第4話 初めてシーバスを釣るまでの話 実釣編
前話では道具をそろえるまでの経緯を説明させていただいたと思う。なので、ここからは実釣編である。
道具をそろえた私は、すでに気分は釣ったも同然の状態でいた。だってPEラインもしっかりノットを組めたからね。正直、スタートラインに立ったら後は現場に行きさえすれば釣れるでしょう。
私が向かったのは海に面した公園だ。電車移動がメインの私にとっては嬉しい、駅から十分もかからない立地。ただ気をつけなければならないのは、釣り公園ではなく、普通に散歩をされる方やジョギング、ツーリングをされる方がいるという事。というよりも、その方々がメインに使う場所だ。釣り人はそんな皆様の場所にちょっとお邪魔させていただくに過ぎない。エントリーするときは居候のような精神を持つ。他の利用者の人に迷惑をかけない、ゴミを捨てない、公園を汚さない。その心がけだけはまず守らなければならない。
九フィートのロッド、三千番のスピニングリール、ちょっと格好をつけて0.8号のPEライン、16ポンドのショックリーダー、スナップ、それらをセッティングする。
「さて、どう攻めるか」
サングラスをぐいと上げ、一丁前にポイントを探す。ストラクチャーと呼ばれる、魚が隠れる障害物は目に見える範囲はない。いわゆるオープンエリアという奴だ。もちろん、水面下には何かが沈んでいたりかけあがりになっていたりと、変化があるかもしれないが。
広大なオープンエリアをどう攻めるか、それも、事前に考えてきた。最初に選んだルアーは、バイブレーション。投げて巻くだけでも水抵抗で震えてくれる、初心者にとって使いやすいルアーだ。かといって、上級者が使わないかと言えばそうではなく、当たり前の話だが初心者よりも巧みに操り、効果的に使う。皆が大好きなルアーだ。
なぜこれがサーチに向いているかだが、ネットの聞きかじりだが、広範囲を探るにはうってつけのようだ。重量があるため遠くまで飛び、着水してからカウントダウンで沈め攻めるタナ(水深みたいなもの?)を変えることが出来る。
「記念すべき、第一投!」
ヘロヘロと飛んでいくイワシカラー。だが、これまで管釣りの飛距離しか知らない私にとっては驚異的な距離を叩きだした。ハイギヤのリールをグルグル巻き
何事も起こらないまま、回収。
「まあ、一投で釣れるほど、甘くはないわな」
気を取り直して、キャスト。キャスト。キャストキャストキャスト・・・
五時間が経過し、その結果は『無』
進撃の巨人も驚きの、何の成果も得られませんでした。びっくりだよ。管釣りなら釣れなくても当たりの一つ、バイトの一つがあるのに。
「嘘だろ」
夕日が沈みゆく海を前に、私は膝から崩れ落ちた。これが、海の洗礼。
色々試した。ランガンで場所を変え、ルアーを変え、タナを変え、試せることは大体試した。それでも、海は私に微笑まなかった。むしろ過酷な試練を与え、精神を削っていった。
話はこれで終わらなかった。翌日、腕に激痛が走る。そう、キャストし過ぎで起こる筋肉痛だ。足もぱんぱんになっている。その日の仕事は、過酷なものになった。
後になって知ったが、シーバスは夜の方が断然釣れるらしい。だが、夜は昼以上に危険が多く、初心者にはちょっと敷居が高い。
圧倒的不利っ・・・!
利根川にはめられたカイジが如く、私は海の前に惨敗を喫した。
だが、やられっぱなしじゃいられない。次の休み、釣りに行くまでに、色々と調べておいた。潮と釣りの関係とか、朝マヅメとか夕マヅメとか。
そしてリベンジの日がやってくる。
場所は前回と変わらず公園。だが、時間が違う。
現在、朝六時。そう、朝マヅメの時間っ!
魚が積極的に捕食活動をすると言われる時間にエントリーした。この日は中潮。潮が動くと、水中の酸素量とかプランクトンの入ってくる量とかが上がって、魚の活性が上がる。潮の動きの大きい順に大潮、中潮、小潮、若潮、長潮とあり、そのうちの中潮がちょうど休みだった。
天啓っ・・・!
リベンジっ・・・!
待ってたぜ、この時をよぉ!
早速セッティングを開始し、再びサーチルアーバイブレーションを装着する。今度はちょっと派手なチャートカラーだ。アピール力を重視して攻める。
今度こそ。その気負いがいけなかったのだろうか。
振りかぶり、足を踏み出す。つま先の回転力が腰へ到達し、腰のひねりと共に倍増する。それが肩を通過し、腕へと至る。ロッドがしなり、元へ戻ろうと反発する。肉体と道具、二つの力がラインへ伝わり、ルアーへと集約され
ブチィッ
BUTI?
ロッドに伝わる奇妙な感度。リールを巻いても返ってこない手応え。目の前にひらひらとたゆたう細い糸。いつからここは地獄の底、お釈迦様の糸が垂れてきたのかと思ったらそうじゃない。
高切れと呼ばれるラインブレイクだ。
PEラインの先にあったはずのショックリーダーが消えている。当然、その先にあるルアーもない。一度目の釣行で、ノットが擦れたためか痛んでいたのだ。そしてそれは、私のキャストに耐えられるものではなかった。
完全に想像の外の出来事だった。なぜなら、私は管釣りではフロロカーボンしか使わなかったから。フロロカーボンは耐摩耗が強く、これまで何度キャストしても途中で切れることなんてなかった。また、管釣りのルアー重量とシーバスルアーの重量の差も大きい。二十グラムの衝撃は、五グラム以下のルアーとは比べ物にならなかったという事だろう。PEラインの注意にも書いていたのに、自分には縁遠い事だと思い込んでいた。
完全なる失態。そして消えたルアー代。
ショックに打ちのめされつつも、ここまで来たら後には引けず、何とかノットを結びなおす。泣きそうになるのをこらえて、再び失うかもしれないという恐怖を押さえ、再びルアーをキャスト。ちょっと力を弱めて、だが。
日が完全に昇り、斜め四十五度から照らしてくる。一時間、いや、二時間は経っただろうか。いまだ当たりすらなし。新しいお坊さんの修業かと言われたら騙されると思う。ただただ無心に、キャストし、リールを巻き続ける。波は穏やか、心は波すら立たぬ『凪』。解脱しそうな勢いだ。
そんな時、凪いだ心に一石が投じられる。
グン
突然、ロッドが曲がった。竿先が海に引き込まれそうなほどだ。
「な、なんじゃあ!」
リールを巻く。しかし、ドラグがギリギリと鳴り、スプールからラインが出ていく。根がかりではない。地球ならドラグに優しく私の精神衛生に優しくないだけだ。ドラグを少し閉め、ロッドを立てる。
何だこのパワーは!
ラインが水面を走る。そして、そいつはあろうことか水面から飛び出した。
バシャバシャと跳ね、水しぶきを上げる。えら洗いだ。まずい、フックが外される! 必死になってロッドでいなす。その時もリールを巻く手は緩めない。緩めて、ラインが弛んだらさっきのえら洗いで外されてしまう。
頼む、外れてくれるな! 願いながらロッドを立て、リールを巻く。
格闘時間は、実際のところ五分もなかったと思う。けれど、異様に長く感じた五分だった。ゆっくりと水面に上がってきたのは、シーバス。追い求めた一匹だ。
フィッシュグリップをシーバスの口に入れ、挟む。持ち上げる。
重い。何て重いのだ。腕が震え、足が震えている。興奮と、感動の為だろうか。傷つけないようプライヤーでフックを外した。
五十センチ前後の、スズキには一歩届かないサイズ。それでも恐ろしいくらいの力強さだった。
「ナイスファイトをありがとう」
感謝。そしてリリース。シーバスは海へと帰っていった。今度はランカーになって会おう。
私は、拳を天に掲げた。これがシーバスフィッシング・・・!
可能な限り頑張っているが逃げ込みたいときもある、そんな場所です 叶 遼太郎 @20_kano_16
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