第3話 初めてシーバスを釣るまでの話 道具編
知人に教えてもらった管釣りが楽しくて、釣りに徐々にハマっていた頃。管釣りの動画をみてあんな場所に行ってみたい、とか。こんな大物もいるのか、とか。上手い人ってすげえ、とか。そんな感じで釣りに行けない時間に動画をみて勉強という名の現実逃避をしていた頃だ。管釣りのチャンピオンの方が海釣りもしている動画があった。(釣り好きの人ならもしかしてと気づいたかもしれない。管釣りのチャンピオンで海釣りまで上手い万能釣りプロの名を)
舞台は沖堤防。そこで青物を狙っていた。朝マヅメ、沖に向かってキャストしたのは、三十グラムもあるミノーだ。そんな重いルアー、当然管釣りでは使わない。そして、キャストを可能にするロッドも管釣りとは比べ物にならないほど太く長い。十フィートのショアジギング用ロッドに合わせられたリールもまたごつい。五千番のスピニングリール。それをゴリゴリゴリゴリ、管釣りでは考えられないほどの速さで巻いていく。巻いては投げ、巻いては投げを繰り返し、その時が来た。
突然、大きくしなるロッド。四千番のリールから糸が引きずり出され、ドラグが良い仕事を誇るように音を鳴らす。
上がってきたのは良いサイズの青物。
「ほう、メジロか。でかいね」
動画を見ながら、訳知り顔で頷く。当然、動画で言っていることをそのまま、良く知らないまま言っている。いつまでたっても恰好をつけていたのだ。
海も楽しそうだな、と思い、他の動画も色々と見ていく。そしてたどり着いたのが日本全国各地に生息し、しかも手軽に近場で狙える大物『シーバス』だ。
シーバスはスズキの別名で、上記に出てきたメジロと同じく出世魚だ。大きさに合わせてセイゴ、フッコ、スズキと名前が変わる。六十センチを超えてからスズキと呼ばれ、八十センチを超えるものをランカーというらしい。ランカーとは、その魚種で大型、長い年月を生きたものを指す。
身近に八十センチオーバーの魚が狙えるなんて。
釣りにはまり始め、強烈な魚の引きの刺激、魔力に酔い始めた自分。三十センチのニジマスでもあれほどの感覚を味わえるのだ。八十センチなんて、一体どれほどのものだろうか。
素人の甘い考えだ、と今ならわかる。ランカーどころか、一匹吊り上げるのにどれほどの試行錯誤を繰り返す必要があるのか。
だが、これは動画が悪い。ひいてはいとも簡単に釣ってしまう釣りプロや上手い人が悪い。だってあんなに楽しそうに釣るんだもの。やってみたいと思わせるには充分じゃないか。くそう、尊敬しかねえ!
上手い人、プロ、そんな人たちがどれほどの長い時間ロッドを振り、リールを巻き、釣り場を彷徨い、ルアーを投げ、試行錯誤を重ね、経験を積み重ねてきたのか、動画ではわからないのだから。そして、過去の私も、彼らが輝いている部分しか見ていなかった。
まずは釣り具を揃えた。上手い人は管釣りで使うようなULの固さのロッドでもリールのドラグとかうまく調節して釣り上げるらしいが、流石に素人の私でもそれがどれほどの難しさか、何となくわかる。なので、シーバスに対応する固さがML、九フィートのロッド、三千番のリール、そしてPEライン一号を用意した。これも釣りプロが動画で初心者用に説明していたのだけど、シーバスフィッシングではPEラインが主流らしい。細いのに引っ張る力に対して強く、感度が高いそうだ。そしてPEラインにはショックリーダーというルアーとPEラインの間に挟む別種のラインがいる。PEラインは引っ張る力には強いが傷に弱くて、少しでも岩などにこすれると簡単に切れる。それを防ぐためにフロロカーボンやナイロンのラインを間に挟むそうだ。あとは、感度が高いのはつまり伸び縮みしないから魚のバイトを弾きやすいとか。よくわかってない私はとりあえず上手い人がやっていることを真似することにした。それに、PEラインとかショックリーダーとか、使ってみたかったのだ。何となく格好いいから。二十ポンドのショックリーダーを手に、いざノットチャレンジだ。
そして、いきなり躓く。ショックリーダーが上手く結べないのだ。ネットで結び方の動画やブログを見て同じようにやってみるのだが、すっぽ抜けたり、変なダマみたいなのができたりしてやっぱりすっぽ抜けたり、動画のように全くうまくできなかった。釣りに行く前からすでに暗雲が立ち込めるどころか土砂降りの様相だ。頑張って揃えた道具を使いこなすことが出来ない。
「え、この苦行みんなやってんの?」
「FGノットって何? 不可能のFなの?」
「ノットって、するなって意味?」
二十メートルあったショックリーダーがどんどん消えていくのを目の当たりにしながら、私は天を仰いだ。
一時間ほど格闘して、一般的に使用されているFGノットを学ぶのは諦めた。もっと簡単で、そこそこ強度のあるノットに切り替えよう。FGノットはもっと慣れてからにしよう。
そして初心者でも簡単に出来るという十秒ノットというのを見つけた。試しに十秒ノットを一分・・・いや、二分、三・・・くらい? 時間をかけてやってみる。
「・・・出来た?」
何とか出来た。結び目は、少しいびつだが、これまでのFGノットとは比べ物にならないくらい綺麗に、ネットの画像みたいに小さく絞り込めているんじゃないか? 試しにPEラインとショックリーダーを引っ張ってみる。すっぽ抜けない。力を込めても、大丈夫そうだ。
「おお・・・」
思わず感嘆の声を漏らした。やるじゃないか十秒ノット。ここまでできれば釣れたも同然だ。休みが楽しみだぜ。
この時の私は、思いもしなかった。管釣りが簡単とは言わないが、魚がいるということが目に見えてわかるということが、どれほどモチベーションに関わってくるか、という事を。
そう、海の洗礼を受けるのである。
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