は……。


「アレクシス様ぁ……イイヨイイヨー!」

 アレクシス様、と呼ばれた深い紫色の髪をした男が華麗に舞い、何だか分からん尊そうな奴と戦っている。尊そうな奴が目を瞑る。


「皇帝ウィンク」

「ンンンンンゥゥゥゥゥ! アレクシス様にウィンク? 何それ? え、何それエロぉ。え? マジ? そういうのなの? アレクシス様と?」


 何だこの女。

 そう言えば見覚えがある気はする。何だっけ。そういや、ギルドとかいう……。


「悪いね! アレクシス様の本体、あんたを叩かせてもらう!」

 いきなりサムライ風の人物がアレクシス様とやらを通り越して女に切りかかる。切りかかると言っても手には何もなく、言わば「素振り」なのだがアレクシス様とやらがそれに華麗に反応する。


 弾ける音。サムライマンが地面を擦りながら後退する。


「ブッフォォォォォ! アレクシス様に守ってもらえるとか……オゥフ……」


 女がうるさい。しかし何だろう、あの女やっぱり……。


「占いくんを縛り上げろ!」

 紳士がオイラに命令してくる。オイラは何だかその望みを叶えないといけない気がしてきて、占いくんと呼ばれたサムライ風の人物に鋭いまなざしを送る。途端にどこからともなくロープが現れ、サムライマンの体を縛り上げる。


 一体オイラは何をやっているんだ? 何でこんな意味の分からん紳士の言うことなんか聞かなきゃいけないんだ。帰る。帰るぞ。オイラは翼を広げ……。


「忘れろ!」

 オイラの名前は……。


 銃声。

 弾丸がこちらに飛んできていることには咄嗟に気づいた。人間……オイラ人間じゃないけど……身に迫る危険は本能的に察知できるものだ。オイラは咄嗟に飛び立とうとした。しかし翼を広げようとした途端。


「『ぷわわわー』」


 訳の分からん女が訳の分からんことを口にした。

 直後、こちらに向かって飛んできていたと思われる弾丸が地面に叩き落された。紳士が叫ぶ。


「よくやった! りこ嬢!」


 誰かが銃を撃っている。今度はオイラに向かってじゃない。オイラの近く、オイラの側から銃声が聞こえる。


 どうやら目前のウサギ姿の人物を狙っているようだ。しかし、さっきから一向に銃撃が効果を見せない。つまりウサギに弾丸は当たっているようだが、同時に当たっていないようである。何が起きているんだ。何なんだここは。


「のえるさんに目隠しだ! 対象を認識できなければ能力も使えないはずだ!」

 紳士がオイラに命令してくる。何だってオイラはこんな奴の願いを……まぁ、いい。


 ウサギに目隠し。目を覆う黒い布が現れた。途端に焦ったような態度をとるウサギ。目隠しを外そうとするが無駄だ。オイラが作った目隠しだ。そう簡単に……。


「『ミステリはおいしい、ホラーは苦い』」


 セーラー服姿の人物がそうつぶやいて、庇うようにウサギの前に立つ。なんとその人物、口を開けたかと思いきやいきなり銃弾を飲み込んだのだ。


 オイラが正気を疑っているとセーラー服はもぐもぐと口を動かしながら告げた。


「飯田さんの作品ほどおいしくないけど、一応ミステリみたいですね。銃殺の犯人なのかな」


 何だここは。本当に頭のおかしい奴ばかりだな。関わっていられん。逃げ……。


「忘れろ!」

 オイラの名前は……。

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オイラの「小説」の活かし方。 飯田太朗 @taroIda

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